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焦点:気候変動・コロナ・森のトラ、死と直面する印貧困層の現実

ロイター / 2021年1月18日 16時3分

 11月でも暖かいある日の午後、パルル・ハルダルさんは小さな木舟の舳先(へさき)で危なっかしくバランスを取りながら、ところどころに魚の引っかかった長い網を、濁った水の渦巻く川から引き揚げる。写真は2020年11月、インドのスンダルバンスで娘のパプリちゃんとボートに乗るハルダルさん。(2021年 ロイター/Anushree Fadnavis)

Devjyot Ghoshal

[サトジェリア(インド) 14日 ロイター] - 11月でも暖かいある日の午後、パルル・ハルダルさんは小さな木舟の舳先(へさき)で危なっかしくバランスを取りながら、ところどころに魚の引っかかった長い網を、濁った水の渦巻く川から引き揚げる。

すぐ背後には、スンダルバンスの密林が迫っている。インド北東岸からバングラデシュ西部にかけて、ベンガル湾に面して約1万平方キロにわたって広がるマングローブ干潟だ。

ハルダルさんの夫は4年前、森深くまで魚を捕りに出かけたきり帰らなかった。同行していた2人の漁師は、彼の身体がやぶの中に引きずり込まれるのを目撃した。人々が敢えて森に踏み込むことで増加しつつある、トラによる被害の一例だ。

シングルマザーとして4人の子どもを育てるハルダルさんは、トラの襲撃というリスクを負いつつ漁に出ている。そのことは、低地に広がるスンダルバンス地域で暮らす1400万人以上の住民が、経済・環境の両面で厳しい状況に直面していることを物語っている。

農業に頼れなくなり、出稼ぎ労働者が増えているが、ハルダルさんのようにこのデルタ地域を離れて他地域で働くことができない人は、森林や河川に頼って糊口(ここう)をしのぐようになっている。

危険を伴う漁から戻ってきた39歳のハルダルさんは、インド側のサトジェリア島にある今にも壊れそうな3部屋の自宅の外で「密林に入っていくと、自分の命を守るのは自分しかいないという気がしてくる」と語る。

小さな中庭では、父親と数人の友人が、新しいボートの材料にする木材をいぶしている。

ハルダルさんはほぼ毎日、川で魚を獲る。月に2回はカニを獲るために、もっと森の奥深くまで舟を進める。母親と並んで6時間も粗末な舟を漕ぎ、下草の茂る中で数日間を過ごす。

ハルダルさんは家計を支え、一番下の娘パプリちゃんを学校にやるために毎月2000ルピー(約2840円)を稼いでいるが、そのほとんどは魚やカニの漁によるものだ。家を離れている間は、高齢の父や他の親戚が娘の世話をしてくれる。

「私がジャングルに行かなければ、食べるものにさえ困ってしまう」とハルダルさんはロイターに語った。

ハルダルさんが他地域で働かずにスンダルバンスに留まらざるをえないのは、11歳のパプリちゃんを育てるためだ。自分が出稼ぎに行ってしまえば、子どもの面倒を見る人が誰もいなくなる。ハルダルさんは「どれほど困難でも、娘の教育はきちんとしたい」と語る。

<異常気象による打撃>

スンダルバンス地域での生活は、困難になる一方だ。島々の多くは、満潮時の潮位より海抜が低い。したがって住宅や農園は盛り土による堤防で守られているが、決壊することも頻繁にある。

決壊が生じるたびに河川はより多くの土地を飲み込み、畑には塩分を含む水が氾濫する。農作物はダメになり、その区画は数カ月にわたって不毛の土地となる。

研究者によれば、気候変動によって海面温度が上昇しているため、ベンガル湾から襲来するサイクロンの激しさも頻度も増している。特にここ10年は顕著だという。

「Environment, Development and Sustainability(環境、開発と持続可能性)」誌に掲載されたジャミアミリア大学(ニューデリー)の研究者らによる2020年の論文によれば、1891─2010年のデータを分析したところ、スンダルバンス地域のインド側では熱帯性暴風雨が26%増加しており、その頻度は過去10年間で急上昇している。

こうして激しさを増したサイクロンが襲来すると、高潮の規模も大きくなり、堤防の決壊や越流に至り、広範囲の損害をもたらす。スンダルバンス地域に限った現象ではない。

ジェームスクック大学(オーストラリア)のウィリアム・ローレンス研究教授は「スンダルバンスで見られるさまざまな環境災害は、世界中の沿海部湿地帯の多くでも発生していると考えられる」と話している。

同教授は「生態系は、一方では海面上昇から暴風雨の過激化、他方では急激な土地利用の変化と人間による利用の活発化の間で、危険な板挟みに陥っているように思われる」と分析する。

昨年5月にはサイクロン「アンファン」がスンダルバンス地域に襲来した。風速は秒速37メートル、死者は数十人に及び、数千戸の家屋が倒壊、堤防も決壊した。悪天候による被害はその後も続いた。

クミルマリ島の南端で破壊された堤防の上を歩きながら、ナギン・ムンダさんは自分の水田を見下ろす。半エーカーの広さがあるが、昨年10月の堤防決壊で海水に浸かってしまった。

「池の魚も庭の野菜も残っていない。水田の作物も半分失われた」と農業を営む50歳のムンダさんは言う。

地元政府の職員であるデバシス・マンダル氏は、クミルマリ島全体では昨年250エーカーの農地が浸水し、1500世帯以上が被害を受けたと話す。

マンダル氏によれば、ここ数十年でクミルマリ島の総面積の15%以上に当たる推定1000エーカーが失われ、農地はますます乏しくなっている。

「私たちには食い止める力がない」と同氏は言う。「川が私たちの土地を食い尽くしつつある」──。

<明け方の死>

スンダルバンス野生トラ保護区のディレクターを務めるタパス・ダス氏によれば、昨年4月以来、スンダルバンス地域のインド側では5人がトラのために命を落としている。

こうした被害を詳しく取材している地元メディアでは、昨年だけで21件の死亡事故が報じられており、2018年及び2019年の各13件に比べて増加している。記録されていない襲撃も多い。森林の奥深くに立ち入ることは違法で、遺族が事故の報告をためらうためだ。

シンクタンクのオブザーバー・リサーチ・ファウンデーションで上級客員フェローを務めるアナミトラ・アヌラグ・ダンダ氏は「人間と野生動物の遭遇・死亡事故の報告件数は、確かに気掛かりだ」と話す。

事故増加の背後にある新しい要因が、新型コロナウイルスによるパンデミックだ。モンダル家のように、例年であればインド国内の他地域で働いて収入を得る時期にも、スンダルバンス地域にくぎ付けになってしまった人々が数万人も生じている。

昨年9月末、30人以上の男性グループが午前遅くクミルマリ島を出発し、森へと向かった。遠方での漁の最中にトラに襲われたハリパダ・モンダルさん(31)の遺体を回収することが目的だ。

グループの参加者2人によれば、ハリパダさんが命を落とした漁に同行していた漁師に案内されて、まず見つかったのはマングローブの木に挟まっていた赤いショートパンツだった。

軟泥に残る引きずられた跡をたどり、トラが近寄らないようなつえを振り回し、爆竹を鳴らしながら、グループはさらに森の奥へと進んだという。

「私が最初に頭部を発見した」と、ハリパダさんの長兄スニルさんは言う。遺体の残りの部分も数フィート先に横たわっていた。

3人兄弟の末っ子であるハリパダ・モンダルさんは、近隣の他の住民と同様、早い時期に学校を中退して働き始めた。

例年であればスンダルバンスを離れ、インド南部で農業労働者として働き、あるいは東部の都市コルコタ近郊の建設現場で働いていたと義弟のカマレシュ・モンダルさんは話す。

妻のアシュタミさん、9歳の息子と暮らす小さな泥壁の家の裏では、借地の田で農作物を育てていた。

「生活には問題はなかった」と話す29歳のアシュタミさんは「家計のやりくりはできていた」と言う。

家族によれば、唯一の稼ぎ手であるハリパダさんが建設現場での仕事から家に戻ったのは3月半ばだった。新型コロナウイルスのまん延を抑えるためにインド政府が全国的なロックダウンを宣言する数日前である。

ロックダウンにより国内経済の大部分が停止し、出稼ぎ労働者の大半を支えていた非公式部門も停滞したため、数百万人の労働者が郷里に戻った。スンダルバンス地域も例外ではない。

仕事を失ったハリパダさんは数カ月間家に留まり、貯蓄を食いつぶしていった。そしてついに、何とか収入を得るため、クミルマリ島を取り巻く川へと漁に出かけた、とアシュタミさんは語る。

「近くで魚を獲って50─100ルピー稼げば家計の足しになるだろう、と夫は話していた」とアシュタミさんは言う。彼は夜明け前に家を出て森へと舟を進め、そこで命を落とした。

「ロックダウンが、新型コロナがなければ、彼は家を離れて仕事に行っていただろう」と──。

(翻訳:エァクレーレン)

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