日本高校記録持つ順天堂大・吉岡大翔が箱根路に弾み…同じ苦悩知る「先輩」の助言に光が見えた
読売新聞 / 2024年11月29日 17時0分
陸上男子5000メートルの日本高校記録を持つ順大・吉岡
11月9日に行われた日本体育大学記録会。吉岡は最も速い記録を狙う1万メートル最終組ではなく、その一つ前の6組に名を連ねた。「タイムも狙いたかったが、順位にこだわりたいところもあった」
スタートから勢いよく飛び出すと、後続の選手には目もくれず、集団の先頭を走り続けた。6000メートル付近でいったん元駒沢大の花尾恭輔(トヨタ自動車九州)に前を譲ったものの、8000メートルから再びトップを奪取。最後の1周は後方で力をためていた選手たちと激しい競り合いを演じながら、2着と0秒22差の28分26秒75でレースを勝ちきった。
このタイムは、大学1年の6月に1万メートル初レースで出した従来の自己記録を約20秒上回った。他の種目も含め、長野・佐久長聖高3年時の3月に走った3000メートル以来の自己記録更新で、「大学に来てから初めて『自己ベスト』を出せた。やっと一歩進めたかな」と、久々に味わう喜びをかみ締めた。
長野県出身で、中学時代から全国区の活躍を見せていた吉岡は、強豪・佐久長聖高への進学を機に成長のスピードを一層加速させた。
トラック種目では、5000メートルで1、2年と学年別の日本人最高記録を塗り替えると、3年時には13分22秒99の日本高校記録をマークした。全国高校駅伝には3年連続出走し、1年時の4区区間賞に続き、2年時にはエース区間の1区で2位。3年時は留学生が集う3区で、前年に京都・洛南の佐藤圭汰(現駒沢大)が樹立した日本選手歴代最高記録を更新して区間2位に入るなど、無類の強さを誇っていた。
順風満帆の高校時代から大学で思わぬ苦戦
ところが、大きな期待を背負って入学した順大では、思わぬ苦戦が待っていた。
質、量が一段と高まる練習を順調に消化しながら、本番で思うような結果を残せないレースが増え、トラック種目の記録は停滞した。長門俊介監督は「5000メートルでも『あの(高校記録の)タイムで走らなきゃいけない』と思うほど、逆に走れない。周りが十分だと評価する走りでも、本人は満足できない様子だった」と振り返る。
得意の駅伝でも、1年目は出雲、全日本でともに区間2けた順位と低迷。箱根では4区区間8位で2人を抜く力走を見せたが、チームは総合17位でシード権を逃し、悔しさを募らせた。
大きなターニングポイントとなったのは、今年5月の関東学生対校選手権(関東インカレ)だった。
1部総合優勝を争う対校得点獲得のため、入賞の期待がかかる1万メートルで、25位と惨敗。上位陣から周回遅れとなる屈辱を味わい、レース後は待機場に座り込んだまま、しばらく動けないほどに打ちひしがれていた。
そんな時に声をかけたのが、このレースで日本人上位集団の先頭を終盤まで引っ張り、6位入賞を果たした東洋大の石田だった。元々2人に交流はなかったが、吉岡の2年前に5000メートルの高校記録を16年ぶりに更新した“先輩”は「焦らなくていい。自分のペースでやっていけば大丈夫だよ」と温かい言葉で激励した。
長いトンネルの先には希望がある
石田自身、1500メートル、3000メートルの2種目で中学記録を更新した後、高校時代は1、2年時に記録や大会成績が停滞したが、3年時に復活。東洋大でも2年時の箱根駅伝2区で区間19位に沈んだ後、3年目は一時心身の調子を崩し、約4か月チームを離れた時期もあった。「吉岡にしか分からない重圧や不安、あきらめたくなる気持ちがあったと思うし、自分も分かる。長い競技人生、山あり谷ありというのを自分も経験してきたので、彼にも頑張ってほしいと思った」
一緒に走った関東インカレのレースで石田が完全復活する姿を目の当たりにした直後だっただけに、その言葉は吉岡の胸に強く響いた。「中学新、高校新と結果を残してきた石田さんでも、トントン拍子ではない。足踏みすることがあっても諦めずにやっていけば、また走れるというふうに思わせてくれる存在。陸上を辞めずに頑張ろうと思うことができた」
2人が再び相まみえた6月の全日本大学駅伝関東地区選考会では、3組トップの好走で貫禄を示した石田に対し、吉岡も同組5位と健闘した。10月の箱根駅伝予選会では、苦手の暑さに苦しみながらチーム4位の個人98位と踏ん張り、順天堂大は次点と1秒差の10位で本大会出場権を獲得。着実に復調へのステップを踏み、3週間後の1万メートル自己ベスト更新へとつなげた。
待ちわびる再対決
昨今はシューズの機能やトレーニング手法の向上で、大学生でも1万メートル27分台のランナーが珍しくなくなった中、今回の吉岡の記録は決して際立つものではない。それでも「勝負に徹した中で自己ベストも出すことができた。ちょっとずつ力がついてきているのかな」と語る表情は、
長門監督もレース直後、「一歩一歩上がっていかないと。27分台とかにジャンプしちゃったら大変だから、楽しみは取っておかないと」とすかさず声をかけ、成長に太鼓判を押した。
一方、吉岡の復調を後押しした石田は、夏場の故障が尾を引き、駅伝シーズン初戦の出雲を回避。復帰戦となった11月3日の全日本は6区区間21位と苦しんだが、練習の一環で出場した24日の小江戸川越ハーフマラソンでは予定タイムより1分以上速い1時間5分8秒で快調に走り切り、「久しぶりにいい感じで走れた」と好感触をつかんでいる。
「次、一緒に走った時は勝ちたい」と意気込む吉岡に対し、石田は「その時は負けたくない。全力で戦い合って、また話ができればと思う」と、対決を待ちわびている。試練の時を乗り越え、強さを増した2人の天才ランナーが、箱根路でぶつかり合う――。そんなドラマが実現することを、期待せずにはいられない。
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