作詞の松本人志が「チキンライス」ツイート ファン「何度も泣かせて貰いました」

J-CASTニュース / 2019年12月11日 19時34分

写真

松本人志さん(2016年撮影)

「ダウンタウン」の松本人志さん(56)が2019年12月10日に行ったツイートがファンの間で話題だ。

話題になっているのは、「チキンライスは良い曲だ。1位になれず2位どまりだったのもチキンライスらしくて好きだ」とのツイート。独自の観点から世の中の出来事に言及し、それをギャグに変換してフォロワーを楽しませるツイートが多い松本さんのツイッターにしては珍しく音楽についてのツイートだが、それでも、「何度もチキンライスで泣かせて貰いました。名曲だと思います」といったリプライは多い。

「HEY!HEY!HEY!」で生まれた「チキンライス」

普段はお笑い芸人として活動している松本さんだが、これまでの芸能活動の中では複数回にわたって作詞活動を行っており、2004年に発表されたクリスマスソング「チキンライス」はそのうちの1つだ。

同曲誕生のきっかけは、同年7月に放送された「HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP」(フジテレビ系=放送終了)に歌手の槇原敬之さん(50)がゲストとして出演した際、ダウンタウンの浜田雅功さん(56)がトークの中で、ダウンタウンと槇原さんが共同で楽曲作成を行うことを提案したこと。槇原さんはこれを快諾し、同年11月に、作詞・松本人志、作曲・槇原敬之、歌・浜田雅功と槇原敬之というビッグネームが名を連ねたクリスマスソング「チキンライス」がシングルCDとして発売されるに至ったのだ。なお、同曲はオリコン週間シングルランキングで初登場2位を獲得した。

歌詞の起源は幼少期の自らの体験

同シングルの2曲目には、「チキンライスができるまで~松本人志~」とのタイトルで、同曲のインストゥルメンタルバージョンが流れる中、松本さんが作詞の際にコンセプトとした自らの幼少期を振り返るトークが収録されている。この中で松本さんは、幼少期の実家は貧乏であったが、それでも家族で外食に行くことはあったと回顧。何を頼んでも良いとする親からの言葉を噛み締めつつも、頼むのはいつも、安価なメニューであるチキンライスだったと明かしている。その理由として松本さんは、チキンライスはそれほどの好物ではなかったとしつつ、高価なメニューを頼んだのが引き金となって、家族で外食に行く習慣がなくなってしまうことを恐れたためだったと明かしているのだ。

実際、楽曲を聞いてみると、歌詞はトークの内容を忠実に踏襲したものとなっている。決して高級なメニューではないチキンライスという料理を題材にして自らの幼少期を語りつつ、それをクリスマスソングにしてしまうという見事な作風に当時の人々が共感したからこそのオリコン2位だったことは想像に難くない。また、それから15年後となる2019年に松本さんは、「1位になれず2位どまりだったのもチキンライスらしくて好きだ」とツイートしたわけだが、料理の「格」という意味では頂点を取りえない「チキンライス」がオリコン1位を獲得しなかったことに、同曲らしさを感じ取っていることを表明した見事なツイートだと言えるだろう。

「また作詞して下さい」

お笑いのほかに多数の著書や映画監督業などでも知られる松本さんだが、作詞家としての活動もその歴史は決して浅いものではない。デビュー作としては、1988年から1991年まで放送されたお笑い番組「夢で逢えたら」(フジテレビ系)の中で誕生した楽曲「A・MA・CHAでカッポレ」の歌詞が知られているほか、1997年には「エキセントリック少年ボウイ」「ああエキセントリック少年ボウイ」、1998年には「日影の忍者勝彦」を相次いで発表。そして、2004年には「チキンライス」を発表するに至っている。近年は作詞活動を行っていない松本さんだが、チキンライスのように王道な楽曲に始まり、「エキセントリック少年ボウイ」をはじめとするコミカルな楽曲も手掛けてきた松本さんの当該ツイートには、「また作詞して下さい。そして浜ちゃんに唄って欲しいのです」といったリプライが寄せられるなど、その才能の再始動を求める声も多い。

(J-CASTニュース編集部 坂下朋永)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング