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ミャンマー人原告の声届かず 裁判の壁と緊急避難措置のはざまに置き去り 知られざる法廷からの報告

47NEWS / 2021年9月30日 7時0分

ミャンマー・ヤンゴンで軍政に抗議しするデモ=7月14日(AP=共同)

 「ミャンマーは民主化されたように見えた時期でも軍の影響力が根強く残り、市民は迫害の恐れを抱いていた。クーデターで、恐怖は現実となった」。裁判でこう主張して難民認定を求めた男性の訴えを、3人の裁判官は退けた。

 日本に来て20年、男性は一時的に収容を解かれた「仮放免」の状態だ。就労は禁じられ、健康保険には入れない。祖国にも帰れない。どこに生きる場を求めろと言うのか。「知られざる法廷」からの問い掛けを検証する。(ジャーナリスト、元TBSテレビ社会部長=神田和則)

 ▽“民主化”後も国軍を恐れる

 「本件訴えのうち難民認定の義務付けを求める部分を却下する」

 9月16日、東京地裁の清水知恵子裁判長が判決を言い渡した。原告席のミャンマー人男性Aさん(43)に法律用語は難解だったのだろう。法廷を出た後、代理人の渡辺彰悟弁護士に小声で「ダメ?」と確認して、肩を落とした。

 Aさんはミャンマーが軍事政権だった2002年、韓国を経て日本に入国した。

 06年、不法在留容疑で逮捕され、有罪判決を受け入国管理局(現・出入国在留管理庁)に収容、退去強制令書が出されたが「仮放免」となった。その後は、国軍を批判するデモや雑誌の編集・発行、講演会の開催などに関わってきた。

 ミャンマーは11年に民政移管された後も、議会の4分の1は、国軍の最高司令官が指名する「軍人議席」が占めた。軍が国防相や治安・内務相、国境担当相の任命に関与する制度も続いた。

 Aさんはこうした「権力の二重構造」に残存する国軍の影響力を恐れ、過去4回、難民認定を申請した。しかし入管が認めなかったため、19年に難民不認定とした国の処分取り消しなどを求めて提訴した。

 裁判の争点は、大きく二つあった。

 一つは、当時の入国管理局がAさんを難民でないと判断した2015年3月時点での国軍の影響力をどう捉えるか。

 もう一つは、難民の定義である「(政治的意見などを理由に)迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有する」かどうかを、どんな事情を基礎としてどう判断するかという問題だ。

 ▽「迫害受ける恐れ」消滅したか

 判決を検証してみたい。

 第一の争点について判決は、憲法上国軍に特別な地位が保障されていたことや、一部の少数民族に対する弾圧などは認めた。しかし、一般国民の人権の面では、新政府の下、民主化が進められ、政治犯の恩赦や報道の自由を含む表現の自由が保障されていたと述べた。

 そして「その状況は、21年のクーデター後とは一線を画していたと言うべき」と切り離し、軍の影響力よりも民主化の進展を優位に捉えた。


国軍によるクーデターなどを批判する在日ミャンマー人ら=8月、外務省前

 Aさん側は、民政移管された11年以降も報道関係者や文化活動に対する弾圧が続いていたと主張した。国連人権理事会の調査団の報告書が、少数民族に対する人権侵害や虐待を明らかにして「軍は日常的に民間人を標的とし無差別攻撃を遂行している」と指摘した事実も示した。

 日本政府が11年を境にミャンマー人の難民申請者に対する姿勢を転換したことは、統計からも明らかだ。06年から10年までの5年間で、172人を難民認定し、1209人に対し人道的な配慮で在留を認めた。しかし11年以降15年までは難民認定が41人、人道配慮403人、さらに民主化運動のリーダー、アウン・サン・スー・チーさんが国家最高顧問になった16年から18年は、難民認定1人、人道配慮9人と激減した(全国難民弁護団連絡会議のまとめ)。

 これは国際的な潮流と異なる。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の国際統計では、11年以降もかなりの割合でミャンマー難民が認定されている。

 欧米諸国と日本のミャンマー情勢に対する認識の違いに加え、難民の保護を保障した難民条約の精神の捉え方に大きな落差があることが作用しているのではないか。

 ミャンマー情勢の認識という点では、いったん難民と認定された人が難民でなくなる場合を、難民条約の1条Cが「終止条項」として定めていることを考えてみたい。

 その第1項は「任意に国籍国の保護を再び受けている場合」、第2項は「国籍を喪失していたが、任意にこれを回復した場合」と続くが、ここでは第5項と6項の「難民であると認められる根拠となった事由が消滅した」場合が問題となる。

 それは具体的にどんなケースなのか。UNHCRのハンドブックは「国における本質的な変化」があって、「それにより迫害の恐怖の基礎がなくなると考えられるようなものをいう」とする。ミャンマーの場合であれば、国軍の国政への関与が完全に消滅したときだろう。

 ハンドブックはさらに「難民の地位を頻繁に見直すことは、国際保護が提供しようと本来意図している難民の安心感を損なうものであって、原則として行われるべきではない」と警告している。

 関連して興味深い判決がある。18年12月、東京高裁はスリランカ人の難民認定をめぐる訴訟で、この終止条項に該当するかどうかを判断するには「根本的、安定的かつ永続的に、迫害を受ける恐れが消滅したことが客観的にかつ立証可能な方法で確かめられた」場合と判示している。

 こうした考え方を援用すると、11年以降のミャンマーが「難民と認められる根拠となった事由が消滅した」と言えないことは明らかだろう。

 民政移管した後のミャンマーが「根本的、安定的かつ永続的に、迫害を受ける恐れが消滅したことが客観的にかつ立証可能な方法で確かめられた」とは到底言えない。

 クーデター後の無差別的な弾圧から顧みれば、火種は続き、時に暴発していたと考える方が自然だ。

 ▽軍の弾圧と抵抗する市民という構図

 第二の争点は、難民の定義である「迫害を受ける恐れ」を判断する際の考え方だった。

 判決は、難民条約が規定する「迫害を受ける恐れがあるという十分に理由のある恐怖を有する」難民と認定するためには、本人が恐怖を抱いている「主観的事情」の他に、通常の人が同じ立場に置かれた場合にも恐怖を抱くという「客観的事情」が必要だとした。

 そのうえで、民主化が進められていた当時の状況は「仮に原告の活動が当局に知られたとしても、これを理由に迫害が加えられる状態にはなかった」「Aさんが迫害の恐怖を抱くような客観的な事情があったとは認められない」と述べた。

 判決の趣旨をありていに言えば、Aさんは国軍から個別に把握されたり、特に注視されたりしているというほどの政治活動はしていないので「難民には当たらない」ということだ。

 裁判でAさん側はこの「個別把握説」を基準に難民性を判断することに反論した。国際的な難民法研究者の考え方に立って「軍に目を付けられているかどうかを基準とするのではなく、難民を申請した人の政治的行動や行為を、軍が知った時にどうなると予想されるのか、同じような立場をとる人の身に何が起きているのかを見るべきだ」と主張してきた。

 ミャンマーで軍の暴力の犠牲になった人たちは、決して軍が標的としてきたリーダーや著名人ばかりではない。多くは軍に把握も注視もされていない、ごく普通の市民だ。

 Aさんが司会した日本の講演会で講師を務めたミャンマー人作家はいま、身柄を拘束され、ネットで影響力ある発信をしてきたAさんの親類は当局の目を逃れて行方が分からないという。

 個々の事情にとらわれすぎて、軍の無差別的な弾圧と抵抗する市井の人々という大きな構図を見失ってはならない。


クーデターを起こしたミャンマー国軍に抗議する人々=7月14日、ヤンゴン(ゲッティ=共同)

 Aさんの代理人の渡辺弁護士は「いつ、何時、命を奪われるか、連行されるかわからない。そんな空気が漂う中で暮らしている人たちに思いを寄せ、保護しようとするのが難民条約だ。そのことを、もう一度、日本は肝に銘じる必要がある」と語る。

 ▽救済にならない“緊急避難措置”

 裁判で負けたAさんは強制送還の対象となる。控訴の手続きをしたが、司法の壁は厚い。

 振り出しに戻って難民認定を申請する選択肢もあり得たのだが、そこではまた、新たな問題に直面する。

 軍事クーデター後の今年5月、出入国在留管理庁は、本国の情勢不安を理由に在留を希望するミャンマー人に対し、緊急避難措置として6カ月の在留延長を認めるという方針を打ち出した。

 しかしいま、最大の焦点は、Aさんのような非正規滞在者で、難民認定を求めている人たちだ。実はその後も難民認定の可否の判断は遅々として進んでいない。入管庁は、制度上、難民申請者はその結果が出るまで在留資格に手を付けられないとしているので、申請中の場合は緊急避難措置が適用されないのだ。

 9月半ば、非正規滞在で難民申請をしている女性がコロナに感染して肺の機能が低下、渡辺弁護士にSOSの電話が入り、救急搬送を依頼するという出来事があった。保険に入れない女性は救急車で運ばれる際にも医療費を心配していたという。

 同様の立場にあって家族を抱えながら何もできないことを悲観して自殺を図った男性(未遂)の連絡も届いた。4カ月たって進展がない「緊急避難」が、命を脅かしている。

 誰もが仕事をして収入を得て、自分の力で自分の人生を切り開きたい。その力もある。ところが母国を逃れた先の日本は、それを認めない。Aさんのような立場に置かれた人たちは、日々、人としての尊厳が奪われていく。

 祖国のクーデターが何を意味するのかを自ら法廷で証言し、生きる望みを託したAさん。裁判所を去っていく後ろ姿が、目に焼き付いて離れない。

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