データの価値引き出しはまだ「上り坂」
「私自身、銀行、証券など金融のあらゆる領域を歩んできた中でデータの持つ力、価値を見続けてきた。損害保険は世界中の産業、経済活動の価値をデータとして持ち、さらに取ってくる能力がある業界」と話すのは、東京海上ホールディングス常務執行役員グループCDO(最高デジタル責任者)の生田目雅史氏。
今、産業を問わず「デジタル化」が大きな課題となっている。デジタル、データの力を使って業務を効率化するだけでなく、そこから新たな価値、事業を生み出すことが求められている。
生田目氏は「金融業界の中でも、損保はデータの可能性は最も広いのではないか」と見ている。東京海上HDで言えば、データを大量に処理できる能力を身に着け、数千万件に及ぶ保険契約、数万件に及ぶ事故査定に対応していくことに加え、経済・社会活動に関するあらゆるデータを取り込むことで、新たな保険を生み出すことができる領域を広げることができる。
ただ、足元で言えば「まだ、データの価値を使い切れていない。まだ”上り坂”の途中で頂上は見えていない」(生田目氏)というのが現状。
データの活用はプラス効果だけなのか? という問題もある。損保の主力商品の1つは自動車保険だが、自動運転を始め安全技術が進めば事故が減り、事業が縮小するのではないか? という見方がある。
それに対して「領域が狭まるというのは事業が高度化、高付加価値化する上での宿命なのではないか」と生田目氏。例として医療を挙げる。医療の発展で死に至る病が減っているが、その分、予防や難治性疾患の治療などに注力し、付加価値を高めている。「これは損保業界が目指す1つの姿」だという。
まだ解析できていないリスク、たどり着いていない事業領域、顧客のニーズを深掘りする上で、やはりデータは大きな意味を持つ。「損害保険とデジタルの掛け合わせで、世界や社会に大きな価値創出ができると確信している」
損保の顧客へのサービス提供のあり方も変わる可能性がある。従来は自然災害や事故など、起きた「結果」に対して保険料という形で価値を提供してきた。
それを今後はデータを活用して、その「結果」の予知や予兆をし、それに対する備えを提供するという形で「前工程」を高度化することが考えられる。そして、その予知・予兆・備えを乗り越えたリスクに対しては従来通り保障を提供するという会社の姿を見据えている。デジタル部門だけでなく、現場を含め全社で取り組んでいく方針。
会社の形を変えていくという時には本業である保険ビジネスに加えて、保険料以外で収益を得ていくような、新たなビジネスモデルの構築も必要になる。
「付加価値のある領域を新たにつくっていくことは、デジタルの取り組みと大いに関係してくるし、保険料ではないビジネスすら発生する可能性がある。その領域を広く探索していくのが我々デジタル部門の役割」と生田目氏。
だが、非常に多くの領域からデータを獲得できるがゆえに、その量は膨大。どう整理し、事業に活用していくかが問われるが、必要になるのはAI(人工知能)の能力。まずはデータを集め、ディープラーニング(深層学習)でデータ間の因果関係を見出していく。
その上で「お客様の『いざ』を支える保険会社であるために『いつも』支える。お客様の生活、経済活動の『いつも』をどうデータとして確認するか。お客様とそういう関係を構築することは大きな課題」(生田目氏)
新たな顧客接点を築くことも重要。21年9月に、三菱UFJ銀行が開始予定のプラットフォーム上で新たな保険商品・サービスの共同開発を決めたが、これは新たな顧客接点を模索する1つの動きと言える。
生田目氏は88年東京大学法学部卒業。日本長期信用銀行(現・新生銀行)を振り出しにドイツ証券、モルガン・スタンレー証券、ビザ・ワールドワイド・ジャパンなど金融の様々な領域を経験、冒頭の言葉のようにデータの価値を実感してきた。
例えばビザ・ジャパン時代には顧客の購買データが、その「ライフスタイル」の変化を如実に語ることを痛感した。その経験を踏まえて「お客様が変化し始めた初期の情報に最も価値がある。その変化に迅速に対応できるだけの情報、経験、仮説構築力を持つ必要がある」(生田目氏)
21年7月にはデータ戦略の中核会社として「東京海上ディーアール」(前・東京海上日動リスクコンサルティング)を始動させた。グループのデータサイエンティストやエンジニアの多くを集約し、他部門や海外事業会社、さらには他社とも連携しながら、データに基づいた付加価値の高い商品、サービスを生み出す役割を担う。
「通常は30年かかると思っていることが、今はデータの力を使えば5年で実現できる可能性がある。我々は30年先の世界観をどう描き、それをデジタルの力でどう引っ張ってくるかが付加価値につながる」(生田目氏)
生田目氏はCDOとして、この幅広い領域を、どこまで探索するか、深掘りするかに日々腐心している。「AIも任務を果たしてくれるようになったが、最後は『人』の頭脳、能力、センスが問われる局面が明確にある」。やはりデジタル化を進めるのにも「人」の力が不可欠だということが言える。
【関連記事】東京海上ホールディングス・小宮暁社長「顧客の『いざ』を支え守り切る使命」
「私自身、銀行、証券など金融のあらゆる領域を歩んできた中でデータの持つ力、価値を見続けてきた。損害保険は世界中の産業、経済活動の価値をデータとして持ち、さらに取ってくる能力がある業界」と話すのは、東京海上ホールディングス常務執行役員グループCDO(最高デジタル責任者)の生田目雅史氏。
今、産業を問わず「デジタル化」が大きな課題となっている。デジタル、データの力を使って業務を効率化するだけでなく、そこから新たな価値、事業を生み出すことが求められている。
生田目氏は「金融業界の中でも、損保はデータの可能性は最も広いのではないか」と見ている。東京海上HDで言えば、データを大量に処理できる能力を身に着け、数千万件に及ぶ保険契約、数万件に及ぶ事故査定に対応していくことに加え、経済・社会活動に関するあらゆるデータを取り込むことで、新たな保険を生み出すことができる領域を広げることができる。
ただ、足元で言えば「まだ、データの価値を使い切れていない。まだ”上り坂”の途中で頂上は見えていない」(生田目氏)というのが現状。
データの活用はプラス効果だけなのか? という問題もある。損保の主力商品の1つは自動車保険だが、自動運転を始め安全技術が進めば事故が減り、事業が縮小するのではないか? という見方がある。
それに対して「領域が狭まるというのは事業が高度化、高付加価値化する上での宿命なのではないか」と生田目氏。例として医療を挙げる。医療の発展で死に至る病が減っているが、その分、予防や難治性疾患の治療などに注力し、付加価値を高めている。「これは損保業界が目指す1つの姿」だという。
まだ解析できていないリスク、たどり着いていない事業領域、顧客のニーズを深掘りする上で、やはりデータは大きな意味を持つ。「損害保険とデジタルの掛け合わせで、世界や社会に大きな価値創出ができると確信している」
損保の顧客へのサービス提供のあり方も変わる可能性がある。従来は自然災害や事故など、起きた「結果」に対して保険料という形で価値を提供してきた。
それを今後はデータを活用して、その「結果」の予知や予兆をし、それに対する備えを提供するという形で「前工程」を高度化することが考えられる。そして、その予知・予兆・備えを乗り越えたリスクに対しては従来通り保障を提供するという会社の姿を見据えている。デジタル部門だけでなく、現場を含め全社で取り組んでいく方針。
会社の形を変えていくという時には本業である保険ビジネスに加えて、保険料以外で収益を得ていくような、新たなビジネスモデルの構築も必要になる。
「付加価値のある領域を新たにつくっていくことは、デジタルの取り組みと大いに関係してくるし、保険料ではないビジネスすら発生する可能性がある。その領域を広く探索していくのが我々デジタル部門の役割」と生田目氏。
だが、非常に多くの領域からデータを獲得できるがゆえに、その量は膨大。どう整理し、事業に活用していくかが問われるが、必要になるのはAI(人工知能)の能力。まずはデータを集め、ディープラーニング(深層学習)でデータ間の因果関係を見出していく。
その上で「お客様の『いざ』を支える保険会社であるために『いつも』支える。お客様の生活、経済活動の『いつも』をどうデータとして確認するか。お客様とそういう関係を構築することは大きな課題」(生田目氏)
新たな顧客接点を築くことも重要。21年9月に、三菱UFJ銀行が開始予定のプラットフォーム上で新たな保険商品・サービスの共同開発を決めたが、これは新たな顧客接点を模索する1つの動きと言える。
生田目氏は88年東京大学法学部卒業。日本長期信用銀行(現・新生銀行)を振り出しにドイツ証券、モルガン・スタンレー証券、ビザ・ワールドワイド・ジャパンなど金融の様々な領域を経験、冒頭の言葉のようにデータの価値を実感してきた。
例えばビザ・ジャパン時代には顧客の購買データが、その「ライフスタイル」の変化を如実に語ることを痛感した。その経験を踏まえて「お客様が変化し始めた初期の情報に最も価値がある。その変化に迅速に対応できるだけの情報、経験、仮説構築力を持つ必要がある」(生田目氏)
21年7月にはデータ戦略の中核会社として「東京海上ディーアール」(前・東京海上日動リスクコンサルティング)を始動させた。グループのデータサイエンティストやエンジニアの多くを集約し、他部門や海外事業会社、さらには他社とも連携しながら、データに基づいた付加価値の高い商品、サービスを生み出す役割を担う。
「通常は30年かかると思っていることが、今はデータの力を使えば5年で実現できる可能性がある。我々は30年先の世界観をどう描き、それをデジタルの力でどう引っ張ってくるかが付加価値につながる」(生田目氏)
生田目氏はCDOとして、この幅広い領域を、どこまで探索するか、深掘りするかに日々腐心している。「AIも任務を果たしてくれるようになったが、最後は『人』の頭脳、能力、センスが問われる局面が明確にある」。やはりデジタル化を進めるのにも「人」の力が不可欠だということが言える。
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