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映画『ラストマイル』、物流問題を「自分事」として考えさせる作品構造の強さ。併せて見てほしい2作品

オールアバウト / 2024年8月29日 20時45分

映画『ラストマイル』、物流問題を「自分事」として考えさせる作品構造の強さ。併せて見てほしい2作品

大ヒットを遂げている映画『ラストマイル』、その挑戦的な試みが見事に成功した理由を解説するともに、連想した2つの実写映画を紹介しましょう。(※サムネイル写真は筆者撮影)

2024年8月23日より映画『ラストマイル』が劇場公開中です。同作は初日から3日間で動員66万2000人、興行収入が9億7800万円となる大ヒットスタートを切りました。評価も絶賛の声が多く、映画.comでは4.0点、Filmarksでは4.2点(記事執筆時点)とレビューサイトで高評価を記録しています。

ここでは、日本の大作映画としては挑戦的な試みを、商業面でも映画本編でも成功させていることを称賛するとともに、SNSで共通点が語られている2本の実写映画(さらには国民的なアニメ映画のセリフも)を紹介しましょう。

多くの人に訴求する戦略の巧みさ

この『ラストマイル』は、絶賛されたテレビドラマ『アンナチュラル』『MIU404』(ともにTBS系)と世界観がつながる「シェアード・ユニバース・ムービー」という触れ込みがされていますが、それらのドラマを見ていなくても全く問題のない作りになっています。物語は完全に独立しているため映画単体で十分に楽しめますし、ドラマ版のファンは見知ったキャラクターの再登場に喜べるというバランスになっているのです。

あらすじは、世界規模のショッピングサイトの流通センターから配送された荷物が爆発する事件が発生し、着任したばかりのセンター長と、チームマネージャーが一緒に事態の収拾にあたるというもの。大規模なロケにより実現した、日頃から利用している物流の世界を垣間見る感覚が知的好奇心を刺激しますし、「犯人はどうやって爆弾を仕掛けたのか?」「そもそもの動機は?」といったミステリーにグイグイと興味を引かれることでしょう。

「あの人気ドラマで知っていたキャラクターとまた会える」「それでいて本作からでもOKなあらすじかつエンタメ性も推している」といった触れ込みや本編の特徴は、多くの人に訴求する戦略としては非常に巧みでもあると思います。ドラマに引き続き、今作も監督・塚原あゆ子と脚本家・野木亜紀子という作り手のタッグが共通していて、「作品のクオリティは保証済み」であることも大きかったことでしょう。

意図的な「ドライな語り口」「スッキリしない」印象も

多くの人への訴求力を備えたエンタメ作品である一方で、物流に関わる問題、特に労働者の現実的な視点を入れ込んだ「社会派」の内容にも仕上がっています。

センター長とチームマネージャーという2人の主人公だけでなく、統括本部長、運送会社の関東局局長、委託ドライバーの親子など複数の視点が交錯しており、それぞれが(連続爆破事件が起こった後でも)「仕事を淡々とこなしている」ように見える場面もあり、語り口も「ドライ」といえるものでした。

しかも、映画の中盤までは爆弾魔の正体も目的も意図的にはっきりとはさせず、明快な解決への糸口さえも見えず、あまつさえ多数の人間や利益が関わる物流の「システム」を止めるわけはいかないという事情も見えてきます。キャラクターそれぞれが、システムの「歯車」のようにさえ思える場面もありますし、劇中の多くで「つかみどころのない」感覚もあり、物語そのものも「悪人を倒して終わり」といった単純な帰結にはなっていません。

現実の世界で起こり得る、簡単には解決できない社会問題を描いている本作で、そのように「スッキリとさせてくれない」語り口は、むしろ誠実なアプローチであると思えたのです。

観客に「自分ごと」として考えさせる作品構造に

「ドライな語り口」「スッキリしない」印象は、イコールで分かりやすいカタルシスを与えてはくれないということでもありますし、前述してきたエンタメ性を減じてしまう理由にもなり得ます。だからこそ「ハマらなかった」意見ももちろんあるものの、本作を多くの人が称賛しているのは、そうした作り手の意図をポジティブに受け取っているということででしょう。

物流というなじみのある事象を扱うことで、観客が消費者として少なからず劇中の出来事に関わっている、誤解を恐れずにいえば劇中の「罪」に知らず知らずのうちに加担しているのかもしれないと、問題を「自分ごと」として考えられる構造も持っています。それは新聞の記事やテレビのニュースでは成し得ない、「物語」をキャラクターと一緒に追える、映像作品における意義の1つであると、改めて思えたのです。

そう考えると、前述した「シェアード・ユニバース・ムービー」の試みも単なるファンサービスにとどまっていません。それぞれの作品のキャラクターが劇中の事件に関わっていること、「あの人も無関係ではなかった」と思えることが、この『ラストマイル』で掲げられた問題もまた「現実の自分にも関係がある」のだと、メタフィクション的にリンクをしているように感じられるのです。

現実の物流でも、特にラストワンマイル(商品が最後の物流拠点から顧客に届くまでの最終区間)における配達の増加や再配達の多発、そもそもの配達員の不足に伴う過重労働、安全や健康へのリスクなどの問題が指摘されています。エンタメとして楽しむ以上に、多くの人が物流の問題はもちろん、現実の社会にあるシステムに関心を向けるきっかけにもなる本作の功績は、これから先も語られていくのではないでしょうか。

宅配ドライバーの家族が悪循環に陥る『家族を想うとき』


この『ラストマイル』から多くの人が連想しているのが、2019年のイギリス・フランス・ベルギー合作の映画『家族を想うとき』です。劇中で主に描かれるのは、宅配ドライバーのブラックな労働環境に父親が心身ともに疲弊していき、さらに家族間でボタンの掛け違いが次々に起こるという悪循環。『ラストマイル』における、委託ドライバーの親子のパートのみを描いた作品ともいえるでしょう。

原題が『Sorry We Missed You(お会いできずにすみません)』という「不在票」の言葉になっているのは、つらい状況でも「謝った上で、それでも仕事を続けるしかない」労働者とその家族の悲しみを表現しているかのようでした。見ていてとてもつらい内容でもありますが、親しみやすいユーモアも込められていますし、だからこそ確かな家族の愛情に涙を禁じ得ない傑作に仕上がっています。

季節労働者の問題を簡単にジャッジしない『ノマドランド』


2021年に公開され、第93回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞の3部門を受賞したアメリカ映画『ノマドランド』は、車上生活を送りながらも、季節労働の現場を渡り歩く女性を描いたロードムービーです。実際にAmazon.comの倉庫で働く高齢女性の記事が着想元になったノンフィクション本を原作としており、もちろん大局的に労働者の問題を考えることもできる内容ですが、決してその問題だけを糾弾する内容にはなっていません。

実際の車上生活者たちを多く起用する「半ドキュメンタリー」な特徴を持っていますが、それぞれの生活を大自然の美しい光景とともに映すこともあって、恣意(しい)的に観客を誘導するような作りにはなっていない、問題に対して単純なジャッジを下したりもしないのです。一面的ではない労働者の姿、人間としての在り方を示すこともまた、映像作品の役割なのだと思うことができました。

『魔女の宅急便』から改めて思うことも


さらに、日本の言わずと知れたアニメ映画『魔女の宅急便』に登場する、「あたしこのパイ嫌いなのよね」という言葉に、『ラストマイル』を連想したところもあります。表面的にはその少女の言葉は無神経に感じてしまうところですが、実際は宮崎駿監督が言うように「ああいうことを経験するのが仕事なんです」「世間にはよくあること」であり、そのこと自体は大したことでもないともいえます。

それでも、この言葉を反面教師として、消費者側が配送(物流)の仕事をしている人への苦労を考えることには意義がありますし、最低限の敬意も見失ってはならないとも思えるのです。

実際に『ラストマイル』には2人の子どもと暮らすシングルマザーという消費者側からの視点もありますが、それは『魔女の宅急便』とは良い意味で対照的(あるいは似ている)と思えました。ぜひ、そうした多角的な視点も含めて、これらの作品に触れてみてほしいです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
(文:ヒナタカ)

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