「2025年の崖」という言葉がある。旧来のシステムを使い続けていると企業の損失につながるのが2025年だという経済産業省の指摘。この動きを捉えて、実に34年ぶりに基幹システムの刷新に乗り出したのがSOMPOホールディングス。合併・再編の中でなかなか手を付けることができなかったが、21年3月に稼働を始めた。他社との連携を進めるにもシステムは不可欠。どのような思いで開発を進めたのか──。
合併などでシステムが刷新できず
「時間の経過とともに、システムの老朽化、複雑化が進んでいた。事業環境の変化が今後も激しくなる中で、お客様のニーズ、会社の戦略を反映する上でスピード感に課題を抱えていた」と話すのは、損害保険ジャパンIT企画部未来革新グループグループリーダーの福田康裕氏。
大手損害保険グループ・SOMPOホールディングスの事業会社、損保ジャパンは2021年3月1日から、新たな基幹システム「SOMPO―MIRAI」を稼働させた。システムの刷新は、前身の1社である旧安田火災海上保険以来34年ぶりのこと。
これまで、刷新の必要性は認識されながらも、合併などもあり、なかなか手を付けることができずにいた。そこで既存システムに機能を継ぎ足しながら使ってきた。「複雑過ぎて全ての種目に対応できない状態だった」と損保ジャパンビジネスプロセス革新部担当部長の西村憲一氏。
新規の商品を開発した時に、システムにどのような影響があるか、その範囲の特定にも時間がかかっていた。そのため主力商品の開発ならば優先するが、ニッチな商品はどうしても後回しになりがちという状況で、商品の種類によって開発に差が生じていたのだ。
日本では18年に経済産業省がDX(デジタルトランスフォーメーション)についてまとめたレポートの中で「2025年の崖」という問題が指摘された。
これは多くの企業の既存システムが、老朽化や複雑化など、新たな時代のビジネスモデルに合わなくなり、企業の競争力低下、経済損失を招くという問題。
SOMPOホールディングスの経営陣にも同様の危機感があり、レポートが出される前の15年、損保ジャパン、グループのSOMPOシステムイノベーションズ(SSI)、損保システムズが参加した「未来革新プロジェクト」を組成し、システム刷新に着手した。
開発は、必要な機能を全て盛り込んだシステムを1から開発する「ビッグバン開発」という手法で行われた。
さらに、従来のシステムはメインフレーム上で「COBOL」(1960年代から使われている会計処理・事務処理に優れたプログラミング言語)アプリケーションで動いていたが、これを保険会社では世界初の試みとなる「オープン系技術」を採用し、汎用性に優れた言語である「Java」アプリケーションに置き換えた。
「基幹システムをオープン系にすることで、従来よりも開発期間を圧倒的に短くすることができる他、システムをコンパクトにすることができたことで保守性も上がっており、投資コストも抑えられる。さらにビジネス戦略にもスピーディに対応可能になる」(SSIプログラム推進本部本部長の木下義猛氏)。
具体的には従来1年ほどかかっていた商品開発や改定が3分の1程度に短縮できるという。これによって新しいリスクに対して素早い対応が可能になる。
東京海上ホールディングスやMS&ADインシュアランスグループホールディングスなど同業他社のシステムと比較しても「他社にないシステムになっている。フル活用できれば相当な差別化が起きてくるのではないか」(西村氏)
やや専門めくが、今回の開発の大きなコンセプトに「疎結合」というものがある。異なる2つの構成要素の結びつきが弱い状態を表すが、各要素の独立性が高いことで、一方に障害が起きても、もう一方に影響を与えることは少ないため、保守管理が容易で拡張性が高い。障害発生時などのリスク管理に役立つ。
近年は単独の開発だけでなく、他社との連携による「オープンイノベーション」の重要性が増しているが、このコンセプトと、API(Application Programming Interface=ソフトウェアやアプリケーションなどの一部を外部に公開することで、第三者が開発したソフトウェアと機能を共有できるようにできる仕組み)連携の基盤を用意したことで、他社との連携をより進めやすくしている。
今回の開発費用は公表していないが、最終的な総額は2000億円規模と見られている。国内屈指の大規模開発だけに苦労も伴った。前述の通り「ビッグバン開発」だったことで、システムの仕様欠陥なども発生。「身近な人達からも『ビッグバン開発はうまくいかないんじゃないか? 』と言われるほどだった」(木下氏)
ただ、多くの開発では最終段階に来て不具合をチェックするのが一般的だが、そこで修正に入るために時間もコストもかかっていた。それを今回は米コントラストセキュリティ社の技術を導入し、開発段階で脆弱性やリスクを診断したことで、工程を削減することにつながった。
今回は第1期開発で、今後は23年度までの第2期で自動車保険、21年4月から開発が始まった第3期で火災保険を新システムに移管していく。グループ内では「式年遷宮」とも呼ばれ、「我々の世代で成功させ、次世代に引き継いでいく」(木下氏)という思いで開発。
システム刷新は単に技術の問題ではなく経営に直結する。グループCEOの櫻田謙悟氏は開発の時期に「VUCA」(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をつなぎ合わせた造語)という言葉を使って、激動の時代に対応することの必要性を社内に訴えてきた。
デジタル対応の土台は手に入れた。それに魂を入れるのは損保ジャパンで働く「人」である。
【関連記事】経済同友会・櫻田謙悟代表幹事「日本は『新しい日本株式会社=コーポレートジャパン』の構築を」
合併などでシステムが刷新できず
「時間の経過とともに、システムの老朽化、複雑化が進んでいた。事業環境の変化が今後も激しくなる中で、お客様のニーズ、会社の戦略を反映する上でスピード感に課題を抱えていた」と話すのは、損害保険ジャパンIT企画部未来革新グループグループリーダーの福田康裕氏。
大手損害保険グループ・SOMPOホールディングスの事業会社、損保ジャパンは2021年3月1日から、新たな基幹システム「SOMPO―MIRAI」を稼働させた。システムの刷新は、前身の1社である旧安田火災海上保険以来34年ぶりのこと。
これまで、刷新の必要性は認識されながらも、合併などもあり、なかなか手を付けることができずにいた。そこで既存システムに機能を継ぎ足しながら使ってきた。「複雑過ぎて全ての種目に対応できない状態だった」と損保ジャパンビジネスプロセス革新部担当部長の西村憲一氏。
新規の商品を開発した時に、システムにどのような影響があるか、その範囲の特定にも時間がかかっていた。そのため主力商品の開発ならば優先するが、ニッチな商品はどうしても後回しになりがちという状況で、商品の種類によって開発に差が生じていたのだ。
日本では18年に経済産業省がDX(デジタルトランスフォーメーション)についてまとめたレポートの中で「2025年の崖」という問題が指摘された。
これは多くの企業の既存システムが、老朽化や複雑化など、新たな時代のビジネスモデルに合わなくなり、企業の競争力低下、経済損失を招くという問題。
SOMPOホールディングスの経営陣にも同様の危機感があり、レポートが出される前の15年、損保ジャパン、グループのSOMPOシステムイノベーションズ(SSI)、損保システムズが参加した「未来革新プロジェクト」を組成し、システム刷新に着手した。
開発は、必要な機能を全て盛り込んだシステムを1から開発する「ビッグバン開発」という手法で行われた。
さらに、従来のシステムはメインフレーム上で「COBOL」(1960年代から使われている会計処理・事務処理に優れたプログラミング言語)アプリケーションで動いていたが、これを保険会社では世界初の試みとなる「オープン系技術」を採用し、汎用性に優れた言語である「Java」アプリケーションに置き換えた。
「基幹システムをオープン系にすることで、従来よりも開発期間を圧倒的に短くすることができる他、システムをコンパクトにすることができたことで保守性も上がっており、投資コストも抑えられる。さらにビジネス戦略にもスピーディに対応可能になる」(SSIプログラム推進本部本部長の木下義猛氏)。
具体的には従来1年ほどかかっていた商品開発や改定が3分の1程度に短縮できるという。これによって新しいリスクに対して素早い対応が可能になる。
東京海上ホールディングスやMS&ADインシュアランスグループホールディングスなど同業他社のシステムと比較しても「他社にないシステムになっている。フル活用できれば相当な差別化が起きてくるのではないか」(西村氏)
やや専門めくが、今回の開発の大きなコンセプトに「疎結合」というものがある。異なる2つの構成要素の結びつきが弱い状態を表すが、各要素の独立性が高いことで、一方に障害が起きても、もう一方に影響を与えることは少ないため、保守管理が容易で拡張性が高い。障害発生時などのリスク管理に役立つ。
近年は単独の開発だけでなく、他社との連携による「オープンイノベーション」の重要性が増しているが、このコンセプトと、API(Application Programming Interface=ソフトウェアやアプリケーションなどの一部を外部に公開することで、第三者が開発したソフトウェアと機能を共有できるようにできる仕組み)連携の基盤を用意したことで、他社との連携をより進めやすくしている。
今回の開発費用は公表していないが、最終的な総額は2000億円規模と見られている。国内屈指の大規模開発だけに苦労も伴った。前述の通り「ビッグバン開発」だったことで、システムの仕様欠陥なども発生。「身近な人達からも『ビッグバン開発はうまくいかないんじゃないか? 』と言われるほどだった」(木下氏)
ただ、多くの開発では最終段階に来て不具合をチェックするのが一般的だが、そこで修正に入るために時間もコストもかかっていた。それを今回は米コントラストセキュリティ社の技術を導入し、開発段階で脆弱性やリスクを診断したことで、工程を削減することにつながった。
今回は第1期開発で、今後は23年度までの第2期で自動車保険、21年4月から開発が始まった第3期で火災保険を新システムに移管していく。グループ内では「式年遷宮」とも呼ばれ、「我々の世代で成功させ、次世代に引き継いでいく」(木下氏)という思いで開発。
システム刷新は単に技術の問題ではなく経営に直結する。グループCEOの櫻田謙悟氏は開発の時期に「VUCA」(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の頭文字をつなぎ合わせた造語)という言葉を使って、激動の時代に対応することの必要性を社内に訴えてきた。
デジタル対応の土台は手に入れた。それに魂を入れるのは損保ジャパンで働く「人」である。
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