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【政界】追い込まれた菅首相が無投票再選? 総裁選で透ける自民党実力者の思惑

財界オンライン 2021年8月13日 7時0分

首相の菅義偉が再選戦略の練り直しを迫られている。東京都議選で自民党が伸び悩んだのに続き、頼みの東京オリンピックは緊急事態宣言の下、無観客で開幕。政権浮揚策が見当たらないまま衆院議員の任期満了が近づく。自民党総裁選と衆院解散の日程を巡る政権内の駆け引きはお盆明けから激しくなり、コロナの感染拡大防止が命運を握ることになる。

任期満了「望ましい」

 慎重な発言が身上の公明党代表、山口那津男が珍しく踏み込んだ。東京都議選の翌日、BS日テレの番組で任期満了近くの衆院解散・総選挙について問われ、「ワクチン接種が進むことによって、徐々に活動できるようになっていけば、それは望ましい選挙の環境になるだろう」と答えたのだ。

 報道各社の分析では、公明党は今回の都議選で改選23議席の維持が難しいとみられていた。最後は地力を発揮して8回連続の全員当選を果たしたものの、選挙期間中、新型コロナウイルスの影響で得意の組織戦は制約された。首相の専権事項にあえて注文をつけたのは、山口の危機感の表れといえる。法制度上は、衆院議員の任期満了日の10月21日に解散すれば、投開票を最長で11月28日まで延ばすことが可能だ。

 菅の自民党総裁としての任期は9月末まで。衆院選をそれ以降にする場合には、総裁選の扱いが問題になる。これに関しても山口は「今の状況が続くとすれば、その方(衆院選より前)が望ましいかもしれない」と述べ、9月中の実施をそれとなく促した。

 公明党のトップが自民党総裁選に言及するのは異例だ。しかも、自民党が都議選で事実上の敗北を喫した直後だけに、公明党が菅の交代を求めたという解釈も成り立つ。いくら連立のパートナーとはいえ、自民党は面白くない。山口の発言を伝え聞いた党幹部は「余計なお世話だ」と不快感を示した。

 菅はこれまで、自らの手で解散する考えを繰り返し表明してきた。衆院選で自民党が勝った後に総裁選をセットすれば、無投票再選に道が開けるからだ。しかし、前哨戦の都議選で、自民党は都議会第1党に復帰したとはいえ33議席にとどまり、菅の描いたベストシナリオには黄信号がともっている。

 山口が軽はずみに自民党のお家事情に介入したとは考えにくい。だとすれば、公明党は本当に菅を見限るつもりなのか。同党関係者は思わせぶりに語る。

「そこは計算ずくだよ」

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「必ず裏目に出る」

 同じころ、幹事長代行の野田聖子は福岡市での講演で「バラエティーに富んだ自民党の姿を見せるためには、一般党員による総裁選を必ずやらなければならない」と訴えた。安倍の突然の辞任表明に伴う昨年9月の総裁選では、党員投票に代えて各都道府県連の代表者3人に1票ずつを割り当てた。今回はこうした簡易なやり方ではなく、広く党員に支持を問うよう求めたのだ。

 都議選の投票率は過去2番目に低い42・39%だった。組織政党に有利とされる低投票率でも自民党が伸び悩んだのは、従来の支持層が棄権に回ったためとみられる。同党が敗れた4月の参院広島選挙区再選挙と同じ傾向だ。支持者が離れるのを食い止める手段として、党員投票という主張には一理ある。

 総裁選の施行期日を任期満了の1カ月前までに決定するという総裁公選規程に従い、自民党は8月下旬には結論を出すことになる。ただ、野田の提案に賛同する意見は党内にほとんどない。幹事長の二階俊博に近い閣僚経験者は「コロナ禍での総裁選なんて国民の目にどう映るか。党員投票にはそれなりの準備期間も必要だ」と一蹴する。

 野田はかねてから総裁選に意欲的だが、党内基盤が弱く、他力本願の状況は変わらない。前回、菅と争った前政調会長の岸田文雄、元幹事長の石破茂は同じ7月8日に派閥の政治資金パーティーを開いたものの、総裁選への態度を明らかにしなかった。

 規制改革担当相の河野太郎はワクチンの供給不足解消に忙殺され、環境相の小泉進次郎はすっかり影が薄い。菅に取って代わる人材がいなければ、党員投票など絵に描いた餅に過ぎないというわけだ。

 そう考えると、先の山口の発言の真意が見えてくる。ワクチンが普及するまで衆院選を待ってもらえるなら、公明党は総裁選の時期にかかわらず、菅を支える──。山口は自民党にそうサインを送ったのではないか。

 この状況は二階にとっても好都合といえよう。総裁選にかこつけた「菅おろし」の動きが顕在化しなければ、幹事長ポストを狙う細田派や麻生派に自身の地位を脅かされることもない。

 二階は7月8日、CS―TBSの番組収録で「(総裁選は)淡々と予定通りやった方がいい。(衆院選より)先にやった方がいいとか延ばした方がいいとか、どうすれば(選挙に)勝てるかというのはだめだ。必ず裏目に出る」と語った。主導権は自分にあると誇示したのだ。

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「与党で過半数」の思惑

 月刊誌『Hanada』の8月号に前首相の安倍晋三とジャーナリストの櫻井よしこの対談が掲載された。その中で安倍は衆院選の勝敗ラインを「与党で過半数を獲得すれば、それは明確な勝利」と明言した。

 衆院の定数は465議席で、過半数は233議席。17年衆院選で自民党は284議席、公明党は29議席の計313議席を獲得した。

 今回、公明党の議席を同数と仮定すると、自民党は80議席減らしても過半数を維持できる。安倍が設定したハードルは決して高くないことがわかるだろう。

 5月に早々と菅支持を表明した安倍にもまた、したたかな計算がある。出身派閥の細田派には有力な「ポスト菅」候補がいない。同派は衆院選後に安倍派に衣替えすると目されており、今は菅を支えつつ力を蓄える局面と割り切っているようだ。

「安倍会長になったときに何人の勢力なのかが重要」という周囲の声に押されるように、安倍は細田派衆院議員の選挙区に積極的に足を運ぶ。

 一方、与党で過半数をクリアしても、自民党が大幅に議席を減らせば不満は確実に噴出する。来年夏には参院選が控えており、菅が続投するとしても、執行部の刷新は避けられない。そこで細田派か麻生派から次の幹事長を送り込み、政権の主導権を二階派から奪う。これが安倍のもう一つの狙いだ。

 安倍と二階は都議選中の6月30日夜、東京都内で会食している。細田派の柴山昌彦、二階派の林幹雄の両幹事長代理が同席。両派が競合する複数の小選挙区の公認問題を巡って意見交換したとされる。

 しかし、二階の周辺は「幹事長は、安倍さんが次の総裁選に出る気はないという心証を得たのではないか」と推測する。安倍は退任後、再々登板を「まったく考えていない」と否定してきたが、体調はすっかり回復し、党内では待望論が絶えない。

 学校法人「森友学園」への国有地売却問題や、安倍が首相時代に主催した「桜を見る会」の問題が今も尾を引いているとはいえ、菅や二階にとっては最大の気がかりだ。

 安倍の参戦さえなければ、総裁選が衆院選より前になっても菅の再選に支障はなく、特例による総裁任期延長という裏技を無理に使わなくて済む。ややうがった見方になるが、「総裁選は予定通りに」という先の二階の発言とも符号する。

 7月17日、読売テレビに出演した菅は総裁選について「総裁として出馬するというのは、時期が来れば当然のことだろう」と述べた。ここまで明確に再選に意欲を示したのは初めてだ。菅の中では政治日程が固まりつつあるのではないか。

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「西村は商売を知らん」

 しかし、政権の置かれた状況は厳しさを増している。最も大きな誤算は経済再生担当相の西村康稔の勇み足だ。政府が東京都への4回目の緊急事態宣言発出を決めた後、西村は酒類提供の停止に応じない飲食店対策として、取引先の金融機関や酒類販売事業者を通じて働きかける方針を打ち出したが、関係者や世論の猛反発を受け、相次いで撤回に追い込まれた。

 これらの対策案は、菅も出席した7月7日の関係閣僚会合で事務方が説明していたが、閣僚間では具体的な議論にならなかった。それなのに西村が翌日、記者会見で発表してしまったのだ。副総理兼財務相の麻生太郎は「何でこんなことになったかというと、たぶん商売知らないからだね」と西村らの不手際にあきれた。

 案の定、この問題は内閣支持率を直撃した。時事通信の世論調査(7月9~12日)で支持率は29・3%と政権発足後、初めて3割を切り、不支持率は最高の49・8%だった。毎日新聞の世論調査(同17日)でも支持率は30 %と最低を更新し、不支持率は62 %に達した。酒類提供に関する朝令暮改のような政府対応に「問題があったと思う」との回答は74%に上った。

 それでも自民党幹部は「支持率で選挙が勝てるわけじゃない」と強気を装う。同党と立憲民主党など野党の支持率にはまだかなりの開きがあり、データ上は、09年の政権交代前夜のような雰囲気はない。

 とはいえ、政権には手詰まり感が漂う。自民党の一部からは内閣改造論が出ているが、菅はコロナ対策最優先を理由に乗り気でない。もとより「河野や小泉ら人気者はすでに閣内にいる。サプライズがない」(閣僚経験者)のが難点だ。「五輪が始まれば風向きが変わる」という政権の淡い期待は、開幕直前に首都圏で感染者が急増し、消し飛んだ。無観客でも五輪を無事に乗り切れる保証はない。

 パラリンピックは9月5日に終了する。当初有力視されていたのは、開会から間を置かずに臨時国会を召集し、解散する案だ。その場合は8月中に召集日を決める必要がある。しかし、よほど状況が好転していない限り、公明党は早期解散に抵抗するだろう。

 一方、菅は「10月から11月までの早い時期に、希望するすべての人にワクチン接種を終えたい」とワクチンの普及に政権の命運を託している。自民党内では、10月24 日に予定される参院補欠選挙に合わせた「24日投開票説」がにわかに浮上してきた。

 五輪大会中はもちろん、ポスト五輪でも感染拡大をいかに阻止できるかが菅政権の命運を握る。 (敬称略)

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