岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 黒人男性銃撃、党派超えて共感呼んだ「母親の願い」

J-CASTニュース / 2020年8月29日 18時0分

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25日、記者の取材に応じた被害者の母・ジャクソンさん(写真:ロイター/アフロ)

2020年8月26日、トランプ支持者の友人アンドリュー(70代)から、ある記事のリンクが送られてきた。その3日前、米中西部ウィスコンシン州ケノーシャで、黒人男性ジェイコブ・ブレイクさん(29)が警官に背後から何度も撃たれ、その後、その抗議デモの一部が暴徒化した。送られてきたのは、ブレイクさんの母親の発言について書かれた記事だった。その翌日、トランプ氏に強い反感を抱いている知人スージー(60代)が、「胸を打たれた」と私に話したのが、やはりこの母親の言葉だった。党派を超えて、多くのアメリカ人の共感を呼んだ彼女の言葉を、今回の連載で取り上げたい。

「私はあなたに対して、怒りはまったくありません」

アンドリューは、ミネソタ州ミネアポリスに住む。ここは2020年5月、黒人男性ジョージ・フロイドさんが警官に首を押さえつけられて、死亡した街だ。平和的な抗議デモの一部がのちに暴徒化し、放火や略奪、建物破壊へと発展。アンドリューは、「この警官は厳しく裁かれるべき」としたうえで、「罪のない市民たちが被害を受け、自分たちの愛する街が滅茶苦茶にされた」と、私に怒りをぶつけていた。

今回のウィスコンシン州ケノーシャの事件をきっかけに、ミネアポリスでは再び暴力的な抗議活動が起き、市は緊急事態宣言を出した。

一方、スージーは、今回事件の起きたウィスコンシン州南東部に位置するケノーシャのすぐ近くの大都市ミルウォーキーに住んでいる。

私は高校時代に一年間、ウィスコンシン州南西部にある人口2千人の小さな町に留学した。同州の西に隣接するのが、ミネソタ州だ。どちらの州も、市街地を少し離れれば、広々とした農場や大草原が広がり、のどかな印象が強かっただけに、大きなショックを受けている。

アンドリューから届いたリンク先の記事は、ブレイクさんの母親ジュリア・ジャクソンさんが、CNNのドン・レモン氏のインタビューに応じたものだった。

ジャクソンさんは、ケノーシャで暴力や暴動が起きたことに対して、「家族も私もとても心を痛めている。正直に言うと、嫌悪感を抱いています」と答えた。そして、「どうか、息子の名前のもとに放火や破壊をしないで」と訴えている。

レモン氏に「政治家に何か言いたいことはありますか。大統領とか、候補者とか、トランプとかバイデンとか、そういう人たちに対して」と聞かれると、トランプ大統領だけについて次のように答えた。

「私はあなたに対して、怒りはまったくありません。この国の指導者として、私はあなたにこの上ない敬意を抱いています」

トランプ大統領に対するジャクソンさんの反応は、民主党寄りのCNNが期待していたものではなかっただろう。

共和党大会では警官支持の発言目立つ

今回、ウィスコンシン州ケノーシャで起きた事件は、女性から「(ボーイフレンドが敷地内にいるべきではないのに、無断で入ってきた」との家庭内トラブルの通報を受けて、警官が現場に駆けつけたことが発端だと、地元警察は発表している。

ジェイコブ・ブレイクさんが自分の車に乗り込もうとしたところ、警官に背後から7度、撃たれた。重体で病院に運ばれたが、銃弾が脊髄を切断。下半身が麻痺し、再び歩くことはできないだろうと報道されている。

発砲の前に、警官はブレイクさんを逮捕しようとして、テーザー銃を使った、との目撃情報もある。ブレイクさんの車の後部座席には、彼の3人の子供が乗っていた。また、車の中からナイフが見つかっている。至近距離からなぜ7回も発砲したのかなど、詳細はわかっていない。

この事件に抗議し、ケノーシャ市内で起きたデモはおおむね平和的だったが、一部の参加者が市当局の車両や裁判所に火を放ち、郡庁舎を破壊するなどして、暴徒化した。

トニー・エバーズ州知事(民主党)は治安維持のためにケノーシャに州兵を派遣。24日夜、緊急事態による夜間外出禁止令を出した。

しかし、外出禁止令を無視して人々が集まり、混乱は収まらなかった。警官は手が回らず、市民が銃を手に警備にあたっていたと報道されている。25日夜、白人の少年(17)が軍仕様の半自動ライフルをデモ参加者に発砲し、2人が死亡。1人は重体だが、命に別状はないと報道されている。

この時の様子を撮影した動画によると、少年はデモ参加者と見られる集団に追われており、そのうちの誰かが上空に向けて発砲したようだ。少年は襲いかかられそうになり、発砲した。動画ではこの時、あちこちから銃声が鳴り響いている。

少年はトランプ支持者とも伝えられている。ウィスコンシンの南に隣接するイリノイ州から駆けつけており、事件前、記者に対して「市民と商店を守るために、この危険な場所にいる」と話し、デモ参加者の救急処置をする姿も目撃されている。武装した市民とデモ参加者の衝突が、この発砲事件と関わりがあるかどうか、捜査中だ。

民主党支持者らは、「繰り返される黒人差別からこれ以上、目を背けるわけにはいかない」と訴え、スポーツ界で試合のボイコットなどの抗議が相次いでいる。

共和党大会では「法と秩序」を訴え、警官を支持する発言が目立った。ケノーシャ市警や共和党支持者は、「皆が外出禁止令を守っていれば、白人少年による銃殺事件は起きなかった」と主張する。

「私たちに必要なのは、祈りだけです」

警官に撃たれたブレイクさんの父親ジェイコブ・ブレイク・シニアさんは記者会見で、「これは、息子に対する殺人未遂です。(警官は)7回も撃ったんです。7回も。息子なんて何の価値もないかのように。息子は人間なんです」と声を詰まらせ、訴えた。

そのあと、母親のジャクソンさんが涙をこらえ、呼びかけた。

「私たちに必要なのは、祈りだけです。車でここまで来る途中、街が破壊されているのを目にしました。あれは、息子や私たち家族の思いとは、まったく違います」
「私たちには癒しが必要です。この事件が起きる前から、私はこの国の癒しのためにずっと祈り続けてきました。神は私たちひとりひとりをこの国に委ねたのです。それは神がそう望んだからです。私が美しい褐色の肌をしていると、皆さんにはっきりわかりますが、自分の手を見てください。どんな色であっても、同じように美しいのです」
「神は1種類だけの木や花、魚、馬、草、岩を創ることはしませんでした。見た目が自分と同じ人間だけを創れなどと頼むことが、よくもできたものですね。人に優劣などつけられないのです。優れているのは、神だけです。どうか、この国の癒しのために祈ってください。
私たちはユナイテッド・ステイツ(United States)です。ユナイテッドして(ひとつになって)いるのでしょうか。私たちが倒れたら、何が起きるかわかっていますか。抵抗し合っている家は、立ってはいられないのです。私はすべての警官と家族のために祈っています。すべての米国市民のために祈っています」
「心と愛と知性をもって、ともに手を取り合いましょう。そして世界の他の国に示しましょう。人間同士がどのように振る舞うべきかを。私たちが偉大に行動して初めて、米国は偉大になるのです」

ジャクソンさんは涙をこらえ、深く息を吐いたあと、こうも言っている。

「私は共和党側でも民主党側でもないのです。実際に起きていることを政治的な問題にしてしまっては、何も変わりません。怒りを抱くことはいいのです。でも、いつも互いに拳を振りかざして相手を叩き、怒りをコントロールせずにいたら、間違った方向に進んでしまうのです」

ジャクソンさんの一連の発言は、「母親として苦しみと悲しみの最中にいるはずなのに、なんと強く勇気があり、慈悲深い人なのか」と党派を超えて称賛と共感を呼んでいる。

ジャクソンさんの言葉に感銘を受けたスージーは、亡くなった夫がミルウォーキー市警の警官だった。次回のこの連載では、スージーがジョージ・フロイドさんとジェイコブ・ブレイクさんについて、涙ながらに語った言葉を伝えたい。

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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