ジョン・レノンも見初めたチリの鬼才監督アレホンドロ・ホドロフスキーって何者!?

AOLニュース / 2014年6月13日 20時0分

ジョン・レノンも見初めたチリの鬼才監督アレホンドロ・ホドロフスキーって何者!?


『ホドロフスキーのDUNE』 短期集中連載
第一回 ホドロフスキーって、何者だ??

アレホンドロ・ホドロフスキー、奇跡の来日!!

85歳になったアレホンドロ・ホドロフスキーが来日した。美しい奥様を伴い、元気の秘訣は、「酒も、煙草もやらず、美しい人と時を共にすることだ。そこに居てくれる、妻のような...」と記者会見で笑った。
来日したその日、早速取材をこなした彼は、UPLINKでのパーティーを皮切りに、ヤクルトホールでの公開タロットリーディング、ドミューンでのライヴトーク、『リアリティのダンス』完成披露試写会後の記者会見、バウスシアターでの爆音映画祭への降臨、そして世田谷で座禅...と、個別の取材を消化しながら、精力的に動き回った。
これだけの動きができる映画監督って、聞いたことがないし見たこともない。しかも御年85歳!!


7歳の記憶を語り始めた85歳のホドロフスキー

来日記者会見、自伝的作品である最新作『リアリティのダンス』でも回顧される幼少期の床屋のエピソードを語り始めたホドロフスキー。ブロンドの美少年だった彼は、当時同居していた父親によって髪を切らされたという。そこで訪れたバーバーが、映画の舞台ともなっているチリのトコピージャである。鉱山があるその田舎町は、世界の文化が交錯する港町だ。
この断髪は、母との決別になった。美しい少年が、坊主頭のガキになる。その瞬間、母の中から息子がかき消された。同時に、日本人が営む床屋で、東洋の文化と邂逅したのだという。
世界でカルトな人気を集めた『エル・トポ』や『ホーリー・マウンテン』でしばしば引用される東洋的な思想やアイテム、禅に対するリスペクトの原点は、実はこの床屋にあったのだ。

(画像:監督最新作『リアリティのダンス』より)


メキシコ産『エル・トポ』でブレイク、フランスで『DUNE』の企画がスタート!!

チリに生まれ、24歳で渡仏し前衛的なパントマイムに明け暮れ、1967年、38歳にしてメキシコへと移り、処女作となる映画『ファンド・アンド・リス』を完成させる。1971年、『エル・トポ』が限定公開され大ヒット。ジョン・レノンに見初められ、ビートルズの事務所社長アレン・クラインが『エル・トポ』の権利を買取り、次作『ホーリー・マウンテン』にも製作費100万ドルを提供した。(※アメリカでは現在『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』、新作の『リアリティのダンス』を、アレン・クラインが亡くなった後、彼の息子が引き継いだ会社ABCKOが配給している)
『ホーリー・マウンテン』はヨーロッパで熱狂的な支持を集め、フランスでの配給権を取得したプロデューサー、ミシェル・セドゥーと出会う。
そして遂に1975年、セドゥーの資金を得たホドロフスキーは、最も有名な"実現できなかった映画"『DUNE』の企画をスタートさせることになる。『ホドロフスキーのDUNE』をご覧になれば明らかになるのだが、誰もが驚愕するのは、彼の細部に至るまでの記憶力の確かさだ。

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