アニサキスによる食中毒増加、長時間輸送・海洋環境変化が影響か…「生サバ」の食文化ある福岡が最多に
読売新聞 / 2024年11月21日 15時41分
魚介類に寄生するアニサキスによる食中毒が増加傾向にある。博多の郷土料理「ゴマサバ」など、サバを生で食べる食文化が根付く福岡県では昨年、全国の食中毒発生件数の1割を占めた。冷蔵で長時間輸送が可能になったことや海洋環境の変化による影響も考えられ、自治体や専門家は注意を呼びかけている。(手嶋由梨)
アニサキス由来の食中毒が厚生労働省の統計に加わったのは2013年。この年の88件から増加傾向が続き、昨年は432件となった。原因別では最多で、全体(1021件)の4割を占めた。
福岡県も同様で、昨年は51件の報告があり、都道府県別で北海道、東京に続き3番目に多かった。原因施設は飲食店や販売店が35件、家庭が5件だった。
原因食品で多いのがサバだ。福岡県では、特定できたもので「ゴマサバ」が昨年は11件、「サバの刺し身」は7件。アニサキスは酢では死なないため、全国的には「シメサバ」も多かった。アジやイワシ、サンマ、カツオの刺し身も目立った。
厚労省によると、アニサキスには70度以上か60度で1分間の加熱調理が有効で、24時間以上の冷凍でも死ぬが、冷蔵では生存するという。県生活衛生課の担当者は「輸送技術の向上で長時間冷蔵で運べるようになった分、アニサキスが死なずに食中毒が起きやすくなっている可能性もある」と注視する。
生息海域で異なる種類
魚介類に寄生するアニサキスは幼虫で、クジラやイルカなど哺乳類の体内で成虫になる。卵が便と一緒に海中に排出され、オキアミ、魚介類と食物連鎖の中で成長するが、海域によって種類が異なる。
国立感染症研究所の杉山広・客員研究員によると、太平洋側は「シンプレックス(S型)」、日本海側は「ペグレフィー(P型)」が多いとされている。S型は魚の身に入り込む性質をもつ。一方、P型は内臓の表面にとどまりやすく、内臓を取り除けば食中毒になるリスクが低いため、日本海側でサバを刺し身で食べる文化が定着した一因とも考えられている。
杉山さんらのグループはここ数年、太平洋と日本海、東シナ海に面する全国数か所の漁港で水揚げされたマサバの寄生状況を調査した。九州に近い日本海のマサバでも、身の部分からアニサキスが検出され、多くがS型だった。
杉山さんは「海水温や海流の変化によって寄生状況が短期間で変動することはあるだろう。日本海だから安全というわけではない」と指摘する。
胃や腸の壁を刺され激痛、アレルギー症状も
アニサキスが寄生した魚を食べても無症状の人は多いが、胃や腸の壁を刺されて激痛に見舞われることがあるほか、じんましんなどのアレルギー症状も報告されている。大分大の小林隆志教授(寄生虫学)によると、アニサキスそのものが過剰な免疫反応を誘発するとみられる。
小林教授は「加熱して死滅させても抗原性が残り、アレルギーが出る可能性はゼロではない」と指摘。▽刺し身は鮮度に気をつけ、調理の際は目視で確認する▽まな板や包丁は使う度に洗い流す――といった注意点を挙げ、「行政も、原因魚種や漁獲水域、流通経路などの調査や情報提供を行っていく必要がある」としている。
冷凍せず死滅させる殺虫装置の開発進む
水産業界でアニサキスは長年の悩みの種だ。冷凍やブラックライトを使った除去が一般的だが、味が落ちないように冷凍せずに死滅させる殺虫装置の開発も進む。
天然物のアジやサバを1日計約13トン出荷する福岡市の水産加工会社「ジャパンシーフーズ」は2017年に芸能人のアニサキス感染が相次ぎ、売り上げが約2割減少した。危機感を強め、熊本大の研究者と連携し、装置の研究に乗り出した。
3年前に巨大電力「パルスパワー」を使った方法にたどり着いた。塩水につけた魚に、蓄積した1億ワットの電力を1秒間に2・4発の頻度で約200秒間あてる。電力放出は一瞬で身の温度は上がらず、アニサキスを死滅できるという。
まだ試作段階だが、工場の加工ライン向けのコンベヤー式装置や、飲食店用の小型機の実用化を目指している。井上陽一社長は「よりおいしく安全な食品を届けられるよう努力を続けたい」としている。
◆アニサキス=寄生虫の一種。魚介類に寄生する幼虫は体長2~3センチほどの白っぽい糸くず状で、人間の体内では成長せずに数日で死滅する。
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