「政府は廃止も検討していた!」学術会議の6人はなぜ「任命拒否」されたのか?政府VS学術会議の攻防の歴史70年を当事者が証言、深層に迫る

J-CASTテレビウォッチ / 2020年10月30日 14時53分

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日本学術会議はどうなる?(NHK公式サイトより)

日本学術会議の会員推薦名簿にあった学者6人が政府から任命されない問題で、9月まで会長だった山極寿一さん(前京都大学総長)が証言した。105人の推薦者中6人が任命されないという内示を初めて聞いたのは、会長任期切れ2日前の9月28日(2020年)で、「大変驚いた。かつてなかったこと」だったという。

その理由を政府はまだ説明していない。菅義偉首相は「人事に関することで、答えは差し控える。多様性が大事だと念頭に置いて任命権者として判断した」としているが、6人には安保関連法や共謀罪の新設に反対したことが共通する。反対意見もきちんと聞くという形の「多様性」とは真逆の行動ともとれる首相の一方的な姿が浮かび上がった。歴代会長や関係者に取材すると、そこには長年にわたる政府と学術会議の攻防があった。

米原潜の日本寄港に反対声明を出したこともあった

学術会議は、戦時中に科学者が戦争に関与したことへの反省から、政府機関でありながら独立した存在として1949年に設立された。日本を代表する学者たちが政策提言を行い、今年も68の提言と15の報告書を出した。

1954年には、原子力の研究利用を平和目的に限るという「原子力三原則」の声明を発表した。米国原子力潜水艦の日本寄港に反対声明を出したこともある。元会員の増田善信氏(97)は「のどの奥に刺さったトゲのような思いを政府は持っていただろう」と推察する。

会員は全国の科学者による選挙で選ばれていたが、80年代には政府内部から「組織票で偏りがある」といった批判が出始めた。選出方法が「各学会が推薦した学者を首相が任命する」と改められたものの、当時の中曽根康弘首相は「形式的任命で、学問の自由独立はあくまでも保証される」と言い切った。以後も推薦名簿通りの任命が維持された。90年代後半の行政改革は学術会議も対象にした。「政府内では廃止も検討した」(行革担当官僚だった有本建男氏)という。2004年の法改正で選考委員会が推薦する候補者を総理大臣が任命する今の制度に変わったが、この時も「任命拒否」は行われなかった。

政府との溝が表面化したのは5年前ごろからだ。防衛省が装備品開発で大学などの研究に資金提供を開始したのに対して、学術会議は「政府による研究介入は著しく問題が多い」との声明を出した。当時防衛相だった中谷元氏は「防衛研究は慎重にとか、学問の自由を奪っているのは学術会議の方じゃないかという気がする」と語る。

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