「ニッツ・アイランド」ゲーム映像で構成した本作は“アニメ映画”なのか?【藤津亮太のアニメの門V 113回】
アニメ!アニメ! / 2024年12月14日 17時15分
「ショットの映画(映像)」と「カットの映画(映像)」について考えている。
きっかけは11月30日、映画『ニッツ・アイランド 非人間のレポート』に登壇し、作品の魅力的なポイントについて少しお話をしたことだ。
『ニッツ・アイランド』は、「DayZ」というオンラインゲームを題材にしたドキュメンタリーだ。ゾンビのはびこる世界で「なにをしても生き延びる」ということが主題のこのゲームは現実模倣性が高く、食事をしなければ死ぬし、体調不良も薬を飲むなどの対処をしなければ死ぬ。そして食料も薬も、現地で調達しなければいけない。結果として「ものを持ってる他人を襲うのがもっとも効率的」という“ライフハック”が有効となっている、非常に殺伐としたゲームだ。
フランス人のドキュメンタリー・クルーがこの「DayZ」に参加し、そこで963時間を過ごし、ドキュメンタリーを撮影した。それが本作だ。エキエム監督たちの狙いは、ゲームに参加する人々と彼らのコミュニティに迫ること。そのため本作はクルーが撮影した「オンラインゲーム内の映像」だけで出来上がっている(正確には数カットだけ現実世界の映像が挿入されるシーンがあるが、時間にして1%程度に過ぎない)。
僕は昨年、『ニッツ・アイランド』について、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された(審査員特別賞を受賞)ということでその存在を教えてもらった。そしてそれと前後して新潟国際アニメーション映画祭の選考委員として本作を見ることになった。とてもおもしろい作品だったので、機会があると話題に挙げていたのだが、それが縁でパンフへの寄稿を求められ、トークも行うことになったのだ。
30日のトークは、配給会社のスタッフが僕に質問するかたちで行われた。そこに「本作はアニメーション映画か」という質問があった。この質問は至極当然ともいえる。
『ニッツ・アイランド』は、オンラインゲーム中の映像で構成されているので、画面のルックは「少し安めの3DCGアニメーション」だ。ものの質感の情報量は多いので、ロングショットの風景は実写に近く見える。しかし人の動きをみると、地形に対する足元の接地はそこまで正確ではないし、エフェクトもシンプルだ。そういうところが目に付くことで、これがあくまでもゲーム画面であることが露わになる。しかし「安め」であっても、キャラクターはさまざまな動きを見せ、それによって映像が成り立っているのは間違いない。
アニメーションの定義としては「フレーム・バイ・フレーム」、つまり1コマずつ動きを創出していく表現がアニメーションである、という考え方が、オーソドックスでオーセンティックなものとして存在する。ここで重要なのは「創出」の部分で、歴史的に実写映像を“なぞる”ロトスコープが一段落ちるものとして扱われてきたのは、この「創出」の部分の評価をめぐってのことだ。(ただしこの評価はこの十数年で変化しつつあると感じる)。
『ニッツ・アイランド』は、マシニマと呼ばれる「ゲーム映像を編集した動画作品」というジャンルに属する。「フレーム・バイ・フレーム」の点から考えると、事前にプリセットされたアニメーションを、プレイヤーの操作に応じて適宜呼び出していることになるので、「創出」性はかなり低く、ちょうどアニメーションと非アニメーションの境界領域にあるということになる。新潟国際アニメーション映画祭で『ニッツ・アイランド』が上映されたときも、「新しい制作方法」という冠で紹介され、説明文には「これは新たなアニメーション映画なのか、それともまったく別のものなのか。アニメーション映画祭の場にて、それを問う。」と記されている。
『ニッツ・アイランド』がアニメーションか否かを考えたとき、「動きの創出」で考えるという筋道は、オーソドックスな考え方ではある。あとはその境界領域のどこまでをアニメーションとして許容するかどうか、という個人あるいは映画祭などのレギュレーションの問題になってくる。
トークの前には、そんなことを考えていたのだが、トークの数日前に濱口竜介監督の『他なる映画と 1』を読んでいたら、興味深い記述にぶつかった。
実写映画では作品を構成するひとつながりの映像を「ショット」と呼ぶが、アニメ業界は慣習的にそのひとつながりの映像を「カット」と呼ぶ。これはアニメ業界ではカメラを振ることが全部パンと呼んでしまうような――カメラを上下に振るのはティルトアップ/ティルトダウンだがアニメ業界ではパンナ(ア)ップ/パンダウンになる――慣習の問題と、僕は考えていた。
ところが濱口監督は同書に収録された「他なる映画と 第一回 映画と、ショットについて」の中で、ショットとカットの違いについて非常にクリアに説明をしていた。
カメラを回して撮影することを「シュート(Shoot)」と呼ぶ。これの過去分詞「ショット(Shot)」が名詞化して「撮られたもの」という意味を持つようになっている。
では「カット(Cut)」はどうか。カットは編集をする行為――いわゆる“ハサミを入れる”こと――だ。だから、その過去分詞「カット(Cut)」は、「切られたもの」を意味している。
つまり撮影における最小単位が「ショット」であり、編集時とそれによって完成した映画の最小単位が「カット」というのである。
このように考えたとき、アニメーションの伝統的な制作方法が、絵コンテに基づくものであり、絵コンテの段階で「映像の並び」という実写なら撮影後に編集でツメていくものを、かなりの精度で確定しているということが思い出される。つまりアニメにおける絵コンテとは「カット」の連なり(連続性)を構想する過程であり、決して「ショット」を構想するものではない。これはしばしば絵コンテの段階で「カット頭」と「カット尻」がどんな絵であるべきか、まで描いてあることとからも明らかだ。逆にいうと、実写映画で監督が撮影前に描く絵コンテは、シュートのプランであって「カット」のための構想ではない。
そうすると、オンラインゲーム内で撮影を行った『ニッツ・アイランド』の場合、「シュート」ありきの制作方法であり、決して「カット」の構想が先行していたわけではない。その点で、『ニッツ・アイランド』は被写体が“たまたま3DCGキャラクターであった”実写映画と捉えるのが自然ということになる。
このアニメにおいて「カット」の構想が先行すること、は20年以上前に押井守監督が発言していた「(デジタルの普及により)すべての映画はアニメになる」というテーゼとも繋がる。
押井監督の発言を、本連載の趣旨にあわせて言い直すとこうなる。
最終画面をコンピューターモニター上で決めていくようになったとき、撮影(シュート)ですべてが決まるという映画作りは終わる。その代わり撮影では、監督が求める「カット」を構成する素材を得るための行為となる。そうなったとき、各部署が制作した素材を最終的にコンポジットして完成画面を作り上げるという点で、実写もアニメも同じ地平に立つことになる。実際この予言通り、CGと生身の役者が共存する映画などは、制作工程はアニメーション――カットの構想が先行する――に極めて接近することになった。
では、それらがそのまま「アニメーション映画」と呼べるか、というとそれは難しい。しかし「アニメーションにきわめて近似した制作工程で作られた実写映画」であることはことは間違いない。ただ一方でそうではない実写映画も存在する。こうなってくると「実写/アニメ」という区別よりも、「ショットの映画」と「カットの映画」という別の二分法で物事を考えるほうが自体をクリアに理解できるのではないだろうか。
そこで冒頭に書いた通り『ニッツ・アイランド』のトークが終わったあと、『他なる映画 1』を読み進めながら「ショットの映画/カットの映画」ということについて漠然と考えているのである。
そこでもう思い浮かんだ存在が「ロトスコープを使ったアニメーション」だ。ロトスコープ作品は、この「ショットの映画/カットの映画」のどこに位置づけることができるのか。
おそらくこれは「ロトスコープだからどちらか」というふうには分類できないはずだ。ポイントは、ベースになる実写映像をどう撮影しているかだろう。「カットの構想が先立っているか(素材撮りなのか)」、「シュート優先で撮影し、それをアニメで再表現しているか」で変わってくるはずだ。ひとくちにロトスコープといっても、そこには「ショットの映画」と「カットの映画」が入り混じっていることになる。そう考えると『ニッツ・アイランド』以上に、ロトスコープこそ境界領域に存在する表現手法であるということになる。
『ニッツ・アイランド』を考えていたら、結果として「アニメとは何か」という問いそのものを掘り下げることになってしまった。このような「領域の境界線がどこにあるか」という思考を刺激してくるところも、『ニッツ・アイランド』が刺激的な作品であることのひとつだ。
【藤津 亮太(ふじつ・りょうた)】
1968年生まれ。静岡県出身。アニメ評論家。主な著書に『「アニメ評論家」宣言』、『チャンネルはいつもアニメ ゼロ年代アニメ時評』、『声優語 ~アニメに命を吹き込むプロフェッショナル~ 』、『プロフェッショナル13人が語る わたしの声優道』がある。最新著書は『ぼくらがアニメを見る理由 2010年代アニメ時評』。各種カルチャーセンターでアニメの講座を担当するほか、毎月第一金曜に「アニメの門チャンネル」で生配信を行っている。
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