読書の秋 先人の「知」に巡り逢える書籍
なぜ、企業の不祥事はこうも続くのか。ガバナンスの欠如を指摘する向きもあるが、経営者はこれまでも風通しの良い企業風土をつくろうと努めてきたはずである。日本を代表する企業も例外ではないとすると、根はもっと深いところにあるように思われる。
マルクス・アウレーリウスは、「人が過ちをおこすのは、何が善で何が悪であるかを正しく判断できないからだ」と記し、その判断の基軸を自然であり、ぶれることのない宇宙に求めている。崇高なる善悪の判断は、宇宙のロゴスでしか律し切れるものではないことを、2000年も前に哲人・アウレーリウスは広い視野でもって捉えていたわけである。
読書の楽しみの一つに、先人の粒々辛苦の末にたどり着いた「知」に巡り逢える喜びがある。こうした名著は、何度も読み返す度に汲めども尽きない気づきが生まれてくるから、いつまでも終わりのない読書となる。今回で8年目となるが、人生100年時代を心豊かに過ごすために、経営者に役立ちそうな10冊を紹介することにしたい。
『自省録』
マルクス・アウレーリウス 著 神谷美恵子 訳 岩波文庫
多事多難な時代のローマ皇帝として、時には陣頭指揮した陣中にあって、1日を振り返り、自省をこめて書き綴った備忘録である。この哲人の目指す境地は「波の絶えず砕ける岩頭ごとくあれ」とあり、すなわちアパテイア(不動心)にあった。とはいえ、孤独と憂愁を漂わせる記述からは、皇帝の人間らしさが覗える不朽の名作といって異論はないであろう。
『奇跡に出逢える世界の聖地』
稲田美織 著 小学館
ワールドトレードセンターの悲劇を目の当りにして、写真家である著者は世界の聖地を巡る旅に出る。人それぞれの聖地があり、決めつけることはできないが、心癒される自分にとっての特別な場所といっていいだろう。世界11カ国の「祈りの場所」でシャッターを切り、辿り着いた先は、式年遷宮が行われる世界で一番古くて新しい伊勢の「神宮」であった。
『インド人の思惟方法』
中村元 著 春秋社
「インド人は、個物あるいは特殊よりむしろ普遍を重視するという思惟傾向がある」と言い切る。その根拠は、インド人が好んで抽象名詞を用いた言語的事実にあるとして、サンスクリット語の文法を取り上げる。時間にルーズな人ばかりではあるまい。グローバルサウスのリーダーとして経済成長が大いに期待されるインド、彼らの思惟方法には異質なものがあることは確かである。
『生きがいについて』
神谷美恵子 著 みすず書房
社会的地位にあり、円満な家庭をもっている人が、自分の存在意義を大いに認めながら、心の深いところで生きがいが感じられなくて悩むことがある。これは冒頭の記述であるが、思い当たる節があるであろう。人間の生きる意味について、自らの思案と実践を踏まえて心血を注いだ生きがい論が展開されており、人生の大切なテーマについて考えなかったことを思い知らされる。
『方丈記私記』
堀田善衛 著 ちくま文庫
戦中体験を思い返し、東京大空襲の悲惨さをつぶさに語りながら、鴨長明が生き抜いた乱世を生々しく再現する。あくまでリアリスティックに徹しようとしており、それが私記とした所以であろう。多くの識者は末尾の「不請の阿弥陀仏、再三遍申してやみぬ。」に注目するが、著者はそうした実感のない無常の世界に置かれた長明には関心がなかった。
『エレガントな宇宙:超ひも理論がすべてを解明する』
ブライアン・グリーン 著 林一・林大 訳 草思社
天空の膨張と物質の基本構造を説明した2つの理論、一般相対性理論と量子力学は両立するか。アインシュタイン以降、多くの天才たちは、この難題ともいうべき統一理論を見つけ出そうと研究を積み重ねてきた。それが超ひも理論によって新たな世界が開かれようとする大きな時代の変わり目に、私たちは生きている。
『シャボテン幻想』
龍膽寺雄 著 ちくま学芸文庫
シャボテンは人間の祖先であるホモ・サピエンスと、ほとんど前後した年代に出現した。だから、両者は似たような環境に生まれて、それに適応するために同じような性癖を身につけた。地球上の双生児であり、ドライ化する環境変化への対応は、人間はシャボテンには及びもつかない。この考え方には納得させられるものがあり、シャボテン好きも、ここまでくると本物である。
『運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班』
ジェフリー・アーチャー 著 戸田裕之 訳 ハーパーコリンズ・ジャパン
新進気鋭のロンドン警視庁の捜査警部ウォーニックとカラヴァッジョの名画を手に入れたアート蒐集家フォークナーとの遣り取りは、息つく間もなく一気に読ませる。アーチャー健在ぶりを思わせるが、美術骨董、麻薬、内務監察、未解決殺人事件と続く警察小説は、ゴールが見えてきたような気がしないでもない。
『千年の祈り』
イーユン・リー 著 篠森ゆりこ訳 河出文庫
中国とアメリカを舞台にした10編からなる短編集。これによって母国語で気ままに書けない不自由さを英語でもって「自己検閲」を超えたわけである。わだかまりを抱えて離れ離れになった父娘のきずなを描いた「千年の祈り」、代々宦官を生み出してきた村の青年が毛沢東を演じる「不滅」は、著者でしか書けない秀逸な短編である。
『翔べ麒麟』
辻原登 著 読売新聞社
唐の玄宗皇帝の信を得た阿倍仲麻呂と藤原広嗣の庶子と目される藤原真幸を中心に、長安と洛陽から中国・新羅・日本へと広がりを見せて、スケールの大きい痛快なドラマが展開される。真幸の帰国を正倉院北倉に存する李春作の七絃琴であろう金銀平文琴に物語らせる筆力には定評があり、史実を踏まえた歴史小説として心地よい爽快感が残ることは間違いない。
なぜ、企業の不祥事はこうも続くのか。ガバナンスの欠如を指摘する向きもあるが、経営者はこれまでも風通しの良い企業風土をつくろうと努めてきたはずである。日本を代表する企業も例外ではないとすると、根はもっと深いところにあるように思われる。
マルクス・アウレーリウスは、「人が過ちをおこすのは、何が善で何が悪であるかを正しく判断できないからだ」と記し、その判断の基軸を自然であり、ぶれることのない宇宙に求めている。崇高なる善悪の判断は、宇宙のロゴスでしか律し切れるものではないことを、2000年も前に哲人・アウレーリウスは広い視野でもって捉えていたわけである。
読書の楽しみの一つに、先人の粒々辛苦の末にたどり着いた「知」に巡り逢える喜びがある。こうした名著は、何度も読み返す度に汲めども尽きない気づきが生まれてくるから、いつまでも終わりのない読書となる。今回で8年目となるが、人生100年時代を心豊かに過ごすために、経営者に役立ちそうな10冊を紹介することにしたい。
『自省録』
マルクス・アウレーリウス 著 神谷美恵子 訳 岩波文庫
多事多難な時代のローマ皇帝として、時には陣頭指揮した陣中にあって、1日を振り返り、自省をこめて書き綴った備忘録である。この哲人の目指す境地は「波の絶えず砕ける岩頭ごとくあれ」とあり、すなわちアパテイア(不動心)にあった。とはいえ、孤独と憂愁を漂わせる記述からは、皇帝の人間らしさが覗える不朽の名作といって異論はないであろう。
『奇跡に出逢える世界の聖地』
稲田美織 著 小学館
ワールドトレードセンターの悲劇を目の当りにして、写真家である著者は世界の聖地を巡る旅に出る。人それぞれの聖地があり、決めつけることはできないが、心癒される自分にとっての特別な場所といっていいだろう。世界11カ国の「祈りの場所」でシャッターを切り、辿り着いた先は、式年遷宮が行われる世界で一番古くて新しい伊勢の「神宮」であった。
『インド人の思惟方法』
中村元 著 春秋社
「インド人は、個物あるいは特殊よりむしろ普遍を重視するという思惟傾向がある」と言い切る。その根拠は、インド人が好んで抽象名詞を用いた言語的事実にあるとして、サンスクリット語の文法を取り上げる。時間にルーズな人ばかりではあるまい。グローバルサウスのリーダーとして経済成長が大いに期待されるインド、彼らの思惟方法には異質なものがあることは確かである。
『生きがいについて』
神谷美恵子 著 みすず書房
社会的地位にあり、円満な家庭をもっている人が、自分の存在意義を大いに認めながら、心の深いところで生きがいが感じられなくて悩むことがある。これは冒頭の記述であるが、思い当たる節があるであろう。人間の生きる意味について、自らの思案と実践を踏まえて心血を注いだ生きがい論が展開されており、人生の大切なテーマについて考えなかったことを思い知らされる。
『方丈記私記』
堀田善衛 著 ちくま文庫
戦中体験を思い返し、東京大空襲の悲惨さをつぶさに語りながら、鴨長明が生き抜いた乱世を生々しく再現する。あくまでリアリスティックに徹しようとしており、それが私記とした所以であろう。多くの識者は末尾の「不請の阿弥陀仏、再三遍申してやみぬ。」に注目するが、著者はそうした実感のない無常の世界に置かれた長明には関心がなかった。
『エレガントな宇宙:超ひも理論がすべてを解明する』
ブライアン・グリーン 著 林一・林大 訳 草思社
天空の膨張と物質の基本構造を説明した2つの理論、一般相対性理論と量子力学は両立するか。アインシュタイン以降、多くの天才たちは、この難題ともいうべき統一理論を見つけ出そうと研究を積み重ねてきた。それが超ひも理論によって新たな世界が開かれようとする大きな時代の変わり目に、私たちは生きている。
『シャボテン幻想』
龍膽寺雄 著 ちくま学芸文庫
シャボテンは人間の祖先であるホモ・サピエンスと、ほとんど前後した年代に出現した。だから、両者は似たような環境に生まれて、それに適応するために同じような性癖を身につけた。地球上の双生児であり、ドライ化する環境変化への対応は、人間はシャボテンには及びもつかない。この考え方には納得させられるものがあり、シャボテン好きも、ここまでくると本物である。
『運命の時計が回るとき ロンドン警視庁未解決殺人事件特別捜査班』
ジェフリー・アーチャー 著 戸田裕之 訳 ハーパーコリンズ・ジャパン
新進気鋭のロンドン警視庁の捜査警部ウォーニックとカラヴァッジョの名画を手に入れたアート蒐集家フォークナーとの遣り取りは、息つく間もなく一気に読ませる。アーチャー健在ぶりを思わせるが、美術骨董、麻薬、内務監察、未解決殺人事件と続く警察小説は、ゴールが見えてきたような気がしないでもない。
『千年の祈り』
イーユン・リー 著 篠森ゆりこ訳 河出文庫
中国とアメリカを舞台にした10編からなる短編集。これによって母国語で気ままに書けない不自由さを英語でもって「自己検閲」を超えたわけである。わだかまりを抱えて離れ離れになった父娘のきずなを描いた「千年の祈り」、代々宦官を生み出してきた村の青年が毛沢東を演じる「不滅」は、著者でしか書けない秀逸な短編である。
『翔べ麒麟』
辻原登 著 読売新聞社
唐の玄宗皇帝の信を得た阿倍仲麻呂と藤原広嗣の庶子と目される藤原真幸を中心に、長安と洛陽から中国・新羅・日本へと広がりを見せて、スケールの大きい痛快なドラマが展開される。真幸の帰国を正倉院北倉に存する李春作の七絃琴であろう金銀平文琴に物語らせる筆力には定評があり、史実を踏まえた歴史小説として心地よい爽快感が残ることは間違いない。