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「戒厳令」宣布の3時間前、大統領が示したA4の紙に拘束すべき人物名…「全て捕まえて整理しろ」

読売新聞 / 2024年12月14日 5時0分

 謎の多い戒厳令の舞台裏を韓国メディアなどを基に再現した。

初夏の「沖岩派」会食で飛び出た「戒厳令」

 初夏、韓国の尹錫悦ユンソンニョル大統領は、金龍顕キムヨンヒョン大統領警護庁長(その後国防相)、呂寅兄ヨインヒョン・軍防諜ぼうちょう司令官と夕食を囲んだ。3人ともソウルの沖岩チュンアム高校の出身だ。尹氏は「沖岩派」と呼ばれる同窓仲間にひときわ強い信頼を寄せていた。

 時局に話が及んだ時、尹氏は語気を強めて「戒厳令」を口にした。呂氏は「そんな話はしてはいけません。軍は昔のような軍ではありません」とたしなめた。

 内戦や軍事政権を経た韓国で戒厳令は16回宣布されたが1987年6月の民主化以降は一度もなかった。

 金氏は、尹氏が2022年3月の大統領選に当選する前から尹氏の陣営関係者に耳打ちしていた。政権への風当たりが強まったら「戒厳令を発動して全て片付ければ良い」。今年4月10日の総選挙で野党が躍進し、政権攻撃を強めると尹氏が戒厳令を口にする回数が増えた。呂氏は検察にそう供述した。

決行2日前、前国防相から指令下る

 尹氏は8月12日、金龍顕氏を国防相に抜てきした。以降、戒厳令が本格的に検討された。

 情報をつかんだ野党は国会で執拗しつように追及した。「戒厳令を宣布するといううわさは本当か」。申源湜大統領府国家安保室長は悲鳴交じりに答弁した。「根も葉もない話はもうやめてください」

 しかし、現実となった。

 決行の2日前。国会に当日突入する部隊を指揮した郭種根クァクジョングン陸軍特殊戦司令官に、金国防相から指令が下った。

 「国会、中央選管関連3か所、民主党本部、世論調査会社の6か所を掌握する」

 宣布の3時間前の3日午後7時半頃、尹氏は金国防相、趙志浩チョジホ警察庁長官、金峰埴ソウル警察庁長官の3人を呼び出した。

 尹氏が示したA4サイズの紙には、戒厳令宣布後に拘束すべき人物の名前と、掌握すべき対象として国会、中央選挙管理委員会、ソウル市内の世論調査会社、尹政権にひときわ厳しい報道姿勢を取るMBCテレビなど10か所が並んでいた。

李祥敏 イサンミン 行政安全相は3日午後、出張先の南東部・蔚山ウルサンから急きょソウルに戻った。尹氏の高校の4年後輩の「沖岩派」で発足から政権入りしていた。李氏も招集されたとみられる。

「大統領によくある『激怒』した状態」で宣布

 3日午後8時40分頃、尹氏は韓悳洙首相をソウル・龍山の大統領府に呼んだ。戒厳令を宣布すると伝えた。韓氏は「国務会議(閣議)を開いて閣僚とともに(反対するよう)説得した方が良い」と考えた。

 午後10時17分、閣議が始まった。韓首相、金国防相、趙兌烈外相ら計11人。閣議が成立する最少人数だった。「国務会議室」ではなく来客を迎える2階の大接見室だった。

 大統領は冒頭「誰にも相談していない」と言いながら戒厳令宣布を切り出した。「閣僚全員が反対した」(韓首相)。

 閣議は5分で終わった。宋美玲農林畜産食品相によると尹氏は終了を宣言することもなく部屋を後にした。

 「大統領はどこに行ったのか」。そう言っているうちに宣布する声が流れた。「閣僚が消極的な態度を取ったので尹大統領によくある『激怒』した状態で全国民に対して非常戒厳を宣布した」。韓国紙ハンギョレはそう伝えた。

国会に投入された戒厳兵、全く統制取れず

 3日午後11時48分頃、戒厳兵約280人が国会にヘリで投入された。第1陣を乗せたヘリ3機が国会裏の運動場に次々と着陸した。ばたばたという旋回音で政権批判の集会のシュプレヒコールがかき消された。

李鎮雨 イジヌ 首都防衛司令官は隊員に「安全のため銃器は置いたまま任務を遂行せよ」と指示した。

 趙志浩警察庁長官には尹氏から6回電話が入った。「国会議員を逮捕しなければならない」

 情報機関・国家情報院(国情院)の洪壮源第1次長も尹氏から「この機会に全て捕まえて整理しろ」と言われたと国会情報委員長に説明した。しかし、趙太庸チョテヨン国情院長は「政治家逮捕」という大統領の指示は絶対ないと断言した。洪氏は6日付で解任された。

 どちらが真実か不明だが、「指示」は現場の判断で守られなかった。

 郭陸軍特殊戦司令官は尹氏から電話で「早くドアを壊して中にいる人を引っ張り出せ」と指示された。金国防相からも同じ指示を受けたが従わなかった。

 陸軍参謀総長は、郭司令官からスタンガンの一種であるテーザー銃や空砲を使うよう要請されたが、現場の隊員には使うなと指示した。

 陸軍精鋭部隊「707特殊任務団」のキム・ヒョンテ団長は「国会の建物がどういう形をしていたかわからなかった」と後に証言した。スマートフォンの地図アプリでヘリが着陸する運動場の場所を調べた。

 ヘリで降り立って初めて議事堂の大きさを実感した。「最初に到着した24人だけでは封鎖できない」と判断し、後続を待って突入した。

 国会の戒厳兵は全く統制が取れていなかった。

中央選管への進入は宣布の4分後

 戒厳兵が向かったもう一つの対象が選管だった。ソウル郊外京畿道キョンギド果川クァチョン市の中央選管には宣布から約4分後に進入した。約1時間15分後だった国会より入念な準備がうかがえる。

 ソウル市の別庁舎や近郊の水原スウォン市の研修施設も合わせると、兵士の数も297人と国会より多かった。

 中央選管に進入した軍防諜ぼうちょう司令部の捜査団長は、宣布の約5時間半前の3日午後5時頃、金国防相から「午後9時に果川の庁舎付近で待機しろ」「宣布の速報を受けて、中央選管に移動して電算室の位置を確認しろ」と指示された。

 防犯カメラの映像では、果川市の庁舎2階にある電算室に入った戒厳兵らが、期日前投票者の名簿を管理するサーバーの写真を撮影。戒厳兵が電話で誰かと通話する様子も確認された。

 尹氏が野党による不正選挙を疑っているのは明らかだ。最大野党「共に民主党」の李在明イジェミョン代表に0・73%の得票率の差で勝利した2022年の大統領選について、尹氏は「実際はもっと勝っていた」と話していた。低迷する支持率も「野党が操作しているのではないか」と周囲に漏らしていた。

 注目されるのは、既成メディアをしのぐ人気を誇るネットメディアとの関係だ。「スカイデイリー」は12月5日、20年の総選挙で「電算操作」による不正があったことを尹政権が確認したと報じた。尹氏は、4月の総選挙でも不正が行われたと主張する保守系ユーチューブ放送を愛好しているとの報道がある。

 しかし、中央選管によると、戒厳兵が押収したのは当直勤務職員らの携帯電話5台だけ。秘密文書は持ち出さなかった。戒厳兵が撮影したサーバーから何が明らかになったか、尹氏は12日の談話でも語らなかった。

 目的は何だったのか。

 大統領が究極のカードを繰り出すことで国政が行き詰まったことへの「切迫感を認めてくれると思った」。テレビ局「チャンネルA」は4日、こうした見方を伝えた。(ソウル 依田和彩)

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