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ブレイディみかこの未来を決めた、アイルランドで出会ったおばちゃんの言葉

ananweb / 2022年1月7日 20時30分

ブレイディみかこの未来を決めた、アイルランドで出会ったおばちゃんの言葉

英国で暮らしながら、執筆活動を続けているライターのブレイディみかこさん。忘れられないと語るのは、人と人がつながる原体験となった言葉でした。

ブレイディみかこさんが忘れられない言葉。

現在、イギリスで暮らすブレイディみかこさん。最も忘れられないと語るのは、まさに一期一会のつながりだ。

「“つながり”と聞くと自分の周囲にいる、既にconnected、linkedしている人を思い浮かべがちですが、見ず知らずの人とふとつながった瞬間、そこでかけられた言葉が非常に心に残っています。20代の頃、それまで生まれ故郷である日本と、好きなイギリスやアイルランドを行ったり来たりしていた私は、腰を落ち着けようと5年間くらい日本で暮らしていました。でも、人間関係でかなり悩んでいて。毎日のように、“今の人生から逃げ出したいな”とか、“でも悩んでいるのは私のワガママなのかな”“このまま自分を捨てて我慢していけば丸くおさまるのかな”と考えたり、限界に達しつつあったんです。思い詰めた末に、好きなアイルランドに2週間くらい旅行して、一人っきりで考えることにしました。行き先は、ずっと行きたいと思っていた、歌手エンヤの生まれ故郷でもある自然豊かな田舎町・ドネゴール。

泊まるところも決めていなかったので、現地のツーリストインフォメーションで教えてもらった、教会の真ん前にある小さなB&B(簡素な宿)でしばらく過ごしました。そこは家主であるおばちゃんも一緒に住んでいるような宿で、朝食も作ってくれたりするんです。彼女は毎朝、目の前にある教会のミサに行くような熱心なカトリック信者でもありました。もし彼女に『人生から逃げ出したい』なんて相談したら、きっとカトリックの信者らしく『自分を犠牲にして周囲の人たちのために生きていきなさい』って言われるんだろうなって思ったりしながら、あんまり外に出たりもせず、じっと一人で本を読んで過ごしていました。でもあまりに私が暗いからか(笑)、ある朝、おばちゃんが話しかけてくれたんです。日本では何しているの、どんな感じなの? って。二度と会うこともない人だし、きっとここに戻ってくることもないと思うと話しやすくて、日本では家族や友人にも相談できなかったことを洗いざらい喋りました。そしたら彼女は私の話に耳を傾けてくれてから、『人間はね、幸せになるために生まれてきたんだよ。だからあなたがまず幸せになることを考えなさい』と言ってくれたんです。おばちゃんが実際の私の状況を知らない、いわば無関係の人だからそういうふうに言えたのかもしれないけど。でも、たまたまアイルランドで出会った彼女の、『あなたが幸せじゃなければ、周りの人のことも幸せにできないから。あなたが一番幸せになれる方向で決めなさい』っていう言葉が、私の未来を決めたんです」

その言葉はまた、ブレイディさんに人と人とがつながれる可能性を感じさせるきっかけになった。

「私が日本で悩んでいた状況と、アイルランドの本当に北の果てにいるような人の状況は全然違うし、理解できるはずがないんだけれど、それでもその言葉で、人間ってつながれる瞬間があるんだって感じました。だって、おばちゃんの言葉はその時の私にとって、日本にいる誰が言ってくれた言葉よりもグッときたし、そうだよなって思えたから。人間は、苦しさや悲しさ、悔しさをそれぞれの人生で経験していて、そういう意味では同じなのかもしれない。だから、たとえ会ったばかりで、言語も文化も人種も何もかも違ったとしても、誰か苦しんでいる人がいれば言葉をかけることができる。人間はみんなつながっている、つながれるんだよなって。アイルランドでたまたま出会ったおばちゃんと心がつながったことで、個人を超えたところで救いを感じたんです」

置かれた境遇が違っても、人は手を取り合うことができる。

「10年以上前ですが、イギリスで人種差別に反対する運動に関わったことがあります。その時、一緒に運営に携わっていた黒人の知り合いに、何の気なしに『私たち同じだよね』って言ったことがあるんです。イギリスで暮らす中で私はアジア人として差別されることがあり、彼も黒人として差別される立場にあったから。でも、彼はボソッと『僕たちは違うよ』と返しました。よくよく考えたらそうですよね。まだイギリスに来て十数年の私と、ずっと差別をされてきた黒人家庭に育った彼は同じではない。だからパッと線を引かれたんでしょうね。でも彼はこう続けたんです。『僕たちは違うよ。でも、同じことのために闘っているんだ』って。

私たち一人一人はみんな違う。人種も文化も、宗教も違うかもしれない。だけど、同じこと、同じ目的のために一緒に闘うことができて、そこではつながれるんだよって言ってくれた気がして。これも忘れられない言葉の一つです。先ほどの話にも重なりますが、きっと人間って基本的には同じ部分を持っている。ディテールは違っても、出会いや別れ、苦しさといった同じような体験をしているからこそ、誰かに心情的につながれる言葉をかけて救うことも、支えることもできるんだと思うんです」 

ふとした瞬間に、誰とでも心でつながれることがある。そう知っておくことは、気持ちを楽にしてくれるかもしれない。

「もし“つながりを感じられる言葉”を聞くために、一生懸命その人との関係性を築いているとしたら、結構息苦しいじゃないですか(笑)。無理に深くつながろうとすると、“自分はこの人を信頼しているけど、相手はどうなんだろう”と気にかけすぎたり、“この人を逃したら私にはつながれる人がいない”と、つながりを死守しようとしてしまったりしがち。そんなふうに、既にある特定のつながりにすがるより、人間は見ず知らずの人とも心でつながれる力を備えている、ということを信頼するのが大事なんじゃないかって。それに、日本って割と立場を大事にするところがありますよね。親だからこうしなきゃいけないとか、恋人だからこうしないといけないとか…立場がゆえの気負いがあるというか。でも、本当のつながりや深い関係性って、立場とは異なるものだから。そんな気負いがないところから、ふっと誰かを救うような、真摯でピュアな言葉が出てくるのかもしれないですよね」

イギリスの公立中学校に進学した息子の日常を通して、子どもの成長、社会制度の歪みとその背景にある問題など、ブレイディさんの様々な気づきを記した著書『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。その中に、英語しか話せない息子と、日本語しか話せないブレイディさんの父親の、言葉は通じないものの心が通じているかのように見える関係性を描いたエピソードがある。

「立場は“祖父と孫”ですが、遠く離れたイギリスのブライトンと、日本の福岡に暮らしていて、1年に1回、2週間くらい福岡で一緒に過ごすだけ。今はコロナで会えていないし、あんまり家族とは呼べないような関係性かもしれません。言葉も通じないし、お互いの文化もよくわかっていない…でも、二人は確実に通じ合っているんです。言葉がわからないからこそ、お互いがどう思っているか想像したり、気遣い合っているんですかね。言葉は通じていないけど、逆に心のつながりが強いのかもしれません。私が仕事で東京に行く時なんか、昼間は完全に二人っきり。どうして一緒にいられるのか本当に不思議です(笑)」

離れていても、心の距離まで離れているとは限らない。

「近くにいるだけがつながりじゃない、とも思います。両親とは普段離れて暮らしていますが、やっぱり人生の節目節目を知らせたい存在。息子が生まれた時も、入院してた病室は携帯電話が使えないし、連れ合いに電話してもらおうにも英語しか話せないから伝わらないし、ガウンに携帯を忍ばせて、這うようにして病院のものすごい端の非常階段まで行って父親に電話したのを覚えています(笑)。電話口で『(生まれてきた息子は)元気やったー?』って聞かれて、『元気で出てきたよ、保育器には入ってるけど全然大丈夫だよ』って答えたら、何も言わずに泣いたりしてて(笑)。普段会えなかったり、たまに連絡するからこその濃ゆいつながりってあると思うんです。ずっと一緒にいなくても、何かあったら知らせたい! 伝えたい! って感じる相手。そんなつながり方もあると思います」

時に悩みの種にもなり、時に救いにもなる人間関係。

「上手につながらなきゃ、つながりをキープしなきゃって気負っちゃうと、結局つながりの中に自分を縛ることになっちゃうじゃないですか。それは何かにつけて自分の可能性を狭めてしまう。今あるつながり以外の、意外なところにも心に残るつながりが生まれる可能性があると思って、気負いすぎないほうが、きっといいですよ」

ブレイディみかこ 1965年生まれ、福岡県出身。ライター、コラムニスト。’96年から英・ブライトンで暮らし、『子どもたちの階級闘争―ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮社)など著書多数。

※『anan』2022年1月12日号より。写真・Kensuke Hosoya

(by anan編集部)

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