食品の〝完全メシ化〟が今あちこちで起こっている─。トレンドの完全栄養食市場をリードするのは日清食品。自社の『完全メシ』シリーズだけでなく、既存品の美味しさを保ち栄養を最適化する独自技術を他社にも提供し、各メーカー食品の〝完全メシ化〟を進めている。1月に起きた能登地震でも『カップヌードル』や『完全メシ』など合計15万食が被災地に届けられ、厳しい生活環境の中で栄養バランスの整った『完全メシ』は多くの人の食を支えた。介護や医療の分野にも応用にも通ずるこの独自技術はどこまで拡大が進むのか─。
完全栄養食市場の伸長と業界のルール整備
「日本には肥満や隠れ栄養失調の人が多い。大きな社会問題となっている生活習慣病を予防し、日本を未病対策先進国にしたい」。こう語るのは日清食品・常務取締役の藤野誠氏。オーバーカロリーによる肥満が増加する一方で、極端なダイエットによって必要な栄養素が取れていない。丸の内OLの摂取カロリーはなんと戦後の飢餓状態より10%少ないといわれている。他にも多忙の中で食事が簡素化、外食続きで栄養バランスが偏り、脂質や炭水化物はたくさん摂れていても、ビタミンやタンパク質が全く足りていないという状況から病も生じる。
そのような社会背景の中、最近スーパーには完全栄養食をうたった商品が増えている。完全栄養食の市場は、現在144億円で2030年には500億円を超える見通し。2023年には菓子メーカーのブルボン、今年1月には味の素が新商品化。4月はUHA味覚糖が完全栄養食の食品メーカーCOMPを完全子会社化にするなど、大手食品企業がこぞって参入を進めている。
日清食品も2022年5月に『完全メシ』という最適化栄養食シリーズを発売。これが発売から2年弱で2500万食を突破するほどの大ヒットを飛ばしている。初年度売上目標の30億円を突破し、2026年には100億円規模を目指す。「同社の歴史においても新規ブランドがこれだけの短期間に100億円ブランドを目指せるレベルで成長した例はなかなかない(関係者)」と、社内の期待も高い。1958年に戦後の食糧不足の中、手頃な価格でカロリーを摂取できるチキンラーメンから始まった同社。企業理念の1つである美健賢食(=美しく健康な身体は賢い食生活から)に立ち返り「これに本格的に取り組むべきときがきた」と藤野氏。
現在この完全栄養食といわれるものは、厚生労働省が定める日本人の食事摂取基準に含まれる33種類の栄養素を過不足なく摂取できるように開発された食品を総称することが多いが、基準は曖昧で、何をもって完全栄養食と呼ぶのか明確なルールがなかった。栄養素が入ってはいるが、その栄養素の量やバランスについては各社の解釈にばらつきがあった。
この基準を明確化しようと、2023年7月に慶應義塾大学、日清食品、セブン-イレブン・ジャパン、イオンが中心となり、日本最適化栄養食協会を立ち上げルールづくりを行うこととした。たんぱく質、炭水化物、脂質のバランスをはじめとする33種類の栄養成分が、性や年代に応じて科学的根拠に基づき過不足なく含まれているかどうかを協会が審査する。承認されたものには「最適化栄養食認証マーク」が付与され、消費者の混乱を招くのを防ぐ。
打倒カップヌードル? 『完全メシ』を新たな柱に
日清食品が手掛けるこの『完全メシ』シリーズは全42品で、現在も新商品の開発が続々進行中。ドライ商品ではカップ麺、カップライス、スープ、冷凍品ではかつ丼やパスタなどがある。これまでの味の黄金比を崩さずに、栄養バランスを整えることは容易ではないが、これまで蓄積した商品技術を駆使することで実現ができているという。
協業で他社の既存商品についてもおいしさはそのままに、栄養素のバランスを整えた〝完全メシ化〟も進める。湖池屋『カラムーチョ』や木村屋總本店『あんぱん』が完全メシ化され、いわば食事よりお菓子や菓子パンの方が栄養バランスが良いという信じがたい商品を実現。
さらにはコンビニやスーパーのお弁当までも完全メシ化した商品が一部店舗でテスト販売されている。社員食堂で提供されるとんかつ定食も、この最適化栄養食の技術を使い、一般的なものと比べカロリーは半分、食塩も3gに抑えるなど、美味しさを変えず栄養を最適化することを実現した。栄養素が持つエグみや苦みを感じることなく美味しく食べられるようにする通常に作った料理の栄養バランスを測り、味を変えないまま栄養バランスを整える独自技術だ。
「美味しさを損なわず、しかも必要な栄養素を〝過不足なく〟というのが難しいが、そこが強みであり真似できない価値」(藤野氏)
しかし、この『完全メシ』はこれまで販売してきたカップヌードルと世界観が矛盾してしまうのではなかろうか。率直に言えば、カップヌードルは炭水化物や油、塩分が多く栄養面で偏っている商品。健康よりもジャンクな美味しさを求める顧客層であり、完全メシが目指す世界観とは反対のベクトル。これまで自分たちがやってきたことを否定することにはならないか?
「完全メシは健康に気をつかい出す30〜40代をターゲットにしており、既存食品とのカニバリは生じていない。将来的には当社が出す商品は全て完全メシ化を見据えている。即席麺に続く新たな事業として全く別の日清食品をもう一つつくる覚悟でブランドを育てる」と藤野氏。
4月からのテレビCMもその矛盾を敢えてストレートに表現し、「カップヌードルよりこっち(完全メシ)を食べたほうがいい」とアピールする衝撃の内容。日清食品の商品開発は、これまでも創造と既存商品への挑戦を繰り返しながら新商品を生み出してきた。社内で商品たちを本気で競わせることが、良い商品開発となり、それが会社をより強くする─という同社の信念に基づく開発もまた、たやすくは真似できない手法。
技術を強みとして自社商品を飛び越えた他社との協業を進め、社会現象にもなりつつある〝完全メシ化〟はどこまで拡大していくのか。健康社会の実現に向けて100年ブランドの育成が進む。
完全栄養食市場の伸長と業界のルール整備
「日本には肥満や隠れ栄養失調の人が多い。大きな社会問題となっている生活習慣病を予防し、日本を未病対策先進国にしたい」。こう語るのは日清食品・常務取締役の藤野誠氏。オーバーカロリーによる肥満が増加する一方で、極端なダイエットによって必要な栄養素が取れていない。丸の内OLの摂取カロリーはなんと戦後の飢餓状態より10%少ないといわれている。他にも多忙の中で食事が簡素化、外食続きで栄養バランスが偏り、脂質や炭水化物はたくさん摂れていても、ビタミンやタンパク質が全く足りていないという状況から病も生じる。
そのような社会背景の中、最近スーパーには完全栄養食をうたった商品が増えている。完全栄養食の市場は、現在144億円で2030年には500億円を超える見通し。2023年には菓子メーカーのブルボン、今年1月には味の素が新商品化。4月はUHA味覚糖が完全栄養食の食品メーカーCOMPを完全子会社化にするなど、大手食品企業がこぞって参入を進めている。
日清食品も2022年5月に『完全メシ』という最適化栄養食シリーズを発売。これが発売から2年弱で2500万食を突破するほどの大ヒットを飛ばしている。初年度売上目標の30億円を突破し、2026年には100億円規模を目指す。「同社の歴史においても新規ブランドがこれだけの短期間に100億円ブランドを目指せるレベルで成長した例はなかなかない(関係者)」と、社内の期待も高い。1958年に戦後の食糧不足の中、手頃な価格でカロリーを摂取できるチキンラーメンから始まった同社。企業理念の1つである美健賢食(=美しく健康な身体は賢い食生活から)に立ち返り「これに本格的に取り組むべきときがきた」と藤野氏。
現在この完全栄養食といわれるものは、厚生労働省が定める日本人の食事摂取基準に含まれる33種類の栄養素を過不足なく摂取できるように開発された食品を総称することが多いが、基準は曖昧で、何をもって完全栄養食と呼ぶのか明確なルールがなかった。栄養素が入ってはいるが、その栄養素の量やバランスについては各社の解釈にばらつきがあった。
この基準を明確化しようと、2023年7月に慶應義塾大学、日清食品、セブン-イレブン・ジャパン、イオンが中心となり、日本最適化栄養食協会を立ち上げルールづくりを行うこととした。たんぱく質、炭水化物、脂質のバランスをはじめとする33種類の栄養成分が、性や年代に応じて科学的根拠に基づき過不足なく含まれているかどうかを協会が審査する。承認されたものには「最適化栄養食認証マーク」が付与され、消費者の混乱を招くのを防ぐ。
打倒カップヌードル? 『完全メシ』を新たな柱に
日清食品が手掛けるこの『完全メシ』シリーズは全42品で、現在も新商品の開発が続々進行中。ドライ商品ではカップ麺、カップライス、スープ、冷凍品ではかつ丼やパスタなどがある。これまでの味の黄金比を崩さずに、栄養バランスを整えることは容易ではないが、これまで蓄積した商品技術を駆使することで実現ができているという。
協業で他社の既存商品についてもおいしさはそのままに、栄養素のバランスを整えた〝完全メシ化〟も進める。湖池屋『カラムーチョ』や木村屋總本店『あんぱん』が完全メシ化され、いわば食事よりお菓子や菓子パンの方が栄養バランスが良いという信じがたい商品を実現。
さらにはコンビニやスーパーのお弁当までも完全メシ化した商品が一部店舗でテスト販売されている。社員食堂で提供されるとんかつ定食も、この最適化栄養食の技術を使い、一般的なものと比べカロリーは半分、食塩も3gに抑えるなど、美味しさを変えず栄養を最適化することを実現した。栄養素が持つエグみや苦みを感じることなく美味しく食べられるようにする通常に作った料理の栄養バランスを測り、味を変えないまま栄養バランスを整える独自技術だ。
「美味しさを損なわず、しかも必要な栄養素を〝過不足なく〟というのが難しいが、そこが強みであり真似できない価値」(藤野氏)
しかし、この『完全メシ』はこれまで販売してきたカップヌードルと世界観が矛盾してしまうのではなかろうか。率直に言えば、カップヌードルは炭水化物や油、塩分が多く栄養面で偏っている商品。健康よりもジャンクな美味しさを求める顧客層であり、完全メシが目指す世界観とは反対のベクトル。これまで自分たちがやってきたことを否定することにはならないか?
「完全メシは健康に気をつかい出す30〜40代をターゲットにしており、既存食品とのカニバリは生じていない。将来的には当社が出す商品は全て完全メシ化を見据えている。即席麺に続く新たな事業として全く別の日清食品をもう一つつくる覚悟でブランドを育てる」と藤野氏。
4月からのテレビCMもその矛盾を敢えてストレートに表現し、「カップヌードルよりこっち(完全メシ)を食べたほうがいい」とアピールする衝撃の内容。日清食品の商品開発は、これまでも創造と既存商品への挑戦を繰り返しながら新商品を生み出してきた。社内で商品たちを本気で競わせることが、良い商品開発となり、それが会社をより強くする─という同社の信念に基づく開発もまた、たやすくは真似できない手法。
技術を強みとして自社商品を飛び越えた他社との協業を進め、社会現象にもなりつつある〝完全メシ化〟はどこまで拡大していくのか。健康社会の実現に向けて100年ブランドの育成が進む。