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冨山和彦の「わたしの一冊」『團十郎の歌舞伎案内』

財界オンライン 2024年11月30日 11時30分

「人生色々」な物語が展開される歌舞伎の入門書

 実は大の歌舞伎ファンである。歌舞伎座に月一回以上は足を運ぶ。中高時代から演劇好きだが、もっとも嵌ったのが歌舞伎である。

 本書は、今は亡き先代の市川團十郎丈による歌舞伎の入門書であり、私が歌舞伎を観始めた頃に出会った一冊である。平板な出し物の入門解説ではなく、歌舞伎宗家の成田屋、市川團十郎の歴史を縦糸、歌舞伎の基礎知識を横糸に歌舞伎の魅力を描き出す、歴史小説的な読み物でもある。しかも、著者の誠実な人柄を映し出すような優しく丁寧な語り口。だからこそ歌舞伎初心者でも引き込まれ、本物の歌舞伎が観たくなる。

 幅広いジャンルのある歌舞伎の中でも、私の好みは世話物と言われる江戸時代の現代劇だ。

 鶴屋南北や河竹黙阿弥と言った日本のシェークスピアとも言うべき大戯作者による、庶民を中心とした善悪一如、喜怒哀楽ないまぜの一見荒唐無稽だが実はリアルな人間ドラマ群。色とりどりの多様で多元的な世界で「人生色々」な物語が展開される。

 登場する人々は現代の私たちとも相通ずる愛すべき人たちで、時代を経て変わらぬ日本人と日本社会の本質を垣間見ることができる。野田秀樹や三谷幸喜、宮藤官九郎、山田洋次と言った現代を代表する戯作者たちが歌舞伎を愛し、歌舞伎役者を重用し、歌舞伎の脚本を書きたくなるのもむべなるかな。私の近著『ホワイトカラー消滅』においても、普遍的な日本社会の実相について考える大きな手がかりは歌舞伎だった。

 混迷の時代に入り様々な日本論が語られるが、多くは士族をはじめ社会の上部構造を構成する階級の人たちの歴史や書物をなぞったもの。しかし、どの時代も圧倒的多数派は歌舞伎の世話物や落語に登場する庶民である。本書を手に取ってもらい、江戸時代へのタイムマシン演劇とも言うべき歌舞伎の世界に分け入り、つかの間、極上のエンターテイメントに身を任せながら、日本について考えてみてはいかがか?

【著者に聞く】『帝国データバンクの経済に強くなる「数字」の読み方』帝国データバンク 情報統括部 主席研究員・窪田剛士

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