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【倉本 聰:富良野風話】化石の孤独

財界オンライン 2024年9月28日 11時30分

富良野に移住して50年近く。来てすぐ新聞をとることを止めた。新聞配達さんが深雪を分けて一軒だけの住民のために、こんな山奥にまで毎朝来て下さる迷惑を考えて遠慮してしまったためもある。テレビがあるのに今更新聞でもあるまいと思ってしまったこともある。

 新聞のない世界に馴れてしまうと、四紙もとっていた東京の暮らしが何だったンだろうと不思議に思い返される。NHKも朝日も毎日も昨夜の巨人・阪神戦は巨人の勝ちだし、ロシア・ウクライナの戦況もイスラエルとハマスの闘争も同じ情況を報じている。僕らはほぼ変わらない一つの情報源から同じ情報を再確認し、ああ同じ! と安心しているだけなのだ。

 困ったことが一つだけある。

 世の中で使われている新しい単語に、どんどん遅れていくことである。最初は外来語の多用に腹が立った。1970年代の初頭であったが、〝北海道の21世紀を考える〟という百人委員会というものが札幌で開かれ、何をまちがえたか僕も招かれた。

 ところが集った人たちが学者・知識人。通じない言葉が頭上をとび交う。しばらく我慢したが、堪忍袋の緒が切れて叫んだ。諸氏の言う言葉がさっぱり判らない! 北海道もまだ日本の筈! お願いだから日本語でしゃべってくれ! さっき誰かがアセスメントと言ったが、アセスメントとは一体何のことか、浅野セメントが作った新しいセメントの名称か! 会場爆笑し、それからみんな必死で横文字を日本語訳してしゃべろうとしたが、時間がかかって仕様がなかった。

 以来四十余年、この国の言語は乱れに乱れ、外来語を多用する東京都知事まで出現して、もはや新語を解せない我々昭和の古い民は、「化石」と陰で称されるようになった。ここは日本である筈なのに新語を使うものの天下になり、大和言葉はもはや〝時代遅れ〟の象徴となり果てた。

 そこへもってきて略語・新人類語・更なる専門語・術語の横行。折から加齢による難聴も加わり、人の会話から遠去かることとなった。

 コールレート、デカップリング、リスキリング、ジェンダー、オープンカンパニー、ガクチカ、ファイア。

 チャットGPT、ローミング、アマゾンプライム、AI、ランサムウェア、スタグフレーション、ディフュージョン・インデックス、ダイナミックプライシング。

 そこへもってきて若者たちの略語。ドンビキ、デフォ、ブル、リスケ、スレッズ、ブルースカイ、マネパ、タイパ、コスパ、バカッター、頂き女子、脳ミソの許容量をとうに超えているし、考えていると眠くなってくる。

 僕ら化石は耳を閉ざし、大和言葉の昔に戻って、三十一文字でもひねっていれば良い。

 もはや日本は日本でありながら、日本語の通じない国になり果てた。化石はどうやって生きていけばいい。

【倉本 聰:富良野風話】半世紀

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