レイプ・虐待被害の女性に死刑執行 「おきて破り」認めた裁判官は誰か

47NEWS / 2021年1月22日 16時0分

リサ・モンゴメリー死刑囚(UPI=共同)

 米連邦政府は1月13日、妊娠中の女性を殺害し胎児を奪ったとして死刑判決を受けていたリサ・モンゴメリー死刑囚(52)の死刑を執行した。日本ではさほど報じられなかったこの死刑執行には、重大な問題が隠されている。(弁護士=芦塚増美)

 米国は州によって死刑制度の有無や執行の実態が異なる。また、州とは別に連邦レベルで、死刑判決や執行が判断される事件がある。連邦レベルでは2003年から死刑が執行されていなかったが、2020年7月、トランプ政権が執行を再開した。リサは再開後に命を奪われた11人目の死刑囚である。

 ▽生と死の間を揺れ動く

 リサは人生の最後に、生死の間を揺れ動いた。死から生へ、再び死へ。死刑執行命令に対して、裁判所がいったんはそれを止め、上訴を受けた裁判所が執行を認めたからである。なぜ、このようなことになったのか。それを知るためには、リサの生涯をたどらなければならない。

 ただ、わたしはリサに直接、聞き取りをしたわけでもなく、周辺を調査したこともない。そのような立場で、彼女の境涯に触れることには批判もあると思う。しかし、死刑制度や死刑囚に関する情報を発信する国際的サイトなどで詳細に報告されており、それは広く人々に知ってほしい内容でもある。本稿に必要な範囲で紹介したい。

 リサの母親はアルコール依存症で、リサは生まれた時から、脳に障害があったという。母はリサを虐待した。殴ったり、冷たいシャワーを浴びせたり、ベルトやハンガーでたたいたりした。

 母親は6回結婚しているが、リサは11歳のときに継父から性的暴行を受け、その後、何年間も繰り返し、レイプされた。リサの母親は少なくとも1回はその場面を目撃したと証言している。

 ▽11歳から絶え間ない性暴力

 リサが十代前半になると、母親はリサに売春させるようになる。11歳から絶えることなく性暴力を受けていたことになる。体にも心にもダメージを受け、リサは知覚も記憶も思考も混乱していく。夢か現実かも分からなくなる。こうした症状は簡単に回復することがない。

 リサの成績は下がり、最終的には特別支援学級に入る。破れて穴だらけの汚い服を着て、トレーラーハウスから学校に通った。学校も虐待を疑ったが、支援の手は届かない。

 その後、母親によって18歳のときに義理の兄弟(継父の子ども)と結婚させられるが、この夫からも虐待を受ける。極度に貧しい生活の中で、精神状態は悪化し続けた。

 事件を起こしたのは08年。妊娠8カ月の女性の首を絞め、胎児を奪って自分の子どもにしようとした。何年にもわたるトラウマと重度の精神障害が重なり、子どもを失うという恐怖がそれを実行させた。支援者らはそうみる。

 死亡したのは妊婦であり、胎児は生存していた。連れ帰ったリサが自分の子どものように世話をしたからだ。死亡した被害者が1人であるから、日本の裁判ならふつう、死刑にはならない。だが、米国の陪審裁判はリサに死刑を言い渡す。

 米国の裁判は「ラフ・ジャスティス」とも呼ばれ、市民が納得する結論であればいいという傾向がある。全米を震撼(しんかん)させた「妊婦切り裂き事件」に対して、犯行の背景を深く掘り下げる動きは不足していたと思われる。担当したのは男性弁護士だった。リサから、深刻な性被害の経験を聞き出すこともできなかったのではないか。

 ▽リサの「今」も「過去」も見ない

 トランプ政権が死刑執行命令を出したのを受けて、リサの側に立って執行停止を求める裁判を担当したのは女性弁護士だった。彼女はリサのために精力的に動いた。

 最初の地方裁判所は、死刑の執行停止を認めた。リサは10年前と4年前に精神状態の診断を受けているが、現在、自分に対する死刑が執行される理由を理解できているかどうか(受刑能力の有無)は、確かめる必要があるという理由だった。

 しかし、控訴裁判所は地方裁判所の停止判断を取り消し、死刑執行を認めた。最高裁もその判断を支持し、リサの命は絶たれた。

 性犯罪は「魂の殺人」と呼ばれる。被害者の肉体的、精神的な苦痛は筆舌に尽くしがたい。被害の記憶がフラッシュバックして、学校や職場に通えなくなることもある。時を経るに従って悪化していくことも少なくない。リサの場合も今の姿を見るべきなのだ。

 だが控訴裁判所は、医学、心理学、社会福祉、教育学といった科学的な側面からの検討も不十分なまま、形式的な理由で死刑を認めた。「今のリサ」から目を背けた。彼女のあまりにも悲惨な性被害も十分に考慮していない。つまり「過去のリサ」も直視しなかった。


ルース・ベイダー・ギンズバーグ

 ▽米国の良心が去り“トランプ判事”増える

 これにはトランプによる恣意的な裁判官人事が大きく影響している。懸念されていたことが起きたのだ。

 米国の裁判官に関する報道としては2020年9月、最高裁判事ルース・ベイダー・ギンズバーグの死去があった。「米国の良心」として尊敬された人だ。その後任として保守派のエイミー・バレットが就任したことも、大きく報じられた。

 そのバレットの前職は、控訴裁判所の判事である。バレットの昇格で空席になった控訴裁判所の後任は誰か。日本ではほとんど報じられていない。


トランプとバレット

 その後任もトランプが指名している。それがトーマス・キルシュである。そして、地方裁判所によるリサの死刑執行停止を取り消した3人の裁判官の1人が、他ならぬキルシュだった。

 最高裁でもバレットを含めた保守派6人が、リベラル派3人の反対を退けて、執行命令を認めた。

 米国には政権交代期に死刑を執行しないとの慣行、不文律があった。しかし、トランプは大統領選で劣勢が伝えられる中で死刑執行を再開し、職を退くことが決まってからも次々と執行を続けた。そうして13人の命を奪った。

 この「おきて破り」を許したのは、トランプによって選任された裁判官たちであった。 (敬称略)


芦塚増美氏

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 あしづか・ますみ 中央大法学部卒。1992年弁護士登録、福岡県弁護士会。2020年6月から日弁連死刑廃止・刑罰制度改革実現本部副本部長。『被害者問題からみた死刑』(日本評論社、菊田幸一監訳)のうち「恣意の不可避性 」と「国際法違反の死刑事例」を翻訳。

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