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河北医療財団理事長・河北博文「医師が専門家と協働して、患者に責任を持つことが大事。心のケアを含む『ディジーズ・マネジメント』の浸透を」

財界オンライン 2024年10月21日 7時0分

「一般的な小児科医療では『心』の問題を診ていない」─河北氏はこう指摘する。小児科医療から、日本が抱える問題が浮き彫りになっている。新宿・歌舞伎町の一角にたむろする若い男女の問題が話題になっているが、「心」の問題を抱える人が多いことを映し出している。さらに高齢者も増える中で、いかに地域医療が対応していくかも問われる。河北氏が考える、今後の小児科医療、地域での病院のあり方とは─。


身体は丈夫でも心の問題は残る

 ─ 前回、小児科医療の運営について課題があるというお話でしたね。

 河北 はい。地域の小児科医療については、行政がお金を出さなければ成り立たない状況ですが、まだ全国共通の認識にはなっていません。なので、東京・杉並区で、ぜひモデル事業をやりたいと考えて杉並区に申し入れをしているところです。

 小児科医療を考える時に重要なことがあります。人は生まれた時から見ていくと、新生児、乳児期、幼児期、学童期と移り変わっていきます。小学校低学年、高学年を経て思春期に入り、青年期へと至ります。

 この過程で身体的な病気は減っていきます。子供は基本的に免疫力もありますし、お腹が痛くなる、咳が出るということが減っていくわけです。

 ─ 個人差はありますが、徐々に身体が強くなっていくわけですね。

 河北 そうです。ところが、身体の問題は減っても、心の問題は状況が全く違います。例えば、発達障害や自閉症は、乳児期や幼児期に表れます。これは、子供が生来持っている性格によるとも言われています。

 この時期を乗り越えていくと、学童期に移りますが、この後半に人間関係で心の問題を抱えるということが出てきます。

 小学校5、6年生から中学、高校にかけては激動です。親や友人、学校の先生との関係に加え、そこにSNSが入ってくる。SNS上の赤の他人に翻弄され、場合によっては犯罪に巻き込まれることすらあります。

 例えば、ここ数年、東京・歌舞伎町の新宿東宝ビル周辺、通称「トー横」に行き場のない若者、子供達が集まって、時に売春や薬の過剰摂取などの温床になっていると言われます。おそらく、摂食障害など心の〝揺らぎ〟を抱えた子供達なのだろうと思います。どうしていいのかわからないのだろうと。

 ─ 豊かと言われる日本ですが、ここに社会が抱える問題が表れていますね。

 河北 はい。豊かだと言われる社会ほど、こうした状況が多く表れると言います。

 今、人手不足や、個人の自己実現、社会参加の観点、または家計を助ける意味などもあって、女性が外に出て働くことが一般的になっています。

 しかし、そこに子供の存在をもっと考える必要があるのではないかと思います。「自分が」が先に出るのではなく、まずは子供のことを見て欲しい。それがおろそかになってはいけないと思うのです。

 もちろん、子供が中心だという人でも、生活が苦しいから働きに出るということもあると思いますが、「自分が社会に参加したい」という思いを子供以上に優先して、働きに出てしまう親もいると思うのです。

 そうではなく、子供との関係がすごく大切だと考えると、学校や友人との関係がある中で、そこに寄り添う人や場が必要です。親だけに押し付けるのではなく、社会としても子供が安心して過ごせる場を確保していかなければなりません。

 それが今、十分に寄り添えていない家庭が増えていることに加え、SNSを通じて全くの赤の他人とつながって、最悪の場合には犯罪にまでつながってしまう人達が増えています。


一般的な小児科医療は「心」を診ていない

 ─ ここに病院の役割も出てくると?

 河北 そうです。こうした問題に小児科が対応しなければいけません。精神科では駄目なのです。精神科にはお母さんと子供は一緒には行きません。そして、一般的な小児科の医療は「心」を診ていません。

 ─ 心の療養は学校や社会とのつながりも含めて成り立ちますね。河北総合病院の小児科では取り組んできたと。

 河北 心のケアには、ずっと取り組んできましたが、その経験から、あまりにも無駄が多すぎたという反省もあります。

 医師の仕事は診療にずっと付き合うことではありません。医師はまず「入口」をしっかり固めること。最初のコンタクトは医師が正確に診断することです。その後は、臨床心理士などに委ねなければいけません。委ねるけれども、最後の「出口」は医師が考えなければいけません。

 ということは、医者は、人に委ねたことも全部わかってなければいけない。それが「ディジーズ・マネジメント」です。最初と最後だけわかっていればいいのではなく、途中の過程は他の人に任せても、全てを管理監督することが医師の仕事です。医師は患者さんを診るのではなく、常に過程を見ていなければならないのです。

 ─ 非常に大変な仕事だということですね。

 河北 ただ、現状の日本では多くの医療機関で「ディジーズ・マネジメント」がほとんどできていません。一方でアメリカでは「ディジーズ・マネジメント」が非常に発達しています。

 医学教育は重要です。私は今、日本の医学教育を変えようと、厚生労働省の中に設置した「河北班」という研究班で動いています。その中では「ディジーズ・マネジメント」の概念も考えながら進めています。

 日本は2010年にアメリカから「今の日本の医学教育では駄目だ」と指摘されています。今のままであれば、日本の医師はアメリカで研修させないという通知が来たことがあるのです。

 ─ この要因は何でしたか。

 河北 それは臨床実習をほとんどやっていないからです。臨床実習こそ「ディジーズ・マネジメント」なのです。

 日本の医学教育は単語を暗記して、その単語をつなげることができれば、国家試験に合格することができます。そうではなく、臨床実習に参加して、常にいろいろな患者さんを診ながら、患者さんにどう接していくかを学ぶことがアメリカの医学教育では重要視されています。

 ところが、日本の6年間の医学教育の中で、最後の1年間は国家試験用に予備校のように座学で勉強するわけです。これでは身につけるべき能力が身につきません。

 医師が、ある患者さんをどうマネジメントするかを、全体を通じて自分で考え、人に委ねるべきものは委ね、管理責任は全て医師が持つ。この「ディジーズ・マネジメント」の考え方で、地域医療の中で小児科医療をもう一度作り直したいと考えているのです。


医学教育を見直すべき時

 ─ 医療界の中で、河北さんの考えに理解を示してくれる医師はいますか。

 河北 正直、なかなかご理解いただけていないという感じがしています。それというのも、多くの医師は日々の診療に追われているのが現実だからです。

 ─ 河北さんが、医療のあるべき姿を追求できるエネルギーの源は何ですか。

 河北 私は恵まれた教育を受けてきました。そうした恵まれた教育を受けた人間は、それを社会に還元しなければいけない。その思いがあります。そして祖父も父も、非常に真面目に医療に取り組んでいましたから、彼らの後ろ姿を見ていたことも大きかったと思います。

 ─ 今、学生は医学部を卒業しても医師にならずに、金融機関やコンサルティング会社に就職するという事例も増えていますね。

 河北 非常に多いですね。問題は、そうした考えを持った人達が医学に行くというところから始まるわけです。その意味でも、入学試験から見直さなければならないのです。

 入学試験で、実際に必要な学力の部分は20%で十分。10%でもいいと思うのです。あとは、本当に人に寄り添うことができる人かどうか。どんなに辛い思いをしても、自分は一生懸命に患者さんを診るのだという覚悟がある人の方が、勉強ができただけで医学の道に来た人よりもいいのです。今は学業的な優秀な人ほど、他の業界に行ったり、美容外科など業務の負担が少ない医療分野に行ってしまう。

 ─ ある意味で楽な道に走ってしまうと。

 河北 大半の医師は勤務医として大学病院に残る、あるいは当院のような研修病院に来て一生懸命働いています。しかし、彼らに子供たちが生まれ、大きくなり、医学部に行かせたいと思った時に、開業していなければ、通わせるだけのお金を稼ぐことができません。聞いた話ですが、今では同じ年齢であれば勤務医より、銀行員や証券会社の社員の方が給与は高いのです。

 ─ 日本全体で医師を志望する人が減っているということはありますか。

 河北 そういうことはありません。未だに医学部は人気があります。そして、女性が増えました。私は非常にいいことだと思っていますし、医師は女性にとってもいい仕事だと思います。

 ただし、仕事場では欧米のように、女性と男性は区別をしてはいけません。そこはまだ日本は男性中心の社会である故、女性を男性と同じように扱えないわけです。もちろん、生理的に女性と男性は違いますから、そこは考慮しなければいけません。しかし、それ以外は男性と全く同じ仕事をしてくれる方がありがたいです。でも日本はそういう状況にはなっていません。


高齢社会でがん、フレイルにどう向き合う?

 ─ 高齢化に関しては、どのように対応していますか。

 河北 高齢社会はイコール、がん社会です。がんに対しては、しっかりと放射線治療も含めて考えています。しかし残念ながら、日本では放射線治療はまだ受け入れられていません。

 今、日本の全てのがん患者の中で、放射線治療を受けている人は20数%です。アメリカ、ヨーロッパなどの先進国では85%ほどのがん患者さんが、放射線治療を受けています。

 ─ この要因はどこにあると考えていますか。

 河北 これは正直わかりません。戦時中の原子力爆弾の影響なのか、日本は放射線に対する潜在的なアレルギーがあるのではないかと思います。

 がん治療では、若い人の場合には早期発見して、手術で切除すればいいと思います。しかし、高齢者でがんを発症した人達は、切除すると本人が通常生活に戻ることが難しくなりますから、その都度対応していく。

 ですから、がんと「共生」していくような治療が、今後進んでいくことになります。がんと共生する上で、最も侵襲性が少ないものが放射線治療です。

 もう1つ、心臓と呼吸器は命に関わりますから、しっかり診ていきます。特に心臓や脳血管に関する疾病は血管病ですから、そこはしっかり成人病、生活習慣病として対応することが大事になります。

 さらにもう1つ「フレイル」(年齢に伴って筋力や心身の活力が低下した病態)です。心肺機能がしっかりしていても、歩けなくなったら生活できません。ですから、整形外科的な疾患やフレイルを診ていくことが重要になります。

 フレイルで大事なのは、できるだけ転ばないように生活することです。骨折をしたり、あるいは膝や腰が痛くなった時には人工関節などに切り替えることができますが、できるだけ早い時期に対応した方が、残りの時間を自分らしく生活できます。そうした医療に力を入れていきたいと思っています。

 ─ ところで2024年4月に河北総合病院で「クラウドファンディング」に取り組みましたね。この理由は?

 河北 今年1月1日に能登半島地震が発生しました。その際、我々の仲間でもある石川県七尾市の社会医療法人財団董仙会・恵寿総合病院が、災害でも医療を止めないためにクラウドファンディングで寄付を募りました。

 我々も新病院に移行するにあたって、できるだけ多くの人達に病院を見ていただきたいと考えて、まずはクラウドファンディングで病院救急車のリニューアルを行うことにしたのです。

 クラウドファンディングは寄付ではないと思いますが、今の日本ではクラウドファンディングというと、お金を出しておしまいであることが多い。本当は、寄付に対しても、それを評価する仕組みが必要です。それが本当のチャリティであり、非営利性です。そうした根本的なことを考える機会にもなりましたね。(了)

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