最近、高齢者が「アクセルとブレーキを踏み間違った」と、コンビニに突っ込んだりする、以前では信じられなかった様な事故が多発している。
●「オートマチック限定免許」不要論
「オートマチック限定免許」とか、安易に車の運転が出来過ぎる制度が、諸悪の根源なのかも知れない。扱いを誤れば人が死ぬ様な「機械=自動車」を、安易に扱わせ過ぎているのが問題だ。
AT限定免許などは廃止して、全員ミッション車で運転免許を与え、変速するのが面倒な人はAT車を買えば良い。
そうすれば、マニュアルミッション車も扱えるだけの運転技術は身に付いた上で、普段は楽をするためにオートマに乗る訳だから、今より事故は少なくなる筈だ。
車に乗り込んで、エンジンを始動し、パーキングブレーキを解除したら即、走り出せる運転操作の容易さが事故に繋がっているのでは無いか?
昔の車なら、下手にクラッチを繋げばエンストしたりして、突然暴走することは考えられなかった。
そんな昔の車の、操作の難しさを、振り返って見たい。
●エンジン始動
季節的には寒冷期の方が、燃料は気化し難いので、始動は難しかった。現在の車は「電子燃料噴射」方式が一般的だが、昔の車は「気化器(キャブレター)」仕様だった。
そんなキャブレター仕様の車を冬季に始動するには、先ず「チョーク」を引いてからセルを回し、エンジンがかかったら、微妙にアクセルで調整して、回転数が安定する様に少しずつチョークを戻す。
セルモーターを回す際のアクセルは、その車固有のクセを把握して、ベタ踏みするか、半分程度踏み込んで置くか、アクセルは一切踏まないとか、いろいろだった。
そして回転が安定して、水温計の針が動き始めたら車をスタートさせた。
最近では、寒冷期でも乗り込んでSTART/STOPボタンを押すだけで、簡単にエンジンが始動する。従って、昔の様な「始動の儀式」は全く不要になった。
●変速機はマニュアル車が一般的
「マニュアルミッション車」が一般的で、2ペダルの「オートマチック車」は、「足が不自由な人が乗るもの」みたいな認識が一般的だった。国産初のトルクコンバーター(流体変速機)を採用した四輪自動車として、1957年に発表された「ミカサ」のそれや、3要素1段2相式トルクコンバーターの1959年のマスターラインに搭載されたトヨグライドのスペックを見れば、現在のオートマチックとの差は歴然としている。
勿論、価格が割高になり、性能的には劣り、燃費も悪化した。
こんなマイナス要素が阻害要因だった。
ミッション車の運転技術は、「サイド合わせ」や「クラッチ合わせ」といった、運転技術も要求された。
ここで簡単に説明して置くと「クラッチ合わせ」とは、軽度な登り坂で停車した状態(ギアをローに入れて左足でクラッチを切り、右足でブレーキを踏んで車が後退するのを止めている状態)から発進する場面で、右足のブレーキを素早く離してアクセルを踏み、同時にクラッチを繋ぐことで坂道発進することを指す。
また「サイド合わせ」とは、「クラッチ合わせ」よりも斜度の大きな坂道で、サイドブレーキを引いて車を停止した状態から、右足でアクセルを開けて回転を上げ、ギアをローに入れてクラッチを切った状態からクラッチを繋ぐ過程で、サイドブレーキで後退するのを抑えていたのを解除して発進することを指す。
現在のオートマチック車に乗りながら、スロープを登る駐車場で、坂の途中から発信するのが苦手だと、坂の下で待っている輩のせいで、一般道が混んだりするが、こんな人は車に乗るなと言いたい。
●シンクロメッシュ
『死語になった自動車用語「シンクロメッシュ」』(2019年11月21日)でも述べたが、当時のミッションは、ローギアは「ノンシンクロ」、つまりシンクロメッシュでは無いので、回転数が合っていないと、回転数を合わせるためにダブルクラッチなる作業が必要だった。ローがシンクロメッシュになったのは、1959年8月発売のダットサンブルーバード310系が、1960年11月にマイナーチェンジして311系になった際である。
日本初のフルシンクロとなったことを強調するために、フロントグリルに「full」と、わざわざオーナメントまで取り付けてあった。
また、クラウンも1963年式まではローはノンシンクロだった。
最近はミッション車の設定の無い車も増えているが、ミッション車であっても何も気にすることなくシフトダウンも出来る。
昔の車のノンシンクロへのシフトダウンの様な、「ダブルクラッチで回転数を併せてチェンジする」なんて、想像も出来ない時代となったのだ。
AT限定免許とかで、ドライバーを甘やかすより、免許基準をもっと厳しくして、運転技量の向上を目指すのが、事故を防ぐのには効果的なのかも知れない。
その意味からも、運転レベルが高く無い中国からの観光客に、安易に日本の免許資格を与え、彼等が信用ある日本の免許を使って欧米等で運転する機会を与えるのは、問題がある行為であると、国交省は認識すべきだろう。