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東京大学公共政策大学院教授・鈴木一人「ハリスが勢いに乗る段階でも支持率は拮抗。トランプ支持の根強さもあり、行方は最後まで混沌」

財界オンライン 2024年10月15日 19時0分

銃撃事件を受けて共和党の団結が強まり、トランプが優勢になると見られていた米大統領選だが、民主党候補者がハリスに代わり状況は一変し、勢いに乗る。今後ハリスの課題が浮き彫りになることも必至で、優劣は投票日まで予断を許さない。国際政治や経済安全保障が専門の鈴木氏に、大統領選の分析と、その結果が日本経済に与える影響や日本企業はどう構えるべきかについて、2回に分けて聞いた。 (収録は8月中旬、文中敬称略)


 ─ 米大統領選は民主党候補がバイデンからハリスに代わりましたが、現時点(8月中旬)での情勢分析を聞かせてください。

 鈴木 6月の討論会でバイデンの主に高齢に起因する弱さが浮き彫りになりました。トランプはそこを徹底的に攻めたのですが、結果的にはそれがあまりにも効きすぎてしまって、民主党の中でバイデン降ろしが始まりました。

 選挙まで3カ月というタイミングでバイデンが降りることになり、時間がありませんから、予備選など党内のプロセスを飛ばしてハリスを候補にするというコンセンサスができました。

 民主党は、これまでバイデンでは負けるというある種の悲壮感が漂っていましたが、勝てるかもしれないと一気に雰囲気が変わりました。

 ─ トランプ陣営はそれまでの選挙戦略を見直さなければならなくなりました。

 鈴木 はい。これまでトランプが批判してきた要素がごっそり抜けて、全く違う戦略構築を共和党に強いることになりました。

 若くてエネルギーがあり、明るいキャラクターのハリスが登場したことで、民主党の支持者はものすごく盛り上がっています。明らかにハリスに勢いがあることは間違いありません。

 ─ とはいえ、この勢いが投票日まで持続するとは限りません。

 鈴木 そうですね。バイデンがハリスを副大統領に指名した時から言われてきた「能力問題」というのがあります。もともとは白人、男性、高齢というバイデンに対して、女性、非白人、若いというハリスでチケットを組んでトランプに対抗するという構図でした。要するに選挙戦術的に選んだ副大統領であって、能力を重視して選んだわけではありません。こうした経緯から、ハリスが大統領候補になることに一抹の不安を多くの人が持っているはずです。

 今はある種の浮かれた雰囲気になっていますが、この状態が長続きするとは思えません。お祭りが終わった時の寂しさみたいなものが出てくる。本当にこの人で大丈夫なんだろうかという不安がどこまで広がるのかが焦点になります。

 ─ これだけハリスに勢いが出ているにもかかわらず、支持率が拮抗している状況に変わりはありません。

 鈴木 そうです。激戦州で圧倒的なリードを取っているところは1つもないのです。激戦州は7つあって、ミシガン、ウイスコンシン、ペンシルベニア、ノースカロライナ、ジョージア、アリゾナ、ネバダです。ここではいずれも僅差なんですね。ハリスが絶好調の段階で僅差ということは、これから不安が出てきた時に、この差はトランプに有利になってくるんじゃないかと思うのです。

 16年の大統領選時、ヒラリーは、実はミシガン、ウイスコンシン、ペンシルベニアというラストベルト(さびれた工業地帯)では、平均すると支持率で約4.5%上回っていたのです。けれども結果的には負けました。その原因はこの3州を落としたからなのです。それくらい現時点での数字はあてにならないと言えるでしょう。

 さらに、トランプの根強さというのもあなどれません。


ハリスにはないトランプの「テントの大きさ」

 ─ その根強さとは何でしょう。

 鈴木 あの単純さ、分かりやすさに加えて、エリート臭がしないということです。

 米国社会には、小さな社会集団がたくさんあります。

 例えば白人・男性・エリートみたいな集団というのは、アメリカの全部を覆っているのではなくて、本当に一部なんですね。それ以外にもヒスパニックで女性、というようないくつか人種や性別、職業の状態の組み合わせで多様な集団がいる。これらの集団をどれだけまとめられるかというのが、大統領選の勝敗につながるのです。

 そういう意味で、かつてのオバマは、白人ではないけれども白人エリート集団にも受けがいいし、非白人の人たちにも受けがいい。同時に失業者にもエリートにも両方に訴えかけるものがある。

 だから非常に大きな、アメリカではよくテントという言い方をしますが、ビッグテントと言って、大きなテントに人を集めることができたのです。

 ─ つまり包容力があるということですね。

 鈴木 はい。要するに、それだけのさまざまな種類の人たちを包み込むテントの大きさ、これで選挙が決まると言われるのです。

 テントの大きさで言うと、実はトランプの方がハリスよりも大きいんですね。

 今回、副大統領候補にウォルズを選びましたけど、彼は白人で男性。実はハリスと同い年なのだけれど、見た目はおじさんのようで、エリートというより親しみやすい人柄に見えるでしょう。ハリスは非白人、女性、検事出身で、対照的なウォルズとのペアになっているわけですが、言い方を換えると、彼女は自分でエリートだと認めているようなものです。それはテントが狭いことを意味します。

 トランプは富裕層でエリートだけど、エリート臭を出さない。ここに彼のテントの大きさが出てくるのです。

 ─ トランプは意図的にそうしているのですか。それとも元々そういう人なのですか。

 鈴木 元々そういう人なのだと思います。

 イギリスではボリス・ジョンソン元首相も似たようなポジションだったんですけど、時々いる「金持ちでエリートの外れ者」のような人。要するにエリートなんだけど典型的なエリートに収まらない。生まれも育ちもお坊ちゃんなんだけど、ちょっと不良で格好つけてみるみたいな。

 ─ それは多くのアメリカ人を引きつける要素でもあるわけですね。

 鈴木 はい。もう1つトランプの持っているすごく本能的な才能だと思うんですけれども、彼は自分の支持者の声を裏切らないんですよね。支持者の期待する自分を演じることができる。

 人工妊娠中絶の話は典型的ですけど、彼は16年、20年の時は、明確に反対の立場でした。そこに自分の任期中に最高裁判事を3人指名できるという、めったにないチャンスが回ってきて、実際3人保守派に替えました。保守派が6対3で圧倒的な多数になり、結果として「ロー対ウェイド判決」という、人工妊娠中絶を容認する米最高裁判決を覆しました。

 それを受けて、中絶の是非を州ごとに決めていいとルールを変えたわけですけれども、これをやったら共和党の穏健派から思いのほか反発が強かった。

 つまり今まではトランプが見えていた支持者というのは、いわゆる宗教保守といわれる人たちで、「胎児というのは命だからこれを殺してはいけない」という価値観に立っていた。

 ところが、中絶は女性の権利という考えが広く染み渡った結果、共和党穏健派の人たちは中絶の容認を認めたのです。これが22年の中間選挙で共和党が負けた理由になった。だからそれを見てトランプは前言を翻し、州ごとに決めること以上のことはしないとして、要は中絶賛成派の人たちと共和党の宗教保守の人たち、双方の声をくみ取ったのです。

 ─ なるほど。トランプはウイングを広げたわけですね。

 鈴木 そうです。これが大きなテントの強さで、彼は融通無碍にいろいろ自分のポジションを変える。一方、ハリスは検事出身というキャリアが影響しているのか、それができないのです。

 ─ 白か黒か、という思考になりがちだということですか。

 鈴木 そうですね。「正義」というのをどうしても前面に出しちゃう。それは必ずどこかで妥協できないものを抱えてしまうのです。これが彼女に対する不安に転じかねないと思っています。


これから具体的な政策が問われるハリス

 ─ ハリスには具体的な政策の発信がないという点も指摘されます。

 鈴木 そうですね。そこにはハリスの弱みがあります。彼女は現職の副大統領なので、今の経済状況が悪いということは、自分も悪いということになってしまうのです。

 例えばここ数年の厳しいインフレですね。住宅価格が上がって人が家に住めないからホームレスが増えている。このような状況に対して、ハリスがダメだと言っても「現状がダメだったら何とかしなさいよ」と返される。要するにあなたは副大統領でしょうと。こういう現職の難しさがあります。

 ─ 政治経験がほとんどないという点も指摘されていますね。

 鈴木 彼女は検察出身で、カリフォルニア州の司法長官をやって上院議員になり、1期目の途中で副大統領になっていますので、直接、経済政策とか外交政策を手がけたことがないのです。

 そういう意味では非常に経験不足。本来ならばそれを補うスタッフが周りにいればいいんですけど、残念ながらハリスの周りにはまだそういう人たちが十分整ってない。突然、大統領候補になりましたから。

 ─ その問題はこれから出てきますね。

 鈴木 そう思います。だから今の高揚感が落ち着いてきて、いざ政策で選ぼうといった時に、「あれ、ハリスの政策って何だったっけ」となるでしょう。


ブレイムシフトできない難しい立場

 鈴木 あともう1つ、ハリスの難しさは、今のいろいろな問題をトランプのせいにできないというところなんです。20年の選挙の時は、バイデンは、とにかくトランプが悪いと言い続ければ勝てるという状況にあったわけです。要するに現職の大統領がトランプですから、今やっていることを全部否定してトランプが悪いと。いろいろな意味でトランプも問題があったので、攻め手はいくらでもあったわけです。

 そのトランプが悪いと言い続けられた時はよかったのですが、ハリスは誰に責任を押しつけるかというと、バイデン大統領しかいないのです。でもバイデンは上司ですから、現職の副大統領として、責任を押しつけることはできません。

 ブレイムシフト(責任転嫁)とよく言いますけど、どこかに「自分は悪くない。あいつが悪い」という状況をつくらないと、自分が責任を負うことになってしまうんですね、ハリスは。ここは結構難しいところです。

 ─ ハリスにとって、これから難局を迎えることになりそうですね。

 鈴木 はい。今の時点で単純にどちらか優勢ということは言いづらくて、特に今は激戦7州で拮抗している状態なので、ここがどう動いていくかで選挙の行方が決まってきます。

 ─ 白人層は人口に占める比率が減ってきていますが、どのような現状に置かれているのでしょうか。

 鈴木 白人層の中でも労働者階級、エリート層がいて、他に宗教的な保守とリベラルが存在します。後者の人たちは、例えばLGBTQ(性的少数者)や同性婚などに対するポジティブな価値観を持っています。

 さらに、白人の中でも置かれている状況が上向きなのか下向きなのかという軸もあります。例えば都市と地方で働く人がいます。都市の人たちは基本的には上向きなんですけども、地方の人たちで、いわゆるラストベルトにいる人たち、例えば港湾、造船業で働いていたようなノースカロライナなどには、ラジカルな、かなり不遇をかこっている白人がいます。

 他方で農家の白人というのは、生活は比較的安定しているんだけど、非常に保守的な考え方をする人たちがいると。性別、白人・非白人、エリート・労働者、都市と地方。

 こうしたいくつかの軸があって、その中で人々のポジションによって投票行動が変わってくるのです。

 《以下、次回に続く》

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