中国当局のIT企業への相次ぐ規制が界経済に冷や水を浴びせている。世界の証券、金融市場への影響が必至の中、今後の世界経済の行方は──。
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako
市場独占には厳しく対処
7月2日、中国当局は「国家安全法」と「ネットワーク安全法」の理由で中国配車アプリ最大手・滴滴出行(DiDi)に対する審査を開始した。
滴滴は2012年に創業。16年には米ウーバーの中国事業を買収し、中国最大手の配車アプリサービスになっている。
今年6月30日には米ニューヨーク証券取引所に上場したが、その直後、当局からの規制を受け、株価は公開価格の14ドルを大きく下回る価格まで下落。
滴滴への規制はその後も続き、7月4日には個人情報の収集・使用で重大な法令違反があると指摘され、アプリストアでの配信が停止。新規ユーザーの獲得ができない状況になっている。
滴滴だけでなく、昨年末から、当局による中国IT企業への規制が強化されている。
例えば、中国のEC市場で50%以上のシェアを持つアリババは、プラットフォームへの出店企業に対し、ライバル社と取引しないよう「二者択一」を迫ったなどとして、今年4月、独占禁止法違反で過去最大の182億元(約3000億円)の制裁金を課され、2021年1〜3月期は最終赤字に転落した。
また、当局と良好な関係を維持していると思われていたテンセントも、7月10日、当局が、予定していたゲーム動画配信子会社「虎牙(ピンイン)」と「闘魚(トウギョ)」の合併差し止めを発表。合併が実現すれば、中国動画配信市場のシェア7割を超える見込みだった。
アリババやテンセントへの独禁法規制、米市場に上場する滴滴などへの取締り強化など、中国IT企業は、当局の方針で成長が左右される事態となっている。
中国問題が日本経済に与える影響
だが、一連の動きを「単に中国共産党の支配の強化と見ては状況を見誤る」と神戸大学大学院法学研究科教授の川島富士雄氏は指摘。
「アリババやテンセントへの独禁法による取締りは欧米でのGAFAMへの規制の流れと同じ。消費者や競争者を守る規制として展開されている。だが、滴滴への規制は9月に施行される法律を事実上前倒しで適用しており筋が悪い」と語る。
新たなステージに入った中国のIT規制。国境をまたいだ規制の強化は、世界経済、世界の資金の流れを変える動きにもなりつつある。
「中国発のデカップリングが世界経済に影響」
神戸大学大学院法学研究科教授 川島 富士雄 Kawashima Fujio
アリババ、テンセント規制の狙い
当局が11月10日に出したプラットフォーマー規制のドラフトを見ると、アリババへの規制強化は、昨年10月のジャック・マー氏の金融当局批判がきっかけではなく、それより前から対応を進めてきたことが窺われる。
金融当局に加え、中国共産党宣伝部がIT企業への認識を変化させたことで、共産党内部の力学が変わり、市場を独占するIT企業への規制が強化されたといえる。
ただ、規制当局も習近平国家主席も民間企業のイノベーションには期待を表明しており、あくまでもルール遵守が狙いと言える。独占を禁止し、競争者も入れるようにして独占利潤を獲得する状況から競争市場での適切な利潤獲得へと落ち着く過程に入ったといえる。
今回の規制でアリババやテンセントの収益力が下がり、スタートアップへの資金提供者としての役割は低下するかもしれないが、競争者を排除するようなエコシステムを打破することで長期的にはイノベーションは促進されるだろう。
米上場企業への規制と影響
滴滴出行への規制は、米上場企業のデータがアメリカに流出する懸念から出てきている。
2017年に施行された「ネットワーク安全法」は、重要情報インフラ事業者がサーバーなどの設備導入時にデータ漏洩リスクを審査すると規定する。7月2日の発表で、当局は、この名目で滴滴への審査を開始したが、滴滴が新たに設備を導入した形跡はなく、7月4日になると、今度は個人情報保護で問題があると発表し、アプリストアでの配信が停止された。
さらに7月10日には、9月施行の「データ安全法」を根拠に、海外に上場す企業に事前申請を新たに義務付ける「ネットワーク安全審査弁法」改正案を公表した。今回の規制は試行前の法律を前倒しで適用した形となっている。
滴滴は地図情報の他、誰がどこで乗り降りしたかなど国内の重要な場所がわかるデータも持っているため、安全保障上の規制と理解できるが、規制の不透明性故、市場を大きく揺るがす結果となった。また、100万人を超える個人情報を持つ企業が国外上場する際に安全審査を義務付けられると、しばらく中国企業の米国上場は考えられない時期が続くのではないか。 そうなると、莫大な資金を米上場で獲得できなくなり、イノベーションも停滞する可能性がある。
また、これまでの米中摩擦は、半導体や通信機器規制など、米国発だったが、今回は中国発の規制により、米中デカップリングが促進される動きになっている。データ面、金融資本面でアメリカとの関係を切る動きでもあるため、デカップリングが加速し、中国だけの問題ではなく、全世界の経済に影響を及ぼす動きにならないか懸念している。(談)
本誌・北川 文子 Text by Kitagawa Ayako
市場独占には厳しく対処
7月2日、中国当局は「国家安全法」と「ネットワーク安全法」の理由で中国配車アプリ最大手・滴滴出行(DiDi)に対する審査を開始した。
滴滴は2012年に創業。16年には米ウーバーの中国事業を買収し、中国最大手の配車アプリサービスになっている。
今年6月30日には米ニューヨーク証券取引所に上場したが、その直後、当局からの規制を受け、株価は公開価格の14ドルを大きく下回る価格まで下落。
滴滴への規制はその後も続き、7月4日には個人情報の収集・使用で重大な法令違反があると指摘され、アプリストアでの配信が停止。新規ユーザーの獲得ができない状況になっている。
滴滴だけでなく、昨年末から、当局による中国IT企業への規制が強化されている。
例えば、中国のEC市場で50%以上のシェアを持つアリババは、プラットフォームへの出店企業に対し、ライバル社と取引しないよう「二者択一」を迫ったなどとして、今年4月、独占禁止法違反で過去最大の182億元(約3000億円)の制裁金を課され、2021年1〜3月期は最終赤字に転落した。
また、当局と良好な関係を維持していると思われていたテンセントも、7月10日、当局が、予定していたゲーム動画配信子会社「虎牙(ピンイン)」と「闘魚(トウギョ)」の合併差し止めを発表。合併が実現すれば、中国動画配信市場のシェア7割を超える見込みだった。
アリババやテンセントへの独禁法規制、米市場に上場する滴滴などへの取締り強化など、中国IT企業は、当局の方針で成長が左右される事態となっている。
中国問題が日本経済に与える影響
だが、一連の動きを「単に中国共産党の支配の強化と見ては状況を見誤る」と神戸大学大学院法学研究科教授の川島富士雄氏は指摘。
「アリババやテンセントへの独禁法による取締りは欧米でのGAFAMへの規制の流れと同じ。消費者や競争者を守る規制として展開されている。だが、滴滴への規制は9月に施行される法律を事実上前倒しで適用しており筋が悪い」と語る。
新たなステージに入った中国のIT規制。国境をまたいだ規制の強化は、世界経済、世界の資金の流れを変える動きにもなりつつある。
「中国発のデカップリングが世界経済に影響」
神戸大学大学院法学研究科教授 川島 富士雄 Kawashima Fujio
アリババ、テンセント規制の狙い
当局が11月10日に出したプラットフォーマー規制のドラフトを見ると、アリババへの規制強化は、昨年10月のジャック・マー氏の金融当局批判がきっかけではなく、それより前から対応を進めてきたことが窺われる。
金融当局に加え、中国共産党宣伝部がIT企業への認識を変化させたことで、共産党内部の力学が変わり、市場を独占するIT企業への規制が強化されたといえる。
ただ、規制当局も習近平国家主席も民間企業のイノベーションには期待を表明しており、あくまでもルール遵守が狙いと言える。独占を禁止し、競争者も入れるようにして独占利潤を獲得する状況から競争市場での適切な利潤獲得へと落ち着く過程に入ったといえる。
今回の規制でアリババやテンセントの収益力が下がり、スタートアップへの資金提供者としての役割は低下するかもしれないが、競争者を排除するようなエコシステムを打破することで長期的にはイノベーションは促進されるだろう。
米上場企業への規制と影響
滴滴出行への規制は、米上場企業のデータがアメリカに流出する懸念から出てきている。
2017年に施行された「ネットワーク安全法」は、重要情報インフラ事業者がサーバーなどの設備導入時にデータ漏洩リスクを審査すると規定する。7月2日の発表で、当局は、この名目で滴滴への審査を開始したが、滴滴が新たに設備を導入した形跡はなく、7月4日になると、今度は個人情報保護で問題があると発表し、アプリストアでの配信が停止された。
さらに7月10日には、9月施行の「データ安全法」を根拠に、海外に上場す企業に事前申請を新たに義務付ける「ネットワーク安全審査弁法」改正案を公表した。今回の規制は試行前の法律を前倒しで適用した形となっている。
滴滴は地図情報の他、誰がどこで乗り降りしたかなど国内の重要な場所がわかるデータも持っているため、安全保障上の規制と理解できるが、規制の不透明性故、市場を大きく揺るがす結果となった。また、100万人を超える個人情報を持つ企業が国外上場する際に安全審査を義務付けられると、しばらく中国企業の米国上場は考えられない時期が続くのではないか。 そうなると、莫大な資金を米上場で獲得できなくなり、イノベーションも停滞する可能性がある。
また、これまでの米中摩擦は、半導体や通信機器規制など、米国発だったが、今回は中国発の規制により、米中デカップリングが促進される動きになっている。データ面、金融資本面でアメリカとの関係を切る動きでもあるため、デカップリングが加速し、中国だけの問題ではなく、全世界の経済に影響を及ぼす動きにならないか懸念している。(談)