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森ビル社長・辻 慎吾「東京が都市間競争で勝ち抜いていくために、『軸』をぶらさずに開発し続けていく」

財界オンライン 2024年3月21日 18時0分

2023年10月に「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」、同11月に「麻布台ヒルズ」が開業し、東京・港区を中心としたエリアに巨大な4つのヒルズが出揃った。「強い街が連なっているのはエリアの強さ」と森ビル社長の辻氏。森ビルがヒルズを開発していく上での思いは「東京が都市間競争に勝つ」ということ。そのための「磁力」とするための機能を複合的に備えている。森ビルの開発哲学を探る。


「国際新都心」としてのポテンシャルは?

 ─ 2023年は10月に「虎ノ門ヒルズ ステーションタワー」、23年11月に「麻布台ヒルズ」が開業するなど、森ビルにとって重要な年でしたね。

 辻 確かに当社は23年、2つのヒルズを同じようなタイミングで開業しました。どちらも大きな街ですから、まだ開いていないスペースがありますが、24年4月頃までには本格的に開業してきます。今はまだ、2つのヒルズの真の実力を、皆さんがわかっておられないわけです。

 フルにオープンした時には「こういう街だったのか」と改めて思っていただけると思います。私達は街をつくるだけでなく、その後の街を育む「タウンマネジメント」を含めて一生懸命取り組んでおり、そのノウハウもあります。その仕組みを立ち上げていければ、街として勝つことができます。

 ─ 1986年の「アークヒルズ」から始まって40年近く、「六本木ヒルズ」から約20年経ち、これらのヒルズがつながったわけですね。

 辻 おっしゃる通り、街がつながりました。狭いエリアの中にアークヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズ、麻布台ヒルズという4つのヒルズがあります。

 広さはアークヒルズが約5.6ヘクタール、六本木ヒルズが約12ヘクタール、麻布台ヒルズと虎ノ門ヒルズが約8ヘクタールと巨大です。しかも、その中に文化施設、住宅、店舗、オフィスといった多様な都市機能が複合している。こうした強い街が連なっているのは強さだと思います。

 特に、このエリアには大使館が多く立地し、緑も多く、住環境もいい。ミシュランの星が付いたレストランも、東京23区の中で最も多いんです。ですから「国際新都心」としてのポテンシャルは非常にあります。よく「食い合うのでは?」と言われますが全く違い、相乗効果の方が高いと見ています。

 ─ 最も新しい「麻布台ヒルズ」は開発に35年かけたものですが、手応えは?

 辻 非常に手応えがあります。記者説明会には約350人という見たことがないくらいの記者の方々が来てくれましたし、海外のメディアも含め、多くの記事を書いてくれました。

「麻布台ヒルズ森JPタワー」が330メートルの高さで、現時点で日本一ですが、我々が「グリーン&ウェルネス」というコンセプトをお伝えし、緑をつくるために、あの高さが必要なんですと発信したことを、きちんと伝えてもらうことができました。訪れた方々の反響もよかったのでありがたかったですね。

 ─ それぞれのヒルズで街の性格が違いますね。

 辻 六本木は文化都心、虎ノ門はグローバルビジネスセンター、麻布台は住むことを含めたグリーン&ウェルネスと、それぞれコンセプトが違います。それが合わさることで、全てのコンセプトを持ったエリアになるのです。

 例えば文化施設を取ってみても、アークヒルズには世界を代表する音楽ホール「サントリーホール」、六本木ヒルズには現代アートの「森美術館」、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーには「TOKYO NODE」というギャラリー、ホール、レストランを組み合わせた情報発信拠点、麻布台ヒルズには「森ビル デジタルアート ミュージアム エプソン チームラボボーダレス」を開業しました。

 このように文化施設だけを見ても、我々が一生懸命つくっていったら音楽、アート、デジタルと様々な分野を持つことができました。

 また、緑を見ても、このエリアに12ヘクタールもの緑地をつくり出しています。都心でこれだけの緑をつくるのは難しいわけですが、一生懸命取り組んできて、足したら12ヘクタールになっていたと。

 ─ 街づくりを積み重ねてきたことが力になっているということですね。

 辻 ええ。街が誕生するまでには時間もかかりますし、何百人という権利者の方々と一緒に取り組みますから、その方々に対する責任もあります。

 我々がこれだけ大きな街をつくるのは、東京の磁力を生み出す1つになって欲しい、都市間競争に勝つための力になって欲しいという思いを込めています。

 街が誕生するのは、自分達がやってきたことを世の中に出すことができるという意味で非常に嬉しいことです。そこからさらに、街を育てていくという取り組みが始まっていく。

 ─ 街をつくって終わりではなくて、街を育てると。

 辻 そうです。例えば六本木ヒルズは22年のクリスマスイヴに単日の来街者数が過去最高となりました。23年4月で丸20年経ちましたが、来街者数も売上も過去最高を更新し続けています。

 これはなかなか珍しいことです。売上はお客様をきちんと掴んで、増えていけば達成できる可能性はありますが、来街者は難しい。それは街の鮮度はオープン時が一番高いからです。その鮮度は年々落ちてくるわけですが、逆に「絆」は上がっていく。この絆によって来街者数がオープン時を超えたのは、すごいことだと思っています。


オフィスの必要性が改めて実感されて…

 ─ コロナ後の今、人はつながりやリアルで会うことを求めているという声も改めて出てきましたね。

 辻 そう思います。確かに一時「オフィス不要論」も言われました。コロナ後にどういうオフィスが必要かという議論はありますが、世界中の人々が一斉にコロナで外に出られないという体験をしたことで、リモートワークでできること、できないことがわかっていると思います。

 例えば取材でも、会って話を聞くのと、画面越しに行うのとでは全く違います。会議でも、リアルなら見回せば、あの人は何かを考えてそうだとわかりますが、小さな画面ではわからないですよね。

 一番の本質は、新しいものを生み出そう、アイデアを積み上げていこうというクリエイティブな取り組みは、リモートではできないということです。それを皆さんが感じたことで、オフィスの必要性が改めて実感されているのだと思います。

 ─ 創造性の発揮にはリアルが必要だと。

 辻 会わなければ新しいものは生まれないんです。多くの日本人は、あえて言わなくても自然と出社する方向になりましたがアメリカ、特にシリコンバレーなどはなかなか出社しない。多くの企業が、どうやって出社させようか悩んでいるくらいです。

 我々のビルのテナントには外資系企業も多いわけですが、出社させるためのスペースづくりをしています。単に席が並んでいるだけでなく、みんなが集まることができる場所づくりを意識しています。

 そうした場所を街が持ったらどうなるだろうかと考えて、麻布台ヒルズにつくったのが「ヒルズハウス」です。入居企業とその従業員が、街全体をワークプレイスとして使うための拠点となる共用施設ですが、打ち合わせも、会食も、パーティも、遊ぶこともできます。

 その他にも住宅、店舗、ホテル・文化施設・緑地などの機能がありますが、そういう街、オフィスがこれからの時代に必要になってくると考えています。

 麻布台ヒルズは、立地はあまりよくありませんが、例えば神谷町駅からは傘をささずに訪れることができるなど、オフィスへのアクセスは非常によくなっています。

 ─ 新しい時代をつくるには新しい世界観が必要だということですね。

 辻 特に、コンセプトである「グリーン&ウェルネス」には力を入れています。

 人々の豊かな健康は、何歳まで生きるかではなく、何歳まで元気に生きられるかです。そこで、麻布台ヒルズには慶應義塾大学予防医療センターが移転開業しており、ウェルネスの共同研究を進めています。

 人は病気になったら病院に行きますから、病気にかかってからのデータしかありません。しかし、健康な時に、その人はどういう食生活、睡眠、暮らしをしていたか、元々の体の数値はどうだったのかというデータがあれば、その人が病気になった時に原因を掴むことが可能になるのではないかと。

 こうした健康に関するデータは、なかなか出てきませんから難しいのですが、麻布台ヒルズはオフィスワーカーが2万人働く街ですから、今後はいろいろな人を巻き込んで、取り組みを広げていこうと思っています。

 ─ 今後は予防が大事になってくるということですね。社会ニーズを掴んだ街づくりだと。

 辻 街は50年、100年続いていきます。これからの時代は先を見ていないと、現状でつくったらすぐに古くなってしまいますから。


「これをやっていく」という軸をぶらさない

 ─ いずれのヒルズの開発も時間がかかったり苦労があったりしていると思いますが、辻さんの支えとなったものは何でしたか。

 辻 東京を世界一の都市にしたい、世界の中で東京が都市間競争にどう勝っていくのか。そのための都市をつくらなくてはいけないというのが、森ビルの強い思想です。

 私も全くその通りだと考えて、その思想を継続した街づくりを進めてきました。森稔(森ビル前会長)は30年くらい前から「都市間競争の時代」と言っていましたが、当時は誰もちゃんと話を聞いてくれませんでした。

 それが、ここ7年くらいは多くの人が言い出しています。東京都も、国も言っています。森ビルは森稔が亡くなってからもずっと言い続けています。

 そういう都市になるためには、世界中から人、モノ、カネ、情報が集まらなければなりませんから、魅力的な磁力がなくてはいけません。そのための我々の提案がヒルズなのです。

 ヒルズは、再開発をして1が2になるところ、1を3にしようという取り組みです。街の価値を上げて、1が3になり、それが4つあればエリアにとって大きなプラスになります。

 ─ そうやって、港区を中心にヒルズを開発してきたわけですね。

 辻 そうです。かつてはポートフォリオで、日本中に資産を持つ、あるいは世界中に散らした方が安全と言われましたが、我々はこの狭いエリアに集中しているわけです。

 東京は日本のエンジンとして世界との戦いに勝たなければならない。一方、日本の地方都市には食や歴史。文化など個性的な魅力があります。ですから我々は地方の再開発のお手伝いにも積極的に取り組んでいます。しかし、森ビルにとっては東京をどうするかというのが一番のポイントであることは変わりません。

 ─ 難しい問題に直面した時には、どういう気持ちで事に当たってきましたか。

 辻 やはりよく考えるということです。トップが決断できない会社は滅びていきますから、よく考えて決めていく。決めるのは最終的に1人ですから。様々なシミュレーションはきちんとやった上で、自信を持って決めていくことが大事です。

 そして、「我々はこれをやっていく」という軸を絶対にぶらさないこと。軸がぶれていくと社員もついてくることができません。

 我々が最も得意なのは都市をつくるノウハウで、その部分は一番だと自負しています。だからこそ、世界中から多くの人が「一緒に仕事をしよう」と言ってきてくれるわけです。

 自分達の強み、やるべきことの軸を一切ぶらさないことを、常に意識しています。

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