石破茂政権が発足し、大きな政治課題の1つに外交・安全保障が挙げられる。米国と対立しながらも、中国が「一帯一路」戦略で他国に勢力を広げる中、軍事的圧力での牽制ではなく、「日本は自由と法による支配」で対抗すべきと強調するのは三井物産などを経て国際経済交流に尽力する鈴木氏。その鈴木氏の大学時代の先輩であり、衆議院時代には外務委員長などを務め、アフリカ諸国に対する国際協力などに取り組んだ三原氏は「民間に海外に出て行くだけのエネルギーと覚悟がなければいけない」と指摘する。グローバル時代における日本の立ち位置、そして半世紀にわたって国際協力に携わってきたJICA(国際協力機構)の今日的役割とは。
軍事的な圧力ではない牽制法
─ 石破政権が発足しましたが、米中対立が先鋭化する中で日本の立ち位置をどう固めるかが重要です。まずは鈴木さんの現状認識をお願いします。
鈴木 日本はアジアの平和秩序に、どのように中国を包摂するかの視点で、中国と向き合うべきです。9月25日に海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が中国大陸と台湾島の間にある台湾海峡を初めて通過しました。これは、ここ数カ月、日本の近隣や台湾周辺で中国の軍事活動が活発化しているという動きに対応した行動です。
しかし、いたずらに中国に対して軍事的な圧力をかけると、中国は更に反発し、日中は安全保障のジレンマに陥ります。ですから、中国に対しては、軍事的な圧力だけではなく、経済交流、文化交流、そして大気汚染による環境劣化などのグローバル課題に、一緒に取り組むような総合的なアプローチで接するのが良いと考えます。
例えば、アジアに協調的安全保障の枠組みをつくる場合、ヘルシンキ・プロセスが参考になります。それは、冷戦時代にヨーロッパで安全保障と協力を促進するために行われた多国間の外交プロセスであり、加盟国間の信頼醸成を行う「全欧安全保障協力機構」を生み出しました。
石破政権は核兵器の管理・軍縮も1つの目的とし、ヘルシンキ・プロセスを参考に、米中ロも参加する会議を開催し、アジアにおける信頼醸成機構創設につなげるべきです。これは石破首相の提唱した「アジア版NATO」に籠められた集団安全保障の理念に合致するものです。
─ 日本が他の民主国家と手を携える必要があると。
鈴木 そうです。2016年に当時の安倍晋三政権が「自由で開かれたインド太平洋」という考え方を提唱しました。これはまさしく自由かつ法律に則って共に発展していこうという考え方です。一方の中国は「一帯一路」構想で強引に勢力を広げています。私はこういうときこそ、JICAが大きな役割を果たせると考え、期待もしています。
JICAは半世紀にわたって東南アジアや中央アジア、アフリカといった様々な国・地域に対し、真摯に国際協力や技術協力を行ってきました。その結果、支援を得た国・地域において、日本への好感度、そして信頼度は非常に高いものがあり、日本のリーダーシップへの期待が増しています。
JICAの予算も半分に
─ TICAD(アフリカ開発会議)をはじめ、日本はアフリカとの交流を深めています。中立的な立場に立つJICAはアフリカなどの途上国をどのように捉えているのですか。
三原 TICADが初めて開催されたのが1993年。20022年の開催で8回を数えます。ですから30年近い歴史を誇ることになります。ということは、その間に日本が大きく変わったように、アフリカの国々もまた大きく変わってきています。日本は91年にバブルが崩壊しましたが、それでもまだ当時は財政的に余裕がありました。
今のJICAの予算は6000億円ほどですが、当時はその倍くらいの予算があったのです。一時期、JICAが国際協力を行おうと思っても、人手が足りないという時代もありました。予算は潤沢にあっても、それを上手に使いこなす人たちがいないという時期があったのです。
ところが今は全く逆です。人材は育ってきているのですが、今度は協力しようと働こうにも、それに先立つ予算がない。つまりは、お金がないということです。むしろ、こっちの予算を削り、あっちの予算も削る。そんな状況になっています。したがって、JICA自体も活動したいと思っても、思ったように活動できないというのが現状です。
鈴木 過去30年以上にわたって日本経済は低迷してきました。よって、以前のような潤沢な資金援助が難しくなっていることは理解できます。あまり資金をかけず、デジタル化する経済に対応した支援が可能と考えます。
ブロックチェーン技術を使った金融のデジタル化、テクニカル・ヘルスケア、スマート農業などの促進支援は、巨額な資金を必要としません。また、デジタル技術を活用したスタートアップを支援するインキュベーションプログラムも開発国で展開してもらいたいと考えています。
三原 おっしゃる通りです。AIやIoTはアフリカや南太平洋の途上国でも進展しています。例えば、南太平洋に浮かぶ島国でも電話線は敷設しなくなっています。一足飛びにスマートフォンなどの無線通信が張り巡らされています。その意味では、彼らも既に21世紀という時代のうねりの中に身を置いているということになります。これは非常に良いことです。
ところが、彼らの生活の中までしっかり見ていくと、まだまだ日々の暮らしで精いっぱいという側面があるのも事実です。その日の食べ物を確保するだけでも大変であると。環境問題や地球温暖化などの影響によって日々の食べ物にも困っている人がいるという現実があるのです。
今は80億人超という世界の人口を賄うだけの食料が確保できていますが、そういった食料を世界の隅々まで届けるためのディストリビューション(流通網)ができているのか。それが機能していないから毎年数千万人という人々が飢餓に直面しているわけです。ですから、まずはこういった領域から手助けすることが重要ではないかと。
─ 経済的な支援というよりも、先に食料などの生活物資の支援が大切だという意見ですね。
鈴木 アジアやアフリカには、中国の「debt trap diplomacy(債務の罠外交)」に引っ掛かった国が存在します。スリランカ政府が中国の援助で建設した南部のハンバントタ港の債務の救済に窮したため、中国国有企業に港を引き渡したという事例がその1つです。中国は金融を巧みに駆使して一帯一路構想に多くの国を取り込もうとしています。
その対応策として、開発途上にある資源国に提案しているのが、新たな金融手法としてのセキュリティ・トークン・オッファリング(STO)です。それは、分散型台帳であるブロックチェーン上で、銅、金、ウラニウム、そしてレアアースなどの天然資源を担保としたセキュリティ・トークン(電子債券・証券)を発行し、それを世界の投資家に引き受けてもらう金融手法です。それを活用すると、中国からの融資に頼ることなく、資源国は開発資金を確保することができます。
今日の官民連携の重要性
─ デジタル技術を活用すれば途上国も自ら資金調達に乗り出すことができるようになり、JICAもそこで自らの経験を生かすことができるということですね。この点で三原さんが強調したいことは何ですか。
三原 もちろん、私もそういった先進的な考え方について否定はしません。そこで注文をつけるとしたら、その前にやることがあるのではないかと。それは我が国の民間に海外に出て行くだけのエネルギーと覚悟がなければいけません。まずは民間の人たちが「外に出よう」と思うように、彼らの心に火をつけることが大事だと思います。
─ 官だけでなく民間の気持ちも大事だということですね。
三原 はい。民間にそういう気持ちがないと難しいと思います。日本のように、これだけ成熟した国家においては、国内産業で新しい事業を育成させようとしても限界があります。台湾の半導体大手・TSMCの熊本工場への進出は例外としても、国内にこれほどの規模の投資を呼び込むのは大変でしょう。
もちろん、国内に海外からの投資を呼び込むことも1つの国家政策として選択することもあっていいと思いますが、もう1つはやはり海外に出ていくことが大事になります。そのためにも民間が自分たちで外に出ていきますという気概を持たなければなりません。それをJICAなど国が後方支援すると。
─ 話が少しそれますが、米国にはGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック=現メタ、アップル、マイクロソフト)が誕生しましたが、日本にはそういった企業が誕生していません。日本と米国の差はそこにあると思うのですが、米国には政府より先に民間が挑戦するという文化があります。一方の日本は先に政府が動いてから民間が動くケースが多い。小さなスタートアップは生まれるけれども、世界のプラットフォームになるほどの大きなスタートアップが生まれてきません。
三原 そのことをまさに司馬遼太郎さんが言い当てたと思うのです。それは司馬さんの著書『坂の上の雲』です。「坂の上の雲」とは、当時の西洋社会を指し、それを日本は目指していこうと奮闘していきました。
戦後はまさにそういったキャッチアップの社会が日本社会だったのです。そして、実際にそれを成し遂げました。米国がこうやっているのなら、自分たちはもっとうまくやれるよねと。ある意味、米国の物真似で高度経済成長を実現したのです。
鈴木 日本は米国の物真似から脱却して、日本の総合力を引き出すビジネスモデルをつくり出すことが急務です。リチウムや銅などの希少鉱物資源の開発は、日本にとって経済安全保障上からも重要です。しかし、希少資源を開発するには、かなりのリスクがあります。例えば、マーケットリスク、財務リスク、オペレーションリスク、カントリーリスク、法律リスクなどが挙げられます。
当社は東アフリカや中央アジアなどで、希少鉱物資源などの開発に必要な資金の調達面で協力を行っています。資金の出し手としての投資家の最大の関心はリスクをどのようにヘッジ、管理して収益を確保するかです。希少鉱物資源を必要とするが、開発リスクに逡巡する日本企業とJICAやJOGMEC(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)などが協力して、リスクマネジメントを行う中に、新たな官民連携モデルが生まれると確信します。
─ 官民連携が大事だと。
鈴木 そうです。JICAもJOGMECも官民連携の推進を積極的に主導していかなければならないと思います。
─ 三原さんの意見は。
三原 もちろん、その可能性は大いにあると思います。ただ、海外進出時において大事なことは、日本の官民による進出を受け入れる向こうの国とも一緒に動かなければならないということです。進出先の国から「何とかしてください」と支援をお願いされた場合にJICAやJOGMECが対応するケースもあるでしょう。ただそれ以上に民間が「国がいなければ進出しない」という意識では困ります。
インド太平洋構想の意義
─ 海外に出ようとする民間の意識改革が求められるということですね。その観点で言うと、国と企業の関係はどうあるべきだと考えますか。中国は国家資本主義で他国に勢力を広げていますが、日本の場合はTSMCの誘致や日本の半導体メーカー・ラピダスへの支援など経済産業省が動いています。
三原 やはり経産省からしてみれば、国内に雇用が生まれるわけですから一気呵成に動くでしょう。そこには「失われた30年」と言われるように、自分たちが動いてくることができなかったという反省があると思います。しかも半導体でそれが実現できるかもしれないと。
かつて石原慎太郎さん(元東京都知事・故人)が「アメリカを殺すにはハンマーはいらない」と表現しました。要は〝産業のコメ〟でもある半導体で強かった1990年代後半の日本が米国に半導体を売らなければ、米国経済は立ち行かなくなると指摘したこともありました。
鈴木 日本の問題は、スタートアップ企業を支え、育てるエコシステムが十分に構築されていないことです。米国のシリコンバレーにはサービスプロバイダー、アクセラレーター、インキュベーター、法律事務所など、スタートアップを支援するエコシステムが存在しています。
シリコンバレーのもう1つの特徴は、豊富なベンチャーキャピタル資金の存在です。米国のDARPA(国防高等研究計画局)は米国防総省の研究開発部門であり、DARPAが行っているプロジェクトがしばしば最先端の技術革新の原動力となっています。インターネット、GPS、ドローン技術、AIもそうです。日本政府も最先端技術のスタートアップ企業を育て、グローバル市場に飛翔させるダイナミックな官民連携を実現してもらいたいと思います。
─ 官民双方にそういった〝構想力〟が求められますね。
鈴木 その通りです。各国は経済安保の戦略的視点で、自らの産業政策・交易政策を駆使して、経済に介入し始めました。日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」の理念はインド太平洋地域における自由、法の支配、経済的繁栄、安全保障を強化するための包括的な枠組みです。それは、中国を視野に置いた集団経済安全保障を生み出す力を持っています。
また、最先端技術、社会性・公共性に富み、かつ収益性の高い優れたビジネスを生み出すインフラにもなります。インド太平洋を舞台とした石破政権の経済構想力とそれを実現する力を期待します。
官と民が組んだインド高速鉄道
─ かつて戦後の焼け野原から這い上がった戦前の人たちには日本を世界有数の経済大国にしようとする構想力があったように思います。今の日本はどのような状況なのでしょうか。
三原 当時の日本はアジアの中でもズバ抜けた経済成長を遂げていました。その意味ではアジアの中でも最も成長している先進国であり、アジアの中心は日本だという自負があったのだと思います。しかし今はそんなことはありません。中国はもちろん、韓国やシンガポールなどとは国力で負けてしまっている。
─ アジアにおける日本の1人当たりGDP(国内総生産)ではシンガポールやマカオ、香港、ブルネイに次ぐ第5位です。
三原 ええ。ただ、インドの高速鉄道のような事例もあります。ムンバイ︱アーメダバード間の約500キロを約2時間で結ぶ計画ですが、ここにJR東日本や川崎重工業などの日本企業が取り組んでいます。日本政府も低金利で融資するということで、まさに官民連携の事例になります。これも民間にチャレンジするという意思がなければ実現することはできません。
それから鈴木さんがおっしゃったことで大切なことは、研究開発にしっかりと投資をするということです。海のものとも山のものとも知れないものであったとしても、チャレンジして初めて実になる。国がそういった投資ができるようになるためにも、民間がそれだけの勇気を持たなければなりません。
鈴木 民間企業が思い切ってグローバル展開するためにも、世界の経済・市場における自由、法の支配が必要不可欠です。それは「自由で開かれたインド太平洋構想」の理念でもあり、日本は、その実現のために主導権発揮すべきです。それこそ、対中国政策の要です。
(次回に続く)
軍事的な圧力ではない牽制法
─ 石破政権が発足しましたが、米中対立が先鋭化する中で日本の立ち位置をどう固めるかが重要です。まずは鈴木さんの現状認識をお願いします。
鈴木 日本はアジアの平和秩序に、どのように中国を包摂するかの視点で、中国と向き合うべきです。9月25日に海上自衛隊の護衛艦「さざなみ」が中国大陸と台湾島の間にある台湾海峡を初めて通過しました。これは、ここ数カ月、日本の近隣や台湾周辺で中国の軍事活動が活発化しているという動きに対応した行動です。
しかし、いたずらに中国に対して軍事的な圧力をかけると、中国は更に反発し、日中は安全保障のジレンマに陥ります。ですから、中国に対しては、軍事的な圧力だけではなく、経済交流、文化交流、そして大気汚染による環境劣化などのグローバル課題に、一緒に取り組むような総合的なアプローチで接するのが良いと考えます。
例えば、アジアに協調的安全保障の枠組みをつくる場合、ヘルシンキ・プロセスが参考になります。それは、冷戦時代にヨーロッパで安全保障と協力を促進するために行われた多国間の外交プロセスであり、加盟国間の信頼醸成を行う「全欧安全保障協力機構」を生み出しました。
石破政権は核兵器の管理・軍縮も1つの目的とし、ヘルシンキ・プロセスを参考に、米中ロも参加する会議を開催し、アジアにおける信頼醸成機構創設につなげるべきです。これは石破首相の提唱した「アジア版NATO」に籠められた集団安全保障の理念に合致するものです。
─ 日本が他の民主国家と手を携える必要があると。
鈴木 そうです。2016年に当時の安倍晋三政権が「自由で開かれたインド太平洋」という考え方を提唱しました。これはまさしく自由かつ法律に則って共に発展していこうという考え方です。一方の中国は「一帯一路」構想で強引に勢力を広げています。私はこういうときこそ、JICAが大きな役割を果たせると考え、期待もしています。
JICAは半世紀にわたって東南アジアや中央アジア、アフリカといった様々な国・地域に対し、真摯に国際協力や技術協力を行ってきました。その結果、支援を得た国・地域において、日本への好感度、そして信頼度は非常に高いものがあり、日本のリーダーシップへの期待が増しています。
JICAの予算も半分に
─ TICAD(アフリカ開発会議)をはじめ、日本はアフリカとの交流を深めています。中立的な立場に立つJICAはアフリカなどの途上国をどのように捉えているのですか。
三原 TICADが初めて開催されたのが1993年。20022年の開催で8回を数えます。ですから30年近い歴史を誇ることになります。ということは、その間に日本が大きく変わったように、アフリカの国々もまた大きく変わってきています。日本は91年にバブルが崩壊しましたが、それでもまだ当時は財政的に余裕がありました。
今のJICAの予算は6000億円ほどですが、当時はその倍くらいの予算があったのです。一時期、JICAが国際協力を行おうと思っても、人手が足りないという時代もありました。予算は潤沢にあっても、それを上手に使いこなす人たちがいないという時期があったのです。
ところが今は全く逆です。人材は育ってきているのですが、今度は協力しようと働こうにも、それに先立つ予算がない。つまりは、お金がないということです。むしろ、こっちの予算を削り、あっちの予算も削る。そんな状況になっています。したがって、JICA自体も活動したいと思っても、思ったように活動できないというのが現状です。
鈴木 過去30年以上にわたって日本経済は低迷してきました。よって、以前のような潤沢な資金援助が難しくなっていることは理解できます。あまり資金をかけず、デジタル化する経済に対応した支援が可能と考えます。
ブロックチェーン技術を使った金融のデジタル化、テクニカル・ヘルスケア、スマート農業などの促進支援は、巨額な資金を必要としません。また、デジタル技術を活用したスタートアップを支援するインキュベーションプログラムも開発国で展開してもらいたいと考えています。
三原 おっしゃる通りです。AIやIoTはアフリカや南太平洋の途上国でも進展しています。例えば、南太平洋に浮かぶ島国でも電話線は敷設しなくなっています。一足飛びにスマートフォンなどの無線通信が張り巡らされています。その意味では、彼らも既に21世紀という時代のうねりの中に身を置いているということになります。これは非常に良いことです。
ところが、彼らの生活の中までしっかり見ていくと、まだまだ日々の暮らしで精いっぱいという側面があるのも事実です。その日の食べ物を確保するだけでも大変であると。環境問題や地球温暖化などの影響によって日々の食べ物にも困っている人がいるという現実があるのです。
今は80億人超という世界の人口を賄うだけの食料が確保できていますが、そういった食料を世界の隅々まで届けるためのディストリビューション(流通網)ができているのか。それが機能していないから毎年数千万人という人々が飢餓に直面しているわけです。ですから、まずはこういった領域から手助けすることが重要ではないかと。
─ 経済的な支援というよりも、先に食料などの生活物資の支援が大切だという意見ですね。
鈴木 アジアやアフリカには、中国の「debt trap diplomacy(債務の罠外交)」に引っ掛かった国が存在します。スリランカ政府が中国の援助で建設した南部のハンバントタ港の債務の救済に窮したため、中国国有企業に港を引き渡したという事例がその1つです。中国は金融を巧みに駆使して一帯一路構想に多くの国を取り込もうとしています。
その対応策として、開発途上にある資源国に提案しているのが、新たな金融手法としてのセキュリティ・トークン・オッファリング(STO)です。それは、分散型台帳であるブロックチェーン上で、銅、金、ウラニウム、そしてレアアースなどの天然資源を担保としたセキュリティ・トークン(電子債券・証券)を発行し、それを世界の投資家に引き受けてもらう金融手法です。それを活用すると、中国からの融資に頼ることなく、資源国は開発資金を確保することができます。
今日の官民連携の重要性
─ デジタル技術を活用すれば途上国も自ら資金調達に乗り出すことができるようになり、JICAもそこで自らの経験を生かすことができるということですね。この点で三原さんが強調したいことは何ですか。
三原 もちろん、私もそういった先進的な考え方について否定はしません。そこで注文をつけるとしたら、その前にやることがあるのではないかと。それは我が国の民間に海外に出て行くだけのエネルギーと覚悟がなければいけません。まずは民間の人たちが「外に出よう」と思うように、彼らの心に火をつけることが大事だと思います。
─ 官だけでなく民間の気持ちも大事だということですね。
三原 はい。民間にそういう気持ちがないと難しいと思います。日本のように、これだけ成熟した国家においては、国内産業で新しい事業を育成させようとしても限界があります。台湾の半導体大手・TSMCの熊本工場への進出は例外としても、国内にこれほどの規模の投資を呼び込むのは大変でしょう。
もちろん、国内に海外からの投資を呼び込むことも1つの国家政策として選択することもあっていいと思いますが、もう1つはやはり海外に出ていくことが大事になります。そのためにも民間が自分たちで外に出ていきますという気概を持たなければなりません。それをJICAなど国が後方支援すると。
─ 話が少しそれますが、米国にはGAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック=現メタ、アップル、マイクロソフト)が誕生しましたが、日本にはそういった企業が誕生していません。日本と米国の差はそこにあると思うのですが、米国には政府より先に民間が挑戦するという文化があります。一方の日本は先に政府が動いてから民間が動くケースが多い。小さなスタートアップは生まれるけれども、世界のプラットフォームになるほどの大きなスタートアップが生まれてきません。
三原 そのことをまさに司馬遼太郎さんが言い当てたと思うのです。それは司馬さんの著書『坂の上の雲』です。「坂の上の雲」とは、当時の西洋社会を指し、それを日本は目指していこうと奮闘していきました。
戦後はまさにそういったキャッチアップの社会が日本社会だったのです。そして、実際にそれを成し遂げました。米国がこうやっているのなら、自分たちはもっとうまくやれるよねと。ある意味、米国の物真似で高度経済成長を実現したのです。
鈴木 日本は米国の物真似から脱却して、日本の総合力を引き出すビジネスモデルをつくり出すことが急務です。リチウムや銅などの希少鉱物資源の開発は、日本にとって経済安全保障上からも重要です。しかし、希少資源を開発するには、かなりのリスクがあります。例えば、マーケットリスク、財務リスク、オペレーションリスク、カントリーリスク、法律リスクなどが挙げられます。
当社は東アフリカや中央アジアなどで、希少鉱物資源などの開発に必要な資金の調達面で協力を行っています。資金の出し手としての投資家の最大の関心はリスクをどのようにヘッジ、管理して収益を確保するかです。希少鉱物資源を必要とするが、開発リスクに逡巡する日本企業とJICAやJOGMEC(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)などが協力して、リスクマネジメントを行う中に、新たな官民連携モデルが生まれると確信します。
─ 官民連携が大事だと。
鈴木 そうです。JICAもJOGMECも官民連携の推進を積極的に主導していかなければならないと思います。
─ 三原さんの意見は。
三原 もちろん、その可能性は大いにあると思います。ただ、海外進出時において大事なことは、日本の官民による進出を受け入れる向こうの国とも一緒に動かなければならないということです。進出先の国から「何とかしてください」と支援をお願いされた場合にJICAやJOGMECが対応するケースもあるでしょう。ただそれ以上に民間が「国がいなければ進出しない」という意識では困ります。
インド太平洋構想の意義
─ 海外に出ようとする民間の意識改革が求められるということですね。その観点で言うと、国と企業の関係はどうあるべきだと考えますか。中国は国家資本主義で他国に勢力を広げていますが、日本の場合はTSMCの誘致や日本の半導体メーカー・ラピダスへの支援など経済産業省が動いています。
三原 やはり経産省からしてみれば、国内に雇用が生まれるわけですから一気呵成に動くでしょう。そこには「失われた30年」と言われるように、自分たちが動いてくることができなかったという反省があると思います。しかも半導体でそれが実現できるかもしれないと。
かつて石原慎太郎さん(元東京都知事・故人)が「アメリカを殺すにはハンマーはいらない」と表現しました。要は〝産業のコメ〟でもある半導体で強かった1990年代後半の日本が米国に半導体を売らなければ、米国経済は立ち行かなくなると指摘したこともありました。
鈴木 日本の問題は、スタートアップ企業を支え、育てるエコシステムが十分に構築されていないことです。米国のシリコンバレーにはサービスプロバイダー、アクセラレーター、インキュベーター、法律事務所など、スタートアップを支援するエコシステムが存在しています。
シリコンバレーのもう1つの特徴は、豊富なベンチャーキャピタル資金の存在です。米国のDARPA(国防高等研究計画局)は米国防総省の研究開発部門であり、DARPAが行っているプロジェクトがしばしば最先端の技術革新の原動力となっています。インターネット、GPS、ドローン技術、AIもそうです。日本政府も最先端技術のスタートアップ企業を育て、グローバル市場に飛翔させるダイナミックな官民連携を実現してもらいたいと思います。
─ 官民双方にそういった〝構想力〟が求められますね。
鈴木 その通りです。各国は経済安保の戦略的視点で、自らの産業政策・交易政策を駆使して、経済に介入し始めました。日本の「自由で開かれたインド太平洋構想」の理念はインド太平洋地域における自由、法の支配、経済的繁栄、安全保障を強化するための包括的な枠組みです。それは、中国を視野に置いた集団経済安全保障を生み出す力を持っています。
また、最先端技術、社会性・公共性に富み、かつ収益性の高い優れたビジネスを生み出すインフラにもなります。インド太平洋を舞台とした石破政権の経済構想力とそれを実現する力を期待します。
官と民が組んだインド高速鉄道
─ かつて戦後の焼け野原から這い上がった戦前の人たちには日本を世界有数の経済大国にしようとする構想力があったように思います。今の日本はどのような状況なのでしょうか。
三原 当時の日本はアジアの中でもズバ抜けた経済成長を遂げていました。その意味ではアジアの中でも最も成長している先進国であり、アジアの中心は日本だという自負があったのだと思います。しかし今はそんなことはありません。中国はもちろん、韓国やシンガポールなどとは国力で負けてしまっている。
─ アジアにおける日本の1人当たりGDP(国内総生産)ではシンガポールやマカオ、香港、ブルネイに次ぐ第5位です。
三原 ええ。ただ、インドの高速鉄道のような事例もあります。ムンバイ︱アーメダバード間の約500キロを約2時間で結ぶ計画ですが、ここにJR東日本や川崎重工業などの日本企業が取り組んでいます。日本政府も低金利で融資するということで、まさに官民連携の事例になります。これも民間にチャレンジするという意思がなければ実現することはできません。
それから鈴木さんがおっしゃったことで大切なことは、研究開発にしっかりと投資をするということです。海のものとも山のものとも知れないものであったとしても、チャレンジして初めて実になる。国がそういった投資ができるようになるためにも、民間がそれだけの勇気を持たなければなりません。
鈴木 民間企業が思い切ってグローバル展開するためにも、世界の経済・市場における自由、法の支配が必要不可欠です。それは「自由で開かれたインド太平洋構想」の理念でもあり、日本は、その実現のために主導権発揮すべきです。それこそ、対中国政策の要です。
(次回に続く)