コロナ禍で変わった 労働市場の中で
「労働マーケットが大きく変わっている。人口減少、人材の流動化が進み、働くことへの意識も変わっている。そこに敏感に対応していかなければ、従業員に選ばれる会社になっていかない」 ─こう危機感を見せるのは日本生命保険常務執行役員(人事部門担当)の中村吉隆氏。
2024年10月、日本生命は人事制度改革に乗り出すことを明らかにした。すでに労働組合に提案して協議中で、25年度から開始することを目指している。
今回の改革は社内で「かけはしプロジェクト」と呼ばれる。本社・支社で勤務する内勤職種に就く約1万3000人が対象。大きな柱は「職種の統合」。現在は日本及びグローバルの転勤を伴う「総合職」、地域内での異動を伴う「エリア総合職」、その中で事務を担当する「エリア業務職」に分かれている。両エリア職合わせると8100人。
改革後には、これらの職種を「総合基幹職」として統合。その中で「全国・グローバル型」、「エリア転勤型」、「非転居型」という新たな転勤区分を設定。 日本生命にとっては総合職、一般職という区分の人事制度を設けた1986年以来、約40年ぶりの制度改革。ではなぜ今、改革に踏み切ったのか。
大きかったのは、やはりコロナ禍。このパンデミックは「世の中の仕組み、意識を大きく変えた」(中村氏)。人事制度はこれまで、おおよそ5年程度で少しずつ見直しを進めてきたが、今回は40年ぶりという大きな変化となった。採用、人事制度、人事運用、全てを見直す形。
今回の人事改革は、冒頭の中村氏の言葉にあるような労働環境の変化に加え、日本生命の経営戦略とも密接に関係している。
日本生命は今、2026年度までの中期経営計画の中で、長期的に目指す姿として「安心の多面体」を掲げている。米国の生命保険会社への出資などを含む海外事業、ニチイホールディングス買収による介護事業、企業や保険者の健康増進を目指すヘルスケア事業など、事業領域がさらに広がっている。
そのため「幅広い領域での高度な専門人材を確保していかなくてはいけない。事業戦略に則した人事戦略にしていかなくてはいけない」(中村氏)と考えた。
専門領域の人材を 確保するために
では、具体的に制度を見直すことで何が変わるのか。中村氏は最も意識の変化が大きいのは地域の中で事務を担当してきた「エリア業務職」だろうと見ている。「従来は事務の領域を中心に仕事に従事してもらっていたが、仕事のウイングを広げてもらって、今後は各地域の組織を旧エリア業務職の方々を中心に支えていけるような人事運用をしていきたい」と中村氏。将来的には、支社長など支社の幹部に旧エリア業務職の人材を登用するような姿を描いている。
新しい人事制度における「エリア転勤型」と「非転居型」の人材に対しては、今回の「総合基幹職」への統合で、支店長など幹部層への登用を始め、意欲や実力に応じた評価を行う。 また、「全国・グローバル型」で働く人が、例えば結婚や出産・育児、介護などのライフイベントが生じた際、「エリア転勤型」に働き方を変更し、また状況が変わったら「全国・グローバル型」に戻るといった形で、従業員のキャリアを途切れさせないような運用を目指していく。
また、今は日本生命のみならず、全国展開している大企業で「転勤を伴う異動」を社員が受け入れないケースも増えている。そこで「全国・グローバル型」の人材に関しても、転勤時に最大50万円の一時金を支給し、全国の多様な地域での働き方を後押ししていく。
専門領域の人材確保に向けた取り組みも人事改革の柱。特に資産運用、IT、アクチュアリー(保険数理人)などの採用強化を進めるが、来年度に向けては特に資産運用人材に注力。キャリア認定制度を設けて、そのスキルを評価し、認定者は給与を加算したり、異動範囲を限定することで、基本的に資産運用部門でキャリアを重ねることができるようにする。
この分野は人材の奪い合いが始まっている。「資産運用やITなど、流動化が進んでいる職種ほど、キャリア採用は厳しい」と中村氏。条件や働く環境など、外部人材に振り向いてもらえるものを用意できるかが問われる。
今回の改革は、従業員1人ひとりの意識変革を伴うものでもある。会社が用意した制度、選択肢を、従業員自身が自分の人生と重ね合わせながら、キャリア形成の意志を持つ必要がある。
一方で、自分でキャリアを描くことは重要であるものの、「思わぬ部署への異動」が、自分の仕事の幅を広げて、次につながるケースもある。中村氏自身も本部と現場を行ったりしながらキャリアを重ねてきたが「無駄な異動は1つもなかった」と実感している。その意味で、多様なキャリアを積ませる仕掛けと、従業員の意識の変化の両輪が重要になる。
ある市場関係者は日本生命の人事改革について、「これまで日本生命の人事は役所の人事に近く、多様性に欠けている面があった。今後は多様性をどこまで高められるかが問われる。人事制度改革は人事評価や、日本生命が何で稼ぐ会社になるかといった、会社の有り様と密接に絡んだものになる」と指摘する。
日本生命社長の清水博氏は常々「人は力、人が全て」と話している。今後の会社の成長、他社との差別化を含め、多様な人材をいかに集め、その力を引き出していくかが、ますます重要になる。
「労働マーケットが大きく変わっている。人口減少、人材の流動化が進み、働くことへの意識も変わっている。そこに敏感に対応していかなければ、従業員に選ばれる会社になっていかない」 ─こう危機感を見せるのは日本生命保険常務執行役員(人事部門担当)の中村吉隆氏。
2024年10月、日本生命は人事制度改革に乗り出すことを明らかにした。すでに労働組合に提案して協議中で、25年度から開始することを目指している。
今回の改革は社内で「かけはしプロジェクト」と呼ばれる。本社・支社で勤務する内勤職種に就く約1万3000人が対象。大きな柱は「職種の統合」。現在は日本及びグローバルの転勤を伴う「総合職」、地域内での異動を伴う「エリア総合職」、その中で事務を担当する「エリア業務職」に分かれている。両エリア職合わせると8100人。
改革後には、これらの職種を「総合基幹職」として統合。その中で「全国・グローバル型」、「エリア転勤型」、「非転居型」という新たな転勤区分を設定。 日本生命にとっては総合職、一般職という区分の人事制度を設けた1986年以来、約40年ぶりの制度改革。ではなぜ今、改革に踏み切ったのか。
大きかったのは、やはりコロナ禍。このパンデミックは「世の中の仕組み、意識を大きく変えた」(中村氏)。人事制度はこれまで、おおよそ5年程度で少しずつ見直しを進めてきたが、今回は40年ぶりという大きな変化となった。採用、人事制度、人事運用、全てを見直す形。
今回の人事改革は、冒頭の中村氏の言葉にあるような労働環境の変化に加え、日本生命の経営戦略とも密接に関係している。
日本生命は今、2026年度までの中期経営計画の中で、長期的に目指す姿として「安心の多面体」を掲げている。米国の生命保険会社への出資などを含む海外事業、ニチイホールディングス買収による介護事業、企業や保険者の健康増進を目指すヘルスケア事業など、事業領域がさらに広がっている。
そのため「幅広い領域での高度な専門人材を確保していかなくてはいけない。事業戦略に則した人事戦略にしていかなくてはいけない」(中村氏)と考えた。
専門領域の人材を 確保するために
では、具体的に制度を見直すことで何が変わるのか。中村氏は最も意識の変化が大きいのは地域の中で事務を担当してきた「エリア業務職」だろうと見ている。「従来は事務の領域を中心に仕事に従事してもらっていたが、仕事のウイングを広げてもらって、今後は各地域の組織を旧エリア業務職の方々を中心に支えていけるような人事運用をしていきたい」と中村氏。将来的には、支社長など支社の幹部に旧エリア業務職の人材を登用するような姿を描いている。
新しい人事制度における「エリア転勤型」と「非転居型」の人材に対しては、今回の「総合基幹職」への統合で、支店長など幹部層への登用を始め、意欲や実力に応じた評価を行う。 また、「全国・グローバル型」で働く人が、例えば結婚や出産・育児、介護などのライフイベントが生じた際、「エリア転勤型」に働き方を変更し、また状況が変わったら「全国・グローバル型」に戻るといった形で、従業員のキャリアを途切れさせないような運用を目指していく。
また、今は日本生命のみならず、全国展開している大企業で「転勤を伴う異動」を社員が受け入れないケースも増えている。そこで「全国・グローバル型」の人材に関しても、転勤時に最大50万円の一時金を支給し、全国の多様な地域での働き方を後押ししていく。
専門領域の人材確保に向けた取り組みも人事改革の柱。特に資産運用、IT、アクチュアリー(保険数理人)などの採用強化を進めるが、来年度に向けては特に資産運用人材に注力。キャリア認定制度を設けて、そのスキルを評価し、認定者は給与を加算したり、異動範囲を限定することで、基本的に資産運用部門でキャリアを重ねることができるようにする。
この分野は人材の奪い合いが始まっている。「資産運用やITなど、流動化が進んでいる職種ほど、キャリア採用は厳しい」と中村氏。条件や働く環境など、外部人材に振り向いてもらえるものを用意できるかが問われる。
今回の改革は、従業員1人ひとりの意識変革を伴うものでもある。会社が用意した制度、選択肢を、従業員自身が自分の人生と重ね合わせながら、キャリア形成の意志を持つ必要がある。
一方で、自分でキャリアを描くことは重要であるものの、「思わぬ部署への異動」が、自分の仕事の幅を広げて、次につながるケースもある。中村氏自身も本部と現場を行ったりしながらキャリアを重ねてきたが「無駄な異動は1つもなかった」と実感している。その意味で、多様なキャリアを積ませる仕掛けと、従業員の意識の変化の両輪が重要になる。
ある市場関係者は日本生命の人事改革について、「これまで日本生命の人事は役所の人事に近く、多様性に欠けている面があった。今後は多様性をどこまで高められるかが問われる。人事制度改革は人事評価や、日本生命が何で稼ぐ会社になるかといった、会社の有り様と密接に絡んだものになる」と指摘する。
日本生命社長の清水博氏は常々「人は力、人が全て」と話している。今後の会社の成長、他社との差別化を含め、多様な人材をいかに集め、その力を引き出していくかが、ますます重要になる。