なぜ、付加価値の高い産業を目指すのか?
木村が海外市場の開拓に心血を注いでいた理由の一つには「日本の縫製工場を守るため」という狙いがあった。
今、コロナ危機もあって、日本国内の縫製工場はガラガラという状況が続く。縫製(アパレル)の分野は1970年代初頭の日米繊維交渉の時から、変革を余儀なくされてきている。
今から半世紀前は、日本の人件費は安く、日本製の衣料品が巨大な米国市場になだれ込み、米国の縫製業者、アパレル業者に打撃を与えていた。
そこで日米政府が交渉に乗り出し、日本製品の対米輸出にブレーキがかけられてきたという歴史がある。
因果は巡るで、日本も人件費や製造コストが高くなり、日本の縫製業者も今度は中国やアジア諸国の安いコスト構造に打ち負かされるようになった。
その日本が生き残るためには、高くなってきた人件費や製造コストを賄うだけの”高品質の商品づくり”を手掛けなければならない。
木村は50年前に創業する時に、こうした産業構造の変化を見通して、「世界一の高級子供服メーカーになる」と心に決めたのである。
「そうしないと、日本の縫製工場は回りませんからね。日本の工場を回すためにも、高い値段でも買ってもらえるような商品をつくらないといけないんです。僕のところは高い工賃を出せるからいいけれども、売価が安いところはこれだけの工賃は出せないでしょうね」
子供服業界にもいろいろな価格帯がある。売価の安いところでは1着300円の商品も多いが、ミキハウスは平均数千円、高いところでは3万円前後するものもある。実に100倍の売価ということである。
低価格商品へのニーズもそれなりにあるが、そうした商品を日本国内でつくろうとしても、日本の縫製業の製造コストは到底賄えない。だから、ある程度の価格で売っていくようにしないと、「日本の縫製工場は成り立たない」と木村は言う。
縫製工場も、いい品質の製品をつくるには設備投資が必要。新しい機械に入れ替えて、従業員の雇用も安定させ、従来より生産性を向上させなければならない。では、具体的にミキハウスはどのような工夫をしているのか?
「例えば、2008年にベビーシューズは1足3800円で売っていたんです。それが2021年には7500円で売っている。それで年間100万足を売っているわけです」
ミキハウスグループ代表・木村 皓一の「世界の子供に笑顔と安心を!」(第17回)
国内の縫製工場とは共存共栄に徹して
このように、ベビーシューズの販売量が年間100万足。10余年経って、売価は倍になっている。それだけ商品の付加価値を上げてきたということ。
「だから、僕のところの縫製工場はやっていけるんです。来年6月まで仕事は満タン。もう追いつかないぐらい、注文をもらっています」と木村は言う。
ミキハウスの肌着は赤ちゃんの着心地にこだわり、接(は)ぎ目のない脇、W字になった袖(赤ちゃんが両腕をまげた形)など立体的なパターンになっている。この複雑なパターンをきれいに仕立てるために、木村は工場の技術者と何度も何度も試行錯誤を繰り返してきた。縫い代のない肌着をフラットに縫うための特殊なミシンを使うにも熟練の技が必要である。
ミキハウスと縫製工場は共存共栄の関係にある。共に生きていくには、消費者と接する立場にあるミキハウスにも、適正な価格で売っていくということが求められる。
日本の流通業界では、昔から低価格販売で互いにシノギを削ってきたという流れがある。
しかし、低価格販売だけでは、日本のモノづくりは廃れていくし、それは繊維産業、アパレル産業の歴史が証明している。
ミキハウスが生産契約を結ぶ縫製企業は、九州や四国、兵庫、北陸などに広がり約20社。
「うちはモノづくりにしっかりと責任を持ち、使命感のある会社としか取引していません」
木村はこう言いながら、「しっかりとした製品づくり、高品質な分、われわれも高い工賃を払うという関係です」と、双方のあるべき姿を強調する。
価格競争ではなく、付加価値競争で環境変化を生き抜くという木村の決意である。
(敬称略、以下次号)
【新宿再開発】『小田急百貨店』本館が2022年9月で営業終了へ
木村が海外市場の開拓に心血を注いでいた理由の一つには「日本の縫製工場を守るため」という狙いがあった。
今、コロナ危機もあって、日本国内の縫製工場はガラガラという状況が続く。縫製(アパレル)の分野は1970年代初頭の日米繊維交渉の時から、変革を余儀なくされてきている。
今から半世紀前は、日本の人件費は安く、日本製の衣料品が巨大な米国市場になだれ込み、米国の縫製業者、アパレル業者に打撃を与えていた。
そこで日米政府が交渉に乗り出し、日本製品の対米輸出にブレーキがかけられてきたという歴史がある。
因果は巡るで、日本も人件費や製造コストが高くなり、日本の縫製業者も今度は中国やアジア諸国の安いコスト構造に打ち負かされるようになった。
その日本が生き残るためには、高くなってきた人件費や製造コストを賄うだけの”高品質の商品づくり”を手掛けなければならない。
木村は50年前に創業する時に、こうした産業構造の変化を見通して、「世界一の高級子供服メーカーになる」と心に決めたのである。
「そうしないと、日本の縫製工場は回りませんからね。日本の工場を回すためにも、高い値段でも買ってもらえるような商品をつくらないといけないんです。僕のところは高い工賃を出せるからいいけれども、売価が安いところはこれだけの工賃は出せないでしょうね」
子供服業界にもいろいろな価格帯がある。売価の安いところでは1着300円の商品も多いが、ミキハウスは平均数千円、高いところでは3万円前後するものもある。実に100倍の売価ということである。
低価格商品へのニーズもそれなりにあるが、そうした商品を日本国内でつくろうとしても、日本の縫製業の製造コストは到底賄えない。だから、ある程度の価格で売っていくようにしないと、「日本の縫製工場は成り立たない」と木村は言う。
縫製工場も、いい品質の製品をつくるには設備投資が必要。新しい機械に入れ替えて、従業員の雇用も安定させ、従来より生産性を向上させなければならない。では、具体的にミキハウスはどのような工夫をしているのか?
「例えば、2008年にベビーシューズは1足3800円で売っていたんです。それが2021年には7500円で売っている。それで年間100万足を売っているわけです」
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このように、ベビーシューズの販売量が年間100万足。10余年経って、売価は倍になっている。それだけ商品の付加価値を上げてきたということ。
「だから、僕のところの縫製工場はやっていけるんです。来年6月まで仕事は満タン。もう追いつかないぐらい、注文をもらっています」と木村は言う。
ミキハウスの肌着は赤ちゃんの着心地にこだわり、接(は)ぎ目のない脇、W字になった袖(赤ちゃんが両腕をまげた形)など立体的なパターンになっている。この複雑なパターンをきれいに仕立てるために、木村は工場の技術者と何度も何度も試行錯誤を繰り返してきた。縫い代のない肌着をフラットに縫うための特殊なミシンを使うにも熟練の技が必要である。
ミキハウスと縫製工場は共存共栄の関係にある。共に生きていくには、消費者と接する立場にあるミキハウスにも、適正な価格で売っていくということが求められる。
日本の流通業界では、昔から低価格販売で互いにシノギを削ってきたという流れがある。
しかし、低価格販売だけでは、日本のモノづくりは廃れていくし、それは繊維産業、アパレル産業の歴史が証明している。
ミキハウスが生産契約を結ぶ縫製企業は、九州や四国、兵庫、北陸などに広がり約20社。
「うちはモノづくりにしっかりと責任を持ち、使命感のある会社としか取引していません」
木村はこう言いながら、「しっかりとした製品づくり、高品質な分、われわれも高い工賃を払うという関係です」と、双方のあるべき姿を強調する。
価格競争ではなく、付加価値競争で環境変化を生き抜くという木村の決意である。
(敬称略、以下次号)
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