1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

元裁判官「衣類発見の経緯おかしい」…証拠開示のルール化で「赤み」に疑義、司法の課題浮き彫りに

読売新聞 / 2024年9月23日 5時0分

袴田さん再審判決へ 翻弄<中>

 検事 君のパジャマには大量の血液が付いている。君が刺したのでなければ、どういう時に付くんだ。

 巌 ……。そんなこと、考えたこともない。

 検事 覚えがあるだろ。

 巌 ありません。

 1月17日、静岡地裁。袴田巌(88)の再審第7回公判では、58年前の取り調べの「録音テープ」が再生されていた。低い声で自白を迫る検事に対し、消え入るような声で否定する巌。法廷は緊張感に包まれた。

 静岡県でみそ製造会社の専務一家4人が殺害され、放火された事件。巌は1966年6月の発生から2か月後に逮捕された。

 「本当に無関係だ」。潔白を主張する巌の取り調べは連日約12時間に及んだ。取調室に便器を持ち込んで用を足させたこともあった。

 「科学的な証拠がある」と追及された巌が自白に転じたのは逮捕から20日目。検察は「被害者4人を刺した際、パジャマを着用していた」とする自白調書を作成し、起訴に踏み切った。

 「自白が作られ、犯人に仕立てられた」。1月17日の再審公判で、弁護人の田中薫(77)は捜査の違法性を訴えた。

 犯行着衣はパジャマ――。自白通りの筋書きで66年11月に静岡地裁で始まった公判は、巌が「私はやりません」と起訴事実を否認した後に異例の展開を見せた。

 巌の逮捕から1年後の67年8月。公判も終盤にさしかかった頃になって、みそ工場のみそタンク内から血染めのシャツなど「5点の衣類」が発見された。

 「犯行着衣はパジャマ」と固執していた検察は「5点の衣類を着て4人を刺した後、パジャマに着替えた」と主張を変更。「犯人とする決め手だ」と位置づけた。

 68年9月の地裁判決は「犯行着衣はパジャマ」とした巌の自白を「虚偽」と断じ、自白調書45通のうち44通を証拠から排除した。だが、5点の衣類について、巌の実家から衣類と一致する「切れ端の布」が見つかったことなどから犯行着衣と認定。検察が作成した1通の自白調書なども踏まえ死刑とした。

 ただ、5点の衣類が事件後いつタンクに隠されたのか特定されないままだった。謎を残しつつ有罪の根拠となった「5点の衣類」。その後、長期化する再審の最大の争点となっていく。

 「衣類が発見された経緯は明らかにおかしい」。第1次再審請求審で83~87年に静岡地裁の裁判官として審理を担当した熊田俊博(75)は確定審の記録を読み、疑念を抱いた。

 「凶器や逃走経路など他の証拠にも不自然な点があり、有罪にするのは難しいと思った」という熊田。ただ、再審の開始には、無罪を言い渡すべき明らかな新証拠が必要で、弁護側からそうした証拠は示されなかった。検察に未提出証拠の開示を求めるような法的な根拠もなく、熊田は「裁判官としては動きようがなかった」と振り返る。

 それから20年余りを経て事態は動いた。この間、裁判員制度の導入に向け、証拠を幅広く開示するルールが法律で定められた。再審は対象外とはいえ、裁判所内には証拠は開示されるべきだという意識が広がった。

 2008年に申し立てられた第2次再審請求審で静岡地裁が証拠開示を促し、検察側は10年に、5点の衣類の鮮明なカラー写真を開示した。衣類に付いた赤みの残る血痕。これが無罪の可能性を示す有力な新証拠につながった。

 検察側は巌が事件直後に衣類をみそタンク内に隠したというが、1年以上みそ漬けにされると血痕の赤みが消える――。カラー写真が弁護側の実験結果を補強する存在となった。衣類が隠されたのは発見直前で、身柄拘束中の巌は隠せず無実だと訴えた。

 東京高裁は昨年3月、実験結果を「無罪を言い渡すべき新証拠」と認定し再審開始を決めた。昨年10月に静岡地裁で始まった再審公判でも、血痕の色の変化が有罪・無罪を分けるポイントとなっている。

 「カラー写真がもっと早く開示されていれば、第1次請求で再審開始となった可能性はある」。今は弁護士の熊田は、再審でも証拠が十分に開示される法整備が必要だと痛感している。

 26日に再審判決を控える巌。その 翻弄 ほんろうされた人生からは、司法の様々な課題が浮かび上がっている。(敬称・呼称略)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください