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【政界】第5波阻止に全力 総裁再選を目指す菅首相に「胸突き八丁」の夏

財界オンライン 2021年7月18日 7時0分

新型コロナウイルスで危ぶまれていた東京オリンピック・パラリンピックが開催の運びになり、秋までの政治日程がほぼ固まった。首相の菅義偉は感染症対策に細心の注意を払って五輪を乗り切り、9月中に衆院を解散する方針だ。ただ、新型コロナは東京で流行の「第5波」到来が懸念され、予断を許さない。首相再選を目指す菅はまさに「胸突き八丁」の夏にさしかかった。

消えた「中止」提言

「東京大会について全首脳から大変力強い支持をいただいた。主催国の首相として心強く思うとともに、しっかりと開会し、成功に導かなきゃならないという決意を新たにした」

 主要7カ国首脳会議(G7サミット)出席のため6月に訪英した菅は、現地での一連の日程を終えると同行記者団に満足そうに語った。「安全、安心な東京大会の開催に向けて万全な感染症対策を講じる」と各国首脳に訴えた菅。これが事実上の開催宣言だった。

 菅の帰国後、政府は東京など9都道府県の緊急事態宣言を期限の6月20日で解除すると決定し、五輪を有観客で実施する前提で準備に入った。政権浮揚につなげるために練られたシナリオだった。

 ただ、波乱要因は残っていた。新型コロナウイルス感染症対策分科会会長の尾身茂だ。サミット前、尾身は国会で五輪開催に否定的な見解を述べ、リスク軽減に関する提言を出す意向を明らかにしていたからだ。

 当初、政府は「自主的な研究の成果の発表」(厚生労働相の田村憲久)、「まったく別の地平から見てきた言葉」(五輪担当相の丸川珠代)と突き放したが、世論はかえって反発。やむなく経済再生担当相の西村康稔を調整役に軟着陸を探った。

 これが功を奏し、尾身らが政府と大会組織委員会に提言を出したのは6月18日。既に通常国会は閉じた後で、野党は追及の機会を失った。しかも、提言は感染症や医療の専門家ら「有志」26人でまとめた体裁をとり、中止ではなく、感染拡大リスクが最も低い無観客での開催が「望ましい」と結論付けた。

 その日の記者会見で尾身は、元の提言案には「五輪開催の有無を含めて検討してほしい」という文言が入っていたと内幕を明かした。尾身なりの最後の抵抗だったのだろう。実際には菅がサミットで開催を「公約」した時点で勝負はあった。

 閣僚の1人は「提言が届く前から内容はだいたいわかっていた。もう少し書き込むかと思ったが……」と胸をなで下ろした。

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追い込まれた小池

 ワクチン接種が軌道に乗り始めると、世論にも軟化の兆しが出てきた。尾身提言の翌6月19日の毎日新聞の調査では五輪を「無観客で開催すべきだ」が5月の13%から31%に増え、5月には40%だった「中止すべきだ」が30%に減った。同19、20両日の朝日新聞の調査でも五輪を「今年の夏に開催する」が34%で最も多く、「中止する」の32%をわずかに上回った。

 大会組織委員会、政府、東京都などは6月21日の5者協議で、五輪の観客上限を会場定員の50%以内で最大1万人と決定。これに合わせて、菅は大会期間中に緊急事態宣言が出た場合は「無観客も辞さない」と明言し、都知事の小池百合子も足並みをそろえた。尾身ら専門家の意見を一部採用した形にして、もしもの場合の予防線を張ったと言える。

 それでも、五輪開催が菅にとって政治的賭けであることに変わりはない。国立感染症研究所の試算によると、インド由来の変異株の影響が小さくても、五輪期間中の7月後半から8月前半にかけて緊急事態宣言の再発令が必要になる可能性がある。五輪に伴って人出が増えれば、再発令の時期はさらに早まるという。今後、ワクチンが普及しても安心はできない。

 公明党代表の山口那津男は「オリンピックの中止を叫んでいた政党もあるが、極めて非現実的な主張であり、国民の不安をあおりかねない」と立憲民主党や共産党をけん制したが、五輪を機に感染が再拡大したら、批判はそのまま与党に跳ね返ってくる。

 菅にはもう一つ関門があった。7月4日投開票の都議選だ。自民党は2017年に歴史的惨敗を喫しており、今回も苦戦するようだと、衆院選を前に「選挙の顔」を求めて総裁交代論が噴き出しかねなかったからだ。

 6月中旬、ある情勢調査の結果が永田町に一斉に出回った。発信源は自民党だとされる。

 それによると、自民党は48~55議席の獲得が見込まれ、都民ファーストの会は6~19議席程度。都民ファが55議席、自民党が23議席だった前回選挙と結果がほぼ入れ替わるという衝撃的な数字が並んでいた。自民党の閣僚経験者は「倍増の46議席なら御の字だろう」と控えめに喜んだが、都民ファに勢いがないのは明らかだった。

 前回、都民ファと組んだ公明党は3月、一転して自民党との選挙協力で合意した。当時の記者会見で高木陽介都本部代表は「(都民ファは)組織として、なかなか厳しい現状がある」と理由を説明。端的に言えば見限ったということだ。

 こうした事情を勘案すると、小池が都民ファの特別顧問でありながら、一向に都議選への態度を表明しなかったのもうなずける。都民ファに全面的に肩入れすれば、政治的に大きなダメージを負う恐れがあると計算したのだ。

 分岐点は20年7月の都知事選だった。自民党都連には主戦論が強かったが、幹事長の二階俊博の「都民の支持が圧倒的にあるわけだから、自民党が小池さんを応援することに何ら異議はない」という鶴の一声で対立候補擁立を見送り、小池は悠々と再選を果たす。

 以後、同党は小池都政との融和路線を進め、今や小池は都民ファ、自民、公明の3党に支えられている。都民ファが大幅に議席を減らせば、都政運営は必然的に自公頼みにならざるを得ない。

 自民党内には一時、小池が都議選前に五輪の中止を打ち出して流れを変えようとするのではないかと警戒する声が出ていたが、杞憂に終わった。都議選の告示が迫った6月22日、都は、小池が過度の疲労で公務を一時キャンセルし、静養すると発表した。その裏に何らかの意図があるかどうかは別にして、都民ファが窮地に立たされたのは間違いない。

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二兎を追う枝野

 支持率で自民党に水をあけられている野党は、次期衆院選に向けて協力態勢の構築を急ぐ。ところが、野党第1党の立憲民主党の腰が定まらず、旧態依然とした駆け引きが目立つ。

 代表の枝野幸男は6月17日、都内で開かれた連合中央執行委員会に国民民主党代表の玉木雄一郎とともに出席。「共産党とは理念に違っている部分があるので連立政権は考えていない。共有する政策でのパーシャル(部分的)な連携や、候補者の一本化に努力したい」と表明した。

 連合はかねてから立憲民主党が共産党に接近することを快く思っていない。最近も、両党の国会議員による対談を収録した書籍に連合が難色を示し、出版目前に「お蔵入り」するという珍事があったばかりだ。枝野の発言には連合への配慮がありありで、連合会長の神津里季生も終了後、「積極的に受け止めたい」と評価した。

 そうなると、「野党連合政権」構想を掲げ、選挙のたびに各地で独自候補を取り下げてきた共産党はおもしろくない。委員長の志位和夫は「枝野さんには枝野さんのお考えがあるのだろう。よく話し合っていきたい」と平静を装ったが、党の方針に従って他党の候補者を応援してきた支持者には不満がたまる。

 ある党幹部は「今の連合にどれほど集票力があるのか」と怒りを代弁した。立憲民主党内からも「代表の考えが理解できない。都議選で共産党の応援に期待する候補者もいるというのに」と疑問の声が上がった。

 連合との会合の2日前、枝野はもう一つの顔を見せた。衆院本会議で菅内閣に対する不信任決議案の趣旨弁明に立つと、政権獲得後の新型コロナ対策として消費税率を5%に引き下げる時限的な減税を提唱したのだ。

 発売したばかりの『枝野ビジョン 支え合う日本』(文春新書)では、枝野は時限的な消費税減税に慎重な考えを示していた。突然の変節には、衆院選をにらんで共産党やれいわ新選組に秋波を送る狙いがあったとみられる。

 枝野は昨年9月の党代表選でも唐突に「時限的な消費税率0%」を打ち出した経緯がある。当時、自民党では菅新総裁が誕生し、すぐに衆院解散に踏み切るのではないかという観測が広がっていた。つまり、枝野の消費税減税論は選挙対策の色合いが濃い。しかも、今回は後で「選挙公約ではない」と言い繕い、党内で物議を醸した。有権者には何ともわかりにくい。

 八方美人のような枝野に、公明党幹部は「共産票も連合票もどちらももらおうなんて虫がよすぎる」とあきれる。17年衆院選で立憲民主党を結成し、ブームを巻き起こしてから4年、枝野は次の戦略を描き切れていない。

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「銀座豪遊」みそぎは?

 新型コロナ対策に専念したい菅だが、頭痛の種は尽きない。2回目の緊急事態宣言中、深夜に東京・銀座のクラブを訪れて離党した3人の衆院議員の復党問題だ。

 難しいのは、それが衆院選の前か後か。無所属で当選し、みそぎを済ませたとして復党させるのがオーソドックスだが、無所属だと小選挙区と比例代表に重複立候補できず「敗者復活」が見込めないため、候補者には不利だ。

 しかし、衆院選前の復党には「早すぎる。選挙にマイナスだ」という反対意見が強い。自民党には第1次安倍政権時代の06年、郵政民営化法案に反対して離党していた衆院議員11人を復党させ、内閣支持率が急落した苦い経験がある。

 64年の東京五輪では閉会式翌日に時の首相、池田勇人が退陣を表明した。札幌五輪の72年、長野五輪の98年も首相が交代している。このジンクスに菅も絡め取られるのかどうか、正念場だ。 (敬称略)

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