時代の転換期にあって、経営者の意識は─。第62回目の開催となった「関西財界セミナー」。地政学リスク、金融政策、テクノロジーの進展など、企業を取り巻く環境は、コロナ前と後で大きく変わった。「賃上げ」の潮流もあるが、企業を支える「人」との関係も見つめ直すべき時期に来ている。そんな中で開催された財界セミナーは、経営者が強い危機意識を持って臨んでいることが伝わるものになった。その議論の中身は─。
「企業の役割」を捉え直す時
「地球規模・世界史的レベルでの時代変化が、私達を取り巻く経営環境に大きな転換点をもたらそうとしている」と話すのは、関西経済同友会代表幹事(三井住友銀行副会長)の角元敬治氏。
2024年2月8日、9日の2日間、第62回目となる「関西財界セミナー」が開催された。23年からリアル開催が復活し、2年目となる今回は約580人が参加。
テーマは「変化する時代、企業の役割~未来の視点から考える~」。コロナ禍を経た世界は、AI(人工知能)など技術の進展、地政学リスク、環境問題、人手不足、そして旧来型の資本主義経済がもたらした社会の分断といった課題を抱える。
そのため角元氏は「私達が社会課題を解決し、繁栄を続けるためには、目先のテーマに右往左往し、その場しのぎの対処を重ねるのではなく、ありたい未来社会の姿からバックキャストして、『企業の役割』、『企業の存在意義』を根本から捉え直すことが重要」と訴える。
また、24年に入って日経平均株価が上昇、23年から続く賃上げの機運も相まって「失われた30年」を脱し、「成長と分配の好循環」が実現する可能性が出てきている。
関西経済連合会会長(住友電気工業会長)の松本正義氏は「今、我が国は長期の停滞から脱し、活力を取り戻すことができるかの重要な局面にある。企業には幅広いステークホルダーに対しどのような役割を果たすかが改めて問われており、我々経営者は、目先に惑わされることなく長期的な視点を持って、その課題に取り組まなければならない」と力を込める。
今回の基調講演は、この時代背景に沿ったテーマとなった。講演者は大阪大学大学院(経済思想史)教授・総長補佐の堂目卓生氏で、演題は「目指すべき社会と経済を考える~アダム・スミスを起点として~」。
アダム・スミス(1723―1790)は、倫理学書『道徳感情論』や経済学書『国富論』を著し、「近代経済学の父」とも呼ばれている。
中でも『国富論』で示した「みえざる手」という概念は後世に大きな影響を与えた。市場経済で、参加者それぞれが自己利益を追求すれば、「見えざる手」に導かれて社会全体で適切な資源配分ができ、社会の繁栄と調和につながるという考え方。
それに対し堂目氏は「個人の利己心に基づく競争社会の繁栄、『見えざる手』が働くためにはフェアでなくてはならない。フェアな競争のためには、個人の中に道徳的抑制がなくてはならない」と指摘する。
そしてアダム・スミスが残した課題を乗り越えるには、この「競争」に参加できない人々を包摂すること、国や民族、文化、宗教を乗り越えて道徳を共有すること、分断を乗り越えて「共感」を広げられるかだとした。
その上で、コロナ後の我々が目指すべき社会として「共助社会」と、それを支える「共感経済」を目指す必要があるとした。「売り手である企業は共助の要だが、それに見合う収益を上げられていない。社会課題に立ち向かう勇気が必要。買い手と売り手の相互共感で『失われた30年』を乗り越える時」と訴えた。
日本に合致する資本主義のあり方とは?
今、世界では、米国で進んだ新自由主義的な資本主義による「過度な株主重視」からの揺り戻しが始まっている。象徴的だったのが19年、米国の主要企業の経営者が名を連ねる「ビジネス・ラウンドテーブル」が「ステークホルダー資本主義」への転換を打ち出したこと。
関西財界からは、関西経済連合会が23年9月、東京証券取引所が打ち出した上場企業の行動指針『コーポレートガバナンス・コード』の改定を提言。日本は元来「三方よし」などマルチステークホルダー重視の国なのに、周回遅れで株主重視に動くことへの危機感があった。コードで「株主重視」とされている部分を「多様なステークホルダー」と書き換えることなどを提唱。
その「マルチステークホルダー経営」について議論したのが第1分科会。8日に問題を提起した早稲田大学商学学術院教授の広田真一氏は「同じ資本主義といっても様々な形がある」として、アメリカ、イギリスを代表格とする株主第一主義と、ドイツ、フランス、北欧、そして日本など平等主義を重んじる「調整された資本主義」を紹介。
広田氏は「調整された資本主義の方が経済格差は小さく、平等性、企業の存続性が高い。日本はマルチステークホルダーが自然な国」と指摘した。
これを受け、きんでん会長の土井義宏氏は「コーポレートガバナンス、資本効率を意識した経営を進めているが、一方で『人』が資本の会社。自然災害が激甚化し、担い手も不足する中、『人』と『サステナビリティ』にシフトしている」と話した。
京阪神ビルディング会長の南浩一氏は「ガバナンスコードの制定など背中を押され、コンベアに載せられて走ってきた10年だったが、腹に落ちなかったのは、精神文化が違ったことにあるのではないか」と話す。
南氏は20年に「物言う株主」に対応した経験から「アクティビストの洗礼を受けた。彼らは企業の目的は利益の最大化としており、噛み合わない部分があった」と振り返る。
阪和興業相談役の古川弘成氏は、同社がバブル期に「財テク」に走った経験を踏まえ、「企業のあり方を考え直した経験がある」と自社の取り組みを紹介。企業の経営理念を研究する中で、住友家や近江商人、大阪商人のあり方、創業者の理念を研究した結果、「世界的潮流に安易に流されない。いい点は取り入れ、悪い点は取り入れない」という経営を進めてきた。
日本に合致する資本主義の形とは何なのか、その中で企業が果たすべき責任について議論が展開され、投資家とのあるべき対話の姿や、経営者評価の仕組みの検証、議決権行使助言会社のあり方、会社法の見直しなどで意見を表明していくとした。
企業は「人への投資」にどう取り組むべきか
「生成AI」などデジタル技術が急速に進展する中、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)は周回遅れとも指摘される。この中で関西がDXで先進地域になるための方策を議論したのが第3分科会。
大阪ガス常務執行役員の竹口文敏氏はDXと防災の関係を指摘。「南海トラフ地震が起きると甚大な被害が想定されるが、起きた時に1日でも早く復旧し、困り事に応えるのがDXではないか。防災とDXは親和性が高い。能登半島地震でも避難所の情報が開示されている。こうした取り組みを関西でも進める必要がある。データ連携で先鞭をつける地域になることが大事」と話した。
また、関西にはヘルスケアやライフサイエンスで産学の強い基盤があるが、医療機器メーカー・シスメックス社長の浅野薫氏は「IT技術が重要になり、そこにチャンスがある。関西は大学の集積などライフサイエンスに強い。医療・ヘルスケアのイノベーションが各地で行われている。連携を深めつつ独自性を高めれば、世界初の技術や仕組みを発信できるのではないか」と強調した。
こうした取り組みを支えるのは「人」。近年重視される「人への投資」で議論を展開したのが第4分科会。
日立造船社長の三野禎男氏は「人的資本の強化は経営戦略と人事戦略の連動の視点から始まる。経営層で議論を活性化し、人的資本経営を推進することで、企業と人が互いに選び選ばれる関係になる」と話した。
また、三井住友銀行頭取の福留朗裕氏は「人への投資に関するステークホルダーとの対話、従業員とのビジョン、思いの共有が大事。まだ試行錯誤の段階だが、旧来の銀行における従業員との関係から変化している。抜本的な人事改革も必要だが、地道な改革も進めていく」と日々の取り組みの重要性を語る。
その意味で企業と社員が思いを共有することが大事であり、その取り組みを企業が内外に発信することで、まさにお互いに選び選ばれる関係になるのだということが言える。
他にも、GX(グリーントランスフォーメーション)について議論した第2分科会、出産・子育てしやすい社会づくりを議論した第5分科会、そして大阪・関西万博のテーマでもある「いのち輝く未来社会」のために何をするかが議論された第6分科会で熱い論議が繰り広げられた。
その大阪・関西万博開催に向けては建築費の上昇などが懸念されるが、関西経済同友会代表幹事の角元氏が「そこは心配していない。チケット販売という現実的課題がある中、機運を盛り上げなくては」と話す一方、関経連会長の松本氏がセミナー後の記者会見で「最大の努力をして万博を成功させようというコメントはどこにもない」と一部の建設会社への不満を述べる一幕もあった。
それでも「絶対に万博は成功させなければならない」(松本氏)という思いは関係者に共通している。関西のみならず、日本の取り組みを世界に発信する好機とする必要がある。
関西財界セミナーの第1回は1963年、日本が産業保護政策から自由貿易へと移行していく転換点の中で始まった。今も時代の転換点。今回の議論を企業経営にどう生かし、関西経済全体の底上げにつなげていくかが経営者に問われている。
「企業の役割」を捉え直す時
「地球規模・世界史的レベルでの時代変化が、私達を取り巻く経営環境に大きな転換点をもたらそうとしている」と話すのは、関西経済同友会代表幹事(三井住友銀行副会長)の角元敬治氏。
2024年2月8日、9日の2日間、第62回目となる「関西財界セミナー」が開催された。23年からリアル開催が復活し、2年目となる今回は約580人が参加。
テーマは「変化する時代、企業の役割~未来の視点から考える~」。コロナ禍を経た世界は、AI(人工知能)など技術の進展、地政学リスク、環境問題、人手不足、そして旧来型の資本主義経済がもたらした社会の分断といった課題を抱える。
そのため角元氏は「私達が社会課題を解決し、繁栄を続けるためには、目先のテーマに右往左往し、その場しのぎの対処を重ねるのではなく、ありたい未来社会の姿からバックキャストして、『企業の役割』、『企業の存在意義』を根本から捉え直すことが重要」と訴える。
また、24年に入って日経平均株価が上昇、23年から続く賃上げの機運も相まって「失われた30年」を脱し、「成長と分配の好循環」が実現する可能性が出てきている。
関西経済連合会会長(住友電気工業会長)の松本正義氏は「今、我が国は長期の停滞から脱し、活力を取り戻すことができるかの重要な局面にある。企業には幅広いステークホルダーに対しどのような役割を果たすかが改めて問われており、我々経営者は、目先に惑わされることなく長期的な視点を持って、その課題に取り組まなければならない」と力を込める。
今回の基調講演は、この時代背景に沿ったテーマとなった。講演者は大阪大学大学院(経済思想史)教授・総長補佐の堂目卓生氏で、演題は「目指すべき社会と経済を考える~アダム・スミスを起点として~」。
アダム・スミス(1723―1790)は、倫理学書『道徳感情論』や経済学書『国富論』を著し、「近代経済学の父」とも呼ばれている。
中でも『国富論』で示した「みえざる手」という概念は後世に大きな影響を与えた。市場経済で、参加者それぞれが自己利益を追求すれば、「見えざる手」に導かれて社会全体で適切な資源配分ができ、社会の繁栄と調和につながるという考え方。
それに対し堂目氏は「個人の利己心に基づく競争社会の繁栄、『見えざる手』が働くためにはフェアでなくてはならない。フェアな競争のためには、個人の中に道徳的抑制がなくてはならない」と指摘する。
そしてアダム・スミスが残した課題を乗り越えるには、この「競争」に参加できない人々を包摂すること、国や民族、文化、宗教を乗り越えて道徳を共有すること、分断を乗り越えて「共感」を広げられるかだとした。
その上で、コロナ後の我々が目指すべき社会として「共助社会」と、それを支える「共感経済」を目指す必要があるとした。「売り手である企業は共助の要だが、それに見合う収益を上げられていない。社会課題に立ち向かう勇気が必要。買い手と売り手の相互共感で『失われた30年』を乗り越える時」と訴えた。
日本に合致する資本主義のあり方とは?
今、世界では、米国で進んだ新自由主義的な資本主義による「過度な株主重視」からの揺り戻しが始まっている。象徴的だったのが19年、米国の主要企業の経営者が名を連ねる「ビジネス・ラウンドテーブル」が「ステークホルダー資本主義」への転換を打ち出したこと。
関西財界からは、関西経済連合会が23年9月、東京証券取引所が打ち出した上場企業の行動指針『コーポレートガバナンス・コード』の改定を提言。日本は元来「三方よし」などマルチステークホルダー重視の国なのに、周回遅れで株主重視に動くことへの危機感があった。コードで「株主重視」とされている部分を「多様なステークホルダー」と書き換えることなどを提唱。
その「マルチステークホルダー経営」について議論したのが第1分科会。8日に問題を提起した早稲田大学商学学術院教授の広田真一氏は「同じ資本主義といっても様々な形がある」として、アメリカ、イギリスを代表格とする株主第一主義と、ドイツ、フランス、北欧、そして日本など平等主義を重んじる「調整された資本主義」を紹介。
広田氏は「調整された資本主義の方が経済格差は小さく、平等性、企業の存続性が高い。日本はマルチステークホルダーが自然な国」と指摘した。
これを受け、きんでん会長の土井義宏氏は「コーポレートガバナンス、資本効率を意識した経営を進めているが、一方で『人』が資本の会社。自然災害が激甚化し、担い手も不足する中、『人』と『サステナビリティ』にシフトしている」と話した。
京阪神ビルディング会長の南浩一氏は「ガバナンスコードの制定など背中を押され、コンベアに載せられて走ってきた10年だったが、腹に落ちなかったのは、精神文化が違ったことにあるのではないか」と話す。
南氏は20年に「物言う株主」に対応した経験から「アクティビストの洗礼を受けた。彼らは企業の目的は利益の最大化としており、噛み合わない部分があった」と振り返る。
阪和興業相談役の古川弘成氏は、同社がバブル期に「財テク」に走った経験を踏まえ、「企業のあり方を考え直した経験がある」と自社の取り組みを紹介。企業の経営理念を研究する中で、住友家や近江商人、大阪商人のあり方、創業者の理念を研究した結果、「世界的潮流に安易に流されない。いい点は取り入れ、悪い点は取り入れない」という経営を進めてきた。
日本に合致する資本主義の形とは何なのか、その中で企業が果たすべき責任について議論が展開され、投資家とのあるべき対話の姿や、経営者評価の仕組みの検証、議決権行使助言会社のあり方、会社法の見直しなどで意見を表明していくとした。
企業は「人への投資」にどう取り組むべきか
「生成AI」などデジタル技術が急速に進展する中、日本のDX(デジタルトランスフォーメーション)は周回遅れとも指摘される。この中で関西がDXで先進地域になるための方策を議論したのが第3分科会。
大阪ガス常務執行役員の竹口文敏氏はDXと防災の関係を指摘。「南海トラフ地震が起きると甚大な被害が想定されるが、起きた時に1日でも早く復旧し、困り事に応えるのがDXではないか。防災とDXは親和性が高い。能登半島地震でも避難所の情報が開示されている。こうした取り組みを関西でも進める必要がある。データ連携で先鞭をつける地域になることが大事」と話した。
また、関西にはヘルスケアやライフサイエンスで産学の強い基盤があるが、医療機器メーカー・シスメックス社長の浅野薫氏は「IT技術が重要になり、そこにチャンスがある。関西は大学の集積などライフサイエンスに強い。医療・ヘルスケアのイノベーションが各地で行われている。連携を深めつつ独自性を高めれば、世界初の技術や仕組みを発信できるのではないか」と強調した。
こうした取り組みを支えるのは「人」。近年重視される「人への投資」で議論を展開したのが第4分科会。
日立造船社長の三野禎男氏は「人的資本の強化は経営戦略と人事戦略の連動の視点から始まる。経営層で議論を活性化し、人的資本経営を推進することで、企業と人が互いに選び選ばれる関係になる」と話した。
また、三井住友銀行頭取の福留朗裕氏は「人への投資に関するステークホルダーとの対話、従業員とのビジョン、思いの共有が大事。まだ試行錯誤の段階だが、旧来の銀行における従業員との関係から変化している。抜本的な人事改革も必要だが、地道な改革も進めていく」と日々の取り組みの重要性を語る。
その意味で企業と社員が思いを共有することが大事であり、その取り組みを企業が内外に発信することで、まさにお互いに選び選ばれる関係になるのだということが言える。
他にも、GX(グリーントランスフォーメーション)について議論した第2分科会、出産・子育てしやすい社会づくりを議論した第5分科会、そして大阪・関西万博のテーマでもある「いのち輝く未来社会」のために何をするかが議論された第6分科会で熱い論議が繰り広げられた。
その大阪・関西万博開催に向けては建築費の上昇などが懸念されるが、関西経済同友会代表幹事の角元氏が「そこは心配していない。チケット販売という現実的課題がある中、機運を盛り上げなくては」と話す一方、関経連会長の松本氏がセミナー後の記者会見で「最大の努力をして万博を成功させようというコメントはどこにもない」と一部の建設会社への不満を述べる一幕もあった。
それでも「絶対に万博は成功させなければならない」(松本氏)という思いは関係者に共通している。関西のみならず、日本の取り組みを世界に発信する好機とする必要がある。
関西財界セミナーの第1回は1963年、日本が産業保護政策から自由貿易へと移行していく転換点の中で始まった。今も時代の転換点。今回の議論を企業経営にどう生かし、関西経済全体の底上げにつなげていくかが経営者に問われている。