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差別助長する国交省のガイドライン案 事故物件が自死遺族を追い込む

47NEWS / 2021年9月8日 7時30分

国土交通省

 死は忌むべきものなのか。それとも忌むべき死と、そうでない死があるのか。あるいは、生きとし生けるものに必ず訪れる終止符として、等しく受け入れるべきなのか。本来はそのような問いがまず、あるべきだった。しかし、その問いは正面から取り上げられることもなく、私たちの内なる偏見や差別をそのままにして、通り過ぎてしまったかにみえる。(共同通信編集委員=佐々木央)

 ▽死の事実は告知するべきか

 国土交通省が「宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵(かし)の取扱いに関するガイドライン(案)」をまとめ、策定の最終段階に入っている。長くて分かりにくい標題だが、簡単に言えば、入居者が死亡した“事故物件”について、死の事実を次に買う人や借りる人に告げる必要があるか、あるとすればそれはどんな場合かという問題に対し、国が示すガイドラインの最終案である。

 標題の「瑕疵」は、なじみのない言葉だが、「かし」と読み「傷や欠点」を意味する。法律的には「通常あるべき品質を欠いていること」とされる。2020年4月施行の改正民法によって、瑕疵は「契約不適合」と呼ぶことになったが、瑕疵の方がなじみがあり、ガイドライン案も使っているので、本稿も瑕疵と呼ぶことにする。

 民法には「瑕疵担保責任」という言葉がある。例えば家を購入し、住んでみて初めて雨漏りが見つかったら、隠れた瑕疵があったとして、買い主は損害賠償を求めたり、契約を解除したりすることができる。

 雨漏りや施工不良なら、確かに「隠れた瑕疵」だと納得するけれど、標題の「心理的瑕疵」とは何だろう。国交省のガイドライン案は冒頭、こう書き起こす。

 ―不動産取引においては、取引の対象となる不動産にまつわる嫌悪すべき歴史的背景がある場合に、いわゆる心理的瑕疵があるといわれ、とりわけ住宅として用いられる不動産において、過去に他殺、自死、事故死など、人の死が発生した場合、当該不動産が心理的瑕疵を有するか問題となる―

 ガイドライン案は「嫌悪すべき歴史的背景」が心理的瑕疵であり、他殺や自死、事故死といった事象が発生した住宅について、心理的瑕疵があるかどうかが問題になると述べる。法の領域の問題なのに、「嫌悪すべき」という主観的・情緒的な言葉が登場し、非合理的な内容を予感させるが、問題提起としてひとまず受け入れて先に進みたい。

 ▽瑕疵の有無の判断はスキップ

 ―こうした事案は、買主・借主にとって不動産取引において契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼす可能性があることから、売主・貸主は、把握している事実について、取引の相手方である買主・借主に対して告知する必要があり、過去の判例に照らせば、取引目的、事案の内容、事案発生からの時間の経過、近隣住民の周知の程度等を考慮して、信義則上、これを取引の相手方に告知すべき義務の有無が判断されている―

 ガイドライン案はもともと「他殺や自死、事故死が発生した住宅には、心理的瑕疵があるのか」という問い掛けから出発したはずだった。それを検討して、もし心理的瑕疵の存在が否定されるなら、告知義務の有無を論じる余地はない。ところが、なぜかガイドライン案はその問いを吟味することなくスキップして、判例だけを根拠に、相手方に告知するべき義務が生じるケースや期間の検討に移っていく。

 ここで検討の結論を知るために、共同通信配信記事から「ガイドライン案のポイント」を紹介する。

 ①病気、老衰、転倒や食事中の誤嚥(ごえん)といった事故による死亡の告知は不要。死後、長期間発見されず特殊な清掃が行われた場合は告知する。

 ②殺人や自殺、火災などによる死亡は告知を求める。賃貸物件は3年経過すれば不要とする。

 ③対象は住宅で、居室のほかベランダ、廊下など日常的に使う共用部も含む。

 これを心理的瑕疵の有無という観点から言い換えれば、殺人や自殺、火災による死は物件の心理的瑕疵となり、賃貸の場合、3年間それが消えない。居室のほか、ベランダや廊下といった共用部にも、告知するべき心理的瑕疵が残る。そう読める。

 ▽心理的瑕疵による損失の負担は誰が?

 では、心理的瑕疵という概念を認めると、何が起きるのか。テレビ番組などではしばしば、こんなに条件のいい住宅なのに事故物件だから驚くほど安いとか、事故物件は恐ろしいといった形で、興味本位に取り上げられる。しかし、通常より安いなら、安くなった損失分を誰かが補償の形で負担しなければならない。それは売り主や大家かといえば、違うのだ。

 この問題に詳しい大熊政一(おおくま・まさかず)弁護士に、実例を聞いた。


大熊政一弁護士

 ―神奈川県のAさんの娘は、県内の別の市で賃借していたマンションの風呂場で自死した。家賃は9万5千円だったが、連帯保証人となっていたAさんが請求されたのは計684万円。内訳は家賃補償592万円、部屋の改修費用見込み額92万円だった―

 「家賃補償が高額だったのは、補償期間を6年8カ月分と設定したからです。最初の2年8カ月間は満額、次の2年間は約8割、最後の2年間は約5割でした。改修費用にはユニットバスに加え、部屋の床面、壁、天井の張り替えなどほぼ全面的な改装費用が含まれていました」

 Aさんの代理人として大熊さんが交渉し、家賃補償を2年に圧縮したり、改装工事をユニットバスだけにさせたりして、最終的に約257万円になった。「ご遺族のAさんが現地に行ってみたら、対象物件に入居者が居ることも判明しました」

 家主の親戚が経営している会社の新入社員に、2カ月だけ社宅として提供していたことが分かり、その期間の請求は控除することになったという。

 「法外な請求だった」と大熊さんが言うのは、Bさんのケース。

 ―Bさんの20代の娘が元同僚の女性と一緒に、X社の賃貸マンションの風呂場で自死した。部屋の家賃は月6万7千円、共益費は2千円だったが、X社からの請求額は1531万円。内訳は9年分の賃料と2年ごとの更新料、発見時に警察が部屋に入るために破壊したサッシ代、ユニットバス交換工事費に加え、マンションの他の9室の賃料10年分の10%相当額も含まれていた―

 大熊さんが交渉するが、X社の姿勢は強硬だった。そこでBさん側から債務不存在確認の訴訟を起こした。裁判所がX社を説得、3年分の賃料相当額、ユニットバス交換費用など約328万円で和解した。

 ▽法律上の概念として適切なのか

 親族が自死すれば、ほとんどの家族は精神的に大きなダメージを受ける。「助けられなかった」と自責の念に苦しんだり、喪失の悲しみから後追いを考えたりする人もいる。そのような苦境にある人に対して、心理的瑕疵が追い打ちをかけるのだ。

 全国自死遺族連絡会代表の田中幸子(たなか・さちこ)さんは、実態を次のように説明する。田中さんは全国の3千人以上の自死遺族とつながり、日夜を問わず相談を受け、支援してきた。自身も長男を自死で失っている。

 「賃貸物件における自死に対しては、多年にわたる家賃補償だけでなく、おはらい料や自死現場以外の全面改装、クーラーなどの備品の買い替えまで請求されることがあります。アパート1階に住む大家の家族5人への慰謝料として1人50万円、計250万円を請求されたケースもありました。このような過大な請求に対し、遺族はカードローンで借りてまで、黙って支払っているのが実情です」


田中幸子さん

 08年に東京のアパートで自死した男子大学生の遺族には、アパート1棟丸ごとの建て替え費用として、親に1億2千万円の請求書が来たという。賠償だけでは足りず、謝罪文を書くよう迫られた遺族もいる。

 法律上の概念としての心理的瑕疵は否定されるべきだ。大熊さんはそう主張する。

 「そもそも瑕疵とは物理的なそれを意味します。そのような有力な学説もあります。それを拡張し、安易に心理的瑕疵を認める判例や実務の在り方は、世の中に広まっている偏見と差別意識を助長する結果になります」

 大熊さんの言う偏見や差別意識とは何か。それは自死や事件による死を、病死や事故死と峻別し、嫌悪し非難するべきものと捉える見方、意識だ。そうだとすれば、国交省のガイドライン案は、現状の枠組みを肯定することによって、今ある偏見や差別を合理的と認め、助長することになる。

 その部屋で誰かが死んだと聞いたら、避けたいと思う人は少なくないだろう。だが、それは法的に正当な要求として保護されるべきなのか。自死や事件による死の実態について、私たちはもっとよく知り、それに向き合う社会の在り方について、もっと考えるべきではないか。

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