犬の動作に由来する英語のことわざは数多く存在するが、なかでも興味深い表現が「the tail wagging the dog」である。
犬がしっぽを振るのではなく、しっぽが犬を振るというおかしな表現だが、どのような意味なのだろうか?このことわざの背後にある語源や歴史、現代での用例に至るまで掘り下げてみよう。
■The Tail Wagging the Dog
「the tail wagging the dog」とは、アメリカで最も有名は辞書の一つ、Merriam-Websterによると、「重要であるべき人物や組織が、それほど重要でない存在に支配される状況」を示す表現とある。その語源は、19世紀のイギリスの戯曲家、Tom Taylorの戯曲「Our American Cousin」に登場するジョークに由来する。この戯曲の登場人物、アメリカ人のLord Dundrearyが発する以下のセリフがそれだ。
"Why does a dog waggle his tail? Because the tail can’t waggle the dog." (なぜ犬がしっぽを振るのか?しっぽが犬を振ることはできないからだ。)
このセリフは単なる劇中のジョークにとどまらず、すぐに日常会話でも使われるようになり、特に政治や社会問題などの議論において比喩的な意味を持つようになった。19世紀後半には「小さな存在が大きな存在を操作する」という文脈での使用が定着したようだ。
■Wag the Dogという変化形も
19世紀に誕生したこの表現が現代において注目されるようになったのは、ダスティン・ホフマン、ロバート・デニーロが出演する1997年の映画『Wag the Dog (邦題:ウワサの真相/ワグ・ザ・ドッグ)』の影響が大きい。大統領のスキャンダルを隠すために架空の戦争が演出されるというストーリーだが、映画のヒットともに「Wag the Dog」という「the tail wagging the dog」をもじったタイトルも「政治的な目くらまし行為」を指す言葉として広まった。
これを機に、この表現は、政府や政治家が国民の目をそらす際の表現として使われることが多くなった。たとえば、1998年のクリントン大統領のスキャンダルの際、ある批評家は「I'd hate to think this was a Wag the Dog-type thing.(これが「犬のしっぽが犬を振る」ようなことだとは思いたくない)」と述べている。
今では政治に限らず、あらゆる場面で「本来、主導権を握るべき存在が従属的なものに振り回される」状況を指して使われる。企業において小さな部署が全体の戦略を支配するようなケースや、世論の一部が政策全体に影響を与えるような状況がその例だ。またもっと身近な日常的な例でも、よく使われている。
・The company's entire marketing strategy was changed because of one negative tweet. Talk about the tail wagging the dog! (会社全体のマーケティング戦略がたった一つの否定的なツイートのせいで変わった。「犬のしっぽが犬を振る」ような話だ)
・In our family, my little brother dictates where we go on vacation. It's the tail wagging the dog. (家族旅行の行き先を弟が決めているなんて、完全に「犬のしっぽが犬を振る」状態だ)