【ディスコファッション激闘史】「サタデー・ナイト・フィーバー」から40年…コギャルブームで「クラブ」は「パラパラ」に

夕刊フジ / 2018年5月17日 17時8分

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無表情でコギャルと踊る小力が受けた(夕刊フジ)

★(4)

 バブルがはじけた1990年代末になると、あれほどイケイケドンドンだったディスコブームもついに終焉を迎える。

 風営法の改正でディスコの営業時間は深夜0時までになってしまい、六本木や銀座、芝浦などで一世を風靡した人気の大箱ディスコは、どこも閑古鳥が鳴いて次々と閉店する。週末の夜になると遊んでいたボティコンOLやDCブランドスーツを着たサラリーマンの姿も、すっかり見かけなくなってしまった。

 この時代に、ディスコに代わって台頭してきたのが、風営法の網をくぐって渋谷や恵比寿などに生まれたクラブである。

 ディスコとクラブの違いをザックリと言うと、ディスコは内装、音響、照明、かかる音楽をトータルでデザインしたダンスフロアを設置してDJを雇って、客にアルコールと食べ物を提供して盛り上がる娯楽施設。

 一方、クラブは音楽とダンスを楽しむフロアがあるバーという捉え方で、イベントや曜日ごとに主催者がいて、毎回違った主催者にフロアを提供することで、かかる音楽もハウス、トランスとDJによって変わる。

 DJもディスコみたいに叫んで客を煽るのではなく、片耳にヘッドホンをつけて曲をミックスしながらターンテーブルで皿(レコード)を回す。

 もっと簡単に言えば、ディスコは80~90年代の昔の曲をかけるところで、クラブは今どきの音楽を流すところである。

 ちなみに呼び方は語尾のイントネーションを上げて「クラブ」と言う。サタデーナイトにフィーバーした世代は語尾を下げて「クラブ」と言ってしまって、年がバレてしまうのだ。

 2000年代に入ると、そのクラブも変化してくる。ガングロにメッシュの入ったヘアスタイル、そしてルーズソックスというコギャルブームの到来だ。

 代々木公園などで「パラパラ」を踊るコギャルたちのサークルがクラブでイベントを開催するようになり、パラパラブームの追い風にのって、神楽坂の「ツインスター」や六本木の「べルファーレ」といった大箱ディスコも復活。

 コギャルたちの間で、ツインスターは“パラパラの総本山”と呼ばれた。お笑い芸人の長州小力がユーロビートの「ナイト・オブ・ファイヤー」の曲にのってパラパラを踊るギャグもブームになった。(いであつし)

 ■「パラパラ」 テクノ調のユーロビートの曲にのって盆踊りのような単純な振り付けでコギャルたちが同じ動きをして一斉に踊るダンス。

 ■「長州小力」 長州力のモノマネ芸人。パラパラダンスと「キレてないっすよ」というギャグがはやった。

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