平時にこそ…
「全て問題の根本は、平時にあるということです。有事の際に、的確に行動できるのか、あるいはウロたえて状況に流されるのか。それは平時にどんな心構えで臨んでいるのかにかかります」
国際政治が専門で、危機管理・安全保障に詳しい研究者は〝平時の生き方〟が問われる時代だと語る。
ウクライナ戦争はまだ続き、イスラエルとイスラム軍事組織・ハマスとの戦いも依然先の見えぬまま、中東全体がキナ臭い。各地で紛争は止まず、南米アルゼンチンは物価上昇200%台と猛烈なインフレに見舞われている。
日本を取り巻く東アジアも、北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、米中対立の中で台湾問題も流動的だ。
平時に予測できる危機にどう備えるかということ。地震のように突発的に起きる天変地異にしても、向こう30年間に関東大震災並みの大地震が起きる可能性が大きい─といった予測を踏まえて、どう備えるか。
要は、そうした有事や緊急事態にどう対応するのかという危機感を国全体で、あるいは組織全体で持っているのかどうかということ。
出発点は、何ごとも危機感だと思う。
トランプ再選の場合は
米国大統領選(今年11月)は、〝もしトラ〟から〝ほぼトラ〟の可能性が高まってきたといわれる。
トランプ前大統領(共和党)とバイデン現大統領(民主党)の対決の様相が深まり、米国内の世論調査では、トランプ氏がわずかの差ながら優位を保っている。
トランプ氏は、『アメリカファースト』(米国第一)を掲げ、何より自国優先主義で、NATO(北大西洋条約機構)問題でも過激な発言で物議を醸す。「自国の防衛費の支払いが不十分な国がある。米国はそうした国々の面倒を見る責任はない」といった趣旨の発言で、場合によっては、米国のNATO離脱をほのめかす。
米国は依然、世界一位の経済大国であり軍事大国だが、かつての〝超大国〟という影は薄れている。第2次世界大戦(1945年に終了)後の国際秩序づくりを主導してきた米国だが、今、その余裕はない。
〝プーチンのロシア〟と対峙する欧州の安全保障を維持するために発足したNATO。過去、長い間、戦火を経験してきた欧州各国はEU(欧州共同体)を構築し、安全保障ではNATOを築いてきた。
ロシアと国境を接し、辛酸をなめてきたフィンランドもNATO加盟を果たし、永世中立国を謳ってきたスウェーデンもまた、紆余曲折をたどりながら最近、加盟にこぎ着けた。
そうしたNATOも、トランプ氏の言動に揺さぶられるのが現実だ。どう動いていくべきか─。
問われる日本の交渉力
「確かに、トランプ氏は過激な言動を繰り広げていますが、8割方は交渉によって解決可能な問題提起だと思います」と元経済官庁のトップはトランプ氏をこう評し、次のように述べる。
「アメリカファーストは交渉手段として使っているし、安全保障問題にしても、各国は応分の負担をすべきという考えですよね」
言ってみれば、米国は当然のことながら自らの国益を大事にして、他の国の運営に身銭を切ってまで尽くすことはないという論理。自分の国は自分で守る─ということをトランプ氏は言っているに過ぎないというのである。
米国の国力低下
確かに、米国は第2次世界大戦後の国際秩序づくりに積極的に動いてきた。IMF(国際通貨基金)や世界銀行の設立、NATO創設をはじめ、アジアやその他地域の途上国支援も推進してきた。
自由主義陣営のリーダーとして、旧ソ連や中国主導の社会主義陣営と対立し、冷戦構造下では、自由主義・市場主義陣営の旗振り役として振る舞ってきた。
『ベルリンの壁』が崩壊(1989)し、大半の社会主義国が自由・市場主義へとなだれ込み、旧西側(自由主義)の1人勝ちの様相となった時が、米国の勢いが最高潮だったのかもしれない。
それから30数年が経った。米国も余裕をなくし、国内だけで精一杯というのが現状である。
USスチール問題に思う
今の米国は、格差問題や移民問題などを抱え、まさに〝内向きの時代〟に入った。内向きの米国とどう付き合っていくか。
日本製鉄が昨年末、約2兆円もの投資で米USスチールを買収すると発表して以来、米国内では、「買収反対」の声が高まる。
USスチールは米国でも名門の鉄鋼会社。鉄鋼王といわれたアンドリュー・カーネギーが創設し、米国のみならず、世界で存在感を示してきた。
同社の本拠地、ピッツバーグ(ペンシルベニア州)では、労組を中心に、『買収反対』の声があがる。
トランプ氏は、「絶対に日本製鉄の買収を阻止する」と息巻く。
保守層の多い同州では、米国の名門企業とされるUSスチールが外国の企業に買収されることに対する嫌悪感が強い。バイデン現大統領もそうした空気に気押されて、日鉄の買収案に否定的だ。
日本製鉄側は、CO2を大量に吐き出す現在の高炉方式を止め、電炉方式や他の製造方法を取り入れるなど、USスチールの経営改革を進める考えで、社員や労組と協議しながら、現在の赤字体質を改善していく方針。
となると、丁寧な説明と対話で社員や労組、地域の関係者を説得していくほかはない。経営者も、こうした〝視界不良の時代〟を切り拓いていく覚悟が求められる。
日本の再生
世界中が内向きになり、共存共栄の道が狭くなりつつある。その中を日本はどう生き抜くかという課題。
「米国や欧州は移民問題を抱えていますが、日本は東京一極集中をどうするかという課題」として、地方の再生を掲げるのは三菱総合研究所理事長の小宮山宏さん。
「地方の衰退というのは本質的に言って、第一次産業の衰退から来ています。農林水産業(の産出額)は10兆円。今の日本のGDP(国内総生産)から見て2%いかない。これでは地方を維持できない。この現状をどうするかという課題です」
小宮山さんは続ける。
「いま日本は資源を輸入している。ところが再生可能エネルギーをつくり、都市鉱山を活用すれば、資源エネルギーの自給ができる。農林業に関連してバイオマスの成長を見込むとかね。エネルギーだけでも年間50兆円近くを輸入。これを風力、太陽光、水力、地熱、バイオマスに替えていく。この投資を進めていけば地方に成果がはね返ります」
10兆円の農林水産業が50兆円の一次産業に─。こうしたビジョンづくりが必要。国の針路づくりを担う政治が漂流する現状は実に情けない。緊張感が求められる。
「全て問題の根本は、平時にあるということです。有事の際に、的確に行動できるのか、あるいはウロたえて状況に流されるのか。それは平時にどんな心構えで臨んでいるのかにかかります」
国際政治が専門で、危機管理・安全保障に詳しい研究者は〝平時の生き方〟が問われる時代だと語る。
ウクライナ戦争はまだ続き、イスラエルとイスラム軍事組織・ハマスとの戦いも依然先の見えぬまま、中東全体がキナ臭い。各地で紛争は止まず、南米アルゼンチンは物価上昇200%台と猛烈なインフレに見舞われている。
日本を取り巻く東アジアも、北朝鮮はミサイル発射を繰り返し、米中対立の中で台湾問題も流動的だ。
平時に予測できる危機にどう備えるかということ。地震のように突発的に起きる天変地異にしても、向こう30年間に関東大震災並みの大地震が起きる可能性が大きい─といった予測を踏まえて、どう備えるか。
要は、そうした有事や緊急事態にどう対応するのかという危機感を国全体で、あるいは組織全体で持っているのかどうかということ。
出発点は、何ごとも危機感だと思う。
トランプ再選の場合は
米国大統領選(今年11月)は、〝もしトラ〟から〝ほぼトラ〟の可能性が高まってきたといわれる。
トランプ前大統領(共和党)とバイデン現大統領(民主党)の対決の様相が深まり、米国内の世論調査では、トランプ氏がわずかの差ながら優位を保っている。
トランプ氏は、『アメリカファースト』(米国第一)を掲げ、何より自国優先主義で、NATO(北大西洋条約機構)問題でも過激な発言で物議を醸す。「自国の防衛費の支払いが不十分な国がある。米国はそうした国々の面倒を見る責任はない」といった趣旨の発言で、場合によっては、米国のNATO離脱をほのめかす。
米国は依然、世界一位の経済大国であり軍事大国だが、かつての〝超大国〟という影は薄れている。第2次世界大戦(1945年に終了)後の国際秩序づくりを主導してきた米国だが、今、その余裕はない。
〝プーチンのロシア〟と対峙する欧州の安全保障を維持するために発足したNATO。過去、長い間、戦火を経験してきた欧州各国はEU(欧州共同体)を構築し、安全保障ではNATOを築いてきた。
ロシアと国境を接し、辛酸をなめてきたフィンランドもNATO加盟を果たし、永世中立国を謳ってきたスウェーデンもまた、紆余曲折をたどりながら最近、加盟にこぎ着けた。
そうしたNATOも、トランプ氏の言動に揺さぶられるのが現実だ。どう動いていくべきか─。
問われる日本の交渉力
「確かに、トランプ氏は過激な言動を繰り広げていますが、8割方は交渉によって解決可能な問題提起だと思います」と元経済官庁のトップはトランプ氏をこう評し、次のように述べる。
「アメリカファーストは交渉手段として使っているし、安全保障問題にしても、各国は応分の負担をすべきという考えですよね」
言ってみれば、米国は当然のことながら自らの国益を大事にして、他の国の運営に身銭を切ってまで尽くすことはないという論理。自分の国は自分で守る─ということをトランプ氏は言っているに過ぎないというのである。
米国の国力低下
確かに、米国は第2次世界大戦後の国際秩序づくりに積極的に動いてきた。IMF(国際通貨基金)や世界銀行の設立、NATO創設をはじめ、アジアやその他地域の途上国支援も推進してきた。
自由主義陣営のリーダーとして、旧ソ連や中国主導の社会主義陣営と対立し、冷戦構造下では、自由主義・市場主義陣営の旗振り役として振る舞ってきた。
『ベルリンの壁』が崩壊(1989)し、大半の社会主義国が自由・市場主義へとなだれ込み、旧西側(自由主義)の1人勝ちの様相となった時が、米国の勢いが最高潮だったのかもしれない。
それから30数年が経った。米国も余裕をなくし、国内だけで精一杯というのが現状である。
USスチール問題に思う
今の米国は、格差問題や移民問題などを抱え、まさに〝内向きの時代〟に入った。内向きの米国とどう付き合っていくか。
日本製鉄が昨年末、約2兆円もの投資で米USスチールを買収すると発表して以来、米国内では、「買収反対」の声が高まる。
USスチールは米国でも名門の鉄鋼会社。鉄鋼王といわれたアンドリュー・カーネギーが創設し、米国のみならず、世界で存在感を示してきた。
同社の本拠地、ピッツバーグ(ペンシルベニア州)では、労組を中心に、『買収反対』の声があがる。
トランプ氏は、「絶対に日本製鉄の買収を阻止する」と息巻く。
保守層の多い同州では、米国の名門企業とされるUSスチールが外国の企業に買収されることに対する嫌悪感が強い。バイデン現大統領もそうした空気に気押されて、日鉄の買収案に否定的だ。
日本製鉄側は、CO2を大量に吐き出す現在の高炉方式を止め、電炉方式や他の製造方法を取り入れるなど、USスチールの経営改革を進める考えで、社員や労組と協議しながら、現在の赤字体質を改善していく方針。
となると、丁寧な説明と対話で社員や労組、地域の関係者を説得していくほかはない。経営者も、こうした〝視界不良の時代〟を切り拓いていく覚悟が求められる。
日本の再生
世界中が内向きになり、共存共栄の道が狭くなりつつある。その中を日本はどう生き抜くかという課題。
「米国や欧州は移民問題を抱えていますが、日本は東京一極集中をどうするかという課題」として、地方の再生を掲げるのは三菱総合研究所理事長の小宮山宏さん。
「地方の衰退というのは本質的に言って、第一次産業の衰退から来ています。農林水産業(の産出額)は10兆円。今の日本のGDP(国内総生産)から見て2%いかない。これでは地方を維持できない。この現状をどうするかという課題です」
小宮山さんは続ける。
「いま日本は資源を輸入している。ところが再生可能エネルギーをつくり、都市鉱山を活用すれば、資源エネルギーの自給ができる。農林業に関連してバイオマスの成長を見込むとかね。エネルギーだけでも年間50兆円近くを輸入。これを風力、太陽光、水力、地熱、バイオマスに替えていく。この投資を進めていけば地方に成果がはね返ります」
10兆円の農林水産業が50兆円の一次産業に─。こうしたビジョンづくりが必要。国の針路づくりを担う政治が漂流する現状は実に情けない。緊張感が求められる。