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渡邉廣之・イオン副社長 × 辻哲夫・元厚生労働事務次官「社会参加する機会をつくることで高齢者は元気になる。高齢者と若い世代の共存を」

財界オンライン 2024年11月27日 7時0分

いかに高齢者が元気な社会をつくるか─。高齢者が虚弱になる「フレイル」をいかに防止するかという国家的課題にイオンが取り組んでいる。ショッピングセンターでの植樹や健康イベントで高齢者の社会参加を誘発。副社長の渡邉氏は「地域社会への貢献は我々の使命でもある」と強調。元厚労事務次官の辻氏は「住民の行動変容は行政よりも民間の方に遥かに力がある」と指摘する。話題は我々の生き方のみならず、国内で約54万人の雇用を抱え、そのうちの1割以上が65歳以上というイオンの考える働き方にも広がった。


どこも経験したことのない社会

 ─ 団塊の世代が後期高齢者になる2025年が目前に迫っています。先進国の中では日本が世界最速で超高齢社会を迎える中、高齢者の「フレイル(加齢による虚弱化)予防」がキーワードになっています。高齢者が元気になることが重要になりますが、超高齢社会に向けた研究に取り組んでいる辻さんから見た日本の課題は何ですか。

 辻 既に日本は65歳以上の人口が全体の約3割を占めています。その中で特に大きな課題がフレイル予防です。今は「人生100年時代」と言われるようになりました。以前は人生80年と言われてきましたが、これが100年になるということは、85歳以上の人口が増えるということになります。しかし、人は年を重ねれば弱ります。そういった人たちが一気に増えてくるのです。これは今まで日本を含めて世界中のどの国も経験したことのない社会になります。

 いま現在、85歳以上の約6割が要介護認定を受けています。これ自体も初めてのことです。あまりイメージが湧かないかもしれませんが、そういった人たちが大きな割合を占める世の中が来ることへの備えが必要です。そのためには、65歳から75歳程度の方々はもちろん、高齢者が高齢者を支える世代に変わらないと社会が成り立たなくなってしまいます。

 ─ 高齢者が支えられるだけでなく、支える側になると。

 辻 そうです。高齢者が支える世代に入る。もちろん、100歳まで支える側になることは難しいですが、できる限り支える世代になることは可能です。そのためには就労を提唱していくことが第一の課題です。今も社会はそちらの方に動いていますが、それでも加齢に伴う虚弱化は避けられません。

 最近、研究が進み、このフレイルを遅らせることができるということが分かってきました。これがまさにフレイル予防です。そのフレイル予防の最たるものが「働く」ことなのですが、フルタイムでなくても良いのです。できるだけ自分の体力に合わせて身近な地域で働けることを目指す必要があります。できる限りピンピンコロリを目指すと。これが今の基本課題になります。

 ─ 高齢者がもっと元気になるための取り組みが必要だという問題提起ですね。その受け皿となるのが企業ですが、イオン副社長の渡邉さん、生活に密着する事業を展開するイオンの雇用数はどのくらいですか。

 渡邉 時間帯で区切って働くパートタイマー約42万人で、日給月給で働く人が約12万人です。海外も含めますと、約60万人です。このうち65歳以上の方は1割を超えるくらいだと思います。

 ─ ということは、元気な高齢者が働いているのですね。

 渡邉 ええ。もともと当社の前身であるジャスコは1969年に発足したのですが、当時から人事の考え方として、年齢、性別、国籍、学歴といったもので一切区分しないという思想を持っていました。ですから定年も他よりいち早く65歳定年制を導入し、今は70歳以上でも体力や能力に合わせて働いていただく体制になっています。中には70歳以上でも働いている方もいます。元気ですよ(笑)。実は私も66歳で前期高齢者ですが、先輩方で70歳を超えて働いている方もいらっしゃいます。

 特に当社の場合は、営業現場がメインです。どうしても立ち仕事が多くなります。それでも、しっかり最前線で仕事をされている方が多いのです。一方で、年齢と共に体力の衰えた方を補うような負担を減らす補助器具なども現場に導入し、少しでも現場の負担を減らすような取り組みも行っています。労働人口の問題を考えても、元気な方には働いてもらうことは非常に重要だと考えているところです。


基本理念を定款に定める意味

 ─ イオンは全国各地に店舗を構え、人が集まる〝小売り基地〟にもなっています。運営についての理念は何ですか。

 渡邉 イオンのベースには基本理念があります。それは「お客さまを原点に平和を追求し、人間を尊重し、地域社会に貢献する。」というものです。特徴的なのは、この基本理念を2006年から定款に定めている点です。つまり、定款で基本理念を掲げているということは、これを確実に実行することが我々のコミットであるということです。ですから、地域社会への貢献は我々の使命でもあるわけです。

 さらに22年10月に若手メンバーが中心になって「イオングループ未来ビジョン」をつくりました。ここにはイオングループの目指す姿を定めています。「一人ひとりの笑顔が咲く未来のくらしを創造する」と。我々が実現したい未来は、お客さまが明るくなっていく社会と自分らしい幸せを実感できることで、心豊かにくらし、笑顔が広がる未来になります。

 我々はそういった豊かな地域社会をつくっていかなければなりません。そのためには地域ごとのニーズ、つまりは生活者が求めている商品やサービスに対してどう応えていくかが重要になります。23年の株主総会では更にこの定款を変更し、基本理念を分かりやすく発信しました。

 ─ そのポイントは?

 渡邉 小売業は平和産業であって、人間産業であり、地域産業でもあるということです。地域産業とは地域のニーズに応え、地域の生活を豊かにしていくことです。それを目指していくと我々は明文化したのです。小売業が繁栄することはお客さまのニーズに対して常に革新し続けていくことを意味しています。その中で私も今年から人事・生活圏推進担当という肩書をいただきましたから、地域のニーズにどうやってお応えしていくかが今後の大きなテーマです。

 そこで具体的に当社が考えていることは全国一律で同じサービスをするのではなく、地域ごとに、その地域にお住まいの生活者の方々が困っていることを解決するようなサービスをしていきましょうと。例えば幼稚園や保育園が不足している地域であれば、当社が運営している「ゆめみらい保育園」を設置すると。行政だけでは賄えない領域のサービスを当社で提供できるものは提供していく考えです。

 ─ 保育園は全国で何カ所展開しているのですか。

 渡邉 33カ所です。当社で働きながら育児をしている従業員がいますから、そういった従業員が働きやすくなるようにするという意味も含めています。

 ─ 小売業が地域産業でもあるというイオンの経営理念についての感想はどうですか。

 辻 渡邉さんの話には非常に感銘を受けました。定款にするということは、いわば企業にとっての存在の原点を明らかにすることでもありますから、その決意を感じることができます。

 地域産業という観点で見れば、日本は高齢化のみならず、人口減少も進んでいます。このままでは街が消えることもあり得るわけです。地域が衰亡していくことが懸念される中で、地域をどう守っていくかはとても重要なテーマになります。それに対し、イオンさんは中期経営計画の中で「イオン生活圏の創造」と謳い、住みやすい生活圏をつくろうとしています。

 このことは私から言えば、近未来の日本社会の在り方を先取りしていると感じます。各生活圏のニーズに応じて自分たちが生活圏を守っていくんだという思想ですね。これは縦割り組織ではうまくいかないと思います。その意味でも時代を先取りされています。このように時代を先取りできるのも、人間中心・地域社会を大事にするという経営理念があるからだと思います。



地域の精神的豊かさの実現

 ─ この生活圏という概念の説明を聞かせてください。

 渡邉 先生のお話にもあったように、経済面だけではなく地域の精神的な豊かさをどう実現していくかということです。つまりは暮らしやすさです。ですから、そこに住んでいる生活者の生活が便利で豊かで、しかも「安全・安心」な生活が送れると。加えて、コミュニティもある。そういったものを包括したものを生活圏と表現しています。

 ─ コロナ禍で個人がバラバラになりやすい状況でした。人と人をつなぐ機能としてのイオンの取り組みはありますか。

 渡邉 例えば、店舗での朝のラジオ体操や体験型の健康イベントは人気があります。他にも当社は環境の取り組みを実施しており、地域の方々に植樹や毎月のゴミ拾いといったボランティアにも参加していただいています。団塊の世代の方々などは仕事から離れてしまっています。そういった方々に社会参加する機会を与えている形にもなっています。

 他にも、昨今の夏の暑さを踏まえ、イオンモールでは館内を涼しく保ち、誰もが暑さから避難できるようにしています。大半の施設は自治体から「クーリングシェルター」にも認定されました。同時に、以前よりイオンモールにはイオンモールウォーキングコースがあり、一定歩数を達成するとお買物に使用できるポイントがあたるアプリもあります。猛暑でも雨天でも関係なく、どなたでもウォーキングを楽しんでいただける環境です。

 ─ どういうときに植樹を行っているのですか。

 渡邉 例えば新店を作る際、通常であればお店の周りの植栽は業者に頼みます。しかし当社はそれを地域の住民の方々に参加して植えていただいているのです。「イオンふるさとの森づくり」という活動になります。

 横浜国立大学名誉教授だった宮脇昭先生(故人)からご指導をいただいて、その地域にある鎮守の森を観察し、植生が最も地元に合っている木の苗を作り、それを小さなスコップで穴を掘って植えていくのです。そうすると、お店が育つようにお客さまに植えていただいた木も育っていきます。海外も含めて累計で約1268万本を植えました。

 辻 素晴らしい取り組みだと思います。私は日本の高齢化と人口減少に対してどう対処するかという研究をしているのですが、やはり大事なことは健康づくりになります。そして特に生活習慣病の予防が大きな柱になります。加えて、地域で働くことを含めて最も大きな効果があるのがフレイル予防だと思います。

 ─ とにかく動くと。これがフレイル予防のポイントだと。

 辻 どうしたら身体が弱くならないかという視点に立てば、「よく動く」ということです。よく動くためには筋肉が弱ってはいけませんので、しっかり「食べる」ことが大事になります。ただ、この手前にもっと重要なことがあります。それが「社会とのかかわり」です。これは学術的研究で実証されています。

 つまり、社会とのかかわりが歳を取っていくに従って弱っていくことにいかに対応するか。その意味でも、人と人とのつながりがある地域をつくることは、皆が元気をできる限り長く維持できる基本中の基本です。イオンさんのやっていらっしゃることは、まさにフレイル予防の取り組みとも言えるでしょう。


AIを活用した生産性の向上

 ─ 一方で企業経営の側面から見れば、賃金の引き上げが産業界の課題になっています。イオンは去年、今年と、賃上げを実行してきましたが、販売価格を下げる取り組みも行ってきました。賃上げの原資を稼がなければならない一方で価格を下げることの矛盾した均衡をどう考えていますか。

 渡邉 なかなか難しいテーマです。当社で働くパートタイマーの方々は地域生活者です。こういった方々の賃金を上げることが生活の支えになります。やはりインフレですからね。いち早く組合と一体となり、春の賃金改定まで待たずに、昨年も12月には賃金改定を決めました。約42万人のパートタイマーの賃金を約7%上げました。これは2年連続で実施しました。

 一方で、インフレで原価が上がっています。しかし、可処分所得は上がっていない。そうすると、食品に対する支出などにお客さまもシビアになってしまう。ですから、価格をいかに企業努力で吸収していくか。ここは重要だと思っています。

 ─ 何とか解決していきたいということですね。

 渡邉 ええ。生産性を上げて解決していかなければなりません。今後は高齢化で労働力不足になっていきますからね。賃金が下がるということはありません。賃金は上がるものとして捉え、それに耐えられる経営体質をどうつくっていくかです。

 ─ 生産性向上という観点ではAIなどが登場しています。

 渡邉 はい。生産性向上にはデータをどうやって利活用するかが重要になります。AIは分析力が非常に高いので、当社でも商品を無駄なく売るために売価変更という作業をするのですが、夕方に総菜品を安くしたりする場合に、その判断をするときの店頭での個数やお客さまの数などを過去の実績から分析しています。それでいくら値引きするかを弾き出しているのです。

 ─ もう実装していると。

 渡邉 そうですね。他にも発注業務がそうです。これまでであれば陳列数を踏まえて発注数を決めていましたが、AIで複数の要素を学習させることによって、より精緻な数値を出すようにしています。さらにシフトも同様です。当社のお店は365日営業していますからシフト勤務なのですが、どういうシフト勤務を組むことが効率的かAIを使って計算しています。活用しようと思えば様々な領域で活用できると思っています。

 ─ 同じように社会保障などにAIは活用できませんか。

 辻 よく言われているのは医療分野です。最近は画像診断だけでなく、病気の診断のプロセスにおいてもAIが活用されるようになっていると聞いています。ただ、AIが間違えることはあり得る。これは議論が必要です。ですから、病気に関しては未知の分野の解明をAIに頼ることは危険になります。

 しかしながら、いかに人が弱りにくい社会をつくるかといった未解明な分野の解明はAIが得意です。地域ごとに比較した場合、要介護認定率は格差があります。同じ人間なのに格差があるということは、それなりの地域ごとの原因があるはずです。

 そういう格差と環境要因との相関関係を分析するのはAIが秀でています。医療の場合は因果関係が明確でないと動けませんが、地域ごとの予防政策の場合は、まずは相関関係を探し出すことが第一歩です。その第一歩の相関関係を探し出すのはAIが得意中の得意。例えば仮に飲食店が多い地域の要介護認定率が低いという相関関係が出た場合、それは重要な発見と言えます。

 フレイル予防の場合、個人がどのようなライフスタイルに変容すれば効果があるかについてはエビデンスが解明されていますが、地域全体のフレイル度をよくするためには、どのような地域をつくっていけばいいのか。どのような街をつくれば弱りにくい地域になるのか。我々は今、AIを活用した研究を通じて、そういった構造解明と政策の推進の検討を行っているところです。



電子レシートからの健康づくり

 ─ 働く現場での最先端技術と人の関係をどう捉えますか。

 渡邉 今はキャッシュレス決済も進み、レシートも電子レシートなどにデータ化されています。そうすると、そこから個人のニーズなどパーソナライズ化が可能になってきます。辻先生のお話を聞いていて思ったのですが、電子レシートを使えば、どんな食生活をしているかが分かります。そのデータを基にして「あなたはこういった栄養素が不足していますよ」といった提案ができるかもしれません。

 それができれば、当社もお客さまの健康づくりに資することができるようになります。例えば、沖縄は戦後に米国の食文化になり、寿命が変わってきたと言われています。食文化が人に与える影響は大きいわけです。フレイル予防にもそれは大いに言われているところでもあります。私どもも先生のご協力を得ながら地域ごとに健康の領域でお手伝いがしたいと思います。

 ─ 知恵の見せ所ですね。さて、辻先生とイオンとの出会いは辻先生が東京大学高齢社会総合研究機構の教授だった頃からだと聞いています。フレイル予防に関する産学連携については、どのようなスタンスで臨んでいけばいいと考えますか。

 辻 フレイル予防の観点から言いますと、まずはエビデンスがないと物事が前に進まないという現実があります。フレイル予防には「栄養」「身体活動」「社会参加」が重要だと申し上げましたが、これらは全てエビデンスで示せなければ、政策として推進できません。

 そして、エビデンスは学術の仕事になります。フレイルに関しては私の東大の仲間で老年医学の専門家である飯島勝矢教授たちが老年学会の仲間と共に確立してこられました。これが産学連携の入口になりますが、これはほぼ完成しています。


フレイル予防推進会議の発足

 ─ 何をすれば住民が元気になるかは示されていると。

 辻 はい。いま申し上げた三本柱の行動変容をすれば、住民は元気になるのです。ただ、この行動変容を起こすことは行政や学術だけの話ではない。住民自身が自分の問題として受け止め、自ら行動を変えていく。この行動変容は行政よりも民間の方に遥かに力があると思います。消費者のニーズを常に考えていらっしゃるのですからね。民間の方がものすごいノウハウを持っているわけです。

 それからもう1つは、行政などが設けた公の場に来てもらって運動などを頑張ってもらうとしても限界があります。しかし日頃、住民はイオンさんのお店に行くわけです。それが産業の営みです。しかも我々はこういった産業との関わりなしに1日たりとも暮らしてはいけません。

 民間企業との関わりが行動変容を住民にもたらすわけです。そこで、産学連携研究でフレイル予防の構図がおおむね見えてきましたので、次はこれを社会にどう落とし込んでいくか。今はそういう段階だと思います。

 ─ では行政の役割とは。

 辻 生活習慣病予防やフレイル予防は一義的には行政による政策の問題です。フレイル予防は産学連携がかなり先行しましたが、今後はいよいよ行政が動かなければなりません。そこで今年7月に「フレイル予防推進会議」が立ち上がりました。

 フレイル予防の旗振り役になることに賛同した神奈川県の黒岩祐治知事をはじめ、4県の知事や約40人の市町村長と渡邉副社長をはじめとする約10社の企業リーダーが立ち上げた組織です。行政が旗を振り、それを受けて産業界が動くという連携がようやくできてきたのです。来る11月22日にはこれらのトップリーダーが一堂に会し、全国統一のフレイル予防の啓発内容を決定し、活動の開始を宣言します。

 これにより、行政と産業の動きが本格化する見通しですが、例えば、フレイル予防の観点から小売業と食品製造業とが協業してフレイル予防に資する商品やサービスをビジネスとして提供するなど、行政の予防政策と産業の取組みとがウインウイン関係になるような新たな展開が進むことを強く期待しています。

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