乾電池をヒントに開発
「クルマだけでは水素の普及に限界がある。もっと身近なエネルギーとして感じてもらうためには、一般家庭で使える環境を実現しなければならない。そのアイデアを考えていたときに、社内から出てきた発想のヒントが電気を貯める乾電池だった」。
こう語るのは水素ファクトリー水素製品開発部ウーブン水素実証グループの恒川泰伸氏。
トヨタの「ジャパンモビリティショー ビズウィーク 2024」での取り組みが注目されている。それが「ポータブル水素カートリッジ」。一般の人でも水素を交換式バッテリーのように持ち運びができるもの。さながら大きな乾電池のような形状だ。
通常、コンセプトモデルなどが展示されるケースが多いが、このカートリッジは水素ステーションなどでの安全基準を策定する高圧ガス保安協会の基準を満たしており、既に量産レベル。消火器ほどの大きさで重量は8・5㌔。大人が両手で持てば、そこまで重くはない。
そこで同社が「水素を日常生活で使える環境」(同)として提案したシーンがバーベキュー。トヨタの展示コーナーのすぐ傍の屋外に「水素調理器」が置かれ、来場者に焼いた肉や野菜が振る舞われていた。実はこの水素調理器は同じ名古屋に拠点を置くリンナイと共同開発した。水素カートリッジをバーベキュー場に運んで水素調理器につなげば、水素を燃料に調理が可能となる……。水素は燃やしても二酸化炭素を発生させず、水(水蒸気)を出すだけ。究極のエネルギーと呼ばれる所以だ。肉や野菜を焼くと炭で焼いたときのような炭っぽさがなくなり、水蒸気でしっとりと焼き上がるという。しかも、煙も少ない。
日常生活で水素をどう使うかというと、トヨタの考えは水素カートリッジをユーザーが水素ステーションまで運んで水素を充填するのではなく、家庭用のLPG(プロパンガス)のボンベを業者が各家庭まで配達して交換しているように、配達させて交換する仕組みを想定する。
カートリッジ1本で一般家庭の標準的な1日の消費電力の約3分の1を賄い、家庭用コンロであれば約2時間の連続使用に耐えられる。「一般家庭の台所に水素を届ける」(同)というわけだ。カートリッジにはQRコードが付与されており、「どこに何本のカートリッジがあるかも残量も分かる。欲しい分だけ提供することも可能。業者が交換してくれれば、水素の充填の心配や不安も軽減される」と恒川氏。
水素を持ち運びができることで〝電池の代用・置き換え〟という新しい領域が視野に入る。もちろん、水素を燃料とする水素製品の開発が前提となるが、仮にそれらが開発されれば、水素がガスのように生活インフラの1つになる世界が広がる。
例えば、水素で温めることができるお風呂や電動アシスト自転車、電動キックボードといった小型モビリティ。福祉領域でも車いすなどが該当するかもしれないし、医療機器にまで発展するかもしれない。ただ、「トヨタはクルマ屋。どうしても自動車の領域から離れられない。だからこそ、スタートアップや他企業との〝仲間づくり〟が欠かせない」と恒川氏は語る。リンナイとの共同開発もその一環だ。
コスト高や規制が壁
トヨタと水素の歴史は長い。1990年代に地球環境問題と並んで将来の石油資源の逼迫・枯渇といったエネルギー問題への備えが求められた。そこで同社は92年にEV(電気自動車)開発部を設置し、EVや水素を燃料とする燃料電池車(FCV)の本格開発に着手し、2002年に実用化。15年には量産型乗用車「MIRAI」を発表。他にも家庭用燃料電池や工場の動力源、水素ステーションの拡充など様々な施策を打ってきた。
それでもトヨタのFCVの10年間の累計販売台数は3万台に満たない。約700万円と高額な上に、ガソリンスタンドのように水素ステーションがほとんどなく、消費者が二の足を踏んでいるためだ。しかも、水素の価格は1立方㍍あたり100円で、既存燃料の最大12倍に相当。価格の高さがネックだ。
何よりも厄介なのは規制だ。先の水素調理器も屋内使用が認められていないため、屋外でのデモンストレーションを余儀なくされた。カートリッジの開発に際し、許認可を得るだけでも数億円のコストがかかっている。
恒川氏は「企業規模がなければ対応できない。しかし、水素は究極のエネルギー。脱炭素を実現するためには、当社が水素実用化の領域を担い、出口領域は他企業などの仲間に任せていく」と話す。水素は新しいエネルギー。そのため、「そもそも水素がどこの管轄か決まっていない。経済産業省や国土交通省、ガス保安協会か。何度も往復した」と同氏は振り返る。
社長の佐藤恒治氏は電動化戦略について「カーボンニュートラルに全力で取り組むが、正解が分からないから選択肢の〝幅〟を広げることが大事」とマルチパスウェイ戦略を掲げる。このほど同社は独BMWと水素分野での協力を強化した。第3世代燃料電池システムを共同開発するなど量産効果によるコストダウンを狙う。ただ、クルマ業界だけでは限界があるのも事実。
水素を産業界だけの領域に留めず、生活領域にまで落とし込めるか。トヨタの〝仲間づくり〟の本気度が試される。