犬にまつわる英語イディオム、今回は、「Barking up the wrong tree」という表現を取り上げたい。直訳すると「間違った木に向かって吠える」となるが、間違った木とは何のことだろうか。イディオムの由来や使用例も交え、詳しく見ていこう。
■Barking Up the Wrong Tree
「Barking up the wrong tree」というイディオムは、誰かが勘違いや誤解にもとづいて行動している場合や、的外れな結論にもとづいて議論を展開している様子を示すための表現だ。わかりやすく言えば、お門違いや見当違いを表すイディオムである。この表現は、犬が獲物を木に追い込み、実際にはその獲物はすでに別の木に逃げてしまっているのに、その木を見上げて吠える様子に由来している。具体的には、19世紀のアメリカに起源をさかのぼることができる。
当時、夜間にアライグマを狩る際、犬が獲物を木の上に追い詰めるという狩猟方法が一般的であった。しかし暗闇の中では、犬が木を間違えることもしばしばあり、そのせいで狩猟が失敗に終わることもよくあったようだ。こうした状況が「Barking up the wrong tree」の由来となったと考えられている。
この表現が文献に初めて登場したのは、1830年代である。たとえば、1833年に出版されたアメリカの国民的英雄、David crockett(デイヴィッド・クロケット)についての書籍に、「I told him that he reminded me of the meanest thing on God's earth, an old coon dog barking up the wrong tree.(私は彼に言った、彼は神が創造した中で最も愚かなもの、間違った木に吠える古いアライグマ犬を思い出させると)」という記述が見られる。
また、1838年のアメリカ議会での討論の記録にも「Instead of having treed their game, gentlemen will find themselves still barking up the wrong tree.(獲物を追い詰めたつもりでいても、諸君はまだ見当違いの木に向かって吠えているだけだということに気づくだろう)」という記述がある。この時点で、すでに公的な場でも使われていたことを示す一例だ。
このように、そもそもは狩猟の失敗を表す言葉であったが、かなり早い段階から日常生活において比喩的に用いられるようになったことがわかる。現在でも、誤った目標に向かって努力している状況や、間違った推測をしている場合に、ユーモアや風刺的なニュアンスをこめて使われることが多い。
使用例 ・If you think I'm going to agree to this proposal, you're barking up the wrong tree. (私がこの提案に賛成すると思っているなら、それは間違いだ)
・He kept blaming the marketing team for the drop in sales, but he was barking up the wrong tree. (彼は売り上げの減少をマーケティングチームのせいにし続けたが、それは的外れだった)