「まさに魔法のような粉─」日清製粉の技術開発者責任者はこの小麦粉をそう形容した。小麦がコモディティ化している中、同社が差別化商品として販売拡大を推進する高食物繊維小麦粉『アミュリア』。同小麦はオーストラリアの種苗会社が30年余費やし研究開発した特殊小麦で、日清製粉での同小麦の製粉開発にも2年程度を要した。通常の小麦粉の5倍の食物繊維が含まれ、これに置き換えた食事をすることで腸内環境を整えることができる。これまでの小麦粉に代わる、新たな小麦粉とは─。
新たな小麦粉の開発に成功
「将来的にはこれが主力商品になることを期待している─」こう語るのは日清製粉社長の山田貴夫氏。
2020年、日清製粉が新たな高食物繊維小麦粉(名称:アミュリア)の開発に成功した。現在この小麦粉を使用した製品化は約200社の間で契約が進んでおり、パンや麺、菓子類が世に出始めている。一般消費者が接する身近な商品では、セブン&アイグループで販売されている「くるみパン 4個入」や、世界20カ国およそ150店舗(日本国内では約30店舗)を構えるパン屋・メゾンカイザーでの商品だ。着々と広まりつつあるこの高食物繊維小麦粉とは一体何なのか?
現在、日本人の約5割が朝食にパンを食べているといわれる(アスマーク調べ)。そこで日清製粉が目をつけたのが、日本人の食物繊維不足。厚労省の調べによると、1950年台に比べると食物繊維の摂取量は3割程度減少しているという。食物繊維が不足すると、便秘を引き起こす。
「腸は第二の脳」とも言われ、お互いに影響を及ぼし合うという腸脳相関という概念も一般的によく言われ、腸内環境を良くするための「腸活」に注目が集まっている。腸の調子が良ければ脳の処理能力も上がり、こころの精神面も安定するといった考え方だ。そういった社会ニーズにも対応できる小麦粉開発ができないかと、同社では何年も前から開発が始まっていたのだ。
ことの始まりは2017年12月、オーストラリアの種苗企業アリスタ社の社長エリック・バスカルド氏から、「高食物繊維の小麦が完成した」という連絡を受けたところから始まった。そのサンプルを同社で製粉したところ「この小麦粉は普通のパンや麺になりうるポテンシャルがある。これを使えば日本人の健康寿命を延ばすことが可能になる─」と技術開発者たちの胸は躍った。
しかし豪・アリスタ社では輸出各国において、一国一社契約制という独自の経営方針をとっている。同社はこの販売権を何としてでも取得しなければという思いであった。この小麦粉が販売できれば、明らかな他社との差別化商品になるからだ。
コンペが開かれ日本の製粉企業も数社参加。営業力、研究力、品質管理力、開発力などのさまざま面での総合審査によって、2年の年月を経てようやく契約締結。日本での独占販売権を同社は勝ち取った。
しかしここからも苦難が続いた。「これまでの小麦と比べると粒が小さいため機械が壊れてしまい、工場を止めなければならなくなってしまったことも。一筋縄ではいきませんでした」と取締役・技術開発本部長の村上浩二氏。改善に改善を重ね、完成まで通常の製粉開発期間の2倍を要した。アリスタ社でこの種を開発するのに30年余、日清製粉での製粉開発に2年余、計30年以上、この夢見る小麦粉に研究者たちが知を集結し、投資をしてきたことになる。
実はこれ以前にも、同社は2016年にアメリカのある会社から「高食物繊維入りの小麦ができた」と連絡を受け、製粉を試したことがあった。しかし結果は今の通常小麦粉と比較すると美味しさに欠けるという理由で、高食物繊維小麦粉の開発自体は一度断念した過去がある。
その経験からも山田社長は「いくら健康に良くても美味しくなければ広く普及しない。食べたくて選んだ美味しい食事が、結果的に健康にもつながるという世界観を実現したい」と小麦の美味しさと健康の両立には強くこだわる。今回は「これならいける」という判断だ。
腸活ブームの中で小麦自体を見直す
高食物繊維小麦粉「アミュリア」は、通常の小麦粉と比べ約5倍の食物繊維を含む。食物繊維を多く含むごぼうと比べても3倍弱の食物繊維を含み、レジスタントスターチ(難消化性でんぷん)という腸内環境改善に役立つ食物繊維も多く含む。
これまで小麦粉系の食品の食物繊維を増やすには、全粒粉に置き換えたり、食品添加物を混ぜたりするのが一般的であるが、そうするとえぐみが出たり、食感がぼそぼそとしてしまうのが課題であった。しかし「アミュリア」は原料自体に栄養価を含むため、そういった課題はない。シンプルに普通の小麦からこちらに置き換えるだけで高食物繊維を含んだ食事が可能となる。
「小麦粉はある種コモディティ化しているため差別化になるブランド品が必要。通常小麦粉と比べたら割高ではあるが、病気リスクを抑え健康になれるという付加価値を感じていただく」と山田氏。
「アミュリア」は今までの製品のデメリット面をカバーし、さらに健康になれるという社会ニーズに応える製品である。
「あまりにも普通の小麦粉と食べ口が変わらないので、本当にそんなに食物繊維がたくさん含まれているのか、当初はとても信じがたかった」と話す村上氏は、自身でも実験をしたという。
毎朝アミュリアで作った6枚切りのパン1枚を食べ続けるという実験で、3日目くらいからお通じが良くなるといった腸内環境改善の効果を実感。「魔法の粉のようだ」と笑って見せる。
現在製粉業界は大手4社(日清製粉、ニップン、昭和産業、日東富士製粉)の販売シェアが8割を占める市場状況の中、同社の販売シェアは国内40%と業界トップ。その中で「アミュリアの製品が市場でもっと広まっていければ、日本人の健康寿命を伸ばすことにつながる」(山田氏)と期待を込める。
小麦粉の栄養素自体を根本から見直す─。社会ニーズに合わせた小麦粉の進化を探る2度目の挑戦で、5〜10年後に売上20億円規模を目標に据える。既存の穀物の新たな可能性掘り起こしへ─。業界1位の日清製粉が仕掛ける小麦粉革命である。
新たな小麦粉の開発に成功
「将来的にはこれが主力商品になることを期待している─」こう語るのは日清製粉社長の山田貴夫氏。
2020年、日清製粉が新たな高食物繊維小麦粉(名称:アミュリア)の開発に成功した。現在この小麦粉を使用した製品化は約200社の間で契約が進んでおり、パンや麺、菓子類が世に出始めている。一般消費者が接する身近な商品では、セブン&アイグループで販売されている「くるみパン 4個入」や、世界20カ国およそ150店舗(日本国内では約30店舗)を構えるパン屋・メゾンカイザーでの商品だ。着々と広まりつつあるこの高食物繊維小麦粉とは一体何なのか?
現在、日本人の約5割が朝食にパンを食べているといわれる(アスマーク調べ)。そこで日清製粉が目をつけたのが、日本人の食物繊維不足。厚労省の調べによると、1950年台に比べると食物繊維の摂取量は3割程度減少しているという。食物繊維が不足すると、便秘を引き起こす。
「腸は第二の脳」とも言われ、お互いに影響を及ぼし合うという腸脳相関という概念も一般的によく言われ、腸内環境を良くするための「腸活」に注目が集まっている。腸の調子が良ければ脳の処理能力も上がり、こころの精神面も安定するといった考え方だ。そういった社会ニーズにも対応できる小麦粉開発ができないかと、同社では何年も前から開発が始まっていたのだ。
ことの始まりは2017年12月、オーストラリアの種苗企業アリスタ社の社長エリック・バスカルド氏から、「高食物繊維の小麦が完成した」という連絡を受けたところから始まった。そのサンプルを同社で製粉したところ「この小麦粉は普通のパンや麺になりうるポテンシャルがある。これを使えば日本人の健康寿命を延ばすことが可能になる─」と技術開発者たちの胸は躍った。
しかし豪・アリスタ社では輸出各国において、一国一社契約制という独自の経営方針をとっている。同社はこの販売権を何としてでも取得しなければという思いであった。この小麦粉が販売できれば、明らかな他社との差別化商品になるからだ。
コンペが開かれ日本の製粉企業も数社参加。営業力、研究力、品質管理力、開発力などのさまざま面での総合審査によって、2年の年月を経てようやく契約締結。日本での独占販売権を同社は勝ち取った。
しかしここからも苦難が続いた。「これまでの小麦と比べると粒が小さいため機械が壊れてしまい、工場を止めなければならなくなってしまったことも。一筋縄ではいきませんでした」と取締役・技術開発本部長の村上浩二氏。改善に改善を重ね、完成まで通常の製粉開発期間の2倍を要した。アリスタ社でこの種を開発するのに30年余、日清製粉での製粉開発に2年余、計30年以上、この夢見る小麦粉に研究者たちが知を集結し、投資をしてきたことになる。
実はこれ以前にも、同社は2016年にアメリカのある会社から「高食物繊維入りの小麦ができた」と連絡を受け、製粉を試したことがあった。しかし結果は今の通常小麦粉と比較すると美味しさに欠けるという理由で、高食物繊維小麦粉の開発自体は一度断念した過去がある。
その経験からも山田社長は「いくら健康に良くても美味しくなければ広く普及しない。食べたくて選んだ美味しい食事が、結果的に健康にもつながるという世界観を実現したい」と小麦の美味しさと健康の両立には強くこだわる。今回は「これならいける」という判断だ。
腸活ブームの中で小麦自体を見直す
高食物繊維小麦粉「アミュリア」は、通常の小麦粉と比べ約5倍の食物繊維を含む。食物繊維を多く含むごぼうと比べても3倍弱の食物繊維を含み、レジスタントスターチ(難消化性でんぷん)という腸内環境改善に役立つ食物繊維も多く含む。
これまで小麦粉系の食品の食物繊維を増やすには、全粒粉に置き換えたり、食品添加物を混ぜたりするのが一般的であるが、そうするとえぐみが出たり、食感がぼそぼそとしてしまうのが課題であった。しかし「アミュリア」は原料自体に栄養価を含むため、そういった課題はない。シンプルに普通の小麦からこちらに置き換えるだけで高食物繊維を含んだ食事が可能となる。
「小麦粉はある種コモディティ化しているため差別化になるブランド品が必要。通常小麦粉と比べたら割高ではあるが、病気リスクを抑え健康になれるという付加価値を感じていただく」と山田氏。
「アミュリア」は今までの製品のデメリット面をカバーし、さらに健康になれるという社会ニーズに応える製品である。
「あまりにも普通の小麦粉と食べ口が変わらないので、本当にそんなに食物繊維がたくさん含まれているのか、当初はとても信じがたかった」と話す村上氏は、自身でも実験をしたという。
毎朝アミュリアで作った6枚切りのパン1枚を食べ続けるという実験で、3日目くらいからお通じが良くなるといった腸内環境改善の効果を実感。「魔法の粉のようだ」と笑って見せる。
現在製粉業界は大手4社(日清製粉、ニップン、昭和産業、日東富士製粉)の販売シェアが8割を占める市場状況の中、同社の販売シェアは国内40%と業界トップ。その中で「アミュリアの製品が市場でもっと広まっていければ、日本人の健康寿命を伸ばすことにつながる」(山田氏)と期待を込める。
小麦粉の栄養素自体を根本から見直す─。社会ニーズに合わせた小麦粉の進化を探る2度目の挑戦で、5〜10年後に売上20億円規模を目標に据える。既存の穀物の新たな可能性掘り起こしへ─。業界1位の日清製粉が仕掛ける小麦粉革命である。