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5年先まで使える広告代理店的プレゼンテーション術 (83)

財経新聞 2024年9月8日 17時32分

 自分は何者か? 自分の目指す道は何なのか? 自分の存在意義は何か? 人は、このアイデンティティの獲得、言い換えれば、存在証明・社会的価値の獲得とその価値を継続させるために日々努力していると言ってよいでしょう。

 しかし、ここで1つの疑問が生じます。「未来、何者にでもなれる」と信じて疑わなかった成人前期・新入社員の自分と、勤続30年「もはや、ここまでか・・」と先が見えてしまった中年期の自分。この2つを結ぶ30年間が「同じアイデンティティ」でよいのでしょうか。

 20代で設定したアイデンティティが30代の人生を方向づけることは、経験上では容易に理解できます。それは20代では未解決だった課題をスキルアップした30代の自分が軽やかに解決してしまうことがあるからです。こうした理想的アイデンティティの確かな獲得によって、人は、人生という波に乗り始めます。

 しかしながら、その20~30代の「成人前期アイデンティティ」を引き続き45才以上の「中年期アイデンティティの中核」としてそのまま運用していくのは、無理と危機が生じてきます。会社や家庭で、自分の役割が変容してしまう「中年期アイデンティティの危機」が訪れるからです。

 ここで言う「危機」は、ネガティブな危機ではなく、「分岐点・岐路・別れ目」という意味。成熟に進むのか。退行に陥るのか。誰にでも起こりうる、自分の人生を問い直す機会となります。この中年期に自身の舵取りをしなかったために漂流してしまう人も少なからずいます。

■(83)成人前期に確立したアイデンティティでは、中年期以降の人生は支えきれない。それに気づいて再構築に挑めるか。

 成人前期の自分と比べ、中年になった自分が組織や社会とどこか噛み合っていないと感じる時がありませんか? もし、そう感じる場合、その居場所は自分らしさを発揮できない環境に変容してしまったのかもしれません。

 あるいは、あなたの自分らしさが時代遅れになっている可能性もあります。中年になった自分の内的変化に気づかずに、もしくは、その変化に目を背けて生きてきたことが組織や社会と噛み合わなくなった原因かもしれません。

 成人前期のアイデンティティは「ゼロをイチにするアイデンティティ」でよかったので獲得しやすかった。しかし、それから20年後の中年期では、与えられた社会的地位や家庭での役割に合わせて、求められる価値や存在意義が変容します。

 そのため、成人前期のアイデンティティのままでは未来の自分(中年期の自分)を支えることができなくなります。ゆえに中年期こそ、新しいアイデンティティを再設定するタイミングなのです。ここに気づけるか否かで、その後の10年間が変わってくると思います。

 最後に。アイデンティティを再設定する際に注意点があります。「年齢」だけで自己の有限性を決めつけないこと。そして、新たなアイデンティティ獲得をアタマからあきらめないことです。現在の年齢を、成熟、限界、退行といった先細りの危機として捉えてほしくありません。自分が今どんな状態であっても、それは、「ただの分岐点」でしかないと考えていただきたいのです。

 参考文献:中年のアイデンティティ危機をキャリア発達に生かす(岡本祐子)

執筆者プロフィール

小林 孝悦 
コピーライター/クリエイティブディレクター
東京生まれ。東京コピーライターズクラブ会員。2017年、博報堂を退社し、(株)コピーのコバヤシを設立。東京コピーライターズクラブ新人賞、広告電通賞、日経広告賞、コードアワード、日本新聞協会賞、カンヌライオンズ、D&AD、ロンドン国際広告祭、New York Festivals、The One Show、アドフェストなど多数受賞。日本大学藝術学部映画学科卒業。好きな映画は、ガス・ヴァン・サント監督の「Elephant」。

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