「アイヌはタブーではない」世界から注目を集める新鋭監督が訴える思い
ananweb / 2020年10月16日 19時40分
ここ数年で「多様性」という言葉が頻繁に使われるようになっているものの、言葉だけがひとり歩きしているように感じることがあるのも事実。そこで、日本国内に存在する文化の多様性を映し出した注目作をご紹介します。それは……。
海外でも話題の『アイヌモシㇼ』
【映画、ときどき私】 vol. 330
北海道阿寒湖畔のアイヌコタンでアイヌ民芸品店を営む母親のエミと暮らしている14歳の少年カント。アイヌ文化に触れながら育っていたが、1年前に父親を亡くしたことがきっかけとなり、アイヌの活動から距離を置いていた。
アイヌコタンの中心人物で父親の友人でもあったデボは、来年には高校進学で故郷を離れることになっていたカントに、アイヌの精神や文化を教え込もうと試みる。徐々に理解を示すカントの姿に喜ぶデボは、密かに育てていた子熊の世話をカントに任せることに。しかし、実はこの子熊は“イオマンテ”と呼ばれる熊送りの儀式のために飼育していたのだった……。
ニューヨーク・トライベッカ映画祭の国際コンペティション部門において、長編日本映画史上初となる審査員特別賞を受賞した本作。タイトルの『アイヌモシㇼ』とは、「神の国」という意味を持つカムイモシㇼと対をなす言葉で「人間の国」という意味があります。そこで、作品に込めた思いについて、こちらの方にお話をうかがってきました。
福永壮志監督
長編2作目となる本作は、国内外で注目を集める福永監督が5年もの歳月をかけて完成させた意欲作。今回は、北海道で生まれ育った監督だからこその経験や長年の海外生活で得た視点ついて語っていただきました。
―アイヌという題材は繊細なことなので、批判されるかもしれないという不安が当初はあったそうですが、実際周りの反応はどうでしたか?
監督 最初は、各映画制作会社からはまったく興味を持ってもらえなかったですね。「おもしろいね」と言ってくれる人がいても、現実的にお金を集めて映画にするということに対して可能性を見てくれる人はなかなかいませんでした。特に、僕は俳優ではなく、現地の人に出演をお願いしようと考えていましたから。制作のパートナーを見つけることもそうですし、一時は撮れるかわからない状況に陥るほど資金集めには苦労しました。
―なかなか厳しいスタートだったんですね。では、アイヌのみなさんのリアクションはいかがでしたか?
監督 現地に直接行ってお話を聞いてみると、過去に「アイヌのことを記事にしたい」とか「写真を撮りたい」と言った人たちのなかに失礼な態度を取った人がいたことがあり、そこに対する警戒心を抱いている方もいらっしゃいました。そんなふうに人によって反応はさまざまでしたが、きちんと作品の真意を伝えることで、ひとりずつ徐々に信用してもらっていったという感じですね。本当に、ひとつひとつの積み重ねでした。
―今回は、阿寒湖のアイヌコタンに暮らすみなさんが実際に出演されていますが、説得にも時間がかかったのでしょうか?
監督 海外のインディペンデント作品では、俳優ではない人に出演してもらって撮ることはわりとありますが、日本ではそういった作品はまだまだ少ないので、最初はあまりわかってもらえないところもあったと思います。でも、「アイヌの役をアイヌの人で撮ることに意味があるんだ」という僕の思いを伝えて、理解してもらうことができました。
内面の下地があるおもしろい子だと感じた
―その結果、アイヌの方々のいまがリアルに映し出されていたと思いますが、なかでも初めての演技にして見事な存在感を放っている主演の下倉幹人くんが素晴らしかったです。彼との出会いについて教えていただけますか?
監督 はじめは彼のお母さんであり、本作に母親役でも出演している下倉絵美さんと知り合い、阿寒湖へ行くたびに幹人くんとも会っていました。そのときから口数は少ないけど、考えていることや感じていることはたくさんあって、内面の下地がすごくある子なんじゃないかなと。幹人くんは特に目が印象的なんですが、それはきっと彼の繊細で感受性豊かな心の表れなんだろうと思います。
―ということは、幹人くんありきでこの脚本を書かれたところもありましたか?
監督 実は、最初に脚本を書いていたときの主人公は青年だったんです。それを途中で少年の設定を変えたんですが、そのときにこの役は幹人くんしかいないなと。そこから彼と遊んだり、話をしたりするなかで距離を縮めていきました。カメラの前で彼がどれだけ自然な状態でいられるかを最優先事項にしていたので、それを基準にすべてを決めていきましたし、スタッフの人数も最小限で撮影しています。
―そのなかで新聞記者役と先生役だけは、リリー・フランキーさんと女優の三浦透子さんを起用されています。このキャスティングの意図を教えてください。
監督 観光客の役などは釧路の市民劇団の方々にお願いしたんですが、この2つの役に関しては、“外からの視点”を持ちながら中の人間と接するという少し違う役割があったので、そこで求められているものを表現できるのはプロの役者さんしかいないと思い、おふたりにお願いしました。
役者ではない人たちのなかにスッと入り込むのは簡単なことではありませんが、おふたりとも現地の方々との距離を縮めながら自然に演じてくださったので、適役だったと思っています。
アイヌと距離があることはもったいないこと
―監督は北海道のご出身ですが、「アイヌ」という言葉をタブーのように感じながら思春期を過ごしたとか。北海道の方々にとってもアイヌは、近いようで遠い存在なのでしょうか?
監督 そうですね。地域差もあるとは思いますが、僕が学生時代だったころは、“聞きたくても聞いてはいけないこと”のような印象があり、距離がありました。
ただ、いまでは学校でもアイヌのことについてももう少しきちんと取り上げていると聞きましたし、マンガや国立博物館もできたりして、最近は「アイヌ」という言葉を聞く機会が以前に比べると増えているとは思います。
―この作品を作る過程でさまざまなリサーチもされたと思いますが、ご自身が抱いていたアイヌに対するイメージは大きく変わりましたか?
監督 それはだいぶ変わりましたね。少なからず、前は彼らの現実の姿とは違うイメージをどこかで持っていたとは思うので。でも、そういった先入観はこの作品の制作を通して、なくなりました。
これまではいろいろな理由からアイヌに対して距離がありましたが、それはなんてもったいないことなんだろうと感じましたし、本当にたくさんのことを学ぶことができました。とはいえ、知った気になってしまってはいけないと思いますし、映画に出演していただいたみなさんとの関係性もできたので、アイヌのことはこれからも少しずつ学び続けたいと思っています。
何も知らずに来てしまったことに気づかされた
―そのなかでも、新たに得た気づきとは何ですか?
監督 まずは自分の文化やルーツとどう向き合うかという葛藤や悩みは、誰にでも共通して言えることなのではないかということですね。ただ、アイヌの場合は他の多くの民族に対して人数が少ないので、「自分がやらないとその文化がなくなっていってしまう」という危機感の感じ方は違うと思います。
それに比べると、アイヌ以外の日本人である僕たち和人(わじん)はたとえ着物の着方を知らなくても、能や歌舞伎といった伝統芸能ができなくても、それを継承している人が他にいるということがわかっていて、そういった危機感を感じることはなかなかないですから。
―確かにそうですね。監督がアイヌを撮りたいと思われたのは、アメリカに渡ったあと、ネイティブアメリカンについて興味を持たれたときだそうですが、アメリカ人とネイティブアメリカンとの関係性に惹かれるものがあったのでしょうか?
監督 まずアメリカではネイティブアメリカンの存在がもっと身近にあり、そもそも彼らの土地を奪っていまの自分たちがいるという認識がしっかりとあるのを感じました。アメリカ人のネイティブアメリカンに対する向き合い方や意識の高さは、日本におけるアイヌの状況とはまったく違うんだなと。
そして、ネイティブアメリカンの精神世界や考え方について興味を持つうちに、自分が生まれ育った北海道にも先住民のアイヌがいるのに、何も知らずに来てしまったことにもふと気づかされ、恥ずかしいと思いました。そこで、もっとアイヌのことを学びたいと思いましたし、これまでアイヌについてきちんと撮られた映画がなかったので、アイヌの人がアイヌを演じる映画を作ることに意味があると感じて、いつか作りたいと考えるようになりました。
自分が経験したマイノリティの差別が作品に繋がっている
―アメリカに行ったことで、日本人とアイヌのことやご自身のことについて改めて考えるきっかけになったんですね。
監督 そうですね。もし、アメリカに行っていなかったら、この作品は撮っていなかったかもしれません。去年日本に拠点を移すまで、16年間向こうで活動していましたが、そのなかでアジア人としてマイノリティであることでの差別や偏見を受けたこともありました。そういった経験を通して感じた気持ちや憤りが、1本目の『リベリアの白い血』でも今回の作品でもマイノリティを題材に選ぶということに通じていると感じています。
―なるほど。そういったご自身の経験が作品の根底と繋がっているんですね。
監督 僕は普遍的な人の姿や本質をきちんと描いた作品なら、観る人のバックグラウンドに関係なく感動を与えられると思っています。そうすることで差別や偏見をなくすことにも繋がるのではないかなと考えていて、それはなぜかというと、登場人物に感情移入して映画を鑑賞する体験は思いやりの気持ちを育むと思うからです。
僕自身、自分とは全く違う世界の物語なのに感動できる作品に触れてきたので、今度は逆の立場から映画を通じてそういうことが少しでもできたらいいなと願っています。
―それでは、いままであまり身近なことと受け止めてこなかったアイヌ以外の日本人が、これからアイヌの方々とどのように向き合えばいいのか、ご意見をお聞かせください。
監督 やはりまだまだ歴史認識が浅いと思うので、まずはアイヌの土地を奪っていまがあるということを理解し、それを心にとどめたうえで一緒に何ができるかを考える必要があるのかなと思っています。いまアイヌの人たちが置かれている現状を変えようとしたときに、彼らだけでは解決できない問題も多いと思うので、僕たち和人も一緒に向き合っていけたらと。
だからといって「政治活動をしましょう」とかといったことではなく、日本の問題のひとつとして身近に考えてほしいということを伝えたいです。知ったうえで何をするかは個人の選択なので、まずは知ることから始めるのが大事だと思っています。
知られざるアイヌの世界に触れる!
これまで教科書やニュースのなかでしか目にすることがなく、どこか遠いものとしてとらえられていたアイヌ。彼らの多様性に満ちた文化や自然の美しさ、そして「アイデンティティとは何か?」に触れることで、同じ日本人として守るべきものの大切さに気づかされるはずです。まずは、この作品で“知る”という一歩を踏み出してみては?
琴線に触れる予告編はこちら!
作品情報
『アイヌモシㇼ』
10月17日(土)より、渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
配給:太秦
©AINU MOSIR LLC/Booster Project
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