【篠原信一の柔道一本】斉藤仁、鈴木桂治らいぶし銀柔道家の宝庫、国士舘大の神髄は…寝技ぐりんぐりん シリーズ「柔道名門大学巡り その2」 ~国士舘大編~

スポーツ報知 / 2018年6月14日 11時0分

国士舘大柔道の礎を築いた故・斉藤仁さんとの思い出の一枚(1998年のバンコク・アジア大会の試合で)

 国士舘大学柔道部の前身は、1929(昭和4)年創設の国士舘専門学校(国漢・柔道科)にあります! 五輪の最重量級では88年ソウル連覇の斉藤仁(95キロ超級)、04年アテネの鈴木桂治(100キロ超級)、08年北京の石井慧、66キロ級で08年北京2連覇の内柴正人と多くの金メダリストを輩出しています。

【柔道の特色】

 言うまでもなく寝技です。15年1月に亡くなられた斉藤仁先生が大学に入学されるまでは個性豊かで、いぶし銀の選手を多く輩出していましたが、ただ、団体戦としては超一流の大学ではありませんでした。斉藤先生の入学後は、寝技を駆使した、しぶとい戦い方で全国制覇を成し遂げました。これを機に「寝技の国士舘」と謳われ、寝技の名選手を輩出しています。

【稽古】

 私が知っている限りでは、特色でも述べたようにやはり寝技に特化しています。立技の稽古もしっかりとしますが、寝技は反復練習や乱取が長い。今は鈴木桂治監督(男子日本代表・重量級担当コーチ)が立ち技、寝技をバランスよく組み込んだ本当に質の高い稽古を実践しています。私が現役の時は、全日本で重量級の担当コーチだった斉藤先生がいる国士舘大によく合宿に行きました。

【寝技嫌いの篠原が!?】

 国士舘大では毎回寝技でグリングリンにされてました(涙) もともと私は寝技が得意ではなかったし、試合で寝技の攻防をして抑えきれなかった時の疲れ具合と言ったら! 「ハァ~足が抜けない! 逃げられた!」と、脱力感が半端なかったぁ(汗) 寝技をするなら立技で投げた方が早いやん! と思ってました(笑)

 篠原の心の声「俺って投げ技がキレるから寝技はいらんねん!だいたい投げたら一本やねん!」

 畳にへばりついている時間も長いし…。斉藤先生も仁王立ちして手抜きチェックしてるしぃ…。

 篠原の心の声「あぁ…。サザン(オールスターズ)の歌が頭にこだまする…。『いま何時!? まぁだ、は~や~い~♪』。勝手にシンドいバッドやで(涙)」

 短期集中型の私でしたから本当にきつかった。で、この後に立ち技の乱取もありましたわ。

 【偉大な大先輩】

 95年アジア選手権(ニューデリー)でしたね。100キロ超級と無差別級に出場して、斉藤先生が注文をつけたんです。初日の100キロ超級は『全て違う投げ技で勝ってこい』。で、当然、優勝しました(ドヤ顔)。

 最終日の無差別級の試合前。

 斉藤先生「全て寝技で勝ってこい! 国士舘大であれだけ寝技の稽古をしたんだから。絶対に寝技で勝ってこい」

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