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塩野義製薬・手代木功会長兼社長CEOに直撃! 日本の『医薬品の安全保障』をどう確保しますか?

財界オンライン 2025年1月29日 11時30分

食料より低い医薬品の自給率


 ー 産業界全般で原材料価格の高騰が起こっています。どのような対応を行っていますか。

 手代木 そもそも医薬品には薬価という健康保険法下で償還される最高価格があります。一方で、原材料費は輸入が主になっている中で足元の円安基調かつ物価高がダブルで効いていて、医薬品業界が苦しい状況です。

 もちろん、あまりにも原材料費が上がって赤字になっている製品については、不採算品再算定で薬価の値上げを行う制度もありますが、耐久消費財や小売りの商品のように、頻繁に値上げができるわけではありません。国内の生産基盤を輸入原材料との関係で、どのように維持・発展させていくか。経営として非常に難しい局面にあります。

 私どもは、日本の皆様方のための医薬品は、できる限り日本国内で生産して品質面などでもご安心いただけるような生産体制を整備したいと考えています。そして、患者様の安心・安全のために、いつでも生産工程の査察をしていただける環境で生産したいと考えています。

 ー 国内の食料自給率は約38%。医薬品の自給率はさらに低いということでしょうか。

 手代木 非常に低いです。新しい技術である抗体医薬品には抗がん剤や抗リウマチ薬をはじめ、素晴らしい製品がたくさんあります。それらを国内で生産している工場も徐々に増えていますが、2023年段階での医薬品は4.5兆円の輸入超過になっており、これは原油に次いで2位になっています。

 ー 国内でのビジネスが難しくなり、様々な企業が米国を中心とした海外に目を向けています。どう考えていきますか。

 手代木 約20年前に米国と欧州と日本が中心となって新薬の許認可に関し、できる限り規制の調査をしていきましょうということで、「ICH(医薬品規制調和国際会議)」という枠組みを作りました。

 ICHの枠組みの中では、1箇所で新薬を開発して承認をいただければ、ICHの枠組みに加盟している他国での承認が必要なくなり、製薬メーカーにとっては開発費の効率化になります。その後、枠組みの幅も広がり、非臨床試験(動物試験)については、世界で1回やれば共通でデータを受け取っていただけるようにもなりました。

 しかし今は生産に関する基準や臨床試験の進め方、考え方は各国政府で少しずつ、ずれてきているところがあります。例えば米国で承認を受けても、欧州では承認されないといった具合です。むしろ、全体的に、各国独自のデータを要求されることが増え始めています。

 そうなると、圧倒的にマーケットの大きい米国で新薬の開発を行い、承認を取ることが優先されます。そして、米国のFDA(アメリカ食品医薬品局)の承認が中国をはじめ、世界各国の承認に大きな影響を与えるようにもなります。米国が承認したら自分たちも承認するという風潮も未だに強いので、どうしても製薬企業が米国で新薬を開発するという流れになっているのは否めません。


中国ベンチャーがナスダック上場


 ー 米国が世界の製薬業界の中心になっていると。

 手代木 はい。一方で中国の臨床試験に関しては、中国人でのデータが必須になっています。しかし現実的には米国のFDAを参考にしているのは間違いないと思います。サイエンスや薬事の部分で中国が1番参考にしているのは米国だと感じます。

 ー 米中対立と言われながらも水面下ではつながっている印象を受けますね。例えば、中国人の海外留学生も一番多いのは米国だと聞きます。

 手代木 おっしゃる通りです。中国が創薬に乗り出した約10年前、中国発のベンチャー企業から良い医薬品の開発が出て来たかというと、そうでもありませんでした。ところが今は、米国や欧州で勉強した留学生が中国に帰国してベンチャー企業を立ち上げ、資金を集めて研究し、新たに発明した化合物を今度は米国で開発するという傾向が強くなっています。その医薬品は中国発ですが、グローバルな化合物が増えてきています。

 しかも、いくつかの会社は米ナスダックに上場しています。中国の優れたサイエンティストの科学力によってモノを作る力も確実に上がっているのです。FDAもどこの国で生まれたかではなく、どういう化合物であるかを考えてくれますからね。

 ー 新薬開発では、もはや国境はないように感じますね。

 手代木 ええ。ですから、見方によっては米国で開発し、米国で承認を取り、米国で生産し、米国の患者様を助けるのであれば、もしかしたら米中摩擦は起こらないということを意味しているのかもしれません。

 米国にとっては、知的財産は中国にあるかもしれないので、ロイヤリティは中国に払わないといけないかもしれませんが、トータルで見てみれば、米国にとっても中国にとっても困ったことになっていないという現実があるのかもしれません。

 ー その中で日本の立ち位置をどう考えますか。

 手代木 日本の医薬品に関しては、世界中から「日本製の物は安心できるね。品質が良い」と言って下さる方が多いです。日本の農作物の評判もすごく良いですからね。物流も品質が素晴らしくなっています。朝に採れた日本の農産物を夜には香港の食卓に並べることもできるようになっていますからね。

 私の個人的な見方としては、1次産業や2次産業をベースにした日本の強い産業を、もう一度見直しつつ、リトレーニングやリスキリングで人材を強くしていくことが大事ではないかと。そして、最終的には輸出をしていくことが良いと考えています。

 ー 円安で日本が国際的に弱いと評価されているという現実がある中で、どのような成長戦略をとるかが重要ですね。

 手代木 はい。かつて1ドル=80円台の円高になったときは、ある意味では健全な変化でした。日本の産業が強くなって外貨を稼ぎ、円が強くなってきたわけですからね。つまり、日本という国が強くなっていく中では、為替が強くなるのは至極当たり前の話です。その中で、次のステージとして地産地消型を選ぶかどうか。あるいは違う産業形態を選ぶのか。今のような円安で物価が高くなっている場合に、人工的に円高にしてみても何も変わらないと思います。



残す産業と残さない産業


 ー 円安下では生産性を上げることが肝心ですね。

 手代木 ええ。競争力を持って経済力が上がり、その流れで通貨が強くなることが重要です。もっと言えば、日本が人口減少期に入っている中では、どの産業も強くするというわけにはいかないでしょう。どちらかといえば、日本の強みとして選ばれない産業に就いておられる方には、強い産業にシフトしていただかなければなりません。

 国民的には、いろいろ厳しい議論になってしまうかもしれませんが、残す産業と残さない産業をどうするかという議論は避けて通れないのではないでしょうか。
一方で、日本にはなくても構わないという産業になれば、外に出て行って海外で頑張るという選択肢もあるでしょう。

 ー 全ての産業をカバーすることができないという限界がある中で、どのような産業を日本に残していくかという議論も必要だという問題提起ですね。

 手代木 私どもは少なくとも日本の中に研究の本部機能を残していますし、開発中の化合物における自社品比率は未だに60%以上をキープしています。これはグローバル企業ではなく、小さい企業だからできると指摘される方もいらっしゃるかもしれませんが、私はこの会社の規模が変わったとしても、この国の中に研究と開発の主だったポイントを残すという点、特に研究領域は残すという考えです。それから生産のベースも国内に残すという基本的な考え方も変わりありません。

 ー それだけ日本に根差すということですか。

 手代木 そうです。先ほど申し上げたように、開発した新薬について、どの国で承認をとるのか。どういう価格が付くのか。それらを含めてビジネスとして考えなければいけないことがあるのは事実です。「医薬品はボストンに行かなければ研究ができない」という流れもありますが、それも人的なネットワークを考えると正しい部分はあるでしょう。

 しかし、情報量という意味では、今は昨日発表された論文が今日にはインターネットで世界中で読める時代です。そこまで物理的に離れていることによって劣後することはないと思います。ですから私は経営のコミットメントの問題だと思っています。

 日本で研究し、日本からモノを出す。このような意思が経営者にとっては重要だと考えています。それは上流の原材料から下流の医薬品までを日本から出さなかったら、我々の会社はなくなってしまうというくらいのコミットメントだと思います。


米国は防衛費でワクチンを製造


 ー さて、コロナ禍を経て落ち着きを取り戻しました。コロナ禍の教訓とは何ですか。

 手代木 WHO(世界保健機関)の役人から聞いたセリフが忘れられません。地球に80億人の人口がいて日本の人口が1億人だとしたら、日本にはWHOが手に入れた80分の1以上のワクチンは提供できないと言ったのです。人口比率でしか提供できないということです。それが困るのであれば、自国で準備しなさいと。

 米国はそれを分かっているから、少なくとも20億本ぐらいは作れるような準備をしているのです。もちろん、国のお金を投下しており、防衛費を当てているのです。

 ー 安全保障という観点で税金を使っているのですね。

 手代木 ええ。国の防衛、国民の安全保障と捉えているわけです。私が税金を使うのに価値のある事業だと思っている根拠はここにあります。教育・国防・社会保険については、国が大部分の面倒を見る責任があるからです。そして、国防・安全保障の中にはパンデミック時の医薬品、あるいは国民の皆様方の命にかかわる医薬品が含まれるべきだと思っています。

 当社はこれで儲けるつもりではありません。ただ毎年、国内の生産体制を維持するためのコストだけは吸収していただけないかと提案をしています。私どものメインの事業の中で利益をあげて研究開発は続けます。ただ、国民の皆様方のためにご準備をさせていただく分については、コストは吸収させていただけないですかと。

 これには従業員の雇用や専門性維持のため、トレーニング、設備の維持・メンテナンスなどが必要になる。そして実際に製造したものについては、国家備蓄として買い上げていただけないかということを提案しています。ただ、塩野義製薬としてやらなければいけない努力はある。それの努力の結晶が新型コロナ感染症治療薬の「ゾコーバ」だったのです。

【2025年をどう占いますか?】答える人 塩野義製薬会長兼社長CEO・手代木功

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