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「私がもし総理であれば」 高市早苗氏が総裁選で打ち出す「危機管理」の政策とは【インタビュー】

J-CASTニュース / 2021年9月3日 18時30分

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J-CASTニュースのインタビューに応じる自民党の高市早苗衆院議員。総裁選に最も早く立候補を表明した

自民党総裁選(2021年9月17日告示、29日投開票)で最初に立候補を表明した高市早苗衆院議員がJ-CASTニュースの取材に応じ、「危機管理」をめぐる政策について重点的に打ち出したい考えを明らかにした。「危機管理」の分野は、国外の邦人救出、新型コロナ対応、電力需要増大など多岐に及び、具体的な政策について約30分にわたって語った。「危機管理投資=成長投資」と位置づけ、太陽と同様の反応を地上で再現する「核融合炉」や、量子コンピューターの開発を国家プロジェクトとして推進したい考えだ。

立候補に必要な推薦人20人の確保については、「もう、そういう段階は終わっていると自分では認識をしている」と発言。確保のめどがついたことを明らかにした。取材は9月1日に行った。(聞き手・構成:J-CASTニュース編集部 工藤博司)

フルスペック総裁選と衆院選経験していない菅政権は「強さがどうしても見えてこない」

―― 内閣支持率が最低を更新しています。何が原因だと分析していますか。菅政権に問題があるとすれば、どこに問題があるとお考えですか。出馬表明した「文藝春秋」9月号への寄稿では「発する言葉からは自信も力強さも伝わらなくなってしまっており、残念でたまらない」と指摘しています。ただ、「月刊Hanada」のインタビューでは「私が『菅降ろし』と言われるような行動を起こす意図はまったくない」とも述べています。それでも出馬を決意した理由を教えてください。

高市: 本会議場で最も重い1票を入れて、菅総理を誕生させた、総理になっていただいたわけですから、総理の任期中は精いっぱい頑張っていただきたいと思ってますし、応援します。私が勇気を振り絞って手を挙げたのはむしろ内閣に強くなって欲しかったからです。
安倍内閣にはいろいろなことがありましたが、国政選挙で勝ち続けたことが長期政権になった理由です。国民の皆様の審判を、政権選択選挙と言われる衆院選でしっかり受けているということが一つ。それ以前に、やはり「フルスペック」の総裁選をやっているので、党員みなが参加しています。そうすると、たまたま安倍(前)総理以外に入れられた党員がおられても、みんな自分たちが参加した選挙で選ばれた総裁だ、という納得感も絶対あるんですよ。そうすると、内閣が批判を浴びていても、党員の方々が「それはこういうことだから」と自分たちなりの表現で、周りに対して擁護してくださるし、応援してくださいます。
でも菅総理の場合、残念ながら安倍総理の体調不良による突然の退任(による就任)でしたから、党員投票を経験されていない。政権選択選挙である衆院選も経験されていない。そこが、強さがどうしても見えてこない。ご自身が自信を持って、国民の皆様にとって、一時的に不利益なことであっても、都合の悪い情報であっても、自信を持って「協力してください、これをやります」と打ち出せない。そこは心配していたので、1回段階を踏まれた方が菅内閣は強くなると私は思ったんです。
だって私が出て、菅総理に立ち向かうって言ったら、何かアリが象に立ち向かっていくような話なので...。最初はそういう、やむにやまれぬ気持ち、「もっと強い内閣になってよ、私も1票入れたんです」という気持ちの方が強かったですね。
それと別に、菅総理の任期はもう今年の9月までということで、多くの国会議員は安倍総理が突然の体調不良を起こされた後、菅総理が引き継いでくださったという感謝の気持ちを持ってるし、持ちつつも、あと1年の残任期間をしっかりこなしていただくには菅総理が一番いいと(判断した)。
つまり、官邸の中にいて官房長官としてしっかり安倍総理を支えてこられたので、アベノミクスも含めて、要は安倍内閣の方針を引き継ぐと言い切られた唯一の候補でした。それが、私が総裁選挙でも、本会議場でも1票入れた理由なんです。あくまでも残存任期であり、そしてまた安倍内閣の方針を引き継いでくださる唯一の候補者だった、というのが、私が(菅首相を)選択した理由でした。

「残り3年は菅内閣で」は「それはまたちょっと違う」

―― 安倍前首相が元々持っていた任期が9月に終わるということで、フェーズが変わってくるわけですね。

高市: これからまた3年総裁としてやっていただく方を選ぶということになれば、私は安倍総理にもう1回立ってほしかった。それでずっと今年、年明けてから、主に2月3月に集中的に通い詰め、今まで官邸周辺にあまりおられなかった新しいブレーンになりそうな経済の専門家、起業人などと一緒にお訪ねして勉強会を積み重ねていきました。「再登板してくださるんだったら、アベノミクスのバージョンアップ版で、今の傷んだ日本経済を立て直してほしい」、そういう強い思いで政策作りを一生懸命やってきました。何度(出馬の意思を)聞いても「菅さんに悪いから出ない」って言うし、でも誰も出なかったら総裁選もないし、「残り3年は菅内閣で」ということになるので、それはまたちょっと違うといいますか...。

―― 「Hanada」によると、7月下旬に「そこで(出馬要請を)きっぱり断られたので、『そんなんやったら、私、出たるからな』と安倍さんに言うたんです」ということなんですね。

高市: それまで私ももう一度、安倍総理が次の3年をやってくださると思って、しかも安倍内閣の積み残しは絶対やるべきだと私は思っていたので、一生懸命お願いしてきたんです。具体的に言えば、まず物価安定目標は2%を達成していないじゃないですか。はっきり言って財政当局がプライマリーバランス(PB)にこだわりすぎて、機動的な財政出動が十分にできなかったんですね。非常に大きなやり残しです。
2つ目として憲法改正もありますが、内閣総理大臣は、あまり憲法についてものを言えない。自民党総裁としてならいいのですが、これは国会が発議するものですから...。これは安倍総理の責任ではなく、国会でほとんど憲法審査会が開かれないという、国会側の事情です。
3つ目のやり残しとしては、やっぱり危機管理、リスクの最小化に係るさまざまな政策が、すぐ取り掛からないといけないことができていない、ということなんですね。それをどうしても安倍総理にやって欲しかったです。
だから、1個目の2%については、これはずっと2月から安倍総理と一緒にいろんな方を交えて勉強会してきて、だいたい私なりに書き上げたものがあります。そのごく一部は、文藝春秋に書かせていただきました。

アフガニスタンへの自衛隊派遣に象徴される「危機管理」

―― 「アベノミクスのバージョンアップ版」では「サナエノミクス」と銘打って、物価安定目標2%達成まではPB規律を凍結して、戦略的投資に対する財政出動を優先することを掲げています。危機管理については、どのような政策を「やり残した」とお考えですか。

高市: 危機管理というのは、今回のアフガニスタンの邦人および日本政府に協力してくださったアフガニスタンの方々を(日本人1人を除いて)救出できなかったことでもよくわかると思います。安全保障法制、あれだけ揉めて揉めて、自衛隊法の中に輸送業務(第84条の4「在外邦人等の輸送」)だけではなく、邦人保護業務(第84条の3「在外邦人等の保護措置」)も加えました。
ですが、今回は邦人「輸送」業務です。この場合、(カブールの)空港までは自衛隊は行ける、しかも自分たちを守るために武器を携えて行けます。ですが、街中には出ることはできません。ですから、もしも日本人や現地スタッフが大使館に集合したとしても、そこまで自衛隊が武器を携行して迎えに行くことはできません。仮に岸信夫防衛相の命令があって、最高指揮監督権を持っている菅総理も前面に出て、まさに安保法制で基本になった邦人「保護」業務で派遣していれば、街中にも助けに行けたわけです。
ただし、これには条件があって、(1)現地の安全が当局によって確保されていること(2) 邦人や自分の指揮下にある人たちを守るために武器を携行して街中に出ることについて相手国の了解を得ること、が必要です。アフガニスタンは政府と呼べるものが崩壊している状態で、そうすると結局街中まで助けに行けない。(街中の集合場所から)空港まで守りながら運ぶことができないということで、今回撤収しちゃったと...。もう残念でなりません。安全保障法制はあれだけ揉めましたが、やっぱり要件が厳しすぎて、結局、相手国政府が崩壊しているような場合に、取り残された邦人をこれからも救えないということになります。

―― 今後は要件を緩めていく、ということでしょうか。

高市: 1997年に、自衛隊法の改正案を自分で書いたことがあります。邦人輸送業務のところに邦人奪還任務、つまり、武器を携行して無政府状態になっているような場合にあっても、邦人を奪還できる任務を追加する内容です。在ペルー日本大使公邸占拠事件が96年から97年にかけて起きて、当時はペルー軍が突入して救出してくれたわけですが、「こんなかっこ悪いことはない」ということで、法律案の骨子案を書いて、石破(茂)先生や中谷(元)先生のような防衛関係に詳しい先生に「こういうの作ってみたんですけど」とご相談にあがりました。ですが、「憲法もあるし、なかなか難しい」。当時は、まだ自衛隊を海外に出すことすら理解が得られない時代でした。
2回目に挑戦したのが、郵政解散の選挙が終わった後の05年の暮れですね。(04年に)イラクで邦人拉致事件が複数回起き、1人は殺されてしまいました。それで「もう一度」と思って、その(97年の)法律案を引っ張り出して、(他の法改正による)条文ずれを修正して、もう1回中谷先生と石破先生、あと岩屋(毅)先生もいたかな?そこで「やっぱりこういうのを作らなきゃ駄目ですよ」と言ったのですが、やはり「ちょっとハードルが高すぎる」ということでした。
安倍内閣があれだけ頑張った安保法制も、結局まだそういう制約がついた状態です。私は世界中どこにいても、やはり邦人は救出する、万が一のことにあったら日本国政府がちゃんと助けに来てくれる、という状態を作るというのは、主権国家として当たり前のことだと思っています。

核融合炉は「2020年代に必ず実現」

―― 「危機管理」は、電力供給についても言えますね。

高市: 私が「危機管理投資」と言っているのは、これだけのデジタル化の中で、消費電力量が半端なく増えていくからです。エネルギー基本計画の草案を見たら、とてもこれで2030年の日本の産業や生活に必要なエネルギー供給を賄えないと思いました。
そこで、文藝春秋には小型モジュール原子炉(SMR)について書きましたが、私の視野に入ってるのは実はそれだけではありません。SMRは核廃棄物が出てしまいます。ただ、小さい炉なので、それを地下に立地させることで安全を担保します。
私が本当に見据えているのは核融合炉です。イーター(ITER=国際熱核融合実験炉。25年に実験炉を運転開始し、35年に核融合反応を起こすことを目指している)には中国やフランスも入っているし、ああいうのにお金をつぎ込むのであれば、核融合炉は遅くとも2035年までに実現すると言われますが、私は、もっと早いと思っています。2020年代に必ず実現すると思っています。
それはなぜかと言うと、2年ぐらい前に量子コンピューターの日本の権威と言われる学者に「量子コンピューターっていつ実機が出ますかね?」と聞いたら、「あと10年はかかるでしょう」。でも、21年8月には、もうIBMの実機が日本に1機導入されましたよね。案外技術革新は激しくて、核融合炉の場合は全く有害な核廃棄物が出ないし、海の中にある重水素といった資源だけで発電ができる。「核」とつくだけでみんな怖がるかも知れませんが、核融合炉というのはウランなどが必要ないので、最も安全な発電方法だと思います。ものすごく大きな発電量も可能です。
実は京都大学発のスタートアップ「京都フュージョニアリング」(京都府宇治市)が技術を持っていますが、お金が集まらず、資金調達額は5億円程度にとどまっています。米国を見ると、大富豪がどんどん投資しており、集めているお金も500億とか600億とか桁違いです。私がもし総理であれば、国産の核融合炉を一刻も早く実現するために、すでに技術を持っている京都大学のフュージョニアリングを国家プロジェクトにして、例えば3年で3000億とか、その規模での投資をして、核融合炉を早く実現する。多分、米国なんかも、すごく早く実現するだろうと思いますね。

企業連合体と理化学研究所で「国産量子コンピューター」

高市: もうひとつが、やはり安全保障を考えると、量子コンピューターです。これだって日本の企業連合体と理化学研究所が協力すれば、もう数年で国産の量子コンピューターが開発可能だと思います。
私が注目している数社があるのですが、技術も人材も十分に持っている数社と理化学研究所で開発機構を作ってもらって、そこに国費を投入して、これも国家プロジェクトとして大規模に投資をする。安全保障上で重要だし、成長戦略にもなります。創薬や、いろいろなことに使えますからね。
エネルギーについて言えば、もうこのままでは10年後が悲惨なことになります。太陽光と風力に主に頼っていては、とてもじゃないけど産業も回らないし大変なことになるので、地球環境に優しく安全な新技術ということでこれも国家プロジェクトにします。(スーパーコンピューターの)富岳は一大国家プロジェクトでしたが、これの開発も終わったので次の国家プロジェクトとしては間違いなく量子コンピューターと核融合炉を国産で、ということですね。これでおそらくデジタル化にともなって、大きく増える電力消費量にも耐えうる形はできますね。

―― 菅政権は、50年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を宣言しているので、炭素の排出を増やすようなこともできません。

高市: そう。やはり気候変動に耐えなければなりません。温暖化対策は世界中が協力して行わなければなりませんが、協力できない国もあるでしょう。仮にうまくいかなかったら、今よりも災害が激甚化しますから、命を守る以上に重要な仕事はないので、防災、特に水害と土砂災害の対策を、相当な規模で、短期で集中的にやります。それから、これからの気候に耐えうる土木建築技術の開発や農業をしっかり作っておかないといけない。
それから、ここにあるアクリル板(取材した応接室の机にはアクリル板の仕切りが置いてある)。今は新型コロナウイルス感染症に有効な薬は輸入していますが、国産で調達できるようになって、普通にインフルエンザのように、「ワクチンを打っても、かかっちゃったら薬飲めばいいよね」という形になって、こういうアクリル板が不要になったとき、大量のゴミになりますよね。今のうちに、環境にやさしい処理技術を国の方でちゃんと開発して、地方自治体に伝えないといけません。すでに自治体には、「クリーンセンターでどうやってこれを処理するのか、独自で研究しなきゃいけない」と困っている首長がいます。

―― 燃やしていいかも微妙なところですね...。

高市: それから、「大量のゴミ」と言えば太陽光パネル。だいたい耐用年数が20年から長いもので30年です。固定価格買取制度が始まったタイミングから勘定すると、あと10年ぐらいで初期モデルの大量廃棄が始まります。「どうする?」と思って、総務大臣の時に行政評価局長に指示して、台風や災害で使えなくなった太陽光パネルをどう処分しているかについて、全国各地で実地調査を行いました。
実は鉛やセレンといった有害物質が入っているので、そのまま埋めると土壌汚染につながります。それと、表を向けている限り発電を続けて感電のリスクがあるので、放置もできない。本当はリサイクルしなければなりませんが、今の回収作業でできているのはアルミだけです。ガラスや非常に強く接着されている他のものは、とてもリサイクルに回せなくて引き取り手もないので、今はそのまま埋めてしまう形になっています。
早くリサイクル技術を確立したり、処分方法を決めたりしないといけない。もう10年なんてあっという間ですから、すぐそこに迫っているリスクに対する備えができてなさすぎだと思っています。デジタル化に伴う電力消費、激甚化していく災害への対応、それからアクリル板や太陽光パネルの環境に優しく事故にならない、感電するような人がでない安全な処理方法...、このことは国で研究して全国で統一しないと大変なことが起きてきますよね。だから、そういう危機管理投資をやりたいと考えています。
つまり、世界には日本よりずっと太陽燦々で土地が広くて太陽光発電を盛んにやっているところにもリサイクルや処分の技術は輸出できるので、投資しても、またお金は戻ってくると思うんです。そこは成長投資にもなり、危機管理投資にもなる。先ほどの電力需要の話で言えば、サーバーやストレージの省電力技術研究についても同じことが言えます。

コロナ対策では治療薬やワクチンの国産化、宿泊施設の確保目指す

―― 新型コロナへの対応も「危機管理」に含まれますね。

高市: マスクをかけるのも手洗いするのもワクチンを打つのも大事。それは進めてもらったらいいんですが、一番大事なのは重症者数を極小化する、死亡者数を極小化することです。そのためには、初期に治療薬を使って治療するしかありません。
だから、感染したと分かったら、すぐに抗体カクテル療法を地元の身近なところでできるようにしてくれ、と8月の上旬からずっと厚生労働省にメールや電話で言い続けてきました。点滴だから、どうしても厚労省は、ベッドのある感染症対応病院もしくは医師が常駐していて、しかも地方自治体が認可した宿泊利用者に限定していました。言い続けた成果なのかもしれませんが、ようやく他の一般病院、総合病院でも打てるようになりつつあります。
感染者とそれ以外で動線を分けて個室で点滴をして、その後24時間ぐらい経過観察する必要があるので、どこか宿泊施設で経過を見る。その移送手段も必要ですよね。では「宿泊施設どうするんだ」、ということですが、国が管理している施設はたくさんあります。20年1月に安倍総理からのご指示で、各役所の持っている宿泊型の研修施設の一覧表を出したことがあります。例えば「なんとか大学校」の類です。こういった対応をできるだけ軽症のうちにやったら、中等症(への対応)。中等症になったらレムデシビルがありますが、これもできるだけ身近なところで打てるようにします。
ただ、抗体カクテルもレムデシビルも国産ではないのが一番の問題です。例えば抗体カクテル療法の点滴薬は米リジェネロン社が開発しましたが、提携先のスイスのロシュが販売権、開発権、生産権を持っています。ロシュの子会社が中外製薬です(国内での開発・販売権は中外製薬が持っている)。中外製薬が、もうちょっと強く親会社に交渉して国内でどんどん生産してくれと(求めた上で)、その代わり設備投資のお金は国が出す、という形にしていかないと...。これ(供給量)を厚生労働省に問い合わせても分からないんですよ。今、世界中から需要があるのか、「何とか数の確保に努めています」という答えしか返ってきません。

―― 中外製薬も、政府との契約上の守秘義務を理由に、供給量を明らかにしていません。

高市: なので、今一体どれだけの在庫が国内にあるのか、それぐらい正直に政府が発表した方がいいですね。感染症について言えば、今はコロナのことでみんな頭いっぱいですが、私はもっと怖いと思っているのはエボラ出血熱。死に至るまでの時間も非常に短いので、こういうものが入ってきたときのことを考えると、(1)治療薬やワクチンの国産(2)いざとなったときに宿泊施設に行って真っ先に治療を受けられるようにして、自宅療養患者をゼロ人にする、といった形は今整えておいても損はない。もう、やることはいっぱいあります。

―― 様々な分野にわたる、危機管理に関係する政策についてお話しいただきました。確認ですが、総裁選では「危機管理」について重点的に打ち出すと理解すればいいですか。

高市: そうですね。ただ、「危機管理=成長投資」なので、世界が直面する同じような課題について日本はいち早く危機管理投資をし、製品やサービス、技術を生み出してそれを世界に展開していく。繰り返しになりますが「危機管理投資=成長投資」なので、国費を投じても必ず税金で返ってくるものだと思います。日本ではその基礎的な技術要素はいっぱいありますが、それらはうまく生かされていない。それはもったいない話ですね。だから私は国民の皆さんの命を守るということと、領土・領海・領空、資源を守るということ、国家の主権と名誉を守るということ、国の究極使命をなんとしても果たせる体制を作りたい。この一心でございます。

推薦人確保は「もう、そういう段階は終わっていると認識」

―― 派閥に所属していませんが、推薦人20人確保のめどは、いかがですか。

高市: いやいや、もう、そういう段階は終わっていると自分では認識をしています。

―― 前回の総裁選に出馬した菅氏や岸田氏に比べると、メディアに露出する機会が少ないと感じています。どのようにカバーしていきますか。公式サイトやフェイスブックでは、政策などについて長文の投稿をしています。ツイッターの短文投稿や、ユーチューブなどでの動画発信についてはいかがお考えですか。

高市: ツイッターは、昔始めようと思って段取りして、私もスマホからできるようにするなり、2、3日後か...?私になりすました人が発信をして、とんでもないことに。乗っ取られてしまいまして...。で、「もういいか」と。はっきり言ってあんまり短い、スマホのメールでやりとりして時々人とけんかになることがありますよね。それと同じで、限られた文字数で伝えたいことが上手く伝わらないことってありますよね。フォローしきれなかったら相手に失礼、というのもあって、私はあえて控えています。最初に乗っ取られたのは、ちょっと躓きだったんですが、私はどうしても丁寧に物事を伝えたいし、ものすごく短縮化した場合に、正しく伝わらない可能性もあるので...。色んなお友達が勝手連で応援してくれているので、今回はそれに甘えようと思います。それなりの立場になったら、もう一度方法を考えます。

党員名簿入手できない2~3週間は「ものすごくつらい時間」

―― 今回は「フルスペック」の総裁選なので、議員以外の一般の党員にもアピールしないといけません。

高市: 困っているのはそこです。すでに岸田先生や菅総理や石破先生も去年の総裁選挙に立候補されて全国の党員名簿をお持ちなので、持っていないのは私だけです。昨日、(高市氏の選挙区がある)奈良県の全部の党員に対して岸田陣営から電話作戦も展開され、さっき下で森山(裕)先生(国対委員長、衆院鹿児島4区選出)に会ったら「鹿児島にもかかってたよ」と言うから...。名簿を持っている人はかけられるけど、私は立候補の届け出をした後に、党本部から買わなければいけないんですよ、130万人分。そこからしか電話もできなければ郵便物も出せない。この数週間の差は大きすぎると思い、とっても残念です。立候補届け出日に100万人以上の名簿をもらっても、ほぼ使いようがないですよね。

―― 例えばユーチューブで動画発信、といった感じでもないわけですよね...?なかなか難しい局面ですね。

高市: そうですね...。党員の皆さん全てがユーチューブをご覧になるわけでもないし、そういった方々にどうやって政策を届けようか、というのはすごく難しいですね。

―― 公式サイトには政策について多く書いてありますが、どれだけの人がたどり着けるかというと...。

高市: ネットを全然見ない方もとても多いので...。立候補届け出の日に名簿を買っても、郵便物はほぼ間に合わないです。もう菅総理のところや岸田先生のところは動いているので、この2~3週間は、私にとって、ものすごくつらい時間ですね。

高市早苗さん プロフィール
たかいち・さなえ 衆院議員。1961年生まれ、大阪府出身。神戸大学経営学部卒業、松下政経塾卒塾。米国連邦議会立法調査官(Congressional Fellow)、近畿大学経済学部教授などを歴任した。1993年の衆院総選挙で奈良全県区(当時)から出馬して初当選。現在8期目。自民党では政調会長、内閣では内閣府特命担当大臣や総務大臣などを務めた。

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