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【政界】新経済対策で起死回生を狙う岸田首相 次期衆院選にらむ与野党の「熱い夏」

財界オンライン 2024年7月16日 15時0分

通常国会最大の焦点だった改正政治資金規正法が、紆余曲折を経てやっと成立した。首相・岸田文雄は衆院解散・総選挙や内閣総辞職という野党の要求を退け、秋以降の首相続投にも意欲をのぞかせる。しかし、自民党内からも半ば公然と退陣を求める声が上がり、内閣支持率の低迷が続く中、政権の前途は一層多難なものになった。改正規正法で積み残された政治改革の成否に加えて、「四面楚歌」の岸田が繰り出す新たな経済対策は起死回生の一手となるのか。近年まれに見る政治の熱い夏が始まった。


混乱と思惑

 通常国会の最終盤、小さな混乱を起こしたのは日本維新の会だった。改正規正法案の修正を巡り、政党から議員個人に支出される政策活動費の「10年後の領収書公開」で、岸田と維新代表の馬場伸幸は5月末に合意している。この時の合意文書に入っていた、議員に月100万円が支給される調査研究広報滞在費(旧文通費)の見直し問題が再燃したのだ。

 もともと参院自民を中心に、岸田の独走に反発の声はあった。合意文書には期限が明記されていなかったため、自民党幹部も「通常国会では日程的に厳しい」と先送りを示唆した。これに怒った馬場は、党首合意の際に期限を入れるよう求めたが、首相周辺から「そこは信用してほしい」と言われた、と内幕を暴露した。それでも、規正法成立をすでに確信した自民執行部のかたくなな姿勢は変わらず、維新は首相問責決議案を提出したが、後の祭りだった。

 公明党の協力さえ取りつければ改正規正法を成立させられるにもかかわらず、岸田は「与野党合意に基づく改革」を演出しようと、あえて維新に頭を下げた経緯がある。そして維新は「期限なしの合意」という交渉上の未熟さをさらけ出した上、衆院で規正法案に賛成しながら、参院では一転して反対し、合意を交わした相手(岸田)の問責決議案まで出すという迷走ぶりを示した。

 次期衆院選を念頭に自民との対決色を打ち出すのか、野党第1党・立憲民主党との差別化を図るのか。つまるところ維新の戦略はイソップ童話のコウモリさながらに中途半端だった。いきり立つ維新に他党は取り合わず、問責案は棚ざらしにされた。立憲代表の泉健太は「馬場代表、かわいそうだなと正直思う」とあわれみを込めた。維新は昨年の勢いをすっかり失っており、むしろ立て直しが急務になっている。

 その立憲は、改正規正法の参院採決・成立と引き換えに、国会で3年ぶりの党首討論を勝ち取った。「抜け穴だらけ」と言われる規正法をあえて成立させて、国民の批判をさらに高める狙いが1つ。そしてもう1つ、泉が岸田と直接対峙して早期の衆院解散を迫り、政権交代を目指す姿勢をアピールする狙いもあった。規正法採決と党首討論の後、与党に否決されるのを承知で、内閣不信任決議案を提出したのもその一環だ。

 自民としても、国会会期を延長して、ずるずる批判にさらされ続けるより、その方がまだマシな選択だった。国会が閉会した後、各議員が地元を回って少しずつ政治改革への理解を広げ、何とか党勢回復につなげる。さらに9月の党総裁選を盛り上げてメディアをジャックし、秋にも予想される衆院選へ弾みをつける。この希望的なシナリオが、多くの自民議員の抱くイメージである。


希望的観測

 振り返れば2017年6月、当時の首相・安倍晋三はいわゆる「モリカケ問題」の直撃で支持率が低迷する中、通常国会を強引に閉じた。野党は追及の場を失い、夏の間に何とか批判のほとぼりを冷ました安倍は、希望の党騒動があったものの、秋には衆院解散に打って出て勝利した。

 しかし当時と比較しても、今回自民と公明、それにいったんは維新も合意した改正規正法は、各種世論調査で「政策活動費をはじめ、抜け穴が多く、実効性が乏しい」と受け止められている。政治とカネを巡る国民の不信感は強烈で、岸田政権が再浮揚するためには、経済など本来の政策面で挽回することも不可欠となる。

 岸田は通常国会閉会にあたっての記者会見で「引き続き、道半ばの課題に結果を出すよう努力する」と政権継続の意向を示唆してみせた。これだけの逆境になお心が折れないメンタルの強さを評価する声は、自民党内にも意外と多い。岸田がしばしば揶揄される「鈍感力」は、時として権力者に必要な資質の一つなのだ。

 4月の衆院3補選、5月の静岡県知事選など、春以降、自民は「政治とカネ」の逆風により全国の選挙で連敗続きだった。「いま衆院解散は自殺行為」とみなされたゆえんだが、6月は一縷の希望の光が見えた月でもあった。自公両党などの知事野党が勝利し、実に16年ぶりに県議会の過半数を奪い返した沖縄県議選である。

 2014年から知事の座を占めてきた故・翁長雄志と玉城デニーは、歴代政権が目指す米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に頑強に抵抗してきた。その大きな後ろ盾が県議会の知事与党だ。

 もともと革新系の地盤が強い沖縄で、安倍、菅両政権も苦しんだ「壁」をこのタイミングで突き崩せたことに、自民幹部は驚きと安堵を隠さなかった。「まさか勝てると思わなかった。悪い話ばかりの中、本当に久々の良いニュースだ」

 ただし、沖縄には自民の裏金事件の関係者も少なく、むしろ地元振興の方が主要争点となった節があった。「逆風がやんだ」と手放しに喜ぶのは安直に過ぎるという見方で与党内はほぼ一致した。



東京の陣

 そして7月7日には次の関門、東京都知事選が実施された。立憲の参院議員だった蓮舫の出馬表明が、盤石と思われた現職・小池百合子の目算を狂わせたのは間違いない。

 国政復帰が取り沙汰される小池は4月の衆院東京15区補選に出馬せず、代わりに立てた乙武洋匡が惨敗。都民ファーストの会の内部も「神通力に陰りが見えた」と動揺が起きた。それでも本人の知名度は抜群で、都知事に3選すれば、国政への影響力をひとまず維持できそうだった。

 一方の蓮舫は、22年の参院東京選挙区で自民、公明、共産を下回る4位にとどまり、知名度は高くても「小池さんとは地力に差がある」(自民関係者)と指摘された。ただ、もともと次期衆院選で東京の小選挙区にくら替えする方向になっていたため、敗れてもいずれ国政復帰が可能な立場だった。

 首都・東京の知事を立憲に明け渡せば、いよいよ政権交代の引き金にさえなりかねない。独自候補の擁立を見送った自民は、東京都連を仕切る前政調会長・萩生田光一を中心に、小池の支援へ動いた。岸田も「必要な支援を党として行う」と明言した。

 ところが小池サイドは、低迷する自民からの支援を「ありがた迷惑」とばかりに忌避した。自民は推薦を出さず、政党色も抑えて裏方に回ることになった。元幹事長・石破茂は、小池必勝を期す以上「悔しかろうがなんだろうが、一歩下がってステルスに徹するのも一つのやり方」と語った。同時に行われる8つの都議補欠選挙も自民は「負けが込んだら大変だ。衆院解散がさらに遠のく」(東京選出議員)と警戒を強めた。

 衆院解散も内閣総辞職もないまま、「政治とカネ」に明け暮れた通常国会は6月23日に閉会した。夏から秋にかけての永田町は、9月に予定される二つのイベント、自民党総裁選と立憲民主党代表選を軸として動くことになる。

 まずは何といっても、岸田の総裁再選戦略に注目が集まる。派閥としての岸田派は解散する予定だが、「岸田さん支持でまとまる。政権を生み出した責任もある」(派閥中堅)との意見が今のところ多い。

 ただ、幹事長・茂木敏充とのあからさまな溝に加え、頼みの綱である副総裁・麻生太郎とも、改正規正法を巡って岸田が公明、維新に大幅譲歩したことで「怒りを買った」とささやかれた。しばらく岸田からの誘いを断っていた麻生だったが、規正法成立の前夜、ようやく岸田と会食。会場を後にした岸田の笑顔がまたも臆測を呼んだ。

 巻き返しを期す岸田は記者会見で、今後、2段階の経済対策を実施すると表明した。8~10月に電気・ガス料金の負担軽減策を期間限定で再開する。秋には年金生活者・低所得世帯への給付金などを検討する。

 電気・ガス料金補助は5月に終了したばかり。事前に聞かされていなかった霞ケ関は驚きあわて、与党幹部は「それなら、そもそも止めなければよかったじゃないか」とこぼした。物価高対策として継続の要望が多かった施策ではあるが、総裁選の時期を挟んだ補助金が人気取りと見透かされれば「効果」も薄れかねない。秋の給付金は財源確保のため補正予算編成が必要とされ、これも岸田の続投意思の表れと言える。


「次」は誰に

「次の首相」として世論調査で最も人気がある石破や岸田からの禅譲をうかがう茂木、前回総裁選に出馬した経済安全保障担当相の高市早苗、元総務相の野田聖子ら「ポスト岸田」候補もうごめき始めた。総裁候補のいない二階派では、岸田政権発足当初に経済安保相を務めた小林鷹之の名も取り沙汰されている。

 裏金事件で身動きが取れない安倍派は、なすすべなく他勢力の「草刈場」にされかねないが、萩生田や元総務会長・福田達夫らには独自の動きを起こす気配が見える。とはいえ、いずれの「ポスト岸田」候補も、まだ海のものとも山のものともつかない段階だ。

 対照的に、全国の選挙で勝ち星を挙げて勢いに乗る立憲も、事情はやや複雑だ。「政権交代を本気で目指すときに、泉さんで大丈夫か」(若手議員)との声が漏れている。裏金事件という敵失が追い風になっただけで「泉総理」に期待感は乏しい、という見方だ。

 選挙で勝っている現代表を引きずり下ろすには相当なエネルギーが必要だが、老将・小沢一郎や世論の再評価が著しい元首相・野田佳彦、党創設者の枝野幸男らを交えた駆け引きが予想される。

 衆院議員の任期が秋には残り1年を切る。次期衆院選、さらに来夏の参院選もにらんで、自民、立憲両党は内部闘争が激しさを増す。激動の通常国会を終えて一息ついた永田町だが、今年は特に長い夏になるのではないか。(敬称略)

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