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JTB会長(日本旅行業協会会長)・髙橋広行「例えば国内旅行では、子どもの学びと休暇を組み合わせた『ラーケーション』がキーワード」

財界オンライン 2024年8月12日 11時30分

円安を受けて日本にインバウンド客が押し寄せている。だが一方で、オーバーツーリズムが大きな課題にもなっている。JTB会長で日本旅行業協会(JATA)の会長も務める髙橋広行氏は「地域と時期の2つの分散が重要になる」と提言する。また、日本人による海外旅行が少ない原因ともなっているのがパスポート取得率の低さだ。先進国で最も低い取得率をどう高めていくか。日本の国富を高める観光業の在り方とは?


観光は最大の輸出産業になる可能性がある!

 ─ 足音の円安基調でインバウンドが旺盛ですね。

 髙橋 コロナ禍を経てインバウンドは急回復を通り越し、もはや急成長をし続けています。それほど日本の持つ魅力が世界的にも評価されているということでしょう。もともと潜在化していた日本の魅力がどんどん表に出てきているのです。

 2023年の訪日旅行者数は約2500万人です。コロナ前のピークは19年の約3100万人でしたから人数の上では少ない。しかし、訪日旅行者の消費額は5.3兆円を超えています。ちなみに19年は約4.8兆円でしたから、それを優に超えているということになります。

 よくインバウンドは輸出に例えられます。外貨を獲得するという観点から見れば、まさに輸出産業そのものだからです。政府が目標として掲げる30年に6000万人を実現すれば、訪日旅行者の消費額は約15兆円になると言われています。自動車産業が約17兆円ですから、日本最大の輸出産業になる可能性があると考えています。

 ただ、それを実現させるためには、クリアしなければならない課題があります。まずはオーバーツーリズムの解消です。これはインバウンドが特定の地域に集中していることによって生じています。しかし、その特定の地域の受け入れ態勢はもはや飽和状態です。これをどう分散させるかがポイントになります。

 ─ 具体的には?

 髙橋 2つあります。1つはインバウンド先の地域を分散させることです。そしてもう1つは時期の分散です。この両面の分散を進めていけば、まだまだインバウンドを受け入れるキャパシティはあると思っています。

 ─ 地域の分散という観点で、見過ごされている日本の観光資産はどんな所ですか。

 髙橋 東京から富士山を経由して京都・大阪に至る「ゴールデンルート」にインバウンドが集中していますが、旅行業界では地域分散を目的としたルートの開発に取り組んでいます。例えば、北陸新幹線の福井延伸を踏まえた東京から金沢経由で京都・大阪に至る「レインボールート」です。能登震災もありましたから北陸支援にもつながります。

 また、来年の大阪万博を切り口に風光明媚な観光資源が整っている瀬戸内海と四国を回る「瀬戸内シーニックビュールート」や東京に来たインバウンドを南下させずに北上させて東北を貫くルート、北海道内の地方を周遊するようなマザールートや九州内でのマザールートなどにも取り組んでいます。


子どもが欠席にならない旅行

 ─ 東京一極集中の是正にもつながる話ですね。

 髙橋 そうですね。インバウンドの地方分散には様々な意味があります。中でも地方活性化への影響は非常に大きい。ある試算によれば、地方に住む定住人口が1人失われた場合、8人のインバウンドを呼び込めば、それを補う経済効果が得られると言われていますからね。

 ─ 自治体が革新的に動いた事例はありますか。

 髙橋 「昇龍道」があります。「ドラゴンルート」と呼ばれているのですが、能登半島を龍の頭として南北の縦軸を龍の体をイメージして命名されたルートなのですが、名古屋から高山を通って金沢に抜ける形が龍の形をしているところから、こう命名されました。このルートがゴールデンルートにつながる大きなルートになっています。

 その結果、高山には多くのインバウンドが押しかけており、高山周辺はものすごく活性化しています。高山をはじめとする地方の皆さんの努力の結果です。ネーミングをドラゴンにしたのもうまいですよね(笑)。中国人はドラゴンを縁起の良いものとして捉えていますからね。

 ─ 自らの観光資源を掘り起こした一例ですね。もう1つの時期の分散とは。

 髙橋 休む時期を分散させるという意味なのですが、是非とも政府にも力を入れていただきたいのが「ラーケーション」です。ラーケーションとは「ラーニング」(学習)と「バケーション」(休暇)を組み合わせた造語で、余暇中に学ぶ行為を指します。これを全国知事会からも賛同を得て進めているのです。

 旗振り役は愛知県の大村秀章知事です。これまでは旅行に行くにしても、子どもが平日に学校を休むことは許されませんでした。ですから、ゴールデンウイークや夏休み、年末年始といった決まった時期にしか家族旅行に行けなかったわけです。

 しかし、ラーケーションは平日に学校を休んでも校外学習をするという名目であれば、欠席には当たらないというものになります。茨城県では年間5日間、愛知県では年間3日間ということで既に始まっています。

 ─ これが普及すると、旅行業界も変わりそうですね。

 髙橋 そうです。実は既に国内旅行がガラリと変わりつつあります。観光庁の統計では23年の日本人1人当たりの国内宿泊旅行の回数は1.4回。宿泊数は2.3泊です。この数値はコロナ禍を除けば、十数年間、ずっと変化がありません。この最大の制約は、子どもが学校を休めないということです。

 父親や母親は企業側の変化もあって変わってきています。年次有給休暇の取得率も上がり、多様な働き方ができるようになって旅行先でのリモートワークやテレワークができるようになりました。ところが、肝心の子どもが学校を休めないという状況が続いていたのです。

 しかし、ラーケーションでこの制約が解消されていくと、平日の旅行需要が一気に上がります。現在の22兆円という国内旅行の市場も、私の推測では一気に上がるのではないかと思っています。平日に旅行に行けるとなれば安価に旅行に行けます。しかも、混雑せずに行ける。これはオーバーツーリズムの解消にもつながるでしょうね。

 それから何といっても、観光事業者の雇用にもつながります。平日にも需要があればホテルや旅館などの観光事業者は従業員を雇うことができるようになりますからね。雇用の安定化や雇用の創出にもつながります。



先進国で最低の取得率

 ─ ラーケーションという新たな取り組みが新規の旅行需要を生み出すわけですね。

 髙橋 そうですね。ただ、ラーケーションは全都道府県が始めなければ大きな効果が期待できません。1県で実施しても、旅行に行くのは主に県外になりますからね。県外に利益が及ぶわけですから、隣同士が同じように実施しなければ互恵関係になりません。

 ですから、我々もワーケーションを全国に広めていただきたいと経団連にも申し入れをしましたし、各都道府県にも賛同してもらうように動いています。我々はこのラーケーションが地方を活性化させる一丁目一番地だと思っているのです。

 それは効果もしっかり現れているからです。先日、愛知県がラーケーションを実施したところ、大阪府のUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)にたくさんの愛知県民が、その日に押しかけたそうです。それだけラーケーションによって動き出す人が多いということです。

 ─ 制度を変えるだけでコストもかかりませんね。一方で髙橋さんは日本人による海外旅行の重要性を訴えています。

 髙橋 はい。部門別でみると、国内旅行はほぼコロナ前の水準に戻り、インバウンドはコロナ前を上回る勢いで回復・成長してきました。残るは日本人の海外旅行、つまりアウトバウンドです。これがまだコロナ前比で6割と低い水準のままなのです。この数値は世界の水準から比べても非常に遅れています。

 その要因はいろいろありますが、その中で私が最大の要因だと思うのは日本人のパスポートの取得率の低さです。パスポートの取得率はアウトバウンドの基軸になります。ですから、この数値が高まらない限り、海外旅行の成長は望めません。実際に、日本人のパスポートの取得率は約17%に過ぎません。

 ─ ピークはどのくらいの比率だったのですか。

 髙橋 18年の23%でした。しかし、その23%も先進国の中では低いのです。英国で60%を超えており、米国でも50%超です。台湾も60%を超え、韓国も40%を超えています。日本はダントツで数値が低いのです。コロナ禍でパスポートの保有者が更新せずに有効期限が消滅したというケースが多いようです。

 ただそれ以上に私が強調したいのは、若年層のパスポートの取得率を高める必要があるということです。パスポートがなければ海外旅行はもちろん、若年層の海外渡航そのものも増えません。これは、将来の日本の国力低下にもつながりかねない由々しき事態です。

 ─ 若年層がパスポートを取得しやすい環境整備が欠かせなくなってきていますね。

 髙橋 その通りです。このままでは将来の日本の国際競争力に間違いなく影響してきます。ですから、政府には若者の海外渡航を支援する取り組みを行っていただきたいと考えています。極論を言えば、義務教育が終わった時点、あるいは成人に達した時点で、パスポートを無償配布するなどの大胆な政策も是非検討してもらいたいと思っています。


若い人には世界を見て欲しい!

 ─ 国からすると、これに弊害があるのでしょうか。

 髙橋 インバウンドは国に直接利益をもたらしますが、アウトバウンドは日本のお金を海外に持ち出すことになりますので、国としては積極的に支援しづらいことももちろん理解できます。ただ、私がアウトバウンドを支援してもらいたいというのは次の2つの観点からです。

 1つ目は、今後インバウンドを更に拡大させるためには、絶対にアウトバウンドの拡大が不可欠になります。国際交流とは双方向の関係です。相手の国との互恵関係の上に成り立っています。今は完全にインとアウトのバランスが崩れています。ですから、これを是正すべきです。

 2つ目は、日本は島国ですからインバウンドを呼び込むにしても飛行機が必要です。この航空路線を拡大させるためにも、アウトバウンドを増やさなければなりません。航空会社も効率を求めます。インバウンドだけでは座席は埋められません。最低でも6対4、もしくは7対3と言われています。

 ─ 観光は中長期にも国力を高める方策と言えますね。

 髙橋 中長期の視点が欠かせません。何よりも世界を知らずして世界で戦えるとは思えませんからね。若い人には是非とも世界を見てもらいたいですね。

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