がんに対する戦略や手立てを考えやすい
―― 若い女性の間で子宮頸がんの患者が増加しています。まずは読者のために、子宮頸がんとはどんなものであるか聞かせてもらえますか。
青木 子宮頸がんとは、女性特有の臓器である子宮の下部にある管状の部分(子宮頸部という)にできるがんのことです。
特徴は、われわれ「ナチュラル・ヒストリー」とか「自然史」という言葉を使うんですが、human papillomavirus(HPV=ヒトパピローマウイルス)の感染が原因であることが分かっていて、このHPVというウイルスが長期間にわたって持続感染すると発がんします。
ただ、HPVに感染しても全員ががんになるわけではなく、多くの人は自らの免疫の力によってウイルスが自然に排除されます。つまり、HPVに感染した人の一部が前がん病変、いわゆる、がんになる前の状態となり、5年とか10年といった歳月をかけて、がんに進行していくのです。
ですから、それぞれの段階の状況がよく知られているがんであり、もちろん、中には例外的なものもありますが、ほとんどがそのライン上に沿って発症する。これが子宮頸がんの大きな特徴だと思います。
―― すでに解明されているがんだということですね。
青木 ええ。国内では毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかり、約3千人が亡くなっています。しかし、他のがんを考えれば、手立てを打つ方法がなかなか存在しないものもありますが、子宮頸がんはがんに対する戦略というか、手立てを考えやすいと言っていいと思います。
がんと聞くと、皆さん、どんどん悪い方向に進行していくように考えてしまうかもしれませんが、前がん病変の段階では、がんに近づくより正常の方に戻ることも多く、放っておけば自然治癒することもあります。
昔は罹患(りかん)のピークが40~50代でしたが、近年は20~30代の女性に増えてきており、ピークは20代後半くらいだと思います。前がん病変はかつて「異形成」と呼ばれていまして、異形成と呼ばれるものは20代後半が罹患のピークで、がんのピークはそこから10年くらいが経った30代後半から40代になります。
ナチュラル・ヒストリーという観点からすると、それだけがんになるまでは時間がかかるものであり、それぞれのステップで対策を打つことができる。もちろん、早く見つけて作戦を取るにこしたことはありません。
初期のがん、ちょっと進んでしまった場合のがん、かなり進行した時のがんというのは、それぞれの段階で個々の治療戦略がありますから、手術療法をはじめとして、放射線療法や抗がん剤による化学療法など、いわゆる集約的治療法をうまく組み合わせるということになると思います。
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ワクチン接種率が低い理由
―― 毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかるということですが、近年、患者数が増えていると言いますね。この原因は何なのですか。
青木 確かに増えていると言えば、増えているのですが、これにはすごく大きなマジックがあるんですね。統計的には2012年とか、2010年代半ばあたりから急にがん患者が増えているように見えるかもしれませんが、それはこの頃に病理的な分類が変わったのです。
前がん病変からがんに移行する部分の境界線のあたりの分類が変わったために、以前は前がん病変とされていたものが、がんに組み入れられてがん登録されるようになった。そういう数字上のマジックもあるということは覚えておいてください。
しかし、浸潤がんも増加しています。浸潤がんについては、病理学的な診断分類は変更されていませんので、増加していることは確かです。
―― なるほど。ここは冷静に見ておく必要がありますね。
青木 はい。先ほど、子宮頸がんはそれぞれの段階で戦略があると申し上げました。がんに対しては、一次予防、二次予防という考え方があり、一次予防というのは病気にならないようにしましょうというものです。
例えば、タバコを吸うなとか、いろいろあるんですが、子宮頸がんの場合はウイルスが原因ですから、ワクチンを打ちましょうということになる。日本では2013年度から予防接種法という法律に基づき、HPVワクチンの接種が定期接種化されました。この時、ワクチンの接種率が一気に高まり、ある年代では70%くらいの接種率になりました。
―― 何歳ぐらいで接種することが望ましいのですか。
青木 定期接種は原則として中学1年生が対象になっています。このウイルスは性的接触により子宮頸部に感染しますので、性交を体験する前に打つことが予防効果としては抜群です。感染してからではワクチンの効果は期待できません。
そういうことで定期接種化されたんですが、副反応ばかりをセンセーショナルにクローズアップし、ワクチンの効果に重きをおいた報道がなされなかった影響からか、一気にトーンダウンして、ワクチン接種の積極的勧奨を中止することになってしまいました。
マスコミで報道されているような多様な症状の原因がワクチンだという科学的な証拠はないのですが、現時点でも定期接種の対象になっているにもかかわらず、積極的な接種勧奨の差し控えは今でも続いていて、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で日本の接種率は最低ランク。現在は1%にも満たないです。
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ワクチン接種率 向上のカギは母親
―― そんなに少ないんですか。やはり、ワクチン接種率が低いことが患者数の増えている要因だということですね。
青木 そう短絡的に考えるのは間違っているとわたしは思います。一見そのように見えるかもしれませんが、正確なデータが出てくるまでは何とも言えません。しかし、ワクチンの接種を受けた者では、前がん病変の罹患が少ないという論文が発出される可能性が高いと思います 。
わたしは、今は大きな社会的な実験データを取っている段階だと思うんですよ。ある学年までは接種率が7割を超えているのに、ある学年以降は零点何%まで落ち込んでいるのですから、この2つを比較すればいいわけで、もう少し経てばきちんとデータが出てくると思います。
間違えていけないのは、これはがんにならないようにしましょうという一次予防という対策です。二次予防は、がんで死なないようにしましょうということで子宮頸がん検診。これは自治体の健康増進事業に位置付けられていて、20歳を過ぎたら2年に1回の検診を受けましょうということが推奨されています。
―― これはワクチンを接種したら病気にならないから、検診は必要ないということにはならないのですか。
青木 やはり、一次予防も二次予防も両方大事ですよね。
おそらく、ワクチンというのは100%予防できるものではないと思います。HPVのウイルスは200種類ぐらいのタイプがあって、そのうちの15種類ぐらいががんリスクの高いものに分類されています。ですから、ワクチンは100%予防できるわけではないと考えられるので、ワクチンの接種も子宮頸がん検診も必要だと思います。
―― そういう状況を踏まえた上で、啓発 の意味も含めて、子宮頸がんを減らすために、どこから手を付けていけばいいと考えますか。
青木 やはり、勉強するというか、教育ですよね。昔から、ウイルスで発がんするがんがありますという教育を行っている中で、肝がんや胃がんは書いてあっても、ずっと子宮頸がんは抜けていました。
ですから、まずはどのような病気なのかを知ってもらいたいですし、われわれのような専門家が集まる学会では10年近く前から要望していて、今度ようやく、がん教育推進のための教材(文部科学省)に載せてもらえることになりました。
やはり、ワクチンががんに効くという漠然とした情報だけでも知ってもらいたいです。
―― これは社会がトータルで考えていくべき問題ですね。
青木 あとは中学生がワクチンを接種してほしいということで考えると、キーになるのはお母さんですよね。近年、こんなにワクチンの接種率が下がってしまったのは、おそらくお母さんがノーサンキューなんだと思います。
―― 母親といっても30~40代ですから、彼女たちも打っていない世代ということになりますか。
青木 定期接種になる前の世代ですから、おそらく打つ世代ではないと思います。だから、そういう方々への教育も大事だと思いますし、社会教育がしっかりしていれば、その後の検診もしっかり受けるようになると思います。
検診も本当に効果的でして、日本で市町村検診と呼ばれている、先ほど触れました健康増進事業として行われているがん検診は、子宮頸がん、乳がん、胃がん、肺がん、大腸がんの5つです。この中で、子宮頸がん検診は最も効果が高くて、検診を受けるだけで死亡のリスクが8割減ると言われています。
ですから、時間はかかると思いますが、まずは個々人が正しい知識を得ることから始め、社会全体で地道に理解を深めていくことが大事であると思います。
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―― 若い女性の間で子宮頸がんの患者が増加しています。まずは読者のために、子宮頸がんとはどんなものであるか聞かせてもらえますか。
青木 子宮頸がんとは、女性特有の臓器である子宮の下部にある管状の部分(子宮頸部という)にできるがんのことです。
特徴は、われわれ「ナチュラル・ヒストリー」とか「自然史」という言葉を使うんですが、human papillomavirus(HPV=ヒトパピローマウイルス)の感染が原因であることが分かっていて、このHPVというウイルスが長期間にわたって持続感染すると発がんします。
ただ、HPVに感染しても全員ががんになるわけではなく、多くの人は自らの免疫の力によってウイルスが自然に排除されます。つまり、HPVに感染した人の一部が前がん病変、いわゆる、がんになる前の状態となり、5年とか10年といった歳月をかけて、がんに進行していくのです。
ですから、それぞれの段階の状況がよく知られているがんであり、もちろん、中には例外的なものもありますが、ほとんどがそのライン上に沿って発症する。これが子宮頸がんの大きな特徴だと思います。
―― すでに解明されているがんだということですね。
青木 ええ。国内では毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかり、約3千人が亡くなっています。しかし、他のがんを考えれば、手立てを打つ方法がなかなか存在しないものもありますが、子宮頸がんはがんに対する戦略というか、手立てを考えやすいと言っていいと思います。
がんと聞くと、皆さん、どんどん悪い方向に進行していくように考えてしまうかもしれませんが、前がん病変の段階では、がんに近づくより正常の方に戻ることも多く、放っておけば自然治癒することもあります。
昔は罹患(りかん)のピークが40~50代でしたが、近年は20~30代の女性に増えてきており、ピークは20代後半くらいだと思います。前がん病変はかつて「異形成」と呼ばれていまして、異形成と呼ばれるものは20代後半が罹患のピークで、がんのピークはそこから10年くらいが経った30代後半から40代になります。
ナチュラル・ヒストリーという観点からすると、それだけがんになるまでは時間がかかるものであり、それぞれのステップで対策を打つことができる。もちろん、早く見つけて作戦を取るにこしたことはありません。
初期のがん、ちょっと進んでしまった場合のがん、かなり進行した時のがんというのは、それぞれの段階で個々の治療戦略がありますから、手術療法をはじめとして、放射線療法や抗がん剤による化学療法など、いわゆる集約的治療法をうまく組み合わせるということになると思います。
コロナショック・未知のウイルスにどう対峙すべきか? 答える人 濱田 篤郎・東京医科大学特任教授
ワクチン接種率が低い理由
―― 毎年約1万人の女性が子宮頸がんにかかるということですが、近年、患者数が増えていると言いますね。この原因は何なのですか。
青木 確かに増えていると言えば、増えているのですが、これにはすごく大きなマジックがあるんですね。統計的には2012年とか、2010年代半ばあたりから急にがん患者が増えているように見えるかもしれませんが、それはこの頃に病理的な分類が変わったのです。
前がん病変からがんに移行する部分の境界線のあたりの分類が変わったために、以前は前がん病変とされていたものが、がんに組み入れられてがん登録されるようになった。そういう数字上のマジックもあるということは覚えておいてください。
しかし、浸潤がんも増加しています。浸潤がんについては、病理学的な診断分類は変更されていませんので、増加していることは確かです。
―― なるほど。ここは冷静に見ておく必要がありますね。
青木 はい。先ほど、子宮頸がんはそれぞれの段階で戦略があると申し上げました。がんに対しては、一次予防、二次予防という考え方があり、一次予防というのは病気にならないようにしましょうというものです。
例えば、タバコを吸うなとか、いろいろあるんですが、子宮頸がんの場合はウイルスが原因ですから、ワクチンを打ちましょうということになる。日本では2013年度から予防接種法という法律に基づき、HPVワクチンの接種が定期接種化されました。この時、ワクチンの接種率が一気に高まり、ある年代では70%くらいの接種率になりました。
―― 何歳ぐらいで接種することが望ましいのですか。
青木 定期接種は原則として中学1年生が対象になっています。このウイルスは性的接触により子宮頸部に感染しますので、性交を体験する前に打つことが予防効果としては抜群です。感染してからではワクチンの効果は期待できません。
そういうことで定期接種化されたんですが、副反応ばかりをセンセーショナルにクローズアップし、ワクチンの効果に重きをおいた報道がなされなかった影響からか、一気にトーンダウンして、ワクチン接種の積極的勧奨を中止することになってしまいました。
マスコミで報道されているような多様な症状の原因がワクチンだという科学的な証拠はないのですが、現時点でも定期接種の対象になっているにもかかわらず、積極的な接種勧奨の差し控えは今でも続いていて、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で日本の接種率は最低ランク。現在は1%にも満たないです。
塩野義製薬が新型コロナ「国産ワクチン開発」で年内納品を目指す
ワクチン接種率 向上のカギは母親
―― そんなに少ないんですか。やはり、ワクチン接種率が低いことが患者数の増えている要因だということですね。
青木 そう短絡的に考えるのは間違っているとわたしは思います。一見そのように見えるかもしれませんが、正確なデータが出てくるまでは何とも言えません。しかし、ワクチンの接種を受けた者では、前がん病変の罹患が少ないという論文が発出される可能性が高いと思います 。
わたしは、今は大きな社会的な実験データを取っている段階だと思うんですよ。ある学年までは接種率が7割を超えているのに、ある学年以降は零点何%まで落ち込んでいるのですから、この2つを比較すればいいわけで、もう少し経てばきちんとデータが出てくると思います。
間違えていけないのは、これはがんにならないようにしましょうという一次予防という対策です。二次予防は、がんで死なないようにしましょうということで子宮頸がん検診。これは自治体の健康増進事業に位置付けられていて、20歳を過ぎたら2年に1回の検診を受けましょうということが推奨されています。
―― これはワクチンを接種したら病気にならないから、検診は必要ないということにはならないのですか。
青木 やはり、一次予防も二次予防も両方大事ですよね。
おそらく、ワクチンというのは100%予防できるものではないと思います。HPVのウイルスは200種類ぐらいのタイプがあって、そのうちの15種類ぐらいががんリスクの高いものに分類されています。ですから、ワクチンは100%予防できるわけではないと考えられるので、ワクチンの接種も子宮頸がん検診も必要だと思います。
―― そういう状況を踏まえた上で、啓発 の意味も含めて、子宮頸がんを減らすために、どこから手を付けていけばいいと考えますか。
青木 やはり、勉強するというか、教育ですよね。昔から、ウイルスで発がんするがんがありますという教育を行っている中で、肝がんや胃がんは書いてあっても、ずっと子宮頸がんは抜けていました。
ですから、まずはどのような病気なのかを知ってもらいたいですし、われわれのような専門家が集まる学会では10年近く前から要望していて、今度ようやく、がん教育推進のための教材(文部科学省)に載せてもらえることになりました。
やはり、ワクチンががんに効くという漠然とした情報だけでも知ってもらいたいです。
―― これは社会がトータルで考えていくべき問題ですね。
青木 あとは中学生がワクチンを接種してほしいということで考えると、キーになるのはお母さんですよね。近年、こんなにワクチンの接種率が下がってしまったのは、おそらくお母さんがノーサンキューなんだと思います。
―― 母親といっても30~40代ですから、彼女たちも打っていない世代ということになりますか。
青木 定期接種になる前の世代ですから、おそらく打つ世代ではないと思います。だから、そういう方々への教育も大事だと思いますし、社会教育がしっかりしていれば、その後の検診もしっかり受けるようになると思います。
検診も本当に効果的でして、日本で市町村検診と呼ばれている、先ほど触れました健康増進事業として行われているがん検診は、子宮頸がん、乳がん、胃がん、肺がん、大腸がんの5つです。この中で、子宮頸がん検診は最も効果が高くて、検診を受けるだけで死亡のリスクが8割減ると言われています。
ですから、時間はかかると思いますが、まずは個々人が正しい知識を得ることから始め、社会全体で地道に理解を深めていくことが大事であると思います。
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