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「国産だから大丈夫」は本当か  実は緩い? 残留農薬、日本の安全基準

47NEWS / 2021年2月19日 6時0分

コロナ禍で食の安全にも関心の目が向けられている(写真はイメージ=PIXTA)

 コロナ禍で健康への関心が高まっている。健康を保つうえで重要なのが毎日の食事だ。外食の機会が減り、ステイホーム期間が増えるにつれ、スーパーで手にする食品の安全性に気を使う人も増えているのではないか。日本では、国産の農産物への信頼が高い。一方で、残留農薬に関する農産物の安全基準は、諸外国に比べて必ずしも高いと言えない現実がある。「本当は危ない国産食品」(新潮新書)の著者で、ジャーナリストの奥野修司氏が解説する。

 ▽EU基準値の300倍

 「なんだ、これは!」。読んだとき、筆者は思わずこう叫んでしまった。北海道大学の池中良徳准教授らが発表した論文には、市販のお茶から殺虫剤のネオニコチノイド系農薬(ネオニコ)が検出されたと書かれていたのだ。筆者はお茶が大好きで、おそらく1日に最低でも10杯は飲んでいたから、ひっくり返るほど驚いたのだ。

 日本が認可しているネオニコは7種類あって、池中氏によると、検出された数値で最も高かったのはジノテフランだった。茶葉から、3004ppb(ppbは10億分のいくらかを示す濃度)で、プールにインクを1滴ほど垂らした程度。日本の基準値を下回っており「なんだ、そんな微量か」と思われそうだが、欧州連合(EU)の基準値10ppbの300倍を超えて、輸出すると検疫ではねられてしまうほど高いレベルだ。2015年にフランスで取材した時、有名なスーパーで販売されていた日本茶を見たら、すべてオーガニックだったので意外に思ったが、この検査値ではとてもフランスなんかに輸出できないのだろう。

 お茶に限らず、食品に残留する農薬の数値は高いよりも低い方が安全であることは言うまでもない。数値が低ければ、毒性も低いわけだが、最近の研究ではどうも単純にそう言えなくなっている。農薬の毒性といえば、たいていの方は中国産毒入りギョーザ事件のような「中毒」をイメージするが、一般的にそういった中毒事件はまず起こらない。ここ数年、農薬の毒性で問題になっているのは「見えない毒性」、つまり「今すぐ健康に影響がでない」毒性のことである。

 ネオニコという殺虫剤は、昆虫の中枢神経に働いて、神経伝達をかく乱して殺す仕組みになっている。人間には安全だと言われてきたが、どうも人間の脳神経にも影響する恐れがあることが分かってきたのだ。すべてマウスによる実験(人間ではできない)だが、ネオニコを与えると、ADHD(注意欠陥・多動性障害)、自閉症スペクトラム障害といった発達障害と同じような行動を起こすという星信彦神戸大学教授らの試験結果もあり、関連について研究が進みつつある。

 それだけではない。病気と化学物質の関係を研究する星氏の実験では、ネオニコを投与したラットで、免疫細胞を活性化する腸内細菌叢が変化し、アレルギーなど炎症を抑える善玉菌が減った。このため、花粉症やアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患、それに関節リウマチなどの自己免疫疾患を増やすこと、肥満を加速する可能性も指摘されている。また、ウズラやマウスを使った星氏の別の実験では、ネオニコを投与すると、活性酸素を増やし、さらに男性ホルモンのテストステロンを減らすことも分かった。深刻なのは、これが人で起これば、男子の精子が減少して不妊の原因にもなりかねないことだ。

 これまで農薬は「少量だったら安全」と言われてきた。だから残留基準値を設定し、それ以下ならば健康に問題はないとされてきたのだ。ところが、人の中枢神経に影響するとなれば別で、「少量なら安全」とは言えなくなる。


ドローンを使った農産物への農薬散布

 ▽なぜ、基準値が緩和

 農薬の毒性は人種によって変わる訳ではないため、残留基準値はどの国でも同じのはずなのに実際はそうなっていない。大きな理由は、食習慣の違いである。つまり、日常的に摂取するものは低く、たまにしか摂取しないものは高くてもいいという考え方だ。ところが、お茶に含まれていた残留農薬の基準値は、国民の多くが毎日お茶を飲む日本が、EUよりもずっと高いという矛盾が生じている。お茶だけでなく果物や野菜も全般的に高い。

 問題なのは、この基準値がいつの間にか緩められていることだ。残留基準値は、安全性試験をしたうえで決めているのだから、常識的に考えれば大幅に変わることがない。ところが、2015年にネオニコのクロチアニジンという殺虫剤の残留基準値が大幅に緩められた。クロチアニジンは、ほうれん草が3ppm(ppmは100万分のいくらかを示す濃度)から40ppmに、春菊が0・2ppmから10ppmに緩められて、かぶ類の葉に至っては0・02ppmから40ppmと2000倍になった。

 17年には、広く使用されている除草剤の主要成分であるグリホサートも大幅に緩めた。小麦が6倍の30ppm、トウモロコシが5倍の5ppm、ソバが150倍の30ppmである。パンやパスタは今や、主食並みに食べられているのに、小麦は玄米に比べて300倍も高くなったのだ。変更されたのは12月25日。世間が浮き立つクリスマスの日にこっそりと引き上げて、隠したかったのかもしれない。こんな小麦で焼いたパンを毎日食べても大丈夫だろうか。こうした不安に対して、厚生労働省や国の食品安全委員会は、安全性試験に問題がなかったから基準値を上げたという姿勢を崩していない。国民が納得できる説明もないまま、残留基準値を上げれば、当然農薬の使用量も増える。国民の健康よりも、農薬会社の利益を守りたいのだろうかと疑ってしまう。

 私たちの健康に直結することだから、本来なら試験データを示した上で、なぜ残留基準値を上げる必要があったのか、意思決定の過程を詳らかにするべきだろう。農薬は、私たちが食べることを前提に使われているのだ。間違えば私たちの健康を破壊する毒物でもあるのに、決定過程が見えにくいのだ。


小売店で販売される有機農産物。まだ日本での需要は十分に増えていない

 ▽土壌から生まれた工業製品

 しかし、基準値を緩めてまで、なぜ農薬を使う必要があるのだろうか。責任の一端は、消費者にもある。農産物は、虫食いの痕があったり、形や色が悪かったりすると「B品」と言われて安値で取引される。形が均一で表面に傷がなく、ピカピカの「きれいな野菜」にしないと、消費者に買ってもらえないのだ。日本は病害虫の発生しやすい温暖多雨な気候で、通常は、農薬や化学肥料をたっぷり使わないとこういう野菜はできない。まさに「土壌から生まれた工業製品」だ。

 フランスでは、有機農産物の需要が増えたことで、農業に新規参入する若者の多くが有機農業を選ぶという。一方、日本では需要が増えない。有機農産品の価格の高さが一因と考えられているが、有機栽培と同じ手法でリンゴ園を経営する鹿児島大学の林國興名誉教授によると「見た目を気にしない客がいれば採算は十分とれる」そうだ。要するに、私たちが「きれいな野菜」が安全だと思い込んでいる限り、有機農産物の需要は増えないのである。「今だけ、金だけ、自分だけ」ではなく、健康で過ごせる未来の時間を買っていると思えば、価格の高さも許容できる。未来の子どもたちのことにも思いをはせ、消費者も意識を変える時期に来ている。

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