コロナ禍を機に、在宅勤務を前向きにとらえ、未来家賃の増加を防ぎ、それを人材投資などに回す─。コロナ危機はいろいろな気づきを与えてくれた。インターネット事業に着手して26年間、「われわれが淡々と作り販売してきたプロダクトが一気に世の中に広まり、必要なものに変わりました」とGMOインターネットグループ代表・熊谷正寿氏。ネット技術が在宅勤務を支え、オンライン学習、オンライン診療とあらゆる領域にインターネットが浸透。同グループの企業数は105社に拡大、株式上場は10社にまで成長。生活に便利、取引コストが軽減されるということで、”決済代行”のGMOペイメントゲートウェイは時価総額が1兆円(9月21日時点)を超え、親会社・GMOインターネット(約3300億円)を上回る。インターネット元年の1995年から26年が経つ。過去の産業革命、あるいは大きな景気波動の”コンドラチェフの波”の60年単位の動きから見て、今は「いわばランチタイム」。これからおいしいディナーが始まるという熊谷氏の認識。NFT(非代替性トークン)などブロックチェーン技術活用で新しい市場創出へ向かう氏のキャッチフレーズは「より多くの人に、より良いインターネットを!」である。
本誌主幹
文=村田 博文
【画像】FX取引高・世界1位の企業も創った、GMOインターネットグループ代表 熊谷正寿氏
コロナ危機下でのネット事業の役割とは
コロナ禍が始まって1年9か月。ワクチン接種の進捗もあってか、感染者数も減り始めたが、医療のひっ迫状況は続く。
改めて、このコロナ禍をどう総括するか?
「はい、まずコロナに関しては、この2年近くというのは、もう昨年の1月末に在宅勤務をスタートした段階で、僕は2年の戦いになるよということは社内に向けて言っていたんですね。ですから想定通りに進んでいると思っています。
で、コロナ禍だからというのを言い訳にして負けているのでは、普通の会社になってしまいますので、そうした言い訳をしたくないと。禍(わざわい)を転じて、アフターコロナでより一層高い成長をするために、様々な施策が同時進行で走っていまして、それは非常に良い結果を出しているかなと思っています」
GMOインターネット会長兼社長でグループ代表の熊谷正寿氏はコロナ危機下でいろいろな施策があると強調。
「例えば一番分かりやすいのは、在宅勤務を武器にするということです」と熊谷氏は次のように説明する。
「アフターコロナも在宅を週2日にすると、週5日のうち2日ですから40%ですよね。この40%を在宅勤務として規則正しく行っていく。
で、家賃、未来家賃と言っていますけど、これはGMO用語ですが、未来家賃の増加を防ぎ、それを利益やあるいは社内の人材投資に回す仕組みというのも走らせています」
コロナ禍にひるまず、自分たちとしてできる事を着実にやり、それを前向きに経営の仕組みとして構築していく。
文字どおり、『禍を転じて福と為す』の喩えで、新しい環境下で新しいビジネスモデルに転化させ、進化させていくということ。
今年(2021年)は熊谷氏が会社を創業して30年。インターネット事業を開始して26年が経つ。その前の準備期間に2、3年を費やしているから、インターネットに関わり出したということで言うと、27~28年が経つ。
「わたしたちがこれまで26年間にわたって、淡々と作り販売してきたプロダクトが、一気に世の中に浸透し、より必要なプロダクトに変わったと思っていて、例えば、インターネット環境が在宅勤務や、在宅学習を支えています。まさに今、学習面では、GIGA(ギガ)スクール構想と相まって、もう全国の学校でわたしどものインフラを提供しています」
GIGAスクール構想─。文部科学省が小・中・そして高等学校の学童や生徒を対象に、『1人1台のコンピュータ(端末)を』の標語の下に進めているICT(情報通信技術)化計画の一環。この構想の狙いは、若い世代の創造性を育もうというもの。
教育のICT化ということでは、日本は他の先進国に比べて後れを取っているとされる。
産業界では、第4次産業革命、あるいは『ソサエティ5・0(Society5.0)が言われる。
前者でいえば、蒸気(石炭)、電気(石油)、情報(コンピュータ)に次ぐ、AI(人工知能)やインターネットなどを活用する第4次産業革命。また、狩猟、農耕、工業、情報という生き方・産業構造の視点から見た第5段階の『ソサエティ5・0』。AIやインターネットをどうわたしたちの生き方・働き方に取り込んでいくかという命題。
教育関係者の間では、「今、学校で教えていることが、時代の変化の中で通用しなくなるのでは」という不安、また産業界で働く人の間では、「AIの急速な浸透で仕事が奪われてしまう」という不安がある。
明日の社会を背負う若い世代にICTを馴染みのあるものにするためにはどうすべきか?
GMOグループでは、GMOメディア(2000年設立、2015年東証マザーズ上場)がDX(デジタルトランスフォーメーション)支援として、プログラミング教室の運営などに当たる。
今は1人ひとりの買物や業務上での決済で、お金のあり方がガラリと変わろうとしている。
キャッシュ(現金)での支払いではなく、スマホ1つでそれは済まされるし、業務での決済、送金もスマホで簡単に行われる時代。そうした決済の仕組みがどうデジタル技術でプログラミングされているのかを学校教育の中で学ぼうというのも、GIGAスクール実施のねらいだ。
インターネットによる取引や決済は、国と国の垣根を越えて行われる。その際、国民1人ひとりのリテラシー(能力)が海外の国々より劣っていては、勝負にならない。日本は近隣諸国より、リテラシー面で格差を付けられているという指摘もある。
現に、今の高校卒業生の8割は、「プログラミングを学ばずに卒業し、他国に後れを取っている」という事実。
コロナ禍で、在宅での〝個別学習〟が進み、また病気療養中でもオンライン学習ができる事も体験。学校の壁を越えて、他校との共同学習、海外の学校との連携・交流なども可能になった。
1人ひとりの潜在能力、可能性の掘り起こしへ向けて、「われわれのプロダクトが各所で、もう様々なところで世の中に貢献できているなあということを感じています」と熊谷氏は語る。
いま自然環境の持続性が異常気象の頻発と共に意識され、ESG(環境、社会、統治)や、国連が定めたSDGs(持続性のある開発目標)が重要視される。
「それこそ国連が2015年に、2030年に向けて設定した17のアジェンダ(戦略)で、ジェンダー格差を無くすとか、地球温暖化防止とか、いろいろなことを目標設定しました。その全てを支えているのは、実はインターネットです。インターネットがその全ての問題解決の一番ベースの所にあります」
事実、解決すべき事は多い。
〈編集部のおすすめ記事〉>>【働き方をどう考える?】サントリーHD・新浪剛史社長の「45歳定年制」発言が波紋
時価総額で親子逆転の局面も…
熊谷氏は1963年(昭和38年)7月生まれの58歳。1991年5月、27歳の時に創業、今年で30周年である。インターネット事業を開始したのが、インターネット元年とされる1995年(平成7年)だから、26年が経つ。もっとも、同事業に本格参入する2、3年前に準備を始めていたから、28年~29年と30年近い関わりになる。
今や株式上場会社はグループ内で、中核のGMOインターネットをはじめ10社にのぼる。
GMOフィナンシャルホールディングス(金融持ち株会社)、GMOペイメントゲートウェイ(消費者向けEC=電子商取引=業者に対しての決済処理サービス)、そしてGMOTECH(集客支援)、GMOメディア(広告メディア)、GMOリサーチ(マーケティング調査プラットフォームを提供)、さらにGMOグローバルサイン・ホールディングス(クラウド・セキュリティ事業や電子印鑑サービスなど)といった合計10社である。
中核のGMOインターネットは1991年5月の設立で、1999年8月に株式を上場。最初は店頭公開(今の東証JASDAQ)、2005年東証1部上場という足取りで、設立から8年後に株式を公開。
中には、総合ネット広告代理店のGMOアドパートナーズ(現JASDAQ)のように、1999年9月に設立、1年後の2000年9月に株式上場というところもある。
インターネット事業は競争が激しく、1位のシェアを取らなければ敗者になると言われる位の厳しい仕事。常に競争相手に対し優位性を持たないと、劣後し、事業も廃れていくという中で、緊張感が要求される。
しかし、技術的な優勢があれば、短期間に成長する。
そうしたインターネット事業の成長性を象徴するのがGMOペイメントゲートウェイの快進撃。EC(電子商取引)などでの決済代行や『後払い』サービスなどの金融関連で好業績をあげる。
ネット通販の高まりなど、ECはコロナ危機下で需要が急増。巣ごもり需要で、日用品の物販や動画配信、公共料金の支払いなどでEC利用が増加。その決済を代行する同社も急成長。
2021年9月期は、売上高約400億円(20年9月期は330億円)で営業利益130億円(同103億円)、純利益80億円(同76億円)という見通し。
同社の開発した〝スマホSMS経由〟の電気代決済システムは昨秋から東京電力で採用されるなど、公共料金の領域に浸透。
また、消費者が手元不如意で、商品を購入する際に、『後払い』ができる決済システムも開発。こうしたサービスが特に若い世代に受けている。
消費市場でのEC比率は8%程度とされ、まだ事業の伸び代は大きい。決済代行の市場は現在500兆円とされ、2025年には約600兆円に拡大成長するという予測。
9月21日現在の同社の時価総額は約1兆1545億円。これに対し、親会社のGMOインターネットのそれは約3300億円と3倍以上の差になっている。
こうしたグループ内の出来事も含めて、熊谷氏は歴史上の過去の産業革命と関連付けて、次のように語る。
「(これまでの)産業革命は大体平均すると、55年続くんです。わたしたちは26年目ですから、まあ24時間に例えると、ランチ位の感じ。美味しいディナーはまだこれからという感じです」
インターネット活用による新技術・新市場開発で、「価値ある事業を上場させていく」と熊谷氏。
スマホ一つで済む世界へ仮想資産の活用も
「スマホ一つで済む世界というのを、全世界の人たちが心の中で求めていると思うんです」
熊谷氏は、〝スマホ一つで済む〟がわたしたちの生き方・働き方を根本から変えると語る。
「財布の中に入っているクレジットカード、そして名刺の両方とも無くていいと思うんですよ。ポケットの中にある小銭とお札、これも無くて済みます。その解決の1つになる、解決のきっかけになり得るのが、このブロックチェーンテクノロジーだと思っています。そういう思いで、今から6、7年位前に、仮想資産に取り組み始めました。その時の思いは正しくて、今、さまざまな仮想資産が多くの方に受け入れられていますよね」
仮想資産─。ここ数年、〝仮想通貨〟という言葉が使われてきていたが、熊谷氏は仮想資産という言い方をする。暗号資産という言葉も使われる。
仮想資産(仮想通貨)はインターネット上でやり取りができる財産的価値で、『資金決済に関する法律』で、〝不特定の者に対して、代金支払い等で使用できる〟、〝電子的に記録され、移転できる〟、〝法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない〟─と定義されている。
〝ビットコイン〟や〝イーサリアム〟がその代表的なもので、日本でも金融庁が認可した交換所で取引され、約20種の通貨がある。
この仮想資産は、法定通貨のように裏付け資産を持っておらず、利用者の需給関係で価値が大きく変動することがあるというのが難点だ。
「はい、仮想資産の最大の問題というのは、価値が大きく変動していくことです」
熊谷氏は価値変動の点を認めつつ、「これはこれで金の代わりとしては有効なんです」と強調、「ただ、通貨の代わりとしては変動し過ぎるので、ステーブルコインというのが必要です」と語る。
大きな価値変動をなくし、安定的にするには、どんな工夫が必要なのか?
〈編集部のおすすめ記事〉>>【コロナ第5波、米中対立】非常時の統治をどう進めるか?問われる経営者の『覚悟』(その1)
ステーブルコインを米国で発行する理由
GMOインターネットは『ステーブルコイン』を独自に発行することを決め、まず米ニューヨーク州からステーブルコインを発行する『特定目的信託会社』の認可を取得。同社は今年初めから、『GYEN(ジーエン)』を発行し、海外で事業を展開。
日本はまだ法律が整っておらず、国内居住者はGYEN の取引ができない。
ステーブルコイン。ステーブル(stable、安定、堅固という意味)とコイン(coin、通貨)を組み合わせた言葉で仮想資産の1つ。
旧来の仮想資産は需給関係いかんで価値変動が激しいので、法定通貨(円やドルなど)や金などと〝ペッグ(ヒモ付け)〟させることで、通貨としての価値の安定を図ろうというもの。
ここで使われるのも、デジタル通貨など仮想資産の取り扱いで登場してきたブロックチェーン(分散型台帳)の技術。ブロックチェーン技術は改ざんされにくいというところに特徴がある。
ステーブルコインのGYEN(ジーエン)はなぜ、米国での事業認可となったのか。
「それを日本国内では日本政府が認めていないから、発行することができないのです。米国は先進的なので、それをきちんと国として認めていて、米国の認可をきちんと取って僕らが発行したということです」
今のところ、日本国民はGYEN を購入できないし、日本国内で使うことはできないとい
うことである。ともあれ、インターネット事業に国境はない。
「インターネットは世界マーケットなので、僕自身は国内外を意識していません」と熊谷氏はそれができる国や地域から事業創造を手がけていく考え。
改めて熊谷氏がステーブルコイン発行にこだわる理由を語る。
「ステーブルコインは一言でいうと便利だからなんですが、どのように便利かと言うと、仮想資産から法定資産に換えるのにはコストと時間がかかる。仮想資産から、法定資産に連動する仮想資産に換えた方が、瞬時で済むんですね」
例えば、ビットコインやイーサリアムという仮想資産を持つ人が、ドルや円などに換えるためにはまず、取引所から出庫しなければならない。その出庫にかかる時間と、ドルや円などの法定通貨に換える手数料が「すごくかかるんです」と熊谷氏。
そこで、仮想資産としてステーブルコインがあれば、旧来のビットコインとGYEN が瞬時に交換、つまりは取引ができるということである。
国と企業の関係
「通貨発行は国家主権に基づいて行われるものだし、やはり国家のある種の武器なんですね。だから、国の通貨発行権を犯そうなんて大それたことは、僕は全く思っていません」
熊谷氏が、国と企業の関係について、語る。
「僕は、国が差し出せって言うなら、いつでもうちのを差し出しますよと申し上げたぐらいで、お国が良くなってもらわなければと思っています。お国に生かされていますから。日本人だし、日本企業じゃないですか。だから、お国があって初めてGMOなので、国家の通貨発行権を阻害しようなんていうことは全く思っていません」
熊谷氏は、ステーブルコインの発行について、「国が始めるまで待っていたら、世界競争しているので遅れてしまうんですね。だから、取り敢えずやらせてくださいと、そういう気持ちです」と語る。
仮想通貨そのものについては、最近、中国人民銀行(中央銀行)がその決済や取引情報の提供などを全面的に禁止すると発表。
「経済や金融の秩序を乱す」という理由だ。
仮想通貨を通じた資本の国外逃避を防ぐ狙いもあると見られるが、米国など自由主義国と中国で本件の対応も違ってくる。
あくまでも、GMOが目指すのは市場参加者が〝利便さ〟を感じて、決済や送金が低コスト
で手軽にできる金融サービスの提供ということ。その意味での市場創造であり、事業創出だ。
〈編集部のおすすめ記事〉>>【経団連会長・十倉雅和】のサステナブルな資本主義・市場経済を!
起業家人生で受けた『3つの衝撃』
熊谷氏は自分の起業家人生の中で、インターネットとの出会い、そしてその中でのブロックチェーン技術との遭遇の2つに「大きな衝撃」受けたと述懐する。
そして、もう1つ、この2つと同じ位の衝撃を受けたのが、NF T(Non-Fungible Token、非代替性のトークン)というデジタル資産の登場だと言う。
Token(トークン)は象徴、しるし(印)といった意味だが、NFTはブロックチェーン技術によって作成された、コピーすることのできない、代替不可能なデジタル資産のことである。
このNFTを活かした〝デジタルアート〟がオークション市場で、数十億円で落札されるということが現実に起きている。ところが、このNFT市場もまた投機性が高いという問題がこれまで指摘されてきた。楽曲、画像などのデジタルコンテンツ(資産)をそれなりの価値で幅広いファン層に届けるにはどうすればいいかという課題である。
楽曲、映像などエンターテインメント分野をはじめ、市場のあり方に大きな影響を与えそうなのが
NFTの登場。熊谷氏はNFTにより、「柔軟な課金手段が発生した」と語る。
(NFTサービス『アダム by GMO』を発表する記者会見の場で)
「皆さん、NFTに関しては唯一無二でコピーができないというところに着目しているんですけれど、わたしが着目しているのは加えて、それよりもこの柔軟な課金手段が発生したことの方に価値があるということです」
具体的に熊谷氏が注目するのは、例えばデジタルアートの2次流通、3次流通でサザビーズなどのオークションで、その価値が明確に把握できるということ。
画家が自分で直接、購入希望者に10万円で自分の画を売ったとする(1次流通)。それが時を経て、2次、3次流通に入り、オークションで100万円で取引され、さらに次のオークションで1000万円で取引されたとする。NFTを活用した仕組みだと、その各段階で、著作権者である画家に例えば10%の著作権料が支払われる。
今までは、楽曲や画像、イラスト3DモデルなどのIPホルダー(知的財産の保有者)には2次、3次流通での取引は知らされず、著作権料も支払われずじまいというケースが多かった。
作曲家や画家など、I P(Intellectual Property)という知的財産の所有者は、このNFTの登場で恩恵を受けるし、エンターテインメント分野を含めて、あらゆる分野で「新しい市場の創出につながります」と熊谷氏は強調し、次のように言う。
「僕は、IPホルダーの逆襲だと言っているんですよ」
こうしたデジタル資産はこれまでインターネットの普及で〝無料〟扱いされてきたが、NFTを取り込んだ新しい流通の仕組みができると、「IPの時代、IP主役の時代に戻るんです。元々、そうじゃないですか」と熊谷氏。
新しい市場の創出、新事業の掘り起こしの挑戦が続く。
〈編集部のおすすめ記事〉>>リスク過多の今に新しい保険業!【東京海上HD・小宮暁】の「顧客の『いざ』を支えるソリューションを!」
本誌主幹
文=村田 博文
【画像】FX取引高・世界1位の企業も創った、GMOインターネットグループ代表 熊谷正寿氏
コロナ危機下でのネット事業の役割とは
コロナ禍が始まって1年9か月。ワクチン接種の進捗もあってか、感染者数も減り始めたが、医療のひっ迫状況は続く。
改めて、このコロナ禍をどう総括するか?
「はい、まずコロナに関しては、この2年近くというのは、もう昨年の1月末に在宅勤務をスタートした段階で、僕は2年の戦いになるよということは社内に向けて言っていたんですね。ですから想定通りに進んでいると思っています。
で、コロナ禍だからというのを言い訳にして負けているのでは、普通の会社になってしまいますので、そうした言い訳をしたくないと。禍(わざわい)を転じて、アフターコロナでより一層高い成長をするために、様々な施策が同時進行で走っていまして、それは非常に良い結果を出しているかなと思っています」
GMOインターネット会長兼社長でグループ代表の熊谷正寿氏はコロナ危機下でいろいろな施策があると強調。
「例えば一番分かりやすいのは、在宅勤務を武器にするということです」と熊谷氏は次のように説明する。
「アフターコロナも在宅を週2日にすると、週5日のうち2日ですから40%ですよね。この40%を在宅勤務として規則正しく行っていく。
で、家賃、未来家賃と言っていますけど、これはGMO用語ですが、未来家賃の増加を防ぎ、それを利益やあるいは社内の人材投資に回す仕組みというのも走らせています」
コロナ禍にひるまず、自分たちとしてできる事を着実にやり、それを前向きに経営の仕組みとして構築していく。
文字どおり、『禍を転じて福と為す』の喩えで、新しい環境下で新しいビジネスモデルに転化させ、進化させていくということ。
今年(2021年)は熊谷氏が会社を創業して30年。インターネット事業を開始して26年が経つ。その前の準備期間に2、3年を費やしているから、インターネットに関わり出したということで言うと、27~28年が経つ。
「わたしたちがこれまで26年間にわたって、淡々と作り販売してきたプロダクトが、一気に世の中に浸透し、より必要なプロダクトに変わったと思っていて、例えば、インターネット環境が在宅勤務や、在宅学習を支えています。まさに今、学習面では、GIGA(ギガ)スクール構想と相まって、もう全国の学校でわたしどものインフラを提供しています」
GIGAスクール構想─。文部科学省が小・中・そして高等学校の学童や生徒を対象に、『1人1台のコンピュータ(端末)を』の標語の下に進めているICT(情報通信技術)化計画の一環。この構想の狙いは、若い世代の創造性を育もうというもの。
教育のICT化ということでは、日本は他の先進国に比べて後れを取っているとされる。
産業界では、第4次産業革命、あるいは『ソサエティ5・0(Society5.0)が言われる。
前者でいえば、蒸気(石炭)、電気(石油)、情報(コンピュータ)に次ぐ、AI(人工知能)やインターネットなどを活用する第4次産業革命。また、狩猟、農耕、工業、情報という生き方・産業構造の視点から見た第5段階の『ソサエティ5・0』。AIやインターネットをどうわたしたちの生き方・働き方に取り込んでいくかという命題。
教育関係者の間では、「今、学校で教えていることが、時代の変化の中で通用しなくなるのでは」という不安、また産業界で働く人の間では、「AIの急速な浸透で仕事が奪われてしまう」という不安がある。
明日の社会を背負う若い世代にICTを馴染みのあるものにするためにはどうすべきか?
GMOグループでは、GMOメディア(2000年設立、2015年東証マザーズ上場)がDX(デジタルトランスフォーメーション)支援として、プログラミング教室の運営などに当たる。
今は1人ひとりの買物や業務上での決済で、お金のあり方がガラリと変わろうとしている。
キャッシュ(現金)での支払いではなく、スマホ1つでそれは済まされるし、業務での決済、送金もスマホで簡単に行われる時代。そうした決済の仕組みがどうデジタル技術でプログラミングされているのかを学校教育の中で学ぼうというのも、GIGAスクール実施のねらいだ。
インターネットによる取引や決済は、国と国の垣根を越えて行われる。その際、国民1人ひとりのリテラシー(能力)が海外の国々より劣っていては、勝負にならない。日本は近隣諸国より、リテラシー面で格差を付けられているという指摘もある。
現に、今の高校卒業生の8割は、「プログラミングを学ばずに卒業し、他国に後れを取っている」という事実。
コロナ禍で、在宅での〝個別学習〟が進み、また病気療養中でもオンライン学習ができる事も体験。学校の壁を越えて、他校との共同学習、海外の学校との連携・交流なども可能になった。
1人ひとりの潜在能力、可能性の掘り起こしへ向けて、「われわれのプロダクトが各所で、もう様々なところで世の中に貢献できているなあということを感じています」と熊谷氏は語る。
いま自然環境の持続性が異常気象の頻発と共に意識され、ESG(環境、社会、統治)や、国連が定めたSDGs(持続性のある開発目標)が重要視される。
「それこそ国連が2015年に、2030年に向けて設定した17のアジェンダ(戦略)で、ジェンダー格差を無くすとか、地球温暖化防止とか、いろいろなことを目標設定しました。その全てを支えているのは、実はインターネットです。インターネットがその全ての問題解決の一番ベースの所にあります」
事実、解決すべき事は多い。
〈編集部のおすすめ記事〉>>【働き方をどう考える?】サントリーHD・新浪剛史社長の「45歳定年制」発言が波紋
時価総額で親子逆転の局面も…
熊谷氏は1963年(昭和38年)7月生まれの58歳。1991年5月、27歳の時に創業、今年で30周年である。インターネット事業を開始したのが、インターネット元年とされる1995年(平成7年)だから、26年が経つ。もっとも、同事業に本格参入する2、3年前に準備を始めていたから、28年~29年と30年近い関わりになる。
今や株式上場会社はグループ内で、中核のGMOインターネットをはじめ10社にのぼる。
GMOフィナンシャルホールディングス(金融持ち株会社)、GMOペイメントゲートウェイ(消費者向けEC=電子商取引=業者に対しての決済処理サービス)、そしてGMOTECH(集客支援)、GMOメディア(広告メディア)、GMOリサーチ(マーケティング調査プラットフォームを提供)、さらにGMOグローバルサイン・ホールディングス(クラウド・セキュリティ事業や電子印鑑サービスなど)といった合計10社である。
中核のGMOインターネットは1991年5月の設立で、1999年8月に株式を上場。最初は店頭公開(今の東証JASDAQ)、2005年東証1部上場という足取りで、設立から8年後に株式を公開。
中には、総合ネット広告代理店のGMOアドパートナーズ(現JASDAQ)のように、1999年9月に設立、1年後の2000年9月に株式上場というところもある。
インターネット事業は競争が激しく、1位のシェアを取らなければ敗者になると言われる位の厳しい仕事。常に競争相手に対し優位性を持たないと、劣後し、事業も廃れていくという中で、緊張感が要求される。
しかし、技術的な優勢があれば、短期間に成長する。
そうしたインターネット事業の成長性を象徴するのがGMOペイメントゲートウェイの快進撃。EC(電子商取引)などでの決済代行や『後払い』サービスなどの金融関連で好業績をあげる。
ネット通販の高まりなど、ECはコロナ危機下で需要が急増。巣ごもり需要で、日用品の物販や動画配信、公共料金の支払いなどでEC利用が増加。その決済を代行する同社も急成長。
2021年9月期は、売上高約400億円(20年9月期は330億円)で営業利益130億円(同103億円)、純利益80億円(同76億円)という見通し。
同社の開発した〝スマホSMS経由〟の電気代決済システムは昨秋から東京電力で採用されるなど、公共料金の領域に浸透。
また、消費者が手元不如意で、商品を購入する際に、『後払い』ができる決済システムも開発。こうしたサービスが特に若い世代に受けている。
消費市場でのEC比率は8%程度とされ、まだ事業の伸び代は大きい。決済代行の市場は現在500兆円とされ、2025年には約600兆円に拡大成長するという予測。
9月21日現在の同社の時価総額は約1兆1545億円。これに対し、親会社のGMOインターネットのそれは約3300億円と3倍以上の差になっている。
こうしたグループ内の出来事も含めて、熊谷氏は歴史上の過去の産業革命と関連付けて、次のように語る。
「(これまでの)産業革命は大体平均すると、55年続くんです。わたしたちは26年目ですから、まあ24時間に例えると、ランチ位の感じ。美味しいディナーはまだこれからという感じです」
インターネット活用による新技術・新市場開発で、「価値ある事業を上場させていく」と熊谷氏。
スマホ一つで済む世界へ仮想資産の活用も
「スマホ一つで済む世界というのを、全世界の人たちが心の中で求めていると思うんです」
熊谷氏は、〝スマホ一つで済む〟がわたしたちの生き方・働き方を根本から変えると語る。
「財布の中に入っているクレジットカード、そして名刺の両方とも無くていいと思うんですよ。ポケットの中にある小銭とお札、これも無くて済みます。その解決の1つになる、解決のきっかけになり得るのが、このブロックチェーンテクノロジーだと思っています。そういう思いで、今から6、7年位前に、仮想資産に取り組み始めました。その時の思いは正しくて、今、さまざまな仮想資産が多くの方に受け入れられていますよね」
仮想資産─。ここ数年、〝仮想通貨〟という言葉が使われてきていたが、熊谷氏は仮想資産という言い方をする。暗号資産という言葉も使われる。
仮想資産(仮想通貨)はインターネット上でやり取りができる財産的価値で、『資金決済に関する法律』で、〝不特定の者に対して、代金支払い等で使用できる〟、〝電子的に記録され、移転できる〟、〝法定通貨または法定通貨建ての資産(プリペイドカード等)ではない〟─と定義されている。
〝ビットコイン〟や〝イーサリアム〟がその代表的なもので、日本でも金融庁が認可した交換所で取引され、約20種の通貨がある。
この仮想資産は、法定通貨のように裏付け資産を持っておらず、利用者の需給関係で価値が大きく変動することがあるというのが難点だ。
「はい、仮想資産の最大の問題というのは、価値が大きく変動していくことです」
熊谷氏は価値変動の点を認めつつ、「これはこれで金の代わりとしては有効なんです」と強調、「ただ、通貨の代わりとしては変動し過ぎるので、ステーブルコインというのが必要です」と語る。
大きな価値変動をなくし、安定的にするには、どんな工夫が必要なのか?
〈編集部のおすすめ記事〉>>【コロナ第5波、米中対立】非常時の統治をどう進めるか?問われる経営者の『覚悟』(その1)
ステーブルコインを米国で発行する理由
GMOインターネットは『ステーブルコイン』を独自に発行することを決め、まず米ニューヨーク州からステーブルコインを発行する『特定目的信託会社』の認可を取得。同社は今年初めから、『GYEN(ジーエン)』を発行し、海外で事業を展開。
日本はまだ法律が整っておらず、国内居住者はGYEN の取引ができない。
ステーブルコイン。ステーブル(stable、安定、堅固という意味)とコイン(coin、通貨)を組み合わせた言葉で仮想資産の1つ。
旧来の仮想資産は需給関係いかんで価値変動が激しいので、法定通貨(円やドルなど)や金などと〝ペッグ(ヒモ付け)〟させることで、通貨としての価値の安定を図ろうというもの。
ここで使われるのも、デジタル通貨など仮想資産の取り扱いで登場してきたブロックチェーン(分散型台帳)の技術。ブロックチェーン技術は改ざんされにくいというところに特徴がある。
ステーブルコインのGYEN(ジーエン)はなぜ、米国での事業認可となったのか。
「それを日本国内では日本政府が認めていないから、発行することができないのです。米国は先進的なので、それをきちんと国として認めていて、米国の認可をきちんと取って僕らが発行したということです」
今のところ、日本国民はGYEN を購入できないし、日本国内で使うことはできないとい
うことである。ともあれ、インターネット事業に国境はない。
「インターネットは世界マーケットなので、僕自身は国内外を意識していません」と熊谷氏はそれができる国や地域から事業創造を手がけていく考え。
改めて熊谷氏がステーブルコイン発行にこだわる理由を語る。
「ステーブルコインは一言でいうと便利だからなんですが、どのように便利かと言うと、仮想資産から法定資産に換えるのにはコストと時間がかかる。仮想資産から、法定資産に連動する仮想資産に換えた方が、瞬時で済むんですね」
例えば、ビットコインやイーサリアムという仮想資産を持つ人が、ドルや円などに換えるためにはまず、取引所から出庫しなければならない。その出庫にかかる時間と、ドルや円などの法定通貨に換える手数料が「すごくかかるんです」と熊谷氏。
そこで、仮想資産としてステーブルコインがあれば、旧来のビットコインとGYEN が瞬時に交換、つまりは取引ができるということである。
国と企業の関係
「通貨発行は国家主権に基づいて行われるものだし、やはり国家のある種の武器なんですね。だから、国の通貨発行権を犯そうなんて大それたことは、僕は全く思っていません」
熊谷氏が、国と企業の関係について、語る。
「僕は、国が差し出せって言うなら、いつでもうちのを差し出しますよと申し上げたぐらいで、お国が良くなってもらわなければと思っています。お国に生かされていますから。日本人だし、日本企業じゃないですか。だから、お国があって初めてGMOなので、国家の通貨発行権を阻害しようなんていうことは全く思っていません」
熊谷氏は、ステーブルコインの発行について、「国が始めるまで待っていたら、世界競争しているので遅れてしまうんですね。だから、取り敢えずやらせてくださいと、そういう気持ちです」と語る。
仮想通貨そのものについては、最近、中国人民銀行(中央銀行)がその決済や取引情報の提供などを全面的に禁止すると発表。
「経済や金融の秩序を乱す」という理由だ。
仮想通貨を通じた資本の国外逃避を防ぐ狙いもあると見られるが、米国など自由主義国と中国で本件の対応も違ってくる。
あくまでも、GMOが目指すのは市場参加者が〝利便さ〟を感じて、決済や送金が低コスト
で手軽にできる金融サービスの提供ということ。その意味での市場創造であり、事業創出だ。
〈編集部のおすすめ記事〉>>【経団連会長・十倉雅和】のサステナブルな資本主義・市場経済を!
起業家人生で受けた『3つの衝撃』
熊谷氏は自分の起業家人生の中で、インターネットとの出会い、そしてその中でのブロックチェーン技術との遭遇の2つに「大きな衝撃」受けたと述懐する。
そして、もう1つ、この2つと同じ位の衝撃を受けたのが、NF T(Non-Fungible Token、非代替性のトークン)というデジタル資産の登場だと言う。
Token(トークン)は象徴、しるし(印)といった意味だが、NFTはブロックチェーン技術によって作成された、コピーすることのできない、代替不可能なデジタル資産のことである。
このNFTを活かした〝デジタルアート〟がオークション市場で、数十億円で落札されるということが現実に起きている。ところが、このNFT市場もまた投機性が高いという問題がこれまで指摘されてきた。楽曲、画像などのデジタルコンテンツ(資産)をそれなりの価値で幅広いファン層に届けるにはどうすればいいかという課題である。
楽曲、映像などエンターテインメント分野をはじめ、市場のあり方に大きな影響を与えそうなのが
NFTの登場。熊谷氏はNFTにより、「柔軟な課金手段が発生した」と語る。
(NFTサービス『アダム by GMO』を発表する記者会見の場で)
「皆さん、NFTに関しては唯一無二でコピーができないというところに着目しているんですけれど、わたしが着目しているのは加えて、それよりもこの柔軟な課金手段が発生したことの方に価値があるということです」
具体的に熊谷氏が注目するのは、例えばデジタルアートの2次流通、3次流通でサザビーズなどのオークションで、その価値が明確に把握できるということ。
画家が自分で直接、購入希望者に10万円で自分の画を売ったとする(1次流通)。それが時を経て、2次、3次流通に入り、オークションで100万円で取引され、さらに次のオークションで1000万円で取引されたとする。NFTを活用した仕組みだと、その各段階で、著作権者である画家に例えば10%の著作権料が支払われる。
今までは、楽曲や画像、イラスト3DモデルなどのIPホルダー(知的財産の保有者)には2次、3次流通での取引は知らされず、著作権料も支払われずじまいというケースが多かった。
作曲家や画家など、I P(Intellectual Property)という知的財産の所有者は、このNFTの登場で恩恵を受けるし、エンターテインメント分野を含めて、あらゆる分野で「新しい市場の創出につながります」と熊谷氏は強調し、次のように言う。
「僕は、IPホルダーの逆襲だと言っているんですよ」
こうしたデジタル資産はこれまでインターネットの普及で〝無料〟扱いされてきたが、NFTを取り込んだ新しい流通の仕組みができると、「IPの時代、IP主役の時代に戻るんです。元々、そうじゃないですか」と熊谷氏。
新しい市場の創出、新事業の掘り起こしの挑戦が続く。
〈編集部のおすすめ記事〉>>リスク過多の今に新しい保険業!【東京海上HD・小宮暁】の「顧客の『いざ』を支えるソリューションを!」