「We will never forget 1.17」「ガス爆発か飛行機の墜落かと」 阪神・淡路大震災から25年、著名人らの記憶と追悼

J-CASTニュース / 2020年1月17日 16時14分

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生田新道の東急ハンズ付近の被災時の様子(出所:Wikimedia Commons、撮影:松岡明芳氏)

阪神・淡路大震災から25年を迎えた2020年1月17日、神戸市など各地で追悼式が行われた。地震が発生した5時46分には、犠牲者に黙とうがささげられた。

被災地にゆかりのある著名人や企業などからは、震災の記憶や経験、教訓がツイッター上で書き込まれている。

「社会の教科書の戦後の景色だった」

阪神・淡路大震災は淡路島北部を震源地として発生した。神戸市須磨区鷹取や灘区六甲道などでは震度7を記録し、死者6434人を出す甚大な被害をもたらした。

思想家の内田樹さん(69)は当時、兵庫県芦屋市の自宅で被災したという。「ドアの鉄の扉が歪んで、食器棚のガラスがほとんど割れて、冷蔵庫の扉がちぎれました。僕はタンスの引き出しが顔に当たって目が覚めました。(娘の)るんちゃんはベッドの上だったので無事でした。最初はガス爆発か飛行機の墜落かと思いました」

歌手のMINMIさん(44)は、「阪神淡路の震災から25年 あの日東灘区御影に住むおばあちゃんちで見た光景は社会の教科書の戦後の景色だった ガスの匂いビルもマンションもペシャ おばあちゃんのお家も無くなりお爺ちゃんが残してくれたものは思い出だけになった おばあちゃんは世の中物じゃないねって呟いた 忘れない 黙祷」と、当時の凄惨さを振り返り、犠牲者を悼んだ。

震災が起きた1995年に発足し、復興のシンボルであるサッカー・J1のヴィッセル神戸は、「阪神・淡路大震災から25年。ヴィッセル神戸も震災復興と共に25年歩んできました。これからも神戸の街と、神戸を愛する皆さんと共に歩み続けます。We will never forget 1.17」とメッセージを送る。

2015年に国際宇宙ステーションに長期滞在した宇宙飛行士・油井亀美也さんは、宇宙から被災地のめざましい復興を感じた。「多くの方々が亡くなられ、大きな被害を受けた阪神・淡路大震災から25年が経つのですね。約4年前の長期滞在中に見た被災地は、その後の数々の困難を乗り越え復興を果たした方々の光に満ちていました。思い出すのも辛い記憶ではありますが、語り継がなければなりませんね」

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